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リアクション
20 2人の少女の望む事
「ん……な、何……?」
ファーシーは、シルヴェスターの腕の中で目を覚ました。ぼうっとする意識の中、周囲を見回す。現状を把握……は出来ないがとりあえずピンチだと理解するのに5秒程。
「こ、これ……! 火? 火事なの? その黒いもやもやは何? アクアさんは?」
「ファ、ファーシー、落ち着くんじゃ!」
慌てて動こうともがくファーシーに慌てるシルヴェスター。ファーシーは誰に抱かれているのか気付いて「ん?」という顔をすると、出会った時の常套句になりつつある台詞を言った。
「あれ? シルヴェスター、なんでここにいるの?」
「ま、また何でと言うか!」
もう、自由設定の決め台詞に設定したいくらいである。だが、今日のこれはファーシーの本心だ。ここまで案内してくれた赤ニッカポッカもガートルードの子分だと言っていたし、この件にシルヴェスターが関わっているとは微塵も思っていなかった。
「ファーシーさん〜、気がついたんですね、良かったです〜!」
「このヤバい感じの中、随分のんびりしてんなあ」
ティエリーティアが飛びつかんばかりに近付いてきて、フリードリヒが気抜けしたような呆れたような口調で言う。
「う、わ、悪かったわね! というか何なの? コレ、どこから湧いてきてるの!?」
「大丈夫ですよ、ファーシーさん。瘴気を生み出した相手はもう近くにいません。この樹木人型を何とかすればいいだけです。レイスは放っておいても害は無いでしょう」
スヴェンは表情一つ変えず、ホーリーメイスで樹木人の周囲から発生する瘴気を追い払っていた。たまに伸びてくる枝っぽいやつはぽかぽかと殴っている。ティエリーティアが頑張れ頑張れと応援するが、いかんせん決定打にはならない。
「瘴気? ……あれ? スヴェンさん……」
初めて気付いた、という顔でファーシーはスヴェンを見た。そして、その隣に視線を遣る。
「あ、フリッツ」
「『あ』。て……今、会話してたじゃねえか!」
「すごい無意識だったわ……て、え? でも、フリッツも何でここに? あれ? わたし、そんなに長く寝てた? 日付変わって……ないよね。え、盲腸は?」
「んなもんとっくに治ったっつーの! この俺様が盲腸ごときに負けるか!」
フリードリヒがそう叫ぶと、疑問符をつけまくっていたファーシーはぽかんとして力を抜く。
「な、何だ、ほんとに大したことない病気だったのね……」
「そんなわけないじゃないですか。病院を抜け出して来たんですよこの人は」
スヴェンが言う。その口調はまるで匙を投げた医者のようだ。
「へ? 病院を……? ちょ、な、何やってるのよ! 戻……れないか、れないわね……」
れないです。
「うるせーなー、それより、今のこの状況抜けること考えろよ!」
「この状況……そ、そうよね……、よ、よし! よく分かんないけど、このもやもやをやっつければいいのよね! じゃあ、わたしがもやもやの場所を教えてあげるわ。あ、ほら、あそこ!」
「あっ、ファーシー……あそこだな!」
ファーシーの指差しに気付いて、紫音がばしゅうっ! と光の弾丸を撃ち込む。彼は、曙光銃エルドリッジを両手に1丁ずつ持っていた。
「あそこも! あそこに枝!」
ばしゅばしゅうっ!
「右、左! 真ん中! 斜め右35度!」
指示するファーシーとしては、途中からもぐらたたきでもしている気だったかもしれない。
ばしゅうううううううう……。
かくして、樹木人は哀れもぐらたたきの犠牲になった。
「ふ、やったわ」
キミじゃなくて紫音がね。
「あれあれ? ファーシーさん、フリッツさんが来ていると気付いてから変わりましたね? なんだか、さっきからすごく嬉しそうですよ」
満足そうな表情のファーシーに、大地が話しかける。言われて、ファーシーは驚いたように大地を見た。名前を出されたフリードリヒが、何だ? という顔でこちらを向く。
「え? ……え? わたし? え、違うわよ。ただ、えっと、あのもやもやが……」
「あの靄々を倒す前からご機嫌でしたよ」
少ししどろもどろになる彼女に、大地はにこにこと良い笑顔で、更にこう続けた。
「出発前にも、来ていない事を気にしてましたよね。理由を聞いたらほっとしていたようですが」
完全にいぢりモードだ。シリアスな状況だからこそなごませよう、という意図もあるのだろうが、パートナーのちっぱいをからかう時のように楽しそうだ。
「何だ何だ? なに言ってんだよ大地」
フリードリヒが怪訝そうに、しかし珍しく少し戸惑いの混じった声音で言う。
「…………」
ファーシーは暫し黙り――大地に抗弁した。彼女も、今はそこまでにぶくはない。大地の言わんとしていることに気がついたのだ。
「な、なに勘違いしてるのよ大地さん! わたし、フリッツの事なんか何とも思ってないわよ? しゃ、舎弟よ! 口うるさい舎弟その2よ!」
「舎弟だぁ!?」
「どこへでも運んでやるって言ったのに、来ないってどういうことよ……って……! た、ただ、そう思っただけよ……」
なんとなく、言葉が尻すぼみになる。そこに、瘴気の名残を浄化していた紫音がやってきた。
「ファーシー、大丈夫か?」
「う、うん……」
「ファーシーはん、どこも痛い所はないどすか? 心配したんやよ」
綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)も、気遣わしげに言う。アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)は、他に危険な存在が来ないかと傍に立ち、油断無く周囲を確認した。皆、レイスはガン無視している。
「アクアは一旦逃げた。お前に対する憎しみ……いや、今は俺達への恨みの方がでかいのかな。分かんねーけど、やっぱり根はかなり深いみたいだ」
「うん、でも……」
ファーシーは少し俯いた。自分の右手をじっと見る。
悲しそうに。悔しそうに。そしてやっぱりちょっと……怒った顔で。
「ファーシー、お前は、何を望む?」
◇◇
「あれだけ大きな機晶姫です。追いかければ、そのルートはおのずと見つかるでしょう」
茅野瀬 衿栖(ちのせ・えりす)は、レオン・カシミール(れおん・かしみーる)と茅野瀬 朱里(ちのせ・あかり)を連れてレッド達を追っていた。先程叶わなかった、アクアの修理をする為だ。
「動けない状態で逃げたとしても、ちゃんと治さないと……」
「その先は、あまり明るいものではないだろうしな」
レオンがその後を接ぐように、言う。
確かに、アクアは山田太郎やチェリーに指示を出し、ピノを攻撃させた。ファーシーを憎むが故の行動だった訳だが――でもそれは裏を返せば、幸せそうに見えたファーシーが羨ましかったということ。
自分も幸せになりたい、という気持ちの表れではないだろうか。
衿栖達はそう思うから。
だから、修理をする為に追いかける。
彼女達が何を追っているのかは明白だったようで、通行人は聞かずとも道を示してくれた。そして、何度か角を曲がった時、朱里が道の先を指差した。
「あ、いたよ! 立ち止まってる!」
レッドはこちらに左半身を向けている。おかげで、2人を抱えたままであることが分かった。足元には、美央と望達。アクアを見上げ、エッツェルが何事かを問いかけている。衿栖は、話の内容が少し気になった。
アクアは、半ば呆然としていた。拒否する力を失ったかのように。思考を止めてしまったかのように。
抱かれている。同種である機晶姫と、地球人に。
機晶姫はまだいい。地球人は――
ルイに抱きしめられた時も、拒絶を感じた。人が自分に触り、良い結果が出たことが無いから。触れられるのが嫌。嫌で嫌でたまらない。それは、どうしようもない事のようにも思えた。
だが、ルイが安全だ、彼女には安らげる場所が必要だと言った時――自分以外の誰かが、小さな反応を示したのも事実で。
そして今は……、「離して」とも言えなくなっていた。攻撃も、出来ない。やるやらないという前に物理的に、出来ない。もう、力が残っていない。
(……疲れました、ね……)
ルカルカはまだ、自分の身体にしがみつくようにしている。意地でも離す気は無いらしい。彼女に言われた言葉が、ぐるぐると頭の中を回っている。
初めての感触。人間の……柔らかい感触。
初めて? 本当に?
どこかに小さな引っ掛かりがある。
深い深い、途轍も無く深いどこかに、眠り、埋まり、消えかけていたもの。深淵の沼の底から手を伸ばし、指先だけが出ていたもの。
………………………………チガウ。チガウチガウチガウチガウ………………
ハジメテジャナイ。
「さて……、この辺りで止まりましょうか」
名状しがたき獣に乗ったエッツェルがそう言い、レッドが動きを止める。
「最後まで協力させてもらいますよ、アクアさん。戦うのなら、私達は彼等と徹底抗戦でも致します。……まあ、この状況では一旦体勢を立て直した方がいいかもしれませんが。何れにせよ……ここからは、あなた次第です」
「アクアさん!」
美央が走ってくる。エッツェルは彼女に視線を投げて一度微笑むと、アクアを見上げて問いかけた。
「さあ……あなたはどうしたいのですか?」
◇◇
「ファーシー、お前が望むなら、その願いを叶えるために俺が力を貸してやろう。お前は、もう少し我侭になっても良いんだぜ」
「…………」
紫音の言葉に、ファーシーは手を見詰めたまま暫く黙っていた。その間に、瘴気の動物達は一掃され、消防団もやってきた。消防団に後を任せ、彼等は本格的に移動を始める。
そして、ファーシーの答えは――
「私は……アクアさんと話がしたいの。あの頃みたいに、あの頃の事、これからの事。きっとそれは、すごく楽しいことだと思うから」
それは、とても焦がれる光景。
そう、あの頃みたいに笑って、話したい。
◇◇
「……私は……」
思い出すのは昔の光景。2人で、製造所の皆と笑って過ごした日々。それを脳裏に描いても、特に腹は立たない。だが、今のファーシーの笑顔を思い浮かべると、苛立ちが、憎しみが湧き上がってくるのだ。どうしようもない。それこそ、泣きたくなる程に。
人の意見に左右されるなど、軟弱者だ。
私は、私の考えで。経験に基づいた、私だけの考えで。
信じられるのは、私だけ。
そう思ってきたのに、何ですか? この『感情』は……
私は、弱くなったのか。私は、負けたのか? 破壊以外のものを、望むなんて――
「アクア!」
衿栖とレオン、朱里が追いついてくる。彼女達に歪んだ笑みを向け、アクアは言う。
「ファーシーに……目覚めてほしいなんて言ったら、笑いますか?」
自嘲気味にエッツェルを見下ろし、力無く。
「期待外れですよね。全てを、ファーシーの幸せの全てを奪うつもりだった私が、彼女とまともに話したい、と思うなんて……、自分でもちゃんちゃら可笑しいですよ。今更、ハッピーエンドを望むなんて……」
「……ファーシーさんと、話したいのですね?」
エッツェルが意思を確認し、アクアが肯こうとした時――