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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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魂の器・第2章~終結 and 集結~

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 19 彼の問いは、破壊へのトリガー

「アクアさん、あなたは今、どうしたいのですか?」
 カーテンで縛られている男――エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は、転がったままアクアに言った。
「私はあなたに言いましたよね? あなたのお手伝いをする……と」
 気取った、自信に裏打ちされた笑顔を向けられ、アクアは眉を顰めた。確かに、アンデッドであるその体は今や完全に回復し、縛られている以外は五体満足に見える。だが、そんなみのむし状態で何が出来るというのか。
 彼女の疑問を察したかのように、エッツェルは笑みを深めた。
「あなたがまだ戦うならば、私は協力を惜しみません」
「……何か、来るのじゃ!」
 ディテクトエビルを使っていたアルス・ノトリア(あるす・のとりあ)が叫ぶ。
 そのコンマ数秒後。
 朱色の空から雨が降ってきた。
 ――炎の雨が。

 外装ほぼ暗緑色のロボ型機晶姫アーマード レッド(あーまーど・れっど)の足元には、沢山のガートルードの部下達がまとわりついていた。結構な如く息切れしている。
「ぜ、ぜんぜん動かねぇ……」
「何百キロあんだよ、これ……」
「キロじゃねえだろ、これ。もうトン単位じゃね?」
「もう置きっぱなしでいいんじゃ……」
「いや、でも親分がどかせってよぉ……」
「つーか、なんでサラダ油持ってんだよ」
「その前に、こいつ、どうやってここまで運ばれてきたんだ?」
 ――自分で歩いてきました。
 ということで、完全に展示ロボ扱いされていたレッドは、それはそれで都合が良いからとロボのふりをしたまま、通りのアクア達の様子を観察していた。幸いにも、良く見える位置にエッツェルが転がされたので動く必要も無い。
 そして今、エッツェルから合図があった。
『あなたがまだ戦うならば、私は協力を惜しみません』――この台詞は、全ての合図だ。腕を振り、両手に1本ずつ持っていた【2020年お歳暮】サラダ油を空中にぶんなげるようにばらまいて爆炎波を放つ。油の滴に炎が接触し、燃えながら地上に落下していく。
「う、うわ!」
「なんだこのロボ、動いたぞ!」
「そ、それよりやべぇ、これ、火事になるぞ!」
「消防団を呼ばねぇと!」
 驚く部下達をよそに、レッドは用意を整えて隠しておいたダッシュローラーをその足に取り付ける。向かうは、その騒ぎの中心。
 ちなみに、レッドの重量は6.9トンである。ダッシュローラーも悲鳴を上げる重さだ。

「…………!」
 上空に注目したのは一瞬。皆は即座に次の行動に移っていった。
「負傷者をもっと遠くへ!」
 ガートルードの言葉を皮切りに、テレサ達が優斗達を運んでいく。
「私達も移動するわよ!」
 ブリジットが促し、シルヴェスターが慌ててファーシーを抱き上げる。移動を始めた全員に対し、わたわたと声を張り上げた。
「……ハーレック興業の事務所なら安全じゃ! とりあえず、そこに行くんじゃ!」
「問題無く修理は終わったはずだが、まだ回復しないか……」
 あくまでも冷静に、ダリルもファーシーを見つつシルヴェスターに続く。ルカルカは未だこちらにやって来ない。炎の舞う現場にちらりと目を遣る。瞬間、彼の目の端に小さな影が映った。イルミンスールの制服らしき、闇色のマントを羽織った影。白い、包帯らしきものがその上からたゆたっているような、奇妙な格好。通り過ぎた後に、何か嫌な感じがした。

 油が燃焼しきらずに、降ってきた炎は彼等の足元で燃え続ける。加えて、通りにあったポリバケツやゴミ、小さな商店の軒先や街路樹も燃やし、風に流れた炎滴は別の通りにまで飛び火していく。
 その中で。
「危ない!」
 ルカルカ・ルー(るかるか・るー)はアクアの体に被さるようにして抱きついた。背中や腕、脚に炎滴、あるいは火の粉が散る。
「…………っ!」
 アクアを抱いたまま、彼女は歯を食いしばった。炎熱耐性は持っている。それに、伊達に毎日鍛えてはいない。自身にリジェネレーションをかけ、決してアクアを傷つけないように、盾になる。
「な、何故……!?」
「……肉体の痛みは一過性のもの。貴方達の永い辛さに比べたら、何でもないわ」
「……な……何を言って……は、離してください!」
 アクアは狼狽し、炎まみれのこの状況下でルカルカに電撃をお見舞いした。手加減など、出来るわけもない。

 ネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)も、レッドと同じく物陰に隠れていた。合図の台詞を聞き、自らの身体から溢れる瘴気で形成した動物達を一気に現場に投入する。
「何だ!?」
 虎に蛇、猪に犬、そして鳥まで。炎に対処していた皆は、闇の塊のようなペット達に驚いた。
「嫌な感じですね。これは……瘴気ですか。長く中っているのは危険ですね」
 翡翠は、正面から来た大虎、無差別に走り回る猪にまとめて則天去私を使った。大虎達は吹っ飛び、転がる。しかし完全には消えず、彼は再び攻撃のチャンスをうかがう。
 急いで魔鎧 『サイレントスノー』(まがい・さいれんとすのー)を纏った赤羽 美央(あかばね・みお)も、飛竜の槍に武器の聖化を施して戦いの場の中央で周囲を見回していた。
「実体が無いのですね……。それなら、久々に遠慮なくやれそうです。でも、モフタンが……」
 肩に止まるパラミタキバタンに心配そうな顔を向ける。これだけの騒ぎだ。普通のキバタンなら、ほぼ確実にパニックを起こしてどこかに飛んでいってしまうだろう。だが、モフタンは美央の目を見ると首をぶんぶんと縦に振った。心配されたのが嬉しかったのか、ほんのりおでこの毛がふわっとなっている。サイレントスノーが一言呟く。
「このキバタンは様々な意味で普通ではないな……」
「も、モフタン?」
 美央がそう呼びかけた途端、モフタンは肩から飛び立った。現場上空を一周し、電信柱の上に止まる。
「むー、状況が分かっているようです……」
 槍を持ち直し、美央は向かってきた瘴気の鳥を攻撃する。
「確実に倒します!」
 ランスバレストで、中央にぽっかりと穴を開ける。鳥は穴をしゅるしゅると塞ぎ、再び向かってきた。瘴気の猟犬も迫っている。美央はそこで、龍飛翔突を繰り出した。

 その間に、ネームレスは――
「……主公……」
 エッツェルの傍まで行き、ゆるく顔面を覆う細い白帯の下から話しかける。そして、ぐるぐるまきまきになったカーテンを解いた。彼等の正面に迫り来るは、猛スピードを出しているレッド。轢かれそうになった何人かが飛びのく。
 レッドはそのまま、エッツェル達を無視し――

「離さない、絶対に……!!!」
「やめて下さい! だから、私は……!」
 ――触れないで。
 ――近付かないで。
 ――いじらないで。
 恐慌にも近い感情からアクアは叫ぶ。
 その頬に、ルカルカはそっと手を添えた。ドラゴンアーツの力でしっかりとアクアを抱きしめながら。一方で優しく、彼女の頬を、頭を撫でる。自身の気持ちで、包み込むように。
「…………!」
 何事が起きたのかと、アクアは反応が出来なくなる。嗅覚をくすぐるのは、肉の焼ける匂い。聴覚から流れ込んでくるのは、彼女の言葉。
「……辛かったね……。辛くて辛くて、誰かにぶつけないと耐えられない程に」
「っ……ちがっ……違います! やめて、離して……っ!」
 混乱と懇願。必死で、髪を通じて電気を流す。全身を襲う痛みの中、ルカルカは彼女を抱く力を強める。勿論、決して壊さないように。強さの中に、優しさがある。
 今ここで手を離したら、“終り”だ。
 ファーシーはアクアで、アクアはファーシーだから。
「離れない。動かない。動けない。何故…………!!」
「大丈夫」
 ルカルカは静かに、静かに言う。
「怖がらないで。何もしない。私は何もしないよ」
「……っ!」
「……貴方も幸せになれる。遅くない。独りじゃない」
 ……ヒトリジャナイ……?
 その瞬間。
 アクアは、ルカルカは――
 文字通りにすくわれた。
 ダッシュローラーで近付いてきていたレッドが、金剛力を使って2人を纏めて持ち上げる。そのままスピードを落とさず、レッドは現場から遠ざかっていく。
「……私達も行きましょうか」
「……はい……」
 拘束の解けたエッツェルとネームレスがそれに続く。
「待ってください!!!!」
 反射的に、美央が彼等を追いかけ、制止の声を上げる。振り返ったエッツェルはレイスを4体呼び出し、ファーシーを運ぶ一行にけしかける。ネームレスも瘴気から生み出した樹木人に正面から突撃させる。皆の注意が、そちらに逸れる。
「……ファーシーさん!?」
 美央も、急いでファーシーの方へ足を向けた。
「あ、アクアさんは……」
 気がついて振り返る。レッドの緑色の背中が遠ざかっていく。
「彼女との連絡が取れなくなるのは避けたいところだ。美央、追いかけなさい」
「むむー、わ、分かってますよ……」
 ファーシー達の側では、護衛戦力が集まりレイス達への対応が始まっている。すっかり教師然のサイレントスノーに答え、美央は現場から離脱した。電信柱からモフタンも飛び立ち、彼女達を追う。
「私も追いかけたいですが……おふたりはまだでしょうか」
 連絡が取れなくなるわけではないし先行しようか、と風森 望(かぜもり・のぞみ)が思った時――
「な、何ですの、この状況!? 望はどこですの!?」
 ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)の声がした。振り返ると、赤と黒の合間からノートと伯益著 『山海経』(はくえきちょ・せんがいきょう)の姿が見えた。
「こ、ここを通るのかの!?」
 山海経が若干――いや、実は結構――慌てている。魔道書の彼女は火が大の苦手だ。
「おせんちゃん、お嬢様、こっちです!」
 望が呼ぶと、2人は何とか炎をかいくぐってこちらに来た。冷や汗を掻いている山海経が、多少息を乱しながら言う。
「……全く、また厄介事に首を突っ込む事になったようじゃのう……」
「説明は、後ほどゆっくりいたします。今はとにかく、アクア様方を追いかけませんと……」
 山海経は状況を見て望の台詞を聞き、道の先に視線を遣る。
「……詳しい説明は別に要らぬ。主にしては珍しく、全うな人助けのようだからの」