百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

【原色の海】アスクレピオスの蛇(第1回/全4回)

リアクション公開中!

【原色の海】アスクレピオスの蛇(第1回/全4回)

リアクション

 風の力を失った幽霊船はのろのろとそのまま、浅瀬の奥に入り込んでいった。
 囮たちが速やかに、火船の航路を塞がないように一時退避するのと同時に、火船のうち半分の乗組員たちは船の速度を上げた。甲板の上に並べられた油の樽が、あちこちにぶちまけられていく。
「海上での戦闘指揮は専門家に任せます」
 叶 白竜(よう・ぱいろん)が囮部隊から一時火船近くに戻って来たセバスティアーノに指示を求めると、少年は妙な顔をした。
「私は普段乗り馴れている小型飛空艇ヘリファルテで空中戦を仕掛けるつもりなのですが、そのフォローの仕方を教えて欲しいんですが。援護に徹したいので」
「船医さんのお世話にならないようにしたいねえ。オレらも、みんなもね」
 世 羅儀(せい・らぎ)がセバスティアーノと、周囲の契約者たちと通信の方法について打ち合わせを軽く済ませると、
「教導団のひとが雇われて傭兵っていうのも何か調子が狂いますね」
 妙な顔の原因は、これだったらしい。それでなくても白竜たちはセバスティアーノよりずっと年上だった。
「一度指揮下で動いてみたいと思っていまして。これもいい経験ですよ」
「真面目ですねー、俺とは大違いだ」
「傭兵の募集? そんなものいらないわ」
 話していると、横から白竜の顔見知りが顔を出した。
 同じく教導団のルカルカ・ルー(るかるか・るー)とパートナーダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だ。
 フランセットの話を聞いて即、追い込みを担当すると申し出ていた。
「海を汚すなんて許せないもの! 大切な物や好きな物を守りたい。理由なんかそれだけでいいんだわ」
 軍人なんだからそれじゃ駄目だろう、と言いたげなダリルの視線を、ヤボは言いっこなしとこれも視線で答え、
「あと、以前の作戦では私が囮だった。どう追い込むのが囮と連動できるか、その時の経験も生かすつもりよ」
 ルカルカは白竜に、自分たちも爆撃飛空艇に各々乗るつもりだと、計画を話した。
「ええ、それで行きましょう。ガレオン船は細長いでしょう。喫水も浅いんです。従来の船に比べると、水の抵抗がない。スピードが出る船なんです」
 彼はこんなことを言った。
「今日遅いのは、今日は風があまりないから……帆がボロボロだからかもしれないですが、ともかくこの幽霊船は遅い。良さを殺しているんです。それでですね、喫水が浅いということは座礁させるのが少々面倒なんですが、その代わりに……転覆しやすいんですよ。
 まぁ海から浮き上がってきた幽霊船ですから、どれくらい効果があるのかは分りません。すぐに浮き上がるという可能性もないでもないですが……バラバラになれば儲けもの。乗組員も嫌でも海に落ちるでしょう。遠泳するスケルトンだのゾンビには会ったことがありませんしね。
 ああでも、最後でお願いします。また波被って残ると、船燃えにくいですし、アステリアの皆さんや、周囲の海面に漂ってる小船とか撤退の前に流されちゃうんで」
 セバスティアーノの言葉に、早速ルカルカとダリル、そして白竜と羅儀は飛空艇に乗り込んだ。

「……海軍に、教導団……」
 彼らのやり取りを見ていたセシル・フォークナー(せしる・ふぉーくなー)は、少々面白くなさそうだった。
 逆に言えば、フォークナー海賊団の首領を名乗る彼女がここにいるのもまた、彼らにとっては不思議なのだったが。彼女は、傭兵として雇われたわけではないし、善意で協力を申し出たのともまた違う。だから先程から特に軍人とは距離を取り、隅に立っていたのだ。
「協力するわ。私達海賊にとってもアレは排除しておきたいもの。……今日は味方だから安心なさい。そちらが先に殴りかかってこなければ、だけど」
 勿論殴られたらそっちを先に殲滅するつもりだ、という視線だった。
 セシルはそう高飛車に言うと、背中に魔力の魔黒翼をはためかせて、空へと気ままそうに飛び立った。
 上空からは、火船がまっすぐ向かっているのがよく見えた。
(敵の敵は味方という事ね)
 上空から幽霊船に近づくと、“ホワイトアウト”の吹雪をマストにお見舞いする。
「……」
 射かけられる矢。大したことないと、放っておいて傷ついた指先の傷を“エナジードレイン”で回復させようとしたが、アンデッドだからか、それがアンデッドを覆うの何らかの力のせいか、吸い取ることはできなかった。

 ──やがて、火船が順々に突っ込んだ。
 一隻、二隻、三隻……幽霊船がガレオンだとすれば、大きなものではキャラックやコグ、それからもっと小さな舟などとりどりだった。
 ひっくり返ったダンゴ虫に、蟻がとりつくように、燃え盛る炎が手足を伸ばして一緒になって、海底の巣穴に引きずり込んでいく。

 セシルはその様子を見下ろしていた。
「火力がイマイチね。少し手伝ってあげるわ」
 めらめらと燃え上がる炎。先ほどセシルが放っていた吹雪で少々着火しにくくなっているようだ。
 “絶対闇黒領域”は彼女を闇の化身とし、攻撃力を高め、“地獄の門”と“禁じられた言葉”がセシルの中の魔力を増幅していく。融合機晶石バーニングレッドを取り込めば、自身の身体も炎に包まれる。
「灰燼に帰すがいいわ」
 全力の“ファイアストーム”が一隻の幽霊船を叩き込んだ。確かにそれは彼女の強力な魔術、大きな炎であったが、闇の力を帯びたそれは、むしろ馴染むようで、想定よりは効果的ではないように見えた。
 その彼女より高い場所に、竜の影を感じて見上げる。三匹のドラゴンが高所に浮かんだかと思うと、上空から何かが幽霊船めがけて放物線を描いて落ちていくのが見えた。
 ──落下、着地。そして同時に沸き起こる爆音と煙に向けて、ドラゴンの上から“ファイアストーム”の炎の筋が襲い掛かり、幽霊船のマストが炎上していく。
 ドラゴンに乗っているのは、四人の少女たちだ。

「やってきたの。原色の海さんまでやってきたの! だからこれから観光して回るの〜!」
 “原色の海”に到着した時、子供のように──実際彼女はまだ9歳だった──はしゃいでいた及川 翠(おいかわ・みどり)は、この海で起こっている事件に腹を立てたのだった。
 彼女の「お姉ちゃん」ミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)がため息をついて、
「原色の海、予想以上に大変な状況だったみたいね……。これじゃぁ観光どころじゃ無いかも」
 と言えば、
「むー。このままだと噂に聞いてた樹上都市さんに行き難いの。だから、邪魔な船さんは排除するの! やっつけて、樹上都市のピンチもぜんぶ何とかして、平和な海にするの!」
 意気込んだ翠だったが、
「まぁ、兎に角幽霊船を何とかしないと、移動するのも難しそうだしね……。でも駄目よ翠。あなたはドラゴンでサリアを運んでくれればいいの」
「えー? 何でなの? 私も戦いたい……うー……分かったの」
 ミリアは視線で諌められて渋々了解する翠に満足したように頷いて、なにかの書類に目を通す。
 それらのやりとりを見ていたパートナーの徳永 瑠璃(とくなが・るり)が横から覗き込んだ。
「ところでミリアさん、何の準備してるんですか? ……えっ、幽霊船さん攻撃に参加するんですか!?」
「そうよ。瑠璃は自分のドラゴンに乗ってね」
「ええっ!? 私いつの間に参加する事にっ!?」
 驚く瑠璃に、ミリアのもう一人の「妹」サリア・アンドレッティ(さりあ・あんどれってぃ)も駆け寄ってくる。
「えっ、幽霊船さん討伐の傭兵さん募集? ……お姉ちゃんも翠ちゃんも、参加するの!? む〜、こうなったら私も参加……えっ、もう決まってるの!?」
 ヴォルロス議会への契約書類には、既に四人分の名前がミリアの手によって書かれていた。
 こうして彼女たちは、二匹の聖邪龍ケイオスブレードドラゴンと、ブライトブレードドラゴンに乗り、火を付ける後押しをし始めたのだった。
 ミリアが時々“裁きの光”の呪文で呼び出した天使たちが、反撃しようとするアンデッドたちに激しい光の雨を降り注がせる。

 援護を受けながら、火船からは次々に、飛空艇に乗り込み、海に落ちては拾われていく。
 落水した乗組員に群ろうとする獰猛な鮫に、白竜が二丁拳銃による“五月雨撃ち”で銃弾を雨あられと降らせた。
 幽霊船は燃え落ちていくため、熱い空気が流れてくる。
 風の流れを確かめながら、ドワーフの火炎放射器を構え炎を吹き付けていた羅儀は一旦手を休めて、“カタクリズム”でこちらに向かう炎を船に押し戻していた。
 中の様子を確かめたいと思っていた白竜だが、ボロボロに焼け落ちていく船の中は黒い煙とひどい臭いのする熱に遮られ、良く見えない。

 焼け落ち、半ば以上燃えて沈んでいく船を見ながら、ルカルカとダリルは爆撃飛空艇だと言った、小型飛空艇ヴォルケーノの上にいた。
 落水者の救助を頼んだ知人のマーメイドたちに波が被っていないか気にしつつ、ダリルは機晶爆弾を船の上に落としていた。
 その横で、パラミタ古代種族・巨人族が編み出したと言われる秘技“潜在解放”がルカルカの力を解き放つ。肉体の器に“神降ろし”をして、彼女は“群青の覆い手”を放った。
「波よ、思うままに荒れ狂い奴等を押し流せ」
 ルカルカの呼びかけに応じた大波が、一隻の焼け残った船体を側面から煽り、海の中に飲み込む。
 もう一度、波を放つ。ダリルが先程解説したところによると、「津波を最適な角度に交差させることで倍以上の効果が見込めるのだ」とのことだった。
 海に沈み込んでいく船体を見ながら、ダリルは停止のタイミングを指示する。
「何度でもやってくれ。俺はあっちに行く。飛空艇のミサイルも爆弾も使って、幽霊船団の息の根を完全にとめる」
「アンデットだから元々息はしてないけどね」
 あは、と笑うパートナーにダリルは肩をすくめた。
「……気が削げるからやめてくれ」