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リアクション
21 進化と退化、悪と巨悪
「びゃびゃびゃびゃびゃ!!!!」
上空からモフタンが叫んだ。その声に皆が反応したのと、小型飛空艇アルバトロスが減速ゼロパーセントでツッコんでくるのはほぼ同時だった。
硬質の素材同士がぶつかる、派手な音がする。背中に特攻をかけられ、レッドは前のめりに倒れかけた。十分に踏ん張れる範囲ではあったが、そこで直後、映像認識がブラックアウトする。状況認識より先に膝をつき、反射的に手をつこうとする。
だが、手にはアクア達を抱えているわけで――
「…………!」
当然の理として2人は投げ出された。それでもルカルカはアクアを離さない。だが、先程の傷はリジェネレーションである程度は回復している。アクアを守るように受身を取る。地に背をつけた時には、正面がひしゃげたアルバトロスから飛び降りた――魔鎧翌桧 卯月(あすなろ・うづき)を纏った日比谷 皐月(ひびや・さつき)が迫っていた。サーコートの上から薄灰色のうさみみ付きの半袖オーバーコートを羽織っている。その手には、2本のギター。
……ぎたー?
という疑問を抱く暇も無く、神速を使った皐月は、パワーブレスとチャージブレイクがかかった状態でアクアの背中を狙う。
ルカルカは咄嗟に自らの肌を龍鱗化させ、アクアを庇った。ウルクの剣を元にしたという多少無茶ぶりなスラッシュギターは、ルカルカを攻撃する際にがきんっという激しい音を立てる。しかし、ダメージ無しとはいかなかったようで彼女は小さく呻いた。
皐月は間髪入れず、今度は光条兵器の方のリバースフライングVでアクアを狙った。この時点で、ルカルカの存在は無視している。そのまま振り下ろし――
「うっ……!」
この間、約2秒。
リバースフライングVは、ルカルカにダメージを与えることなくアクアの装甲を破壊した。そして、一旦距離を取る。
光条兵器は、攻撃対象をある程度選択出来る。マニュアルに「たとえば『人質を取っている誘拐犯に対し、誘拐犯のみを切り、人質は切らない』という選択はできます」とあるので、アクアだけを殴るということも可能だ。
それに気付いたルカルカが、アクアの右手を取って起き上がった。かばっていても守れない。それなら、応戦して倒した方が良い。それ以外に、この場を切り抜ける方法は無い。
ただし、アクアの手は離さずに。
片手を繋いだまま、片手にウルクの剣を構える。アクアは動けない。こちらが動ける範囲も大きくは無い。電撃による蓄積されたダメージもある。
「…………」
『最終兵器』とも呼ばれるルカルカを前にしても、皐月は表情を変えなかった。
普段の彼女なら、皐月は到底苦戦する相手ではない。多分、瞬殺も可能。しかし今は――
「アクアは動けるようにするの! 壊しちゃだめ!」
その時、皐月とルカルカ達の間に朱里が割り込んだ。龍骨の剣を持ち、怪力の籠手を着けている。朱里は破壊行動を全力で阻止しようと、その巨大な剣で乱撃ソニックブレードを繰り出した。皐月はそれをギターで受けることはせず、回避に徹する。防御は腕に取り付けたオスクリダと、あらかじめかけておいたオートガードとオートバリア、そして卯月。
避けきれない攻撃が、オーバーコートにかなり傷をつけていた。後で卯月に怒られそうだ。
チャージブレイクは徐々に体力を減少させていくスキル。目的は、迅速に達するべきだ。
「あっ……!」
朱里が煉獄斬を放とうとした時、剣の柄に何かが命中した。勢いで、大剣がかしぐ。
「何、石……ううん、銃弾……!?」
ブラックコートを纏った如月 夜空(きさらぎ・よぞら)は、カモフラージュを併用しつつ静かに物陰に隠れていた。巨獣狩りライフルを両手に構えている。今の狙撃も、レッドの頭部顔面にある『眼』っぽい所を撃ち抜いたのも、彼女だ。
(……皐月は吹っ切って進むか。まぁ、無理してんだろーけど)
周囲に警戒の視線を投げる朱里を、アクアへの攻撃を続ける皐月を、夜空は眺める。
(七日も居ないし、こりゃ無茶した皐月の回収はあたし担当だろーなぁ。ま、たまには年上のオネーサンを頼ってもらおうじゃん)
……既に、回収される事態になると思っているようだ。
夜空は飛び回る皐月を見ながら、どうでも良く、かつ、皆から共感を得られそうな感想を漏らす。声を出したらバレるので内心でだが。
(にしても……どっちか一本しか基本使わないとしても。ギター二つで戦闘って、シュールだ)
その頃、皐月は軽身功を使って地を蹴っていた。未だ周囲の確認が出来ないレッドを足場にして、朱里達の逆側に跳ぶ。そして着地と同時、アクアの左腕を掴んでルカルカごと空中へぶん投げた。投げられる直前、ルカルカはウルクの剣を皐月に放つ。ドラゴンアーツの怪力で投擲された刃は、自動物理防御を破って卯月ごと腹部を貫いた。
「…………っ!」
声無き悲鳴を上げたのは、皐月だったのか卯月だったのか、それともその両方か。腹に剣が刺さったまま、皐月はリバースフライングVとスラッシュギターをまとめて投げた。サイコキネシスで、空中のアクアの真下に来るように調整し、先端を首と腹部に突き立てる。
「アクア!」
ルカルカの叫びと同時、投擲された2本目のウルクの剣が高速で迫る。皐月は、それを『ぎりぎりで』避けてオスクリダで空中に闇の力場を展開した。次々と足場を作り、神速軽身功で空の高みへと駆けていく。彼が『つばさ』と名付けた空中戦闘技である。
空中から、アクアをルカルカを、エッツェルを、衿栖達、望達を――そして、美央を見る。
――そうだ。彼女を……
――彼女を救うべきはきっと、オレじゃなくて他に居る。
光条兵器の特性で、アクアの兵器たる由縁のみを選択し、破壊する。
これ以上に無い程痛めつければ“それ以上”は無いのだから、手加減する必要は無い。
要するに、『命を護る為に』、『ボコボコにする』。
『悪』であることは承知の上で。これが、沢山の人々の希望を、願いを、努力を意思を、踏み躙る行為であることを承知の上で。
そしてその後は――彼等が、彼女達が。
護りたい誰かを、独りで護ろうとは考えなくなった。
一見、良き変化にも思えるが……。それは彼が絶望し、諦めて出した答え。
それは、進化なのか退化なのか。
ただ一つ言えることは。
答えを導き出した彼の行動には、微塵も迷いが無いということ。
皐月はアクア達が及びつかない位置まで到達すると、そこから重力を利用して高速落下した。そのまま、ライトブリンガーでアクアを思い切り蹴り降ろす。
名付けて『あぎと』。
ぐしゃ、ともガシャ、ともつかぬ耳障りな音がした。
「……アクア!!!!!」
方向転換の効かない空中。武装で重量の増した機晶姫はルカルカよりも先に下へと落ちて行った。
串刺しにするように迫るギターを避けようもなく、事実、アクアは串刺しになった。
首から先が、転がっている。
スラッシュギターの、元々は刃だったV字のボディが、アクアの腹部を貫き、右脚を1本持っていっていた。
遅れて着地した皐月は、そのまま膝から崩折れる。腹から剣を抜くと、傷口から血が溢れ出した。傍には死神のような、人の気配。顔を上げれば、そこには瘴気の呪鎧がいて。
全長3メートル、刃渡り2メートルの巨大な斧を持っていた。
無銘:大戦斧。
ちなみに、重量は200キロらしい。
「は、はは……」
もう、笑いしか出ない。しかし、目的は多分、達成した。彼女は、機晶姫だから。
「……これは……友人としての……温情だそうです……」
ネームレスはそれを軽く振る。
どこに飛ばされたのか、一瞬後、皐月の姿は何処にも無かった。
一部始終を眺めていた夜空が、あーあ、とぼやく。
「こりゃ早目に見つけないと死ぬな、皐月」
◇◇
「死んだ、か……?」
毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)は、双眼鏡でアクアを見ながら呟いた。首が飛んだのだ。まあ、人の常識に当てはめれば死んでいるだろう。串刺しになったボディも、ひどい有様だ。
だが、アクアは機晶姫だ。首が無いからといって死んだとは限らない。実際、衿栖やレオンが彼女の機体に駆け寄り、何事かを一生懸命話しかけている。そのうち、レオンがレッドによじ登り、撃たれた『眼』をチェックし始めた。エッツェルとネームレス、衿栖と朱里、美央が何かを探すように地面を注視し、うろうろと歩き出した。キバタンも色々と飛び回っており、無くなったアクアの脚を捜しているであろうことは予測できた。
地面にぺたんと座って動かないのは、ルカルカ。
彼女はただ只管に、アクアの手を握っていた。
◇◇
「これで、見えるか?」
巨大な手の上に乗り、頭部の正面に立って『眼』の中を覗きこんでいたレオンは、中の銃弾を取り出して修理を済ますとレッドに言った。
『……ハイ』
機械的にレッドは答える。地上から、衿栖が声を掛けてきた。
「レオンー、アクアの脚、ありましたよ!」
「そうか、じゃあすぐに移動しよう。同じ場所に長居するのは、危険だ」
下に降りる。すると、レオンの所に美央と望が歩いてきた。大判の紙を持っている。
「レオンさん、ツァンダを出る前に地図をくださいましたよね。それを見て、少し考えてみました」
「ああ、あの地図か」
他の皆が見える位置に集まり、全員の中心に地図を広げる。
「一番近い退避場所は、この、現在未使用の倉庫ですね。ここに来る前、ハーレック興業の事務所へ行くとシルヴェスター様は言っていました。アクア様はこの状態ですし、勿論、そちらへ行っても良いのですが……」
アクアのボディ損傷は、酷いものだった。だが、機晶石に傷はついておらず、その内部も無事だった。彼女はまだ、静かに息づいている。
望は地図を指し示す。
「少し、今の場所からは遠いです。なので、もう暗くなりますし、この倉庫で一晩明かしませんか? 一応、屋根もありますし……。アクア様の修理も、ここで行いましょう」
◇◇
「おーい、生きてるかー」
「……死んでる」
「お? まー、それだけ喋れりゃ問題無い、か」
「……いや、問題あるだろ、これ」
にひひと笑う夜空に、皐月は仰向けになったまま力無く言い返す。ウルクの剣によって腹に穴が開き、2本目のウルクの剣によって腕が『ぎりぎり』までちぎれかけた。とどめに大戦斧でぶっとばされ、身体はぴくりとも動かない。
「しょーがねーな、このあたしが運んでやんだから感謝しろよ! お姫様抱っことおんぶ、どっちがいい?」
なんでこんなに楽しそうなんだこいつは。
そう思いつつ、皐月は答える。
「……おんぶ」
「お姫様抱っこな」
「…………」
抗議の視線を送るが意味は無く、ひょいっ、と両腕で抱え上げられた。
薄闇の中を、夜空は歩く。彼女の腕の中で本物の夜空を見ながら、彼は言う。
「御伽噺のセオリーってあるだろ?」
「ん? ……なんだそれ」
きょとん、と夜空は見返してくる。まあ、唐突にそんな事を言われても意味不明だろう。死ぬ前の譫言と取られてもおかしくはない。
「英雄譚でも良いや。……そういうのって絶対、物凄く悪い奴がいてさ、それを英雄が倒して、世界が平和になって、めでたしめでたしが普通だろ?
……でもそれって、悪い奴が居なきゃ始まらなくて、始まらなけりゃ平和なんて物は訪れなくて、さ。
だから、なんてーか、悪い奴ってのはさぁ」
動くことが叶うなら、頬でも掻いていたかもしれない。
「――多分、平和の使者なんだ」
「……馬鹿だ。この子莫迦だ。いや、こんな事してる時点で莫迦なんだけど。もしかしてどっか打ったかー?」
夜空は嫌味なく、からからと笑う。
――だから、英雄にすらなれないオレは。
どこかに在る何かを空読むように、皐月は言う。
「この世に悪があるのなら、それを超える巨悪になろう。悲しみを全部引き受けて、不敵に笑う最後の獣に」
静かな夜。他の都市より少しだけ星が良く見えるキマクの地に、声が流れる。
「――ラストダイナソーって奴に、さ」