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リアクション
そう、フェルナンが言いかけた時だった。
「──フェルナン様、レジーナ様とレベッカ様がお見えです。応接室にお通しいたしました」
ノックの後、使用人が書斎の扉を開けて用件を告げた。
「ありがとう、今行きます」
全員で書斎に移動すれば、ソファに二人の女性が座ってお茶を飲んでいるところだった。一人の女性の横、ドア付近には車椅子が置かれている。
「お待たせして申し訳ありません」
フェルナンが平静を装って挨拶すれば、奥に座った女性が優雅に礼をし、ご機嫌はいかがですか? と軽い挨拶。
隣の車椅子の側に座った女性は──頭を下げもしないで、何も言わず、俯いている。
「お加減はいかがですか? レジーナさん」
その言葉で、彼女が婚約者のレジーナだと、一同は知った。
(あの人がフェルナンさんの婚約者かぁ……)
同行していた七瀬 歩(ななせ・あゆむ)は興味津々な目を彼女に向けた。ミーハーなのだ。
噂に聞いた通り、儚げな印象だった。華奢な体に、透けそうなほど白い肌。白いワンピースに室内でも目深に鍔広の帽子を被った姿は避暑地の病弱なお嬢様といった風だ。
色と言えば、彼女の髪の色(目は見えなかった)、それに胸元を飾る大粒のガーネットの赤だけだった。
琴理が挨拶を済ませるのを待って、
「初めまして。私、フェルナンさんと琴理ちゃんの友人で、七瀬歩といいます。一度お会いしてみたくて、ついてきちゃいました」
「…………」
「あの、できたらデートのお話とか聞きたいです。きっと紳士的なんだろうなぁ。どんなところに行きました?」
「…………」
やはり、沈黙。
「ええっと……」
人差し指を困ったように顎に当てれば、隣の姉、レベッカが口を開いた。
「──ごめんなさい、妹は病弱で家の中で育ったものだから、人前に出るのに馴れていないの。今日は体調も思わしくなくて……」
聞けば、まだ車いすで生活し、面倒の殆どをレベッカが見ているのだという。体調が良い時には、気を付ければ人並み程度には動けるのだけど、とレベッカが付け加える。
彼女は妹と違って答え方も仕草もはきはきとしている。
「そうなんですか、それじゃあレベッカさんにも聞いてみてもいいですか?」
歩が彼女にあっさりと話題を移したのは気を遣ったためもあるけれど、フェルナンが感じた別人のような違和感……それを姉なら気付いていないかと思ったからだった。
「やっぱり人生のパートナーが決まったりすると、色々影響受けたりするんでしょうか? 今までと違う自分が出てきたりとか」
「そうね、前よりも元気になったみたい」
答えるレベッカの顔立ちは、やはり姉妹だからだろうか、レジーナによく似ていた。
「この事件……ただの殺人事件ではないような気がしますの。もしかしたら、原色の海の異変と関わりがあるのでは……」
藤崎 凛(ふじさき・りん)は今朝、そんな予感に身を震わせた。
「私……少し、怖いです。アナスタシアお姉様、くれぐれもお気をつけて下さいませね?」
そう言って、凛はその予感を琴理にも話す。
「お姉様おひとりでレジーナさんにお会いになられるのは心配です。どうか、私達もご一緒させて下さい」
(なんだか独り立ちしていくようで、ちょっと寂しいかな……リンのことは私が守るつもりだけどね)
シェリル・アルメスト(しぇりる・あるめすと)は、周囲の絵画を見るふりをして、ただ静かにソファに身を埋めるレジーナと相対するパートナーの姿を見守っていた。
凛の予想、幾つかの出来事から考えて、彼女が奈落人に憑かれているのでは? というものだった。
──奈落人。ナラカに棲む知的種族。彼らは霊体であり、その肉体を支配しようとする。相手の抵抗に遭わないため、特に気絶や瀕死状態の相手を狙うというのだ。病弱なレジーナは格好の標的ではないかという思いは、レジーナを自分の目で見たことで、より強くなる。
ちなみに、死体に憑依することもあるが、死体はすぐに朽ちてしまうため、長くは持たないと言われていた。
「あ……あの」
震えそうになる手をきゅっと閉じることで隠して、凛は笑顔で自己紹介をした後、
「レジーナさんは、普段はどんな事をなさっていらっしゃるんですか?」
たとえば好きな場所や、趣味……。
小さく頷くばかりで、答えないレジーナのかわりに、レベッカが答える。
「妹は家から出られない時期が長かったから、読書が趣味なの。写真集や絵を見ることもね。今だって必要があって社交に顔を出す以外は、外では簡単な買い物や散歩くらいしかしないわ」
先程フェルナンが示した絵の元へ、レベッカは行く。レジーナに背を向けて、見て回る。彼女を観察していたシェリルは、それが食い入るような目つきだと感じた。
「最近はご婚約の準備でもお忙しいのではないかしら? 大変だったことは……」
レジーナは、ゆっくり、首を振った。その時、帽子がわずかに上がって──凛は見た。
「…………!」
驚き、叫びそうになる声を慌てて飲み込む。
その瞳には何も映していなかったのだ。ただ、死の匂いが漂っていた。生きていないような、死んでもいないような。あえて譬えるとするなら綺麗に保存された剥製のような……。
それから談笑がしばらく続き、レジーナとレベッカは明日この家に泊まるのだと話した後、そろそろ帰ろうということになった。
歩は帰る前、技とスピードを落として、ちょっと、とこっそりレベッカに聞いてみる。
事件後フェルナンさんが落ち込んでいたけど何かあったのか、と。
「もしかしたら、レジーナさんと喧嘩したとか、ちょっと心配で……」
「そんなに妹が心配? 今まで一度も会ったこともないのに心配するなんて、奇特な人ね」
「え?」
その声には刺が含まれていたような気がした。
(もしかして、仲が悪いのかな……。あの様子だと介護みたいだし、心労がたまっているのかも……?)
不安げな歩を安心させるように、レベッカはにっこり笑う。
「質問の答えね。……喧嘩はなかったわよ。あの子には喧嘩なんてできないんだから」
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