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【ニルヴァーナへの道】鏖殺寺院の反撃!

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【ニルヴァーナへの道】鏖殺寺院の反撃!

リアクション


3,作戦開始



「お待たせしました」
 小暮 秀幸が片手にファイルを持って、教室に戻ってきた。
 待合室代わりに用意された教室には、斎賀 昌毅(さいが・まさき)カスケード・チェルノボグ(かすけーど・ちぇるのぼぐ)阿頼耶 那由他(あらや・なゆた)の三人がいる。
「で、どうだったよ?」
「すみませんが、頂いた改造案は却下されました」
 言いながら、ファイルからプリントを取り出して、それを三人に配った。ざっと目を通すと、細かい文字がびっしり書いてある。恐らく、三人が提出した案に対する返答なのだろうが、真面目に読もうという気が起きなくなる細かさだ。
 三人が提出した案というのは、今回の作戦の撒き餌として用いられるプラヴァーに改造を施すというものだ。乗り込んだ敵を閉じ込めて、そのまま檻として活用してしまおうというものである。
「改造にかかる経費もそれを修復する費用も格安なのだよ? 却下される理由があるんあら、教えてもらいたいな」
「そうですね……敵はイコンを保有しています。先日襲撃された、兵器施設で奪われたものです。今回の作戦中に、それを利用してきた場合、プラヴァーが動かせないというのは危険です」
「それならば、こちらも防衛用にイコンを用意すればいいじゃろう」
「プラヴァーを護衛するという意味では、確かに防衛用のイコンを配備することは意味がありますが、あまり防備を固めてしまうと敵が仕掛けてこないと考えられます」
 月に向かうためのイコンを集める。それが、現状推察されている敵の目的だ。そして、彼らはそのイコンを製造するのではなく、簒奪という手段を用いている。現状では、イコンを自前で調達できない可能性が高い。
 その彼らの前に、プラヴァーを出して誘き出すのが作戦の本懐である。その為には、奪える可能性というのを敵に示さなければならない。十分な防衛をすれば、危険な大荒野を通るとしても、確実に輸送を成功させることはできる。それでは意味がない。
「もっとも、彼らにとってもイコンが貴重である以上、運用しない可能性も考えられますが、護衛隊の安全を考えるならば使用できる状態にしておくのが好ましいのです」
 残党がどのような行動を取るかは、全くわからない。イコンを運用するかもしれないし、しないかもしれない。情報らしいものがほとんど無い以上、最悪のケースを想定しておくことが必要になる。
 プラヴァーが用意された理由も半分はそこにある。最新鋭のイコンという価値もあるが、敵が保有しているだろう旧式のイコンの対して、戦力として勝っているという事実だ。もし、相手がイコンを運用してくるのならば返り討ちにすることで、敵の戦力を大きく削ることにも繋がる。
「プラヴァーはいうところのジョーカーの役割があるというわけなのだな」
「そうなりますね。輸送自体そもそも今回の為の用意された任務です。またその開発技術やプラントもこちら側にありますから、最悪奪われさえしなければ、破壊されたとしてもこちらの損害は軽微と取ることができます」
 推測と予想だけで成り立ち、確実な情報がほとんどない。だからこそ、高額な経費を用いてまで囮の輸送任務を用意するに至っているのである。もしかしたら高い対価を支払うかもしれないが、それでも見えない敵と戦うよりはずっとマシである。
「そういうことならば仕方ない、か」
「あ、待ってください」
 教室を出ようとした三人の背中に、秀幸が声をかける。
「まだ何か用か?」
「今回の作戦には採用されませんでしたが、今後の兵器施設のイコンの防衛案として利用できるかもしれない、と。後ほど担当の者が来ますので、それまでお待ち頂けますか?」



 作戦当日、天気は快晴に恵まれた。
 通りぬける風は少し冷たいが、日に当たってさえいれば寒いとは感じないそんな陽気だ。
 用意されたトレーラー四台の周りには、教導団の人間のみならず、各学校からの応援も集まっている。他校の生徒も集まってるからだろうか、作戦といった雰囲気よりはどこかお祭りのような空気を感じる。
 ぴんと張り詰めた空気ではないことは、教導団の人間からすればあまりいい印象ではない。だが、隙を見せるという意味ではこのたるんだ空気は意味があるのだろう。
 乗り物を用意していなかった人たちに、バイクの貸し出し作業が進む中、トレーラーの運転手をするエイミー・サンダース(えいみー・さんだーす)は自分にあてがわれた車に乗り込んでいた。
「ブレーキもアクセルも、結構重たい感じだな」
「不安ですか?」
「ばーか、こんなもん楽勝に決まってんじゃん。それより、そっちこそ大丈夫か?」
 ハンス・ティーレマン(はんす・てぃーれまん)は準備に関しては、と答える。
「罠とか考え過ぎなのですぅ。近づくものをみーんなさーあんどですとろいすれば、誰にもプラヴァーは奪えないですぅ」
 パティ・パナシェ(ぱてぃ・ぱなしぇ)が言う。この日のために、大量のミサイルポッドを用意している彼女の言葉は、大げさな発言ではないのだろう。
「無関係な人間を誤射すれば問題になるだろ」
「無関係な人間は近づかないのですぅ」
「パティ、わかっているとは思いますが、指示も無しに勝手に攻撃しないでくださいね」
 三人の所に、きびきびとした歩調で向かってくる人影が一つ。クレア・シュミット(くれあ・しゅみっと)だ。
「ボス、バイクの手配は終わったのか?」
「ええ。レンタルする人は少なかったからな。命を預けるものを借り物で済まそう、なんて度胸のある人は少ないのだろうな」
「バイクの運転ができないだけかもしれませんよぅ?」
 荒野を通るということは、舗装された道ではないところも当然進むことになる。オフロードをバイクで走るには、二輪への慣れが必要だ。
「そうだとしても、そうでなくとしても構わないだろう。それより、そろそろ出発するぞ。エンジンを温めておけ」
「了解、ボス」
 さっそくエンジンをかけると、エンジンが低いうなり声をあげる。旧式の機晶エンジンのためだ。予算削減なのか、倉庫の奥にあったものを引っ張り出してきたらしい。
 これだけに留まらないが、細かいところで予算を削減している部分が見てとれる。在庫処分のつもりかもしれない。
「こんにちわ」
 それぞれの配置につこうとしていた四人に声をかけたのは、御凪 真人(みなぎ・まこと)セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)の二人組みだった。傍らには、レッサーワイバーンが控えている。
「あなたの配置はこちらでしたか」
「ええ。そうなりますので、よろしくお願いします。てっきり箱か何かで覆うと思っていたんですが、台に乗せてるだけなんですね」
 真人が視線を、トレーラーに繋がれた荷台の上にあるプラヴァーに向けた。ビニールシートがかけられ、その上からロープで固定されているだけで、隠したりはしていない。
「起動する可能性があるので、このような形になのだろうな。しかし、それは最終手段ですので、あまり期待はしないでもらいたい」
「確かに、使わないに越したことはないですからね」
「もうパイロットが中に入っているって本当?」
 と、セルファ。
「はい」
「……トイレとかはどうするの?」
「携帯トイレが常備されてますが、緊急時でなければ代わりのパイロットに乗ってもらうのだろうな。個々のパイロット次第ということにはなるだろうが」
「そっか、良かった。半日ぐらいかかるもんね」
「半日は何事もなければ、という前提条件付きだよ」
 車の中のエイミーが言う。予定した速度で、半日走れば目的地につく。そういう計算がされているだけで、襲撃にどれぐらい時間がとられるかはわからない。
「今日中に終わればいいですね。多少用意もしてありますが、何日もかかるような重装備というわけではありませんし」
「全くだな。さて、こちらは準備があるので失礼する」
「はい。邪魔してすみませんでした」
 クレアたちがそれぞれの配置にへと向かい、真人とセルファの二人も自分達のレッサーワイバーンのもとへと戻った。出発するまで時間はまだ少しあるが、出発前の様子を俯瞰してみておきたかったので、空にあがった。
「やっぱ考え過ぎじゃない?」
 空にあがってから、セルファが呆れたように言う。ここなら、誰かに聞かれる心配はないと思ったのだろう。
「ただの用心ですよ。殴りかかってくるよりは、中に人を紛れ込ませる方が簡単で効率的ですから」
 先ほど声をかけたのは、作戦参加者の顔を覚えなおしつつ確認するためだ。勝手にやっているのではなく、きちんと許可を取って行っている。事前に参加者の名簿に目を通させてもらったので、声をかけて顔を確認して名簿との齟齬を探してみたが、今のところは見当たらない。
 今後紛れ込んできたり、名簿に名前のあるスパイなども考えると安心はできないが、出発前の仕事はコレで終わりだ。
「さて、とりあえず報告をしておきますか」

「わかりました。協力感謝します」
 真人からの報告に、それだけ言って叶 白竜(よう・ぱいろん)通信を切った。
 名簿と本人の確認はこちらでも行っている。それでも真人からの提案を受け入れて協力しているのは、不安要素が多すぎるからだ。
 輸送任務の発端となった、兵器施設の襲撃は簡単にできるものではない。パワードスーツの性能だけで押し切られたわけではないはずだ。綿密な計画と、それを実行できる組織力があって初めて成せる所業である。
 綿密な計画を立てるには、情報が必要だ。それでは、その情報はどこから得たのか。
「もう出発だぜ。タバコに火つけんのは無駄になるぞ」
 無意識にタバコの箱を取り出していた白竜の腕を、世 羅儀(せい・らぎ)が手で抑えた。
「そうですね」
 少し驚いたように、タバコの箱に目を向けると白竜はすぐに戻した。
 タバコの本数が増えているのは不機嫌の証。そう知る羅儀は、今回の任務は一筋縄ではいかないんだろうと解釈した。
「そんなめんどくさい任務なのか?」
「任務内容を忘れたのですか……」
「ちげーよ。あれだろ、鏖殺寺院の残党狩りだろ」
「残党狩り、で済めばいいんですが」
 母体組織が壊滅した以上、残党という表現は間違っていない。しかし、残党という言葉は時に相手の勢力を過小評価するのではないかとも考えられる。相手が大隊規模でも、残党は残党だ。
「なんだよ。大丈夫だって、別にオレは手を抜いたりするつもりはないぜ。そういや、裏椿に頼みごとしたんだって?」
「ええ、少し気になることがありましたので、お願いしています」
「それだから機嫌が悪いのか?」
「別に、そういうわけではありませんよ」
「ふーん、ならいいんだけどな。オレからしたら、白竜の方が不安だぜ。目の前のことに集中できなきゃ、大怪我じゃすまないだろうぜ」
「忠告、一応受け取っておきます。どうやら準備も終わったようですね」
 各員の配置や、装備の点検作業が終了した合図が届く。
「やっと出発か、待ちくたびれたぜ」
「行きましょう」
 順番に一台ずつトレーラーが発進していく。自分達の担当するトレーラーと共に、二人もそれぞれ出発した。



「ストーップ! 止まって、あった! あったの!」
 マール・レギンレイヴ(まーる・れぎんれいぶ)が慌てて声をあげる。空飛ぶ箒シュトラウスの飛行速度はかなり速いため、止まってと言われてから止まるまで少し時間がかかった。
「飛ばしすぎですわよ……ほら、トレーラーが見えないですわ!」
「悪りぃ、悪りぃ、ちょっと気持ちよくてな。それより、どこだ?」
 ラグナ・レギンレイヴ(らぐな・れぎんれいぶ)は悪びれるようすは全くなく、すぐにマールに声をかけた。
「こっちだよ」
 マールが先行し、それにラグナがついていく。リオ・レギンレイヴ(りお・れぎんれいぶ)も仕方なくそのあとを追った。
 マールが少し歩いてから立ち止まり、「ほら、あれ」と指をさした。
「あれは……確かに罠だな」
「そうですわね。けど、随分と古いですわよ。今回のためのもではないのではありません?」
 指差した先にあったのは、車が踏むとまきびしと縄を組み合わせた罠だった。車のタイヤをパンクさせつつ、あとで回収する時に楽ができるように縄で繋いでいるのだろう。カモフラージュなのか、縄は土色になっている。
「たぶん、商隊とか襲うのに使ってるんだろうな」
「火術で焼いてしまおうかしら」
「とりあえずどけとくだけでいいんじゃないかな。こんなのにスキル使うなんて勿体無いよ」
 適当にまるめて横にぽいっと罠を捨てておいた。ついでに、仕掛けた誰かが隠れているかと周囲を調べてみたが、そういった手合いは見つからなかった。設置したまま忘れられていたのかもしれない。
「しっかし、やっと見つけた罠がこんなしょっぱいのかよ」
 本隊であるトレーラーから先行し、罠を排除していく作業に入ってから、最初に見つけた罠がこれだ。荒野に入ってから、結構経ったが今のところ襲われたという連絡も無い。
「何事も無ければ、それでよろしいのではなくて?」
「それじゃ、囮の意味がねーだろ」
「もちろん、それぐらいわかっていましたわ」
「どーだかな、けど、狙いのパワードスーツの奴はともかく、蛮族どもも静かにしてるってのは珍しいな」
「大行列にびびってるのですわ」
「むしろ、嬉々として飛び込んでくるだろ。でっけー獲物だ、とか言ってさ」
 襲撃して獲物を捕らえることが目的ではなく、襲撃することそのものを目的としている。男をみせるとか、そんな理由の襲撃も特に珍しくは無い。というか、リスクとリターンを考えてなんていう方が似合わないだろう。
「あ!」
 一人、周囲を歩いていたマールが突然声をあげる。
「どうした?」
「見つけた! こっちが本命かな?」
「見つけたと言いましても、何も見えませんわよ?」
「よく見て、ほら。そこ、そこだよ。地雷が埋まってるよ」
 改めて確認すると、確かに不自然な場所があった。先ほどのお手製の罠に比べて、かなり巧妙に隠してある。罠についての感覚、トラッパーが無ければまず気づけないだろう。
「では、さっそく吹き飛ばしてしまいますわ!」
「わわ、ちょっと待って、少し離れないと」
 しっかりと距離を取ってから、リオの火術を使って、地雷を吹き飛ばす。
 轟音と共に、かなり大きな爆発が起こった。対人用のものではなく、対戦車用の大型の地雷で間違いない。
「これをトレーラーが踏んでたら、あぶなかったね」
「装甲があるわけでもないトレーラーだもんな、文字通り木っ端微塵だろ」
「他にはありませんの?」
 地雷を一個だけ仕掛ける、なんてことは滅多にない。相手がその道を確実に通るかどうか予想できない以上、ある程度ばらけさせて設置するのがセオリーだ。
「少し調べてみるしかねーだろうな」
「そうだね。けど、荒野の人があんなの用意できるとは思えないし、囮には引っかかってくれたってことだよね」
 地雷は高価な兵器ではないが、荒野で一般的なものではない。寡兵が大群を相手にするときの道具であり、防衛のためのものだ。攻める道具でない地雷を、荒野の人間が好んで使ったりはしない。それに、自分で仕掛けたところを忘れて自分で踏むだろう、彼らならきっとそうするに違いない。
 それから少し調べて、また進んでいくとさらに地雷を見つけた。先ほどと同じく数は一つだけだ。それも、爆破して処理を済ます。さらに進んで、また一つ。これも、同じように処理する。
「……思うんだけど」
「なんだ?」
「的確に地雷設置されすぎてない? どう見てもここを通ると確信して仕掛けてるよね」
「何言ってますの。関係無いところに地雷を仕掛けても意味がありませんわよ」
「そりゃそうだが。荒野を通ってツァンダに行くってだけじゃ、どこを通るかなんて普通わかんねーだろ?」
 荒野は荒野だ。よく使われる道のようなものは多くあるが、決して専用の道路があるわけではない。そんなのがあったら、その道端には蛮族が並んで待ってるだろう。襲撃するために。
「どんなルートを通るか、ばれてるって事だよね」
「っていうか、むしろアレだな。俺たちの行動は筒抜けですよってアピールしてんだろ。露骨にもほどがある」
「内通者がいるのか、もしくはそういう風を装ってるのかな」
「さあな、とにかく、注意してもらうように忠告だけはしとくか」