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リアクション
ミツエはというと、アドラー・アウィス(あどらー・あうぃす)に助けられていた。
「空から降ってくる女の子との出会いなんて、ちょっと運命的だと思いませんか?」
きれいな青い目でにっこりと微笑まれたが、運命という言葉にミツエは思わず迫ってくる赤い大河を見やる。
つられて顔を上げるアドラーに、ミツエはぽつりとこぼした。
「あんなのよりはマシよね……。運命の赤い糸って、もっとロマンチックなものだと思ってたんだけど」
「確かに、困ってしまいますねぇ」
アドラーが苦笑した時、背後から首筋にひんやりとしたものが触れた。
同時に、同じくらいの冷たさの声。
「何が困っちゃうのかな? ん?」
「しっ、椎名さん!」
とたんに背筋を伸ばすアドラーの額に、うっすらと嫌な汗がにじむ。
いまだアドラーに抱きかかえられたままのミツエが、ひょこっと後ろに顔を出すと、きれいすぎる笑顔の椿 椎名(つばき・しいな)がいた。彼女の剣がアドラーの首筋に当てられていたようだ。
ミツエは慌ててアドラーの腕から抜け出した。
「ごめんね、あんたの彼氏を盗ろうとしたわけじゃないのよ」
「ああ、そういうんじゃないから。それより、何もされなかった? こいつ、女と見ると見境なくて」
「人をケダモノみたいに言わないでください。女の子に声をかけるのは礼儀でしょう? それに、俺は助けただけです」
「助けた時に何言った、その口は」
ピタピタと首を叩く剣に、青ざめて口をつぐむアドラー。
いったいいつから椎名は見ていたのか。
その時、上空で何かの衝突音が響いた。
ハッと見上げたミツエが叫ぶ。
「饕餮!」
いつの間に動き出していたのか、饕餮が再び参戦して敵龍騎士と戦っていた味方の龍騎士やイコンを次々墜落させているではないか。
アルコリア達から受けたダメージのせいか、最初ほど動きに精彩さはないが、それでも充分脅威だ。
そして、アイアスと目が合ってしまった。
「やばい、あいつこっちに来るわ!」
逃げなきゃ、とミツエが逃走態勢についた時。
「ミツエねーちゃーん!」
1000人の配下を引き連れて七瀬 巡(ななせ・めぐる)がやって来た。
「助けに来たよー。……でも、戦術とか作戦とかよくわかんないんだ。何したらいいかな?」
「今から来る龍騎士達をぶっ潰すのよ! 1000人で一人を相手にするの。バラバラになったらダメよ。それと、できるだけ従龍騎士を狙うのよ」
戦い方の例として、ミツエは瓜生コウのほうを指差した。
怪我人などの脱落者はいるが、味方のイコンと協力して龍騎士を袋叩きにしている。
「わかった。赤い糸は? ミツエおねーちゃん以外の人が触ったらどうなるのかな」
「気味悪いから近づかないほうがいいと思うわ」
「じゃあそうするね」
「悪いけど、ここは任せるわね。あたしはリモコン取り戻しに行くから」
「うん、がんばって!」
巡の励ましに送り出されたミツエは、すぐにアツシらしき人影を見つけて走り出した。
巡は剣を抜くと、突出してきた敵の従龍騎士に向けて配下に目標を示し、
「あいつをボコボコにやっつけるよー!」
と、号令を出した。
地上のミツエ達を急襲するアイアス達に、イリアスも配下に指示を出して背後から襲わせようとしていた。
そのイリアスに、クライス・クリンプト(くらいす・くりんぷと)がそっと近づいて言う。
「このままでよろしいのですか? もしかしたら、乙軍の者に……騎士の誇りなき者に、弟様を討たれてしまうかもしれませんよ」
イリアスはおもしろいものを見たように目を細くした。彼からは、クライスの顔は目深にかぶった兜によって下半分ほどしかわからない。
クライスは東側ロイヤルガードの立場にいるため、おおっぴらに顔を見せることを避けたのだ。
イリアスは、彼が顔を見せないことについては特に何も言わなかった。
「戦に出て名のある将自身の手に討たれることは幸運であろうな。死ぬ時は、つまらぬ流れ弾や、ただの一兵卒にてあっさり逝くものよ。もっとも、アイアスを倒せる者など、この中では饕餮くらいであろうがな」
「──つまり、ここで弟様がどこの誰に討たれても、それは運だったと?」
「そういうことだ。だが、その運を引き寄せることもまた力量かな」
「それなら……っ」
クライスは声を強くする。
「もし、行くと言うなら、僕が道を開きます」
「アイアスには護衛の龍騎士がついているが、おまえに退けられるかな?」
「騎士の決闘に横槍を入れる者はいないかと」
しばらく、クライスは兜の向こうからイリアスの見透かすような視線を感じていたが、やがて「参るぞ」と促す声に顔を上げた。
その頃にはイリアスはもう自分のワイバーンに騎乗していた。
クライスも急いでワイバーン【クラリッサ】に乗る。
「話は決まったー?」
クラリッサで待っていたサフィ・ゼラズニイ(さふぃ・ぜらずにい)の陽気な声に、クライスはこれからアイアスまでの露払いをすることを告げる。
「おっけー、がんばろう♪」
引き受けたことの危険さをわかっているのかいないのか、サフィはいつもと同じ調子で答えた。
クライスを前に、クラリッサは飛び立つ。
彼の指示に従いクラリッサはアイアス目掛けて一直線に斬り込んだ。後ろにはイリアスがついて来ている。
アイアスは隊の後方で龍騎士を一人、護衛につけていた。
「イリアスがアイアス殿に決闘を申し込みます!」
「そうはさせん! アイアス殿は決闘などせぬ!」
立ちふさがる龍騎士がクライスを薙ぎ払おうと槍を振る。
クライスは龍鱗化で自身の耐性を上げてどうにか凌いだ。
一度旋回してから、彼はもう一度龍騎士に突っ込む。
串刺しにしてくれよう、と槍を構えた龍騎士へ、クライスは中腰になると槍が突き出される一瞬前にバーストダッシュの力を込めて鐙(あぶみ)を蹴り、龍騎士へスピアを繰り出した。
予想外の攻撃に龍騎士は身をかわし損ね、片腕を持っていかれる。
と、同時に下から急な突き上げを食らった。
サフィがクラリッサに指示を出して、下方からクロー攻撃を仕掛けたのだ。
クラリッサは宙に投げ出されたままのクライスを受け止めた。
アイアスが襲撃されていると知った龍騎士や従龍騎士のいくつかが、クラリッサに襲い掛かる。
「しっかりクラリッサちゃんを動かしてよ。──下斜め30度! 右旋回0,5秒! 上上下下左右AB!」
「さっぱりわかりません!」
サフィのアドバイスらしきものを即座に突っ撥ねるも、クライスは傷を負いながらも離脱した。
それを見送ったイリアスがアイアスと向き合う。
「いつまでも損害を出し続けるのは、そろそろやめにしようか」
「……兄者を倒せば、ミツエの守りも薄くなろう」
今さら己の考えを変える気もない双子は、それぞれの武器を相手に向けた。
地上では従龍騎士が乗るドラゴンと椿 椎名(つばき・しいな)が指揮する1000人の部隊が激しく戦っていた。
偃月の陣を採用した椎名が先頭で小型飛空艇ヘリファルテを駆り、龍骨の剣を振り上げて雄々しく突っ込む。
配下の士気は上がり、椎名が従龍騎士と武器を打ち合う周りから、それぞれの武器でドラゴンを打ち据えた。
痛みを振り払おうと、ドラゴンが大きく息を吸い込む。
その時、その鼻先を銃弾が撃った。
少し離れた上空から、椿 アイン(つばき・あいん)が禍心のカーマインで狙い撃ちしたのだ。
「アーちゃん、このままブレスを封じるよ!」
「はい」
アインは小型飛空艇オイレを操縦するソーマ・クォックス(そーま・くぉっくす)の後ろに乗っていた。
どう動くかはソーマに任せ、アインはドラゴンのブレスを中心に攻撃を封じることに専念する。
ブレスを邪魔されたドラゴンは、今度は爪で椎名や配下を薙ぎ払おうとした。
しかしこれも、アインの弾がまぶたのあたりを掠め、虚しく宙をかくだけに終わった。
「惜しい! もうちょっとで目玉直撃だったのに!」
「……それはかえって危ないかも」
アインの答えに、ソーマは「そうかな?」と呑気に首を傾げている。
アインは黙って頷いた。
ドラゴンの周りには椎名達がいるのだ。
目玉を傷つけたことで大暴れでもされたら彼女達の身が危ない。
「あっ、見て見て! 従龍騎士を引きずりおろしたよ!」
ソーマの言う通り、従龍騎士は、ついにドラゴンの体に乗り込んだ配下達によって地面に引っ張られて落とされ、抵抗するも受ける傷のほうが多かった。
騎士を失ってはドラゴンも何もしてこないだろう。
「そういえば、ミーちゃんはどこだろう」
「あっちよ。誰かついてる」
ソーマがアインの指差すほうを見れば、少し離れたところにいるが黒ずくめの男が護衛しているようで、ミツエはアツシのいるほうへ走っていた。
彼女の周りに敵の影はなく、今のところは安全そうだ。
その黒ずくめの男とは、ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)のことだ。
常闇の 外套(とこやみの・がいとう)も同行しているが、その名の通り外套としてロイと共にいた。
「ミツエが大帝のパートナーになァ。そうなったら、もう手が出せねぇなァ。一度くらい着られ……じゃなくて、話しをしてみたかったなァ。まあ、おまえがそうするって言うなら、協力するっきゃねぇけどな! とはいえ、俺様はこの通りおまえが着てるから、何もできねーけどよ。……なぁ、何か言えよ。俺様がしゃべるのはいつものことだが、こう相槌一つねぇと寂しいだろ」
マシンガンのようにしゃべり続けているのは、常闇の外套のほうだ。
後ろから見たらロイが一人で見えない誰かに話しかけているように見えただろう。
何か話せとせっつかれても、ロイは無言を通した。
前方のミツエや自分自身に敵意を持つ者が近づいていないか、周囲に気を配っている。
ミツエは、ロイが後方から護衛についていることを知っているが、振り向くことはしなかった。
ロイが護衛を申し出る際、彼は教導団はミツエにあまり好かれていないだろうと考え、信用を得るためなら教導団の軍服を切り裂いてもいいと思っていた。
そのことを告げて軍服に手をかけようとした時、
「ムカついてるのは団長にであって、教導団に対してじゃないわ」
と、止められたのだった。
ミツエはロイの心の中など知らないが、今のところは信用しているようだ。
「敦のことは強いと認めていたが、何か秘策でもあるのかねェ」
「さぁな」
ようやく返ってきた返事は、返事というにはあまりにも短すぎた。
その頃、主な戦場からやや離れたところで、別の戦いが始まろうとしていた。
ザザッ、と地面を転がったのはこれで何度目か。
擦り傷や痣だらけになりながらも、駿河 北斗(するが・ほくと)の目から闘志は消えていなかった。
それを、離れたところから呆れ顔で眺めているベルフェンティータ・フォン・ミストリカ(べるふぇんてぃーた・ふぉんみすとりか)。
対照的におもしろそうに見ているのはクリムリッテ・フォン・ミストリカ(くりむりって・ふぉんみすとりか)。
「何て言うか、今日も馬鹿よね」
「北斗が変なのは、今に始まったことじゃないでしょー。もしかしたら、絶対的な力を見せ付けられ、それまで信じてたものがあっさり折れちゃった姿に、昔の自分でも見てたりしたんじゃない?」
悪戯っぽく笑うクリムリッテ。
それでもベルフェンティータの冷めた目は変わらない。
北斗はというと、突っかかっていく自身を撥ねつけるくせに、それ以上のことをせず、萎れたように地に伏せているヒュドラに、必死に語りかけていた。
「てめぇの主は死んだんだ。もう居ない。……だけど! てめぇの記憶に、その心に、一つになってあり続ける! こんなとこでへたってんじゃねぇよ!」
ヒュドラを怒鳴りつけると、北斗は強化光条兵器【ミストリカ】を現した。
切っ先をやる気のない目のヒュドラに向ける。
その態度の意味するものは、もとの主、ギュスターブが饕餮に一撃で倒されたことへのショックか、あるいは北斗を低く見ているからか、ヒュドラ本人しかわからない。
どちらにしろ、生気の欠けた瞳を北斗は許せない。
「俺の名前は駿河北斗。ドージェを目指す男だ。てめぇのその折れた根性、叩き直してやるから覚悟しやがれ!」
さすがに傷つけられるのは嫌だったのか、武器を向けられたヒュドラが巨体を立ち上がらせる。
それだけで威圧感を放っているが、北斗は怯むことなく突っ込んだ。
おっくうそうに払いのけようとする前足を掻い潜り、北斗のミストリカがヒュドラの胸に吸い込まれる。
「誇りを思い出せ! おまえは戦えるはずだろう!」
北斗は勢いのまま剣を振り抜いた。
直後、彼の体が吹き飛ばされる。
離れて見ていたベルフェンティータとクリムリッテには、それがブレスだとわかった。
攻撃されて怒ったのか?
しかし、光条兵器で斬られた箇所からは出血もない。
北斗はヒュドラを物理的に傷つけようとしたのではなく、ギュスターブを倒した饕餮への恐怖心を斬ろうとしたのだ。その際、より効果が出るようにスタンクラッシュで畏怖も呼び起こそうと試みたのだが──。
九つの頭からそれぞれ咆哮を上げると、ヒュドラは砂煙を巻き上げて羽ばたいた。
ブレスに吹き飛ばされた北斗が束の間の気絶から目を覚まし、ヒュドラを見上げる。
「何だ? どうなってんだ?」
北斗の手には何の手応えもなかった。
だから斬りつけた瞬間、失敗した、と感じた。
だが、目の前のヒュドラは先ほどとは別人のように生き生きとしている。
「アイアスを見ているみたいね」
いつの間にか傍に来ていたベルフェンティータが、北斗にヒールをかけながらヒュドラの視線の先にいるものに気づいて言った。
アイアスとイリアスはお互い一歩も引かない激闘を続けている。
乗り手のギュスターブを失いはしたが、自身はエリュシオンの騎龍であるという自覚があるのか、あるいはアイアスかイリアス──この場合は帝国龍騎士であるアイアスに従うように指示されているのか。
光条兵器は効かなかったが、北斗の言葉で誇りを取り戻したのか。
ある程度傷の癒えた北斗はヒュドラを諦めきれずに、飛び立とうとする尻尾に飛びついた。
ベルフェンティータとクリムリッテが何か叫んでいたが、聞こえなかったことにした。
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