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リアクション
第2章 囮作戦
その船は、機晶技術を用いた──だが、見た目には木造と殆ど変わらない戦闘用の帆船だった。マストは三本、船首の先にはお決まりの船首像。乗組員はおよそ800人。
進路を東に取り、ドリュス族の住む樹上の森へと急ぐ。
船を獲物と見た魚の魔物たちの中には、船に取りつき、底を齧ろうとした魚たちがいたが、この船の装甲には歯が立たず、却って歯や背ビレのがぼろぼろと欠け落ちていくばかりだった。
甲板に佇む契約者たちが双眼鏡を下ろしても幽霊船を遠くに目視できるようになった頃、フランセット・ドゥラクロワ(ふらんせっと・どぅらくろわ)が合図の手を振り上げた。
一斉に、数名の契約者たちの姿が浮かび上がった──正確には、船に併走していた竜の姿もまた。
小さな羽音を立てながら、魔法の羽根を伸ばした機晶水上バイクが浮遊し、手が降ろされると同時に二手に分かれて飛び立った。
目標は前方の幽霊船、その数、正確には十五隻。
船首楼と船尾楼が低く、船尾が四角いのが特徴のガレオン船に似ている。ガレオン船といえば、地球では大航海時代に活躍した船である。交易船としても、軍艦としても使用されていた。
個々の船はガレオン船にしては小さめで、大砲も多少備え付けられている。なお、内海で使用されていた武装商船ではないか……というのがフランセットの見立てだった。
といっても、外見的な特徴に似通ったものはない。損傷具合も一定ではなかった。
「それぞれ別の理由で沈んだ船が、バラバラに、何らかの意志で統一された……そんな感じだわ」
上空、ウェットスーツ姿で機晶水上バイクの上から船の動きを観察していたマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は呟いた。
船は密集体型で、ゆっくりとヴォルロスに向けて航行している。この前の船もヴォルロスに向かっていた。
こちらは当然かもしれないのだが、アンデッドたちも互いに争うと言った様子を見せない。それに、形ばかりなのかは分らないが、オールを漕いだり、指揮をするそぶりを見せる者もいる。……もっとも、これも聞いているようには見えない。何らかの生前の記憶(あればの話だが)に従って動いているのだろうか。
マリエッタは船の速度と方向を確かめると、無線で仲間たちに伝えた。
「囮舞台は五分後、左右に展開。10秒後、囮部隊の一斉攻撃だ。君に誘導を頼む」
フランセットから入った無線に応じると、
「了解。五分後、左右に展開。……カーリー、気を付けて」
パートナーには一言付け加えるのを忘れない。
カーリーこと水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)はええ、と短く答えると、銃弾に“ライトニングウェポン”で帯電させる。
囮を引き受けた契約者の、それぞれのバイクや乗り物が緊張したように風を切って直進する。
そして五分後。
幽霊船の背後に迫っていたバイクやドラゴンやギフトは、二手に分かれて一団を挟み込んだ。
「10、9、8……」
──ゼロ。
ざざざぁっ! 煙と波が幽霊船の船団の両側から舞い上がった。
ゆかりは両脚を踏ん張り、両手で引き抜いたヘビーマシンピストル二丁による“クロスファイア”の照準を甲板のアンデッドに合わせた。
(アンデッド相手に効くとは思えないけど、小うるさい“ハエ”だとでも思ってもらえればね)
ゾンビの肉体をぶち抜いた銃弾は、銃痕からパチパチと紫電をまき散らして、甲板に倒れさせた。
(それほど強くない……?)
そう思ったが、気は緩めず、ゆかりはトリガーを引き続ける。
その傍らを一羽の朱鷺が横切って、甲板にぶつかっていった。あわやアンデッドの餌食かと思われたそれは、濃いピンク色の羽根で死肉を切り裂くと、消滅した。
横目で見れば、ゆかりと少し距離を取って、東 朱鷺(あずま・とき)が呪文を唱えている。あれは彼女の術だ。
傭兵を買って出るのは少し意外な気もするが、葦原明倫館で陰陽道を学ぶ女性。知的好奇心がここに来させたのだろうか。左腕に刻まれた印から、また一羽朱鷺を甲板に放つ。
彼女たちに気付いたアンデッドたちが騒ぎ始める。
大砲は使えるのか、遠距離攻撃の手段はあるのか──そんな中、相手に魔法使いでもいるのか。一体の杖を持つスケルトンの咢が声にならない声をわめいたかと思うと、雷が杖の先に収束した。
身構える彼女たちの横を、エメラルド色がかった髪の一筋と、ディオニウスブルームが舞うように抜けていく。
「死者の魂に安らぎを……です」
ヴァーナーの祈りと共に“スカージ”の光が、甲板に輝いた。収縮した雷は、あらぬ方へと放電される。逆に聖なる光が彼らを焼いて、浄化していく。
何かの魔力のようなもので動いていたのだろうか、スケルトンにまとわりついていた妙な気配が消えていくと同時に、ただの骨となって甲板にばらばらに散らばった。
ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)はくるりと一回転すると、ローブの裾をひっかけようとする敵の剣先を避け、再び高度を上げた。ちらりと清純そうなガーターが脚からのぞいた。指にはめた光精の指輪から人工精霊が呼び出され、彼女の側を離れずに着いてくる。背の高い聖職者用の聖なる帽子をぼふっと被り直す。
天使の救急箱を箒の先に下げてた様子は、まさに空飛ぶナースだった。
ヴァーナーは朱鷺の腕に、小さな傷を見付ける。見れば甲板からは矢を射かける弓兵がいて、それがかすったのだろう。
「だいじょうぶですよ〜。怪我した人には“ナースさん大行進”ですよ〜」
彼女の周囲に小さなナースが現れると、ぱっと傷口に飛びついて、傷薬を塗ったかと思うと、包帯をぐるぐる巻き、ぱっと消えた。
ヴァーナーは速度を上げると、彼女追いかけてくる矢を避けながら、船首まで飛んでいく。
「怪我はないですか〜?」
彼女は見下ろして、同じく百合園の生徒に声を掛けた。
彼女たちの反対側から、同じく船首に向けて二本の白い線を引かれていく。
「──ほれ、また来るぞ。ようやくあちらさんも本気を出し始めたかのう」
波飛沫を立てて水面を失踪しているのは、ミア・マハ(みあ・まは)の水上バイク。正確に言えば、水上バイクの姿をした“ギフト”鯨型機晶生命体ホエールアヴァターラ・クラフトだ。
同じギフトに、彼女より先行して走るレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)が、パートナーに返事をする。
「うん、そうだねっ!」
ときおりジグザグに走って、水面に放たれる矢や魔法をギリギリ回避しながら、レキはタイミングを見て座席に腰を落とすと、黄昏の星輝銃を両手で構え、撃った。
星の力が船首をかすめる。
「やっぱ、走りながらだとなかなか当たらないねっ」
波の抵抗に慌ててハンドルを握りながら、でも、気を引ければいいかなと思う。
「方向はこっち……よし、着いてきてる」
レキは船が光と、そして船団の先と後に、誘導するようについているドラゴンを確認すると、速度を落として水面に目を凝らし、“ホークアイ”で得た視力で、水面下の怪物たちを探した。
幽霊船を誘うのがまず目的ではあるが、それ以外にも作戦に邪魔な敵はいて……それに、彼らの邪魔をされては困る。
水面下に、影が見えた。それは小さくなり、大きくなり──いや、ただの波間の光の加減なのか、すぐには判別できない。だが、“イナンナの加護”による危機感が、レキの肌にざわざわとした感触を伝えた。
「敵? どこ……!?」
「レキ、右じゃ!」
隣で走るミアの“神の目”がその姿を捕えた。呼応して、レキは咄嗟に右手から“真空波”を放った。
翳した右手を飲み込もうとしていた敵──水中から飛び出した巨大な鮫が口から尾まで裂けて、弧を描いて着水する。
(ちょ、ちょっとグロかったんだよ……)
レキは自分のしたことにうんざりしかけたが、すぐに気を取り直して、去らぬ悪寒に、次々と飛びついてくる刃魚を避けて走った。
気を抜くと幽霊船の近づきすぎてしまい、ボートが波に転覆しそうになる。勿論ギフトは浮くことができたのだが、この波もまた敵の注目を引くためだった。
注目と言えば、船の船尾付近に舞っていた二匹のドラゴンがいる。
炎水龍イラプションブレードドラゴンの背には遠野 歌菜(とおの・かな)が、聖邪龍ケイオスブレードドラゴンの上には月崎 羽純(つきざき・はすみ)が、それぞれ乗っていた。
歌菜は、通常よりも小型で、可愛らしいデザインの籠手型HC弐式・N『歌菜専用』の画面に浮かぶ指示の文章を確認すると、その嵌めた方の腕を振った。腕の動きに合わせて、ステージ演出用のキラキラした光が出た。
「羽純くん、行くよーっ!」
発声練習を兼ねて呼びかけると、彼女は楽しそうに笑った。
(アンテッドに追いかけて貰えるよう工夫が必要だもんね。魔法少女アイドルとして、海上バトルステージと行きましょう♪ 海に響け、私の歌!)
喉を開き、口から出たのは“ハーモニックレイン”の歌声の響き。
魔力を込めた歌は最後尾に着く船の、船尾付近のアンデッドから弧を描くように圧倒する。
「海の波と遊んで 貴方と私 飛沫よ光れ 揺れるハートリズム 貴方に届け 命と愛の歌」
羽純は魔法少女アイドル・マジカル☆カナでもある彼女のサポートに徹する。
彼の瞳には“見鬼”の力が宿り、潜むアンデッドがいないか、彼らの動きはどうか観察していた。特に隠れているような、姿を消すような(たとえばゴーストだ)アンデッドはいなかった。彼らはきわめて単純な思考能力しかないと思われる。
何らかの力に攻撃されたのに気付き反撃しようとする敵の手から歌菜を守る為、背後から圧して誘導するために、
「“悪霊退散”!」
羽純は歌菜の呼吸、歌と呼吸の途切れる部分に合わせながら、アンデッドを追い払う。この光を嫌うアンデッドたちは船の船尾から退き、光から逃れるように船は旋回して船首を北西にゆっくりと向けた。
「このまま行けば小島が見えてきます。あの辺り一帯、実はかなり浅瀬になっているんですよ」
機晶水上バイクに跨った数人の海兵隊の一人が、彼の上を走る早川 呼雪(はやかわ・こゆき)に声を掛けた。
呼雪は、周囲の海兵隊と連携を取ってゆっくりと機晶ドラゴンを飛ばしている。その背後に、配慮してか人ひとり分くらいの空間をあけて、パートナーのタリア・シュゼット(たりあ・しゅぜっと)が乗っていた。
(救助までって話だったけど、だったら僕も一緒でもいいんじゃないかなー?)
呼雪にいじけた視線を向けていたヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)は、自分ひとり聖邪龍ケイオスブレードドラゴンに跨っている。ヘルは右手に視線を向けると、パートナー達に注意を促した。
「ネクロマンサー的なのが何処かにいるかも知れないから、気を付けておかないとね」
右手では、幽霊船の一団がちょっかいを掛ける契約者たちに応戦しながら、その浅瀬の方向へと進んでいる。
「ええ。操る人間がいるのか、船に指示を出しているかまだ判然としませんから、もうちょっと夢中にさせときましょう」
「夢中ー? 幽霊船ってヒビキはワクワクするけどさ、でも乗ってるのは骨とか腐敗してでろでろっぽくてヤーな感じ。夢中になられるより、早くお掃除したいよ」
「ドリュスには行かせないとでも言いたげだな。早く掃除したい気持ちは分るが、ヘル、もう少し待ってくれ。これも大樹を守る為だ」
分かってるよ、とヘルはすこしつーんとして言って、タリアに視線を移した。
「だからタリアちゃんも連れてきたんだもんね?」
「……ええ。ドリュスの大樹や森、皆さんが心配だわ……一刻も早く行きたいけれど、多くの人が足止めされていたら、救援も侭ならないもの」
戦いに向かない、と自分で認めているタリアは、花妖精だ。大樹を中心とした森、それを育んできた花妖精たちが住むドリュスには共感を感じる。
それに、去年の夏に行われた、年に一回のフラワーショーのミス花妖精コンテストでは、彼女が優勝した。少なからず縁がある。
「私は戦いは不得手だけれど、彼らの無事を祈りながら出来る限りの事をするわ」
「大樹には蛇がいるそうだな。そう、海底から現れて大樹に絡む蛇、差し詰めアスクピレオスの杖……か?」
「蛇ねぇ……」
(他人……もとい他蛇とは思えないけど)
ラミアの吸血鬼、つまり下半身の正体が蛇であるヘルは、そちらにも興味があった。
──そんな会話を続けながら、彼らは海兵隊員の合図に合わせて、呼雪は“熱狂”の歌を、自分たち中心に、彼らに向けて歌うと、ドラゴンの速度を上げた。
船団の先頭に回り込んだ二匹の竜。生み出された聖獣・紅蓮の走り手を、誘うように船首に向けて走らせる。呼雪は旋回すると、祈りの弓を握り、船首に挑発のため矢を放った。
タリアは平家琵琶で“悲しみの歌”を弾きながら、アンデッドの射かけてくる矢や魔法にまとわりつく嫌な気配から、皆を守り、ヘルは“テレパシー”で最後尾の契約者たちに状況を伝えていく。
「……あと、少しだよ、もうちょっと頑張って!」
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