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リアクション
〜2〜
太陽がその日の勤めを終え、月に役割を引き継ぎつつある時間。昼と夜の狭間の時間。
ハーレック興業には、煌々と電気が点いていた。その一室には、負傷したルイと優斗が寝かされている。ちなみに、彼らを運んできた狼と強盗鳥は警戒を兼ねて外に、スライムは形状の問題から、外で狼の頭にゆるゆると乗っかっている。同様にミアのペットであるデビルゆるスターとわたげうさぎは、主と共に上がってきている。
――室内は、沈鬱な空気に包まれていた。
「……わたしの、せいだわ……」
ファーシーは自分が気を失ってから起きた一連の流れを聞き、シーラの記録していたビデオを見た。再生が終わり、彼女は膝の上で拳をぎゅっと握る。そして、自責の言葉を吐き出した。
「わたしが1人で来てれば、こんなことには……」
そんな彼女に、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)が心配そうに言う。
「ファーシーちゃん、元気出して。わたしは、ファーシーちゃんのこと好きだよ! だから悲しい顔をしてほしくないなー……」
「ノーンちゃん……」
「ファーシー、誰かに頼るのは悪いことではないのだ」
そこで、リアが静かに言った。
「……ルイは、2人はアクアと戦おうとしてではなく、分かり合おうとしていたのだ。それは、無駄にはなっていない。あの、火が上から降ってくる前にアクアが言ったこと……あれは、ファーシーは悪くないと言っているようにも取れるのだ」
「でも、その代わりにみんなが……」
「そんなに、すぐに考えは変えられないわよ。でも、きっといい方向に進んでんじゃない? あたしは詳しいこと何にも分かんないけどさ、何か、誤解してんのかなーっ、て思ったとこもあったし。ま、まあ、あくまでもあたしがそう感じただけだけどっ!」
慌てたようにそっぽを向くミニスに、ファーシーは弱々しく笑いかけた。
「うん、わたしもちょっと……そう思った。多分、アクアさんは本当の事を……何も知らない」
彼女の声が、少しだけ低くなる。
「……そうなのだろうな」
リアも頷き、アクアから話を聞いた上で考えたことを話し始める。
「話を聞く限り……アクアはファーシーが起こした5000年前の事までは知らないのだろう。ファーシーが叩いた時の様子からも、そう思う。徹底的に調べたと言っていたが、実際に僕らが経験した事と自分で調べた事の違いもある。調査の際には、イロイロと誇張表現があったりと信憑性の度合いが違うと思うのだ」
「うん……、そうだね……」
真剣な顔で、ファーシーはリアの言うことを肯定した。でも、そこから先、どうすれば良いのかが考えられない。この時の彼女の中にあったのは、悲しみ、悔しさ、怒り、もどかしさ――自分へのものも含めた、負の感情の羅列。感情に支配されて、何も、浮かばない。
(わたしが誤解されるのはまだいい。でも……こんなに血が流れることになるなんて……)
しかしその中で、リアの声は彼女の耳に届き続ける。言葉にするのは抵抗があるけれど言わなければという、真摯な気持ちが伝わってくる。
「……だから、僕はもう一度、5000年前からの……寺院に襲撃された時からの事をアクアにちゃんと話すべきだと思う。もちろん、話したからといってファーシーとアクアの辛い出来事が良い思い出に変わることはないけれど、認識の齟齬が減れば、歩み寄れるかもしれないのだ。2人が望むのなら、僕は、メモリープロジェクターで最近の関連事項の投影も行うのだ」
それが、二人の幅を縮められる手段と信じて。
◇◇
「ファーシーは目覚めた時、5000年という時が経っている事を知らなかった。まだ、古王国時代だと思っていたの。だから、機体が壊れて動けない機晶石の状態で彼の事をずっと待ってた。彼が生きている事を疑うことなく、10年間、ずっと。外も見えなくて、時を表すものも何もなくて。――動けなくて。
ファーシーにとって、この10年はそれ以上の、想像できないくらい永劫の『時』だったはず」
………………ルヴィさま……ルヴィさま……
マスター。
わたしはここにいます。
まだ戦ってるの? きっと、大変なんだよね……
ここも襲われちゃいました。わたしも、壊れちゃいました。
ごめんなさい。びっくりさせてごめんなさい。
でも、また、なおしてくださいますよね?
……とても、しずか……
わたしのこと、忘れちゃった? わたし、持ってるよ。あの銅板、持ってるよ。
だから迎えに来て、この銅板の意味、教えてください。
……来て、くれるよね……
ルヴィさま……
「そして、限界が来て……魔物化したの。人を襲いたくなかった彼女は、自我を失う前に、銅板を誰かに託したくて、必死で、きっと一生懸命で、ルミーナさんを通して私達にそれを伝えてきた。それが、私達との繋がりの始まり。
私の友達は言ってたわ。ファーシーは、銅板を託した後は、皆に魔物として倒されるつもりだった」
しかし、説得を受けて彼女は生きる事を望み――結果的に銅板に憑依することになった。
「でも、その時ファーシーはまだ『死』を知らなかったし、彼はどこかで生きていると信じていたの。機晶姫だから、『壊れて』も『修理すれば直る』と思っていた」
そして。
教えられた、彼の死。どこを探しても、ルヴィはどこにもいないということ。
いないと告げられてから、銅板の意味とお互いの、彼の気持ちを知ったこと。
ルヴィが――
ファーシーが襲われ壊れた直後に、戦死していたということ。
「……パートナー、ロスト、ですか……」
「100パーセントじゃない。そこに、ロストも関わっていただけ。でも……彼女の絶望は」
計り知れないものであっただろう。
「でも、ファーシーは明るかったわ。彼の銅板が封印されていたという洞窟に行く時も、すごく明るかった。砕けそうになる心を、頑張って奮い立たせていたんだと思う……ファーシーも、アクアと同じに、辛くて苦しい時間を生きていたの」
「…………」
「ルカには5000年の痛みと孤独は体験出来ないから、あなた達の辛さを本当には分かれない、解れていないと思うわ。
……でも誰しも幸せになれるよ。
貴方も幸せになる為に生まれてきたの」