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リアクション
第7章 ジェラルディ家の姉妹
フェルナン・シャントルイユ(ふぇるなん・しゃんとるいゆ)は、ヴァイシャリーの老舗シャントルイユ商会の長男だった。三女一男の末っ子に生まれ、少年時代を姉たちに言いようにパシられながら過ごし、コタツとみかんを買わされに日本へ出かけ、そこで村上 琴理(むらかみ・ことり)というパートナーに出会う。
フェルナンと琴理には夢があった──その思想の一致で契約に至ったのだ。
当時まだだったシャンバラの建国をすること、地球人の大量の流入による文化の破壊や相互の差別を防ぎながら、美しいヴァイシャリーの街を守ること。その後は……それぞれのんびり、趣味でもしながら一人過ごせる時間を持てるようにすること。
そのためになら、契約者を騙すこともあった……百合園女学院の地元での評判を上げるためだ。
だが、二人の性別も、生まれも違う。実家がそれなりに裕福とはいえ、後継ぎの兄たちがいてパラミタに来ることを許された琴理とは違い、フェルナンはその後継ぎだったからだ。
学校を出た後は後継者として次期当主としての教育を受けながら、パラミタ内海での貿易に着手したのもそのためで──彼自身は時折ヴァイシャリーを離れたいと思うこともあったから、のようだが──だから、結婚もシャントルイユ商会の力を付けるための方法に過ぎなかった。それがヴァイシャリーのためにもなると、彼は信じていた。
お相手は、少々傾きつつはあるが、貴族の一員であるジルド・ジェラルディの次女レジーナ・ジェラルディ。
「病弱なせいで外に出ることが少なく、最近やっと体調が……ふーん、筋金入りの箱入り娘なんだね」
鳥丘 ヨル(とりおか・よる)はフェルナンから聞いた情報を反芻してから、コーヒーをごくりと飲み込んだ。
──シャントルイユ家の別邸。貿易のために構えた、要するにフェルナンの家だ。訪れて書斎のソファに座っているのは、琴理を始めとした百合園女学院の生徒ばかりだった。
ヨルは副会長で、会長が勝手に結成した『少年少女探偵団』の一員でもある。コーヒーをその名の通り上等そうなコーヒーテーブルに置くと、
「実はね、ネット上でジェラルディ家っていうのを少し調べてみたんだ。その箱入り娘さんをどうして、言っちゃ悪いけど殺人犯のフェルナンと結婚させようっていうのか。いくら箱入り娘さんがフェルナンを好きだとしたって、普通させないよね?
だからね、取引きの状況とか調べてみたんだけど……よくある『傾きつつあるけど由緒ある家』って感じだった」
本当は、近づきたくない気持ちもあった。
「アナスタシアもいきなり忍び込もうなんて、案外ヤンチャなんだね。怖がってんのか勇敢なのか、わからないよ」と生徒会長アナスタシア・ヤグディン(あなすたしあ・やぐでぃん)にそう言った時、「ヨルさんは怖くありませんの?」と聞かれてヨルはこう返した。「ボク? 怖いよ。だって、人が血を流して死んでるんだもん。でも、このままだと琴理がフェルナンの事、お祝いできないもんね」
……それでね、と彼女は続ける。
「どういう家なのか聞いておきたいんだけど。よく知ってるよね?」
「……ええ」
答えたフェルナンは、ヨルにも、今は正気に見えた。元気がなくは見えるが、普段通りの微笑を浮かべている。
「ジェラルディ家は、かつては名家でした。ただ商売熱心ではなかったんです。それなりにうまくいっている時は問題ありませんが、そうでなければ財産を少しずつ売ることもあったようです。
ジルド様の代になってからは、財産は年々徐々に目減りしていたと……そういったことを耳にしています」
「理由って知ってる?」
「趣味の錬金術の研究を熱心にされていたため、と伺っています。シャントルイユ家は商売を広げていますから、お金がある。その代わりに貴族の血が欲しい……世間ではそう言われていますし、その通りでしょうね」
伝聞なのは、政略結婚がままそうであるように、フェルナン本人ではなく父親が決めたからだった。
ヨルは納得したように頷いたが、ふと何か思いついたように顔を上げた。
「そうだ、直接聞きたかったことがあるんだ。もしかして、ジェラルディさんとこから変な品の調達を希望されてない? すごく希少価値の高い物とか。ううん、必ずしも高価って意味じゃなくて」
フェルナンの喉が鳴った。ヨルは真剣に彼の眼を見つめている。フェルナンは視線を逸らして、その推測が当たっていることを暗に認めた。
「……そうなんだね?」
「……はい。……直接ではないのですが──ですが、これ以上は言えません。法律的に、グレーなことなんです。たとえば未必の故意、のような。皆さんを巻き込んでしまうことになりますから。 まだ了承してはいないのですが、いずれそうせざるを得ないかもしれません」
それは、殺人を黙っている代りに、と言っているのと同じことだった。
「それに、こちらは確証がないのですが、以前もこちらにいらした時に、妙に絵を熱心にご覧になられていました」
「絵? どんな絵なの?」
「あの絵です」
フェルナンは一角を指差した。そこには、何枚かパラミタ内海の海の風景が飾られている。ヴォルロスを描いたもの、樹上都市を描いたもの、夜の海に浮かぶ帆船……。
「これは趣味で集めたものですので、値段だけで言えば大した価値はありません。買ったのもヴォルロスの、貴族でなくとも誰でも出入りできる美術商からですし。ただ気に入ってたまたま購入しただけですから」
「そんなことより!」
堪らない、といった風に声をあげたのはブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)だった。
「何をそんなにのんびりしてるのよ。殺人鬼扱いされてる自覚ある?」
「そう思っていらしたんですか?」
ブリジットは、顔を上げられないフェルナンにますますイライラする。
「今の段階では違うと断言できないけど、舞が『フェルナンさんが、人を殺したなんて何かの間違いだと思います』なーんて言うから来たのよ。え? 私? あんた私の見合い蹴ったんでしょ?」
ブリジットはヴァイシャリー出身、パウエル商会の娘だ。以前彼女曰く『強欲な父親』が見合い写真をバラまいたとき、その写真がフェルナンのところにも来たことがある。政略結婚だろうなと判断した彼は写真の段階で断ったのだが……、彼女自身は、結婚するつもりがあろうとなかろうと、適当に扱われたのが気にくわなかったらしい。
だが、それはともかく、舞に付き合うのにはやぶさかではない。それに百合園女学院推理研究会の代表としても、殺人事件は放っておけないのだ。
それから、ここに来る前、こんなやりとりもあった。
「アホスタシア、花泥棒とは違うのよ。真実は常にひとつ…でも、それはフェルナンの罪を立証するだけかも……その頭が飾りじゃないなら理解できるわよね?」
「アホス……って、えっと、ブリジットって相手の悪口を言う時は……」
何か言いたげなパートナーの橘 舞(たちばな・まい)を無視して、ブリジットは言った。
「まずは、どこかわかってない現場検証をする前に当事者の事情聴取。彼が鍵なのは間違いなんだから」
話をしていても、どこかぼんやりした様子の彼に、ブリジットはすっくと立ち上がると──その頬を、ひっぱたいた!
ばちーん。と、小気味よい音が書斎に響き渡る。
頬を張られた方も、周囲の生徒たちも、あっけにとられていた。
「楽になりたくて琴理に話したんでしょうけど、皆まで巻き込んでるのよ? まさか話した琴理のせいにしないわよね。覚えてること話しなさい」
舞は慌てて、ブリジットの肩を押さえてソファに戻した。
「フェルナンさんは、辛いでしょうけど、琴理さんやアナスタシアさんも心配してますから、覚えていることを話してほしいです。ブリジットも口は悪いですけど、悪意はないんですよ」
悪意はない──それは悪意はない、のは分る……とフェルナンは思う。叩かれて呆然としているというより、どんなリアクションを取るべきかのか、分らなかった。
手で赤くなった頬を一度撫でてから、彼女の顔を見て、了承の意志を示す。
「……いえ……どうぞ」
「ブリジットの推理だと、事件直後のジェラルディ家の対応の不自然さから、フェルナンさんが、罠にはめられた可能性は高いということです。
考えられる理由としては、弱みを握った相手に身内を送り込むことで、ジェラルディ家はシャントイユ家に対して優位に立てる、とか。普通なら、殺人の嫌疑のかかっている相手に娘を嫁がせるのは親として不自然で、これはアナスタシアさんも言ってましたね」
「ええ」
「けど、フェルナンさんが犯人ではないと最初から知っているとか、娘が別人だったりしたら…話は確かに変わってくる気はします」
探偵団の記録係を希望した舞は、話しながら手帳に素早く文字を書き込んでいく。ブリジットは確認しながら話を続けた。
「あと、ジルドは知ってたわね。生死確認もフェルナンに事情も聞かずに、いきなり隠蔽の話をしたのはなぜか? 彼はそこに死体があることもその理由も知っていたからよ。まぁ、簡単な推理ね。
……って言っても、証拠はないわ。もっと詳細を聞いてみないと」
フェルナンは底まで聞くと、静かに語り始めた。というより、テンションが低いだけのようだったが……。
『殺人事件』(正確には誰も現場を見ていない──と話している──が、状況証拠的に自殺ではないと思われた)の時間はそう、丁度あのヌイ族の遊覧船がヴォルロスに寄港してから何時間か経った後のことだった。
皆と一緒に港に降り立ったフェルナンは、婚約者の別荘を約束通り訪れた。ジェラルディ家は元々避暑用の別荘を持っていた。フェルナンとジルドは以前からパーティで見かける程度の仲だったが、婚約者と(伝聞でなく)はじめて出会ったのもこの街だった。この時に婚約者を君に決めたのだ、とジルドはフェルナンとその父親に話している。
ところで、婚約者の別荘に何か特別な用事があったわけではない。親睦を深めるため、婚約の準備のための打ち合わせも兼ねて……そうして夕食をご馳走になった。その後、婚約者と共に別荘の中を見せて貰った。
「夕食が終わったのは午後八時頃。それから三十分ほどあちこち見せていただいた頃、急にひどく眠くなってしまい、側にあったソファをお借りしました。それから、水が欲しくなって立ち上がったような気がします」
婚約者は水を取りに行き、一人になったフェルナンの記憶はそこで途切れていた。
気が動転していたため、時計を確認できたのは午後十時を過ぎてからだった。
その時間を推定するに、午後九時頃だと思われる。『空白の時間』は約30分、彼が犯人であろうとなかろうと、その間に犯行が行われたという訳だ。
「フェルナンは部屋を覚えてない? 見取り図を描けるなら描いて欲しいのよ。プライバシーの侵害でしょうけど、今はそんなこと言ってられないから」
琴理に強く言われ、フェルナンは分っているだけの分、大まかな地図を描いてみせた。
「食事は一階、その後は帰宅まで二階から降りていません。三階は寝室などで、バックヤードに当たるキッチンや使用人室も見たことはありませんが……」
舞はそれをさらさらと手帳に書き写す。
そして話題は、その部屋で起こったことに移った。目が覚めた時には血まみれで立っていたこと、若い女性が床に切り裂かれて倒れ伏していたこと……。
「その後、暫く放心していたと思います。ジルド様は私に着替えを渡し、別の部屋に行くように言いました。着替えて戻った時には死体は片付いていました。
血の痕は消せませんでしたが、ここでは何もなかった、とジルド様が仰って、そのまま帰宅しました。
情けないことに思考がまとまらず、喉もひどく乾いていて、体も非常に怠かったものですから……」
それからは本当に、何もなかったように過ごすしかなかった。
「幾つか疑問に思っていることはありますが、とにかく誰が犯行を実行したにせよ、自分は殺人犯だと思われて──つまり、告発される可能性がいつでもあります。犯人は、私にも分らないのです。
誰かに嵌められたのだと思っていますが、自分がしていないという確信が持てない……」
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