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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第1回/全4回)

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【原色の海】アスクレピオスの蛇(第1回/全4回)

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第8章 不法侵入と潜入捜査

「困っている百合園生の為に自ら助けに出られるなんて、アナスタシア会長、その心意気、さすがです! 白百合団の一員として微力ながらお手伝い致します」
 桜月 舞香(さくらづき・まいか)に詰められて、少女少年探偵団の団長──白百合会会長アナスタシア・ヤグディン(あなすたしあ・やぐでぃん)は安心したようだった。
「ありがとうございますわ」
「あたしがアナスタシア会長の護衛に付きます。まだ凶悪な殺人犯が近くに潜んでいるかもしれないですし、百合園の大事な会長の御身に万一のことがあるといけませんので」
「護衛と言っても武器などは持っていらっしゃらないのですわよね?」
 アナスタシアは不思議そうに舞香の姿を眺める。
 春らしく上品な桜色のドレス。白のハイヒール。勿論武器など手に提げていては不審だ。持っているのはハンドバッグくらい。
 舞香は楽しそうに笑う。
「警戒されないためですから。ふふっ、ご心配無用です。あたし、素手での戦闘の方が得意なんです。会長に危害を加える不心得者が現れてもこのハイヒールの魅惑の脚技で蹴り潰してご覧にいれますわ♪」
「そうですの、頼りにしていますわ」
 アナスタシアは嬉しそうに頷いた。
 皆に励まされたり、気にかけて貰ってはいたが、もし自分一人だったら何かあった時に対処できない……という不安があったのだ。ちなみに誰の何を蹴り潰すのかはよく分っていない。
 アナスタシアの服装は、彼女曰く「変装」だった。流石に制服では不味いし、探偵には変装が付き物、なのだろう。ごく普通の、この街で購入したワンピースに眼鏡だ。
 白鳥 麗(しらとり・れい)はそんな姿に、感銘を受けたように気合を入れる。
「わたくし、生徒会長さまの意見に全くの同意ですわ。すなわち『百合園の生徒が困っていたら助ける』……これは百合園生としての当然の責務と考えますわ。
 さ、まずはどちらから?」
「聞き込みに行きますわ」
「ええ、奇遇ですわね、わたくしもそのつもりでしたの。──と言うわけで、我らも参りますわよアグラヴェイン!」
「はあ、お嬢様」
 白鳥家の執事サー アグラヴェイン(さー・あぐらべいん)は一同より一回りほど年齢が上であるためか、引率の先生だか保護者のように見えた。
 麗は生徒会長の護衛も兼ねるつもりだ、とは言っていたが、アグラヴェインから見ると(先頭の能力は別にして)皆子供のようなものだろう。
「ふぅむ……生徒会長さま。聞き込みと言っても無暗にすれば時間がかかって仕方ありませんわ。まずは被害者の死因と凶器の聞き込みを致しません事?」
 というわけで、皆で街路をジェラルディ家に向けて歩きだす。その間、麗は自身の推理を披露した。
「お話を伺うにフェルナン様が疑われているのは、フェルナン様に返り血がついていたからとか……となれば、当然現場には血のついた凶器もあってしかるべきですわ」
「そうですわね」
「凶器が判ればその出所を調べたり、フェルナン様がそれを手に出来たかどうかからアリバイを調べる事が出来ますことよ。
 また、凶器が仮に見つからない場合はそんな状況でフェルナン様が真っ先に疑われた事が怪しくなって参りますわ」
 麗の声はどんどん高くなっていく。
「なぜなら、凶器も持たない人に返り血がつく可能性は、返り血ではなく『助けようとしてついた血』である可能性の方が高いのですわ!」
 ビシィッ! と、前方に指を突き付けたので、アグラヴェインは肩を落とした。
「あら? 沈痛な面持ちでどう致しましたのアグラヴェイン?」
「お嬢様……殺人事件の推理を声高だかになさるとは……このアグラヴェイン、百合園女学院の淑女のなさりようとしては、少々はしたないのでないかと存じます」
「……さ、殺人事件の推理を嬉々として語っている訳では御座いませんことよ! そ、そんな事より貴方は私の推理を裏付ける証拠の聞き込みをなさい!」
 アグラヴェインは何時ものテンションな麗に安心していいのやら心配していいのやら悩んだ挙句、こほん、と咳払いをして。
「発言をお許しいただきましたので考えをお話しましょう。
 さて、お嬢様のおっしゃる通り凶器の正体については重要かと存じますが、当然凶器が用意、あるいは始末されている場合も考えられます。
 そこで私は加えて『使用人の人物像』と『フェルナン様がその使用人を殺す動機』について子細に聞き込みをしておきたいと考えております」
「冴えてますわね」
 さすが我が家の執事、というように例が頷く。
「そもそもこの事件、当のフェルナン様が自失状態と言う事も御座いまして動機が非常に曖昧になっております。『何故使用人は死ななければならなかったのか?』まず、この点からはっきりさせるべきと考えます」
 結局、アナスタシアが選んだのは、ジェラルディ家の近くの家に住み込んでいる使用人だった。
 使用人同士は、仕入れや仕事、待遇の関係で情報交換をすることがある。ジェラルディ家の使用人に直接話を聞ければよかったのだが、警戒させると思ったのだ。
「……失礼いたしますわ。実は最近このお屋敷で……」
 そんな話をしているうちに、ジェラルディ家から人が出てくればしめたもので、「知らない人」が「メイド仲間と話している人」にランクアップされたりもする。
 結果、聞けたのはこんな話だった。

 ・行方不明になった──というより、最近家を去った使用人はソフィー・メイスン、18歳。ヴァイシャリー近郊の農村出身。
 ・流行り病で親兄弟を失ってから親しい身寄りもなく、ヴァイシャリーに出てきてメイドとして雇われた。今回も主人に従ってやってきた。
 ・仕事はハウスメイド。掃除が主な担当。仕事ぶりは普通。そこそこ真面目で、そこそこ社交的。メイドの友人も何人かいる。
 ・聞いたことの悩みと言えば、これからこのまま屋敷のメイドをして一生暮らすことに不安を感じていたくらい。
 ・最近掃除中に高価な花瓶を割ってしまい、その際腕を大怪我した。ジルドからは、そのため暇を出され故郷に帰ったという話を聞いている。
 ・メイドたち使用人は、以前彼女がヴァイシャリーに帰りたいけどいつになるやら、という愚痴を話すのを聞いていた。
 なお、後程確認したところ、フェルナンの覚えている限り、その使用人との接点はない。もしかしたら顔を見かけたり、二、三言会話したかもしれないが、名前すら知らなかったとのことだ。

「まさか、殺されるなんてことはないわよ。
 でもね、最近ヴォルロスで物騒な事件が起こってるのよね。時々水死体が上がるようになって……殺された後突っ込まれたっていう事件もあったわね。で、犯人はまだ捕まってないの」
 ソバカス顔の若いメイドは、そんなことを言った。
「お酒の飲み過ぎで溺れたなんてのもあるから、事件に連続性があるなんて証明はできないんだけどね?
 そうそう、飲み過ぎと言えば、ジェラルディ家には病弱な妹さんがいるでしょう? こう言っちゃなんだけど、ご主人様さんも大分塞いでいてね、魔術や錬金術に手を出すようになって。外出できるようになってやっとジルドさんも元気を取り戻したのよ」

「それでは、次は現場を見たいですわね。現場百回というのでしょう?」
 とアナスタシアが言い出したので、舞香が、
「会長は待っていてくださいね。あたしが行って調べてきます」
 “隠行の術”で姿を消すと、“空飛ぶ魔法↑↑”で塀を越える。“壁抜けの術”で近くの部屋を抜けると、殺人事件の現場を見て来ようとする。
 その後を私も行きますわ、とアナスタシアが追いかけて、麗も続く。
「私も行きますわよ! アグラヴェイン、あなたはそこで待ってなさい!」


 ──ところで。ジェラルディ家のメイドとして潜入捜査を始めたセシリア・モラン(せしりあ・もらん)は、ジェラルディ家では皿洗いのスカラリーメイドとして雇われていた。
 元々「人前では」パートナーのメイドとして振る舞っていたが、掃除が主な仕事のため、少し勝手が違う。彼女は同僚に、不自然にならないように殺された使用人についての情報や屋敷内の人物の人間関係について聞いた。
 時間を見計らって、パートナーのシャーロット・モリアーティ(しゃーろっと・もりあーてぃ)に“精神感応”によるテレパシー伝える。
 が、それは普通の会話(殺された使用人、の、殺人事件を使用人はそもそも知らなかった)に留まっていた。
 彼女は、真犯人の解決は、あくまで百合園女学院の生徒達をはじめとした、探偵役に、あくまで円満に解決させようとしたのだが……真相に気付くための情報も手がかりも落ちてこなかった。
 彼女の連れていた真犯人と思しき「自白した犯人」も、この事件の真犯人ではないことを、シャーロットは知っている筈だ。