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争乱の葦原島(前編)

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争乱の葦原島(前編)

リアクション

   八

 サイアス・カドラティ(さいあす・かどらてぃ)は【ディテクトエビル】を使い、邪念を多く抱いている地域を探した。
「これは……思った以上に多い。かなりの人数が参加したようですね」
「原因云々は、この際どうでもいいわ。とにかく鎮圧しないとね」
「はい!」
 ところが、ルナ・シャリウス(るな・しゃりうす)と共にそこへ赴くと、邪念どころか人気が全くなかった。
「どういうことなの……?」
「場所は合っているはず――なんですが」
 サイアスにもわけが分からない。とにかくその村を徹底的に調査することにした。
 すると、人はいるにはいるが、全員気力も体力を失い、寝込んでいることが分かった。看病する人間すらおらず、このままでは飢え死にしかねない。
 更に作物は枯れ、山の木々も丸裸になり、動物たちの死骸が転がっていた。
 とにかくゲイルへ連絡を、と考えたサイアスの【ディテクトエビル】に反応があったのは、その時だ。
「気を付けてください!」
 サイアスは賢人の杖を、ルナは拳を構え、待った。
 やがて音もなく、それは現れた。
 白いローブのような物を纏い、金色の長い髪をした人物だった。男か女かは分からない。肌は白、瞳は灰色で奇妙な印象を見る者に与えた。
(コントラクターか……)
 頭に直接語りかけてくる。
「あなたは誰です!?」
(仲間に伝えよ。この村から暴徒が出ることはない、と)
 そしてその人物は姿を消した。


 平太とニケ・ファインタックは、青藍で情報収集に当たっていた。どの地域で暴動が激しいか、人々がどこから来ているか――そして、漁火らしき人物はいないか。
 平太の戦闘能力に問題があるため、こっそり動いていたものの、やはり余所者は目立つのだろう。しばらくして、町の人間に問い質された。ニケはしれっとして「スパイがいないか探しているんです」と答えた。しかし、平太の方がしどろもどろだったことと、ニケが明倫館の制服を着ていたことから怪しまれてしまった。
「逃げますよ!」
 多勢に無勢。逃げるが勝ち、とニケは平太の手を取った。だが生憎、平太は足も遅かった。更に右足が左足に絡むというとても器用な転び方までしてくれた。
「クソッ!」
 ニケは舌打ちし、振り返りながら銃を抜いた。刃傷沙汰は避けたかったが、こうなれば仕方がない。
 しかし、銃を構えたニケと町人の間に、突然、大きな豆柴が降り立った。わんっ、と巨大な豆柴が吠える。それはむしろ、親愛の証とでもいうべき優しい声音だったが、巨体だけに周囲に鳴り響き、町人たちは腰を抜かした。
「こちらです!」
 横の道から手が伸びてきて、平太の手首を掴んだ。平太はそれほど軽くないはずだが、ふわりと体が宙に浮き、そのままどこかへと運ばれていった。
「ここまで来れば大丈夫だろう」
 今は使われていない蔵に飛び込むと、ニケを連れて逃げた人物――ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)が言った。どさりと平太も床に落とされた。
「アイテテ」
 尻を擦りながら、こんなに細いのによく僕を運べるなあと感心しながら、平太はフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)を見上げた。――と、蔵の壊れた窓から、忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)が飛び込むなり、平太に詰め寄った。
「こら鈍くさ! 鈍くさの分際で暴動鎮圧しながら機晶姫探しなんて生意気ですよ! もっと頭を使うのです」
「鎮圧はしてないです……無理だと分かったんで」
 びくびくしながら、平太は答えた。
「礼を言います。おかげで無益な争いが避けられました」
 ニケはベルクの手を握った。「あなたも」
 フフン、とポチの助は鼻を鳴らす。
「僕のビグの助にかかれば、どうってことないです!」
 あの巨大な豆柴は、ポチの助のペットだった。豆柴が巨大な豆柴に乗るという可愛らしい構図で、後に青藍における「親子の妖怪犬」のモデルとなるのだが、ポチの助の中では巨大な馬に跨る英雄のような、勇猛果敢なイメージになっていた。ちなみに今は、散歩している。
「なぁに、お互い様だ。それより平太、ちょっと思ったんだが、お前、ベルナデットのメンテをしてたんだろう? なんかこう、機晶姫の機能を一時停止させたりするような仕組みとか道具とか、心当たりねぇのか?」
「機晶石、ですかね。破壊されると機能停止は当たり前ですし、うまくエネルギーを伝えられなければ、一時的に機能停止はありえます。でも直すことは出来ても、うまく一時停止させられるかどうか」
 漁火をオルカムイのところへ連れていくため、どうにか彼女を大人しくさせられないかとベルクは考えたのだが、それは危険だと平太は思った。そもそも簡単に機能停止できるようでは、機晶姫は今現在、自由に動くことが出来ないだろう。
「後は――リプレス、ですかね」
「ありゃ確か、漁火が持っているんだろう?」
 平太は頷いた。
「あれだと、機能停止は出来なくても、ベルを神さまのとこへ連れていけるんじゃないかな……ないから、どうしようもないけど」
「そんなことより鈍くさ! この超優秀なハイテク忍犬のアイデアを聞くのです!」
「は、はい!」
 平太は思わず直立不動になった。
「鈍くさは僕や武蔵さんと違って戦いなんて出来っこないんですから、こそこそ働けばよいのです! ピグの助に乗せてやるから、【テクノパシー】で状況チェックするのですよ!」
 何でそこで宮本 武蔵(みやもと・むさし)が出てくるんだと首を捻りつつ、平太は尋ねた。
「でも、この町、街頭に監視カメラとかないですよ?」
「ケータイとかスマホを使えばいいでしょう!」
「誰が置いてくるんです?」
「エロ吸血鬼です!」
「え、俺?」
「死んで来い! エロ吸血鬼!」
「何だそれは!?」
「私がやりましょう」
 ポチの助がベルクに押し付けようとした腕時計型携帯電話を、フレンディスが受け取った。
「【御形の術】でこっそりこれを置いて状況をチェック。それを繰り返せばよいのですね?」
「だ、駄目です、ご主人様! 危険です!」
「お前、俺を危険な目に合わせようとしてたのかっ」
「ポチ」
 フレンディスはにっこり微笑んだ。
「平太さんを守り、且つ情報を手に入れるとてもいいアイデアだと思います。私も出来ることをしなければ……」
「フレイが行くなら、俺も行くか。ボディガードだ」
「私も行きます。何かあったとき、守るぐらいは出来ますよ」
「ぼ、僕も!」
「お前はここで平太と待機」
 ベルクに額を突かれ、ポチの助はその指を噛み切ってやろうとしたが、フレンディスが見ているのでやめた。代わりに後で平太の脛を蹴っておいた。
「イタッ! な、何なんですか、もう……」
「黙ってるのです!」
 三人が出て行ってすぐ、平太のラップトップに連絡が入った。他の村を見て回っている、シリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)からだった。
「え? オーソンって、あの……!?」
『ああ。それらしい人物が小さい村に現れたらしい。それに三道 六黒の仲間も捕えたそうだ。漁火はまだ行方が分からないが、多分……』
 希望が見えた、と平太は思った。