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運命の赤い糸

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運命の赤い糸

リアクション



運命の赤い糸は無理矢理繋ぐもんじゃねぇ


 ミツエが巡と共に仲間達のところに戻ってきた時、軽やかなベルの音がしてスッと横にサンタのトナカイが滑り込んできた。
「リモコンは取り返せたでありますか?」
 気遣わしげに尋ねる相沢 洋(あいざわ・ひろし)に、ミツエは悔しそうに首を横に振る。
「でも、きっとまた来るわよ。あいつ、饕餮を気に入ってたみたいだから。その時こそ取り返してやるわ」
「そうですか。では、火口が向かってきているか見てくるであります」
「うん。頼んだわ」
 御者を務める乃木坂 みと(のぎさか・みと)に洋は目で合図を送り、トナカイを走らせた。
 それから少しすると、アツシではなくイーオンがミツエの前に来て、リモコンを差し出した。
「火口から預かってきた。彼はもう大丈夫だろう」
「どういうこと?」
 不審そうなミツエに、イーオンはアツシから説明されたことを話した。
「ふぅん。ま、落ち着いたならそれでいいわ。ありがとう。さあ、饕餮! アイアスらをぶちのめすわよ!」
 声高らかにミツエが饕餮を操作しようとした時、
「危ない!」
 と、誰かに突き飛ばされた。
 倒れこんだミツエに覆いかぶさっているのは諸葛涼 天華(しょかつりょう・てんか)だった。
 鋭い殺気に反射的に体が動いていた。
 ミツエの頭があった位置を、レーザーが軌跡を残す。
 天華の行動が少しでも遅れていたら、ミツエは死んでいただろう。
「天華様、あそこに!」
 黄 月英(こう・げつえい)が指差すほうを見れば、ミツエの周囲を警戒していて先ほどアツシを探しに行ったはずの洋とみとがいた。
「敵であったか……!」
 見抜けなかった自身に怒りを覚えながら、天華はバニッシュでサンタのトナカイを撃ち落そうとしたが、すでに離れていってしまっていた。
 魔法を放っても届かないだろう。
 一方、洋はというと。
「思わぬ邪魔が入ったな……」
 内心はわからないが、見た感じは暗殺失敗に対する苛立ちはうかがえない。だが、まったく何とも思っていないわけではないようだ。
「シャンバラの状況を見るに、大帝のパートナー候補は減らしたかったのだが」
「──追っ手は来ていませんが、万が一の時は重たい武装は放棄します」
 洋はちらりと後方を見やる。
 ミツエ達が次の行動に出る前にさっさと抜け出したのが良かったのだろう。
 追っ手がついていたら面倒だった。小型飛空艇くらいなら逃げ切れたかもしれないが、イコンでも来たらたちまち追いつかれていたはずだ。
 もっとも、その確率はとても低いが。
「……時代は暗殺によって動く。日本でも西洋でも──そして、ここでもね。リンカーンも伊藤博文も死して時代は動いた。そして暗殺の動きだけでも、時代は動く」
 洋が誰にともなくこぼした言葉は、風に流れていった。

 洋の襲撃と入れ替わるように、とうとう運命の赤い糸が目前に迫っていた。
 ひょっとすると空一面赤く見えそうだ。
 契約阻止のために来てくれたイコンは、ほとんどが饕餮にやられて最初ほど動けない。
 イリアスとアイアスはいまだ決着がつかず、二人の配下が衝突を繰り返しながらミツエ達へと近づいてきていた。饕餮が暴れた分、アイアス配下のほうが押している。
「赤い糸もそうですが、戦闘に巻き込まれるのは避けましょう。それに、兵法三十六計の最後の計、『走(に)ぐるを上(じょう)と為す』……とも言いますし」
 月英の言うことはもっともで、好んで龍騎士同士の戦闘に巻き込まれたい者などいないだろう。
 しかし、迷いを見せるミツエに天華がそっと手を引いて、言葉を続けた。
「そのような状態では妙案も浮かぶまい。行こう」
「行ってください。龍騎士は僕達が食い止めます。そして落ち着いて凄い作戦を考えてきてくださいね」
 最後のほうはやや悪戯っぽく言って、天華や月英の言の後押しをする音井 博季(おとい・ひろき)
「さっきの狙撃の奴や、他の不審者にも気をつけろよ」
 ボキボキと指を鳴らすラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)
「饕餮を使うわ。操作に集中できるところまで行かないと。みんな、死なないでね!」
 あっちだ、と行く先を示す天華に手を引かれ、ミツエは駆け出した。
 ラルクは自分達を踏み潰そうと迫るドラゴンに、ニヤリとして拳を打ち鳴らした。
「さって……そんじゃあ行くかな。てめぇら!」
 配下1000人を鼓舞する。
「相手が龍騎士だからってびびんじゃねぇぞ! 人海戦術で確実に仕留めていくぜ!」
 オオオオッ! と、雄叫びと武器を鳴らす音が返ってきた。
 さっそく最初の敵を定めたラルクは、ヒロイックアサルト『剛鬼』で身体能力を上げると、配下に指示を出してミツエが走っていったほうに立ちふさがる。
 そして、神速でドラゴンの爪をかわしながら、龍騎士を引きずりおろそうと接近を試みた。
 しかし龍騎士も槍でラルクを牽制し、時折魔法も混ぜて攻撃をしてくるため、なかなか思うようにはいかなかった。
 そのうち他の従龍騎士が加勢に現れ、配下を攻撃しようとする。
 が、そこに横からレッサーワイバーンの炎が襲った。
 直後、従龍騎士がドラゴンからはじき出される。
「今です!」
 それらをやったのは博季だった。
 彼女の声に、配下がいっせいに従龍騎士に殺到し、囲んでボコボコにしていく。
 その頃にはラルクも隙をついて龍騎士を蹴り落とし、配下に攻撃させていた。その蹴りは急所を打ったのか、龍騎士は本来の力を出すこともできず倒された。
 主を失ったドラゴンはどこかへ逃げていく。
「次はどいつだァ!」
 振り向いたラルクの目の先には、ワイバーン。
「……人の頭の上をちょろちょろするもんじゃないぜ」
 ラルクは精神を集中させると、天のいかづちがワイバーンの翼を貫く。
 龍騎士を一人倒したことで士気のあがった配下が、心得たように飛び掛った。
 今度はラルクもそれに参加する。
 槍の一振りで十数人の配下を薙ぎ倒した龍騎士の懐に、突如現れるラルク。その拳はすでに龍騎士に触れていた。
「恨みはねぇが……まぁ、嫌がってる奴にそこまで無理させる必要もないだろ? すまねぇな」
 呟いた後、龍騎士の体はくず折れた。
 その時、たくさんの魔法攻撃の音が響いた。
 何かと見れば、博季の配下の中で魔法の得意な者達が一斉攻撃をしている。
 その中心から、やや髪を焦がした博季が転がり出てきた。
「大丈夫か?」
「何てことありません。皆さん、総攻撃です!」
 博季の声に、今度は武器を掲げた者達が躍り出た。
 彼が魔法の集中攻撃の中から出てきたのは、敵龍騎士を光術で目晦ましした後、鳳凰の拳で急所を突いたためだった。そのタイミングで攻撃するように指示を出していたのだ。
 作戦は成功したが、博季は龍騎士がとっさに振った槍に腕を傷つけられていた。
 ラルクはシャツの袖を引きちぎって、患部にきつく巻きつけた。
「今はこれだけだ。傷は浅いから平気だろ」
「ありがとうございます。大丈夫。まだいけます」
「おう、その意気だ!」
 二人が笑みを交し合った時、轟音と共に足元が揺れた。
 その場所は砂煙がもうもうと上がっているのですぐにわかった。
 風で流れてくる砂塵から顔をかばいながら、細めた目にやがて見えてきたのは、巨大な落とし穴にはまっているドラゴンだった。
 唖然とする二人とは別のところで、李厳 正方(りげん・せいほう)が薄く笑む。
 赤い糸の進路と下がらざるを得ない味方の戦線から見当つけた数箇所に、イリアスから龍騎士を数人貸してもらってドラゴンサイズの落とし穴を掘ったのだ。
 さらに、続いて攻めてきた別のドラゴンは、いきなり転倒した。
 ドラゴンの足にワイヤーロープが絡まっている。
 これは、桐生 ひな(きりゅう・ひな)ナリュキ・オジョカン(なりゅき・おじょかん)のスカイフォーチュンで、正方の指示で罠を作ってもらったのだった。
「ロープのほうは引っかからないと思ってましたが……では、行きますよ!」
 正方は駿馬の腹を蹴り、龍騎士達が態勢を整える前に討つべく配下を率いた。
 上空のスカイフォーチュンでは、その様子を見ていたひなが小さく笑みを浮かべていた。
「うまくいったみたいですねー。でも、休んでる暇はないのですよー。ナリュキ!」
「いつでも」
 スカイフォーチュンは、イリアスの部隊がこぼしたワイバーンへアサルトライフルを向ける。
 その時、ひなは赤い糸が急に加速したように見えた。
「ミツエ……!」
「よそ見をするにゃ!」
「牽制しながらミツエを助けに行くですよ!」
 落ちたワイバーンは、きっと正方が何とかしてくれるだろう。
 その頃ミツエはどうにかして走りながらでも饕餮を操作しようとしていたが、饕餮に対して背を向けているため、これはかなり難しいことだった。
 下手に動かして味方を攻撃してしまっては元も子もない。
 少しの時間でもいいから、赤い糸を止めることはできないだろうかと考えた時、
「ミツエ」
 と、茅野 菫(ちの・すみれ)が並走して言った。
「あたしの吸精幻夜であんたの気配を一時的に分けられると思うんだ。赤い糸は引き受けるから、あんたはその隙に饕餮でアイアスを倒せばいいよ」
「あの赤い糸、すごくやばそうな気がするんだけど」
「でも、このままじゃ埒が明かないじゃん」
 菫の言う通りだ。
「……わかった。どこまでごまかせるかわからないけど、やってみよう」
 二人は足を止めると、息を整える時間も惜しむように菫はミツエの首筋に歯を立てた。
 もういいだろうと離れた時、ミツエからふらついたので大地の祝福で回復させておいた。
「じゃ、二手に別れるよ」
 菫は軽く手を振り、走っていった。
 ミツエも赤い糸を見上げるとすぐに駆け出した。
 振り向いた天華が「あっ」と声をあげる。
「迷ってるのか?」
 ミツエも振り返れば、赤い糸は空中に留まり前にも後ろにも移動していない。
 今のうちよ、ミツエは少し先にある大きめの岩陰に滑り込むと、顔だけ出してリモコンを握り締めた。
「みんなを助けなくちゃ」
「ギュスターブのように騎士を潰していけばいい」
「そうね。やり損ねても地上のみんながフクロにしてくれるわ」
 さっそくミツエはアイアスの配下達の後方を饕餮に襲わせた。
 急に動き出した饕餮に襲撃されたアイアスの龍騎士達は、当然混乱した。
 押され気味だったイリアスの配下や乙側のイコン達が勢いを盛り返す。
「さっさと帝国に帰れ!」
 届くはずもないが思わずミツエが声を荒げた横で、天華がハッと息を飲む気配がした。
「血の大河が動き出した。こっちに来るっ」
「何ですって!? 菫は無事?」
「わからん。ともかく走るぞ。イコンが何機か血の大河に向かってる」
 ミツエ、天華、月英が走り出した先で、荒野にミスマッチな雅な雰囲気の男が手を振っていた。
「ミツエ殿、あの赤い糸は我らが食い止めよう。このまま真っ直ぐに駆けてくれ」
 そう言った讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)の目は、作戦のある目だった。
「シューティングスター☆彡もプラズマライフルも効かなかったけど、どうするつもり?」
「進路を曲げるのだよ。……さあ、早く」
「龍騎士にも気をつけて!」
 作戦の詳細はわからないが、顕仁に任せることにした。
 ミツエ達を見送った顕仁は、そっとため息をつく。
「仮にも大帝を名乗ろうという男が、嫌がる相手、しかも女性に無理強いとは、優雅ではないの」
 呟いた後、不意に出るあくび。
 顕仁は慌てて気を引き締めた。
 こんなところを見られては、パートナーの信頼を失ってしまう、と。
 それから彼は博季のいるほうを見やる。
 赤い糸といよいよ対峙する時は護衛に来てくれないかと頼んだのだ。
 博季はもとより赤い糸に攻撃する人達を龍騎士の妨害から守るつもりでいたので、すぐに引き受けてくれた。
 じきに大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)の率いる1000人のところに駆けつけてくるだろう。
 泰輔は配下に作戦の説明をし、彼らを励ました。
「さあ、来るで! 後は根気勝負やどー!」
「おおッ!」
 気合のこもった返事がきた。
 泰輔の1000人は輪を描いて赤い糸を待ち構えている。
 彼らの向こうのミツエ目掛け、赤い糸は急降下してきた。
 間近に見ると、はたして人の手でどうにかなるものなのか不安になる巨大さだが、泰輔に退く気はない。
 大帝の力の証というだけあり、ピリピリとした空気が泰輔の頬を打った。
 最初の一人の手に触れたとたん。
「回せ回せ回せー! 余計なこと考えたらあかん!」
 泰輔の作戦通り、1000人がまるでバケツリレーのように赤い糸を輪に沿って後ろの人に渡していく。
 が、その勢いは凄まじく、渡す先から弾かれて尻餅をついていた。何と言っても巨大すぎる。
 見ていたフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)は、
「やはりリズムが必要ですね」
 と、頷くと、連携が乱れないように、また転んだ者も慌てずにリレーに戻れるように、と労働歌の指揮をとった。

♪ブン、ブン、ブン、あホイ!
 なにが悲しゅうて糸巻きくりくり
 自分みずから会いもせぬ
 そのよな男に求婚の
 資格ありゃしょか、ありゃしょまい!

 ブン、ブン、ブン、あホイ!
 これも楽しく糸巻きくりくり
 いとしミツエが嫌い避く
 そのよな男の強引な
 契約ありゃしょか、ありゃしょまい!♪

 1000人の口から歌が紡がれる。
 糸の進路の邪魔をさせてなるものか、とアイアスの放った龍騎士が泰輔達を蹴散らそうと向かってくるが、それらは博季やラルクとまず戦うことになった。
 赤い糸は泰輔の狙い通りに輪に沿ってくるくる回らされることになるかと思われたが、最初のほうに触れた者達から突如死にそうな悲鳴があがった。
 彼らの手が、その他触れた箇所が、真っ赤に爛れていたり無数の切り傷がついていたりした。
「熱いんか? 毒か!?」
 急いで駆けつけた泰輔が、転がって呻き声をあげる人り手を掴んで患部を見た瞬間、状態の酷さに顔をしかめずにはいられなかった。
「ミツエがこれに触れたら……?」
 契約する前に死ぬんじゃないのかと考えてしまう。
 赤い糸は1000人の輪を嘲笑うように一周すると、空高く舞い上がる。そこから標的を探すように。
 これを見たレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)の目が、怒りで鋭く光る。
「ミツエさんは性格に問題ありですが、彼女自身を見ずに迫る契約に飽き足らず、乙女にこのようなものを差し向けるなど、とんでもない侮辱です!」
 泰輔の止める声も聞かず走り出すレイチェル。
 彼女は再び降下を始めた赤い糸の前に立ちふさがった。
 赤い糸がレイチェルを飲み込んだ直後、泰輔、フランツ、顕仁が倒れた。
 赤い糸から吐き出されたレイチェルは、配下達の手のようにむき出しの部分が爛れてはいなかったが、肌が赤黒くなっていて何らかの毒を含まされたように見えた。