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リアクション
4,近づく影
トレーラーの列が荒野を行く。
それを上空から見る限り、平和な風景とも言えなくもなかった。輸送されているプラヴァーはある意味暴力の塊なわけだが、横になっているだけでは眠っているようにも見える。
「何もこないねー」
「ここまで何も無いと、むしろ気味が悪いですね」
佐野 和輝(さの・かずき)とアニス・パラス(あにす・ぱらす)はただ広がる荒野を眺めていた。何も無いというわけではなく、時折集落や行き交う派手な装飾のトラックなどが見える。
「あ、恐竜だ」
「人の姿が見えませんね、野良恐竜でしょうか」
襲撃の危険があるため、周囲の警戒は怠っていない。がしかし、それが今のところ功を奏してはいなかった。
規定の速度通りにトレーラーは進んでいる。
「寒かったら、言ってくださいね」
地上ではほのかに暖かくても、空にあがると気温がさがるためそうではない。氷点下になるような高度ではないが、用心してアニスにはコートを着てもらっている。
「にゃはは〜。和輝、暖か〜いから大丈夫だよ♪」
背中にしがみついているアニスが、ぎゅっと力をこめる。確かに、暖かい。
「……このまま、何事もなければ、それはそれでいいですよね」
二人で空の散歩。そういうのも悪くないかもしれない。
戦うための準備は怠っていないが、使わないでいられるなら何よりだ。アニスがいる以上、危険度の高い戦闘は遠慮したいというのが、和輝の本音である。
荒野に入ってから二時間以上、何事もないせいだろうか、最初にあった緊張した気配は弛緩していた。それは、何も空だけに限らない。
トレーラーに牽引されている台車の上、ルース・マキャフリー(るーす・まきゃふりー)はもう何本目かわからないタバコに手を伸ばしていた。
「あまり吸うと、肺をやられるんじゃねぇか」
それをずっと見ていたカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)が、ついに我慢の限界に達したのか、口を挟む。
「そりゃ、訓練が足りないんですよ」
「訓練すりゃなんとかなるのかよ」
「さぁどうでしょう。けれども、こんないい天気でのんびりできるんですよ。のんびりできるときにのんびりしなきゃ損じゃないですか。あとは弁当の一つでもあれば、いいピクニックになりますよ」
「気を引き締めろ、作戦中だぞ」
夏侯 淵(かこう・えん)がやってきて、さっそくルースを睨みつける。
「そっちこそ、何でこっち来たんだ?」
と、カルキノス。
「休憩を回してるところだ」
「そうかい。じゃあ、お前もこいつに説教してくれ。タバコの煙が臭くてかなわん」
「休憩中だ」
「そうかよ」
「それにしても、不自然なぐらいに静か過ぎやしませんか? 荒野で襲撃されないなんて、それはそれで記録ですよ」
規模の大小はともかく、何かしら問題に直面するのが荒野という場所だ。指先一つで追い払えるようなものが多いため、さして誰も深刻には考えたりしない。だが、こうも静かでのんきだと、逆に悪い事が起こっているのではないかと勘ぐってしまう。
「何事もないと困るからな、本音としちゃ」
「報告で、進行ルートに地雷が設置されているというのが来ている。このまま、何も起こらないというのはありないな」
「それは聞いてますが、だからといって静かな理由にはならないでしょう」
「あー、なんだけっか。俺たちは獲物にするのはヤバイって噂が荒野で出回ってるって聞いたぞ。確かにその通りだが、それを素直に聞くってのは相当なもんだろ」
「連中も命が惜しいってわけか」
「しかし、一般に言うアウトローというのは、ヤメロと言われたらむしろ率先してやりそうなものですがねぇ」
「詳しいことは知らんが、何か理由があるんだろ。ま、そんな気にせんでも襲い掛かってきたら相手してやりゃいいんだ。そのつもりで来てるんだからな」
「その通りだが、余計な相手をしなくて済むなら越したことはない。ああ、お前達の休憩はこれでいいだろ。じゃ、持ち場に戻れ」
「……マジかよ」
「ねー、運転手って普通、輸送科の仕事じゃない?だったら私が運転しても……」
暇で暇でしょうがないのか、松本 可奈(まつもと・かな)がそう零す。
誰が運転をし、誰が護衛にまわるかは最初に割り振られているので、今さら変更はできない。問題が発生でもすれば話しは違うかもしれないが、その時はこんなにのんびりした状況ではないだろう。
最も、彼女が運転していない理由はそもそも別にある。
「可奈が運転すると任務の達成は不可能になるからね」
鷹村 真一郎(たかむら・しんいちろう)がさらりと返事を返す。
「どういう意味よ、それ」
「言葉どおりの意味ですよ」
「……暇なら暇でいいじゃないですか。余計な戦闘をしなくていいのは私達にとっても、ここで生活している人にとってもプラスですよ」
余計な弾丸、余計な経費、余計な時間。蛮族が襲い掛かってきたら発生する余計なものはまだまだあるだろう。それが、発生していないというのは喜ばしいことであり、呪うようなことではないはずだ。
「暴れるのもダメ。運転もダメじゃ、ダメダメでダメになっちゃうわよ」
「どういう意味ですか、それは」
「言葉通りの意味よ」
「そうですか……一応言っておきますが、こっちはそれほど暇というわけではありませんよ」
実際に襲撃は発生していなくても、襲撃の可能性は全て連絡を取り合って確認をしている。走るトラックの場所や台数、近くに居る恐竜、過去に襲撃が発生した記録がある地点。そういった情報は常にやり取りされているのだ。
決して、あくびをしながらただぼんやりと空を眺めているわけではない。
それに、襲撃自体はほぼ間違いなく発生すると想定されている。先遣隊が地雷をいくつか発見している報告があるからだ。こちらは発見状況と場所から、確実にこちらを狙っていると判断された。
だが、一定の距離を過ぎてからはその地雷も発見されなくなった。先遣隊はそのまま任務を続行しているが、新しい地雷やその他トラップの報告は無い。
「警告か、それとも地雷で十分とでも判断したのでしょうか。まさか、注意喚起なんてものはしないでしょうけれど」
「何の話?」
「敵の目的がいまいち見えないので考察を」
「ふーん。けど、その残党が欲しがってるのってコレでしょ」
シートからはみ出しているプラヴァーの腕の部分を、こんこんと叩く。
「なら、待ってれば来るでわよね」
「その通りですが、不意打ちや罠を仕掛けてくるのは間違いありません。今、それがどういうものか考えているんですよ。対策を用意すれば、その分被害を減らせるでしょう?」
「考えてわかるもんなの?」
「考えないよりはずっといいですよ……はい」
「どうしたの?」
「トラックが三台、どうやらこちらに向かってるそうです。普通のデコトラですが、用心するようにと」
それほど代わり映えのしない景色を進む車に乗っていると、誰しも眠気を感じるものだろう。舗装された道ではないので、揺れは心地いいなんてものではないが、それでも何時間も乗っていれば慣れてくる。もとより、荒野住まいの高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)にとっては当然のことで、別段気にするほどのものでもない。
「ふわぁ……あ。悪い悪い」
悠司は自分を刺すような視線に、すぐにそう口にした。
隣で運転をするザウザリアス・ラジャマハール(ざうざりあす・らじゃまはーる)は、無言で視線を前に戻す。
せめて会話でもあれば、もう少しはマシなのだろうが、淡々と黙々と運転手は運転を続け、それを悠司も黙って見守っている。あくびの一つや二つが出てくるのは、仕方ないと思って欲しい。
気を引き締めよう、なんて殊勝な心持をするでもなく、またただ外の景色に目を向けていると、貸し出された通信機に連絡が入った。近くをトラックが三台通過するから、用心するようにという連絡だ。
通信終了後に、画像データが添付されたのですぐに開く。
「デコトラが三台こちらに向かってるらしい」
「はい。不審な点は?」
「空から見る限りじゃ、何もないって話だが……」
不審な点、不審な点と口の中で唱えながら、添付された画像に目を向ける。そのトラックの写真だった。運転手はどれも一人で、三台とは言っているが車間距離はかなり開いている。
「どうかしたか?」
じっと画像を見つめる悠司の様子に、ザウザリアスが視線だけ向けて尋ねる。近くに車両や恐竜が居たことは今回が最初ではないし、そのたびに確認用に画像が送られてくる。じっと見つめて面白いものではないはずだ。
「……うーん? なんか、変だよな、このトラック」
「イコンが格納できるような積載量なら、注意が必要かもしれないわね」
兵器施設が襲撃された際に、イコンを奪われてしまっている。そのため、敵がイコンを保有しているのは確定事項だ。それを、今日持ち出してこないとも限らない。
比較的、防衛は戦力をそこまで用意してないが、少数の勢力ならば地上も空中も部隊が配置されたこちらを襲うには、勝利のための布陣を敷いてくるだろう。イコンを出し惜しみせずに使ってくることも十分にありうる。それでプラヴァーを得られれば、旧式のイコンがスクラップになったとしてもお釣りがくるのだ。
「……いや、さすがにこれじゃ乗せらんねーだろ」
蛮族のトラックに偽装して、近接距離まで間合いを詰めてからのイコンでの強襲。ありえない方法ではないが、どうやらそれはなさそうだ。しかし、だとしたら何が悠司に疑問を思わせているのだろうか。
「わかった。こいつらのトラック、いくらなんでも新し過ぎるんだ。新しい車体はまだいいとしても、電球とか装飾品まで新品ってのはありえねえ」
「新しいトラックを手に入れたから、装飾も新しくするというのはないの?」
「ああいうごちゃごちゃ飾り付ける奴ってのは、ファッションのつもりじゃないんだ。自分達の所属とか、あと威嚇とかだな。そういう理由があるから、車が変わっても飾り付けが変わるってのはおかしい。一台新品を手に入れたから新しく、っていうのならわかるけど、三台が三台全部新品なんてのはありえない。偽者だと思うぜ」
気づいてしまえば、違和感なんてものではない。おかしいところがテンコ盛りだ。
「蛮族に擬態して接近というわけね……その推理は確かに納得できるわ。パイロットに通信繋いで」
「はいよ」
既に、全てのイコンにはパイロットが前もって登場している。横に寝ているイコンの中だから、あまり快適な空間ではないだろう。これも任務のためである。
相手が蛮族であるのなら、プラヴァーを起動させることはない。火力として大きすぎるし、本当に必要な時がやってきたときに稼動限界を迎える可能性があるからだ。だが、悠司の推理が正しいのならば、相手は蛮族ではなく任務の対象、鏖殺寺院の残党である可能性はかなり高い。
起動するかどうかは状況次第だが、可能性がありいつでも起動できるように通達しておく必要がある。まず視界がほぼ閉ざされているパイロットに、それから部隊全員に注意するように通達した。
このトレーラーは、最悪囮の役割をするために最後尾だ。まずは、前方に配置された部隊に対して彼らが動くかどうかだ。通信装置の音量を引き上げて、意味ある沈黙へと車内は移行した。
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