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第一章 破り入る
「よし」
西カナンの英雄ジバルラは意を決して顔を上げた。その様と『メメント銛』を握りしめる様の両方が見えて氷室 カイ(ひむろ・かい)は「待て」と制止をかけた。
「何が”よし”だ。単独での行動は許さんぞ」
「ほぉ、ずいぶんと偉そうなこと言ってくれるじゃねぇか」
「これだけの人数が残っているんだ、勝手を許すわけにはいかない。全滅なんて事にもなりかねないからな」
「全滅なんてするかよ」
「根拠のない自信は止めろ、何の足しにもならん」
ジバルラに帯同すると名乗り出た者は10名強、もはや小隊とも言える数だった。本隊の到着を待たずに、いや、それどころか国の領主であるマルドゥークの判断を仰ぐことなく単独で目前の集落に乗り込もうというのに、よくこれだけの人数が残ったものだ。
「カイ」
サー・ベディヴィア(さー・べでぃびあ)が右方から、そして同時にルナ・シュヴァルツ(るな・しゅう゛ぁるつ)が後方の高台から帰還した。
「どうだった?」
この問いにベディヴィアは実に冷静に応えた。
「今のところ気付かれている様子はありませんね。殺気の類も感じません」
集落までおよそ1km。この辺りは巨大な岩塊が連なっており、身を隠すには打って付けだ。ジバルラの相棒、巨竜のニビルが隠れられるほどの岩もゴロゴロ見える。
「あまりに潜みやすいので罠の一つもあると思ったのですが」
「無しか」
「えぇ全く。悪魔はおろか魔獣の一匹も見られませんでした」
「警戒するような事態は起こり得ないとでも考えているのか?」
「油断してるならチャンスだな、一気に突っ込むか」
「…………渚」
「了解」
暴走の火を灯し始めたジバルラを雨宮 渚(あまみや・なぎさ)が「さっきの話聞いてた?」と連れ出して退場させた。彼女ならば賢明にジバルラを説得することだろう、しばらくは彼の抑止力となってもらおう。
「まぁとにかくだ、見通しの悪さはこちらも同じ」
「えぇもちろん。引き続き、ですね」
「あぁ、頼む」
気付けば敵に囲まれていたなんて事態を避けるべくベディヴィアは再び『殺気看破』を発しての見回りを再開した。敵に地の利がある以上、不意をつかれただけで全滅する恐れがある、それだけは何としても避けねばならない。
「ルナはどうだ、何か思い出したか?」
「いや、どうにも曖昧だ」
視線を落としてルナは応えた。「はっきりとした事は何も。外壁や建物の感じは懐かしいような気がするが、それも気のせいかもしれん」
「そうか」
魔鎧であるルナならば目前の集落にも見覚えがあるやもと様子を見に行かせたのだが、記憶の底より蘇るものは無かったようだ。
「ただ城門の内にも兵が居るのは見えたぞ。『トライデント』であろうか、武装した悪魔を4名ほど確認した」
「意外に少ないな。突破は可能か……」
「悪魔との戦いか、面白い」
ルナは既に瞳を輝かせているし、カイもどうやら突破に前向きな様に見えて……
「いや、あの……」
ギュンター・ビュッヘル(ぎゅんたー・びゅっへる)が心配そうに言った。
「やっぱり強行突破は、する感じか?」
「ん? まぁそうだろ、乗り込む気まんまんだからな、大将が」
何でもないようにカイは言った。「行くなと言ったわけじゃない、慎重に動くべきだと言っているだけだ」と続けるカイにビュッヘルは溜息を吐いて応えた。
「なるほど。あくまで潜入ではなく特攻なんだな」
ローグや忍者なのを潜入させて様子を見るものと思っていたが……ジバルラが居る以上『機を見て』といった策は取らないようだ。
「仕方ない、私たちも二手に分かれよう」
「ったく、結局そうなるのかよ」
サミュエル・ユンク(さみゅえる・ゆんく)は踵を返して背を見せた。「『精神感応』を使えば良いんだろ?」
「あぁ、5分おきに状況を伝えるよ」
「5分おき? ……多すぎだろ」
「全てを伝える必要はない。私たちが危険な状況に陥った時にだけ、マルドゥークに伝えればいい」
「あ〜、そん時には強めに言ってくれ。それ以外は流す」
「流すなよ! 報告の意味がないだろう!」
「気が散るんだよ! 道すがら悪魔に出会す事だってあるかも知れねぇんだぞ! 戦ってる最中に応答なんざ出来るわけ無ぇだろーが!」
「それならその時はそう言えば良いだろう! 私だって時と状況は考慮する」
「どうだかな。だったらこっちが通信ブッチ切ってもキレるなよ」
「キレるわけがないだろう!! 誰がそんなことをするか!!」
「んな説得力の無ぇ『キレない宣言』初めて聞いたぜ」
がさつと負けず嫌いの衝突は「まぁいいわ、とりあえず兵隊を少しばかり貰ってくぜ」とユンクが切り出すまで続いたていたが、一応に終結を迎えた。
ユンクは偵察隊の兵を6名ほど率いてマルドゥークの本隊へと向かい発つ。ビュッヘルはジバルラたちが特攻を仕掛けても同行せずにこの場で待機、ある程度の安全が確認できたときに初めて集落へ入ることとした。無論彼らの危機には駆けつけるつもりでいるが、これも全滅を避けるための策、あくまで本隊の到着を待つべきだというのが彼の考えであった。
「覚悟は決まったか?」
ジバルラの問いにカイが応えた。
「覚悟? 何のことだ?」
「あん? ビビってる奴が居ねぇか確認してたんだろ?足手まといになるからな」
「足手まとい?」
ジバルラの横で渚が「『ビビってる』じゃなくて『未知なる集落に突撃する覚悟』ね」と補正していた。勇むジバルラにそう言って足を止めさせたようだ。
「城門から突破か、悪くねぇ」
言ってジバルラは巨竜の背に乗った。
こちらから見える範囲では集落は高さ3mほどの城壁に囲まれている。左右に回り込んで壁の低い部分がないか、また壁の無い箇所がないか調べるという手もあるが大きく動けばこちらが発見されてしまう恐れもある。幸いにも城門付近に兵は少ないようだし、城門からの特攻も悪い策ではないだろう。
「行くぜ!!」
巨竜を羽ばたかせてジバルラが飛び出した。
「ルビー! 第七式! 朱鷺と一緒にジバルラ氏を追うわよ!」
東 朱鷺(あずま・とき)の声に魔鎧である第七式・シュバルツヴァルド(まーくずぃーべん・しゅばるつう゛ぁるど)は彼女に装着、ルビー・フェルニアス(るびー・ふぇるにあす)は『ガーゴイル』の首に手を回してその背に乗った。
「おらぁあああああ!!!」
加速したままに巨竜が城門に突っ込んだ。その直後、巨大な岩塊が城門前に現れ、そしてその背を伸ばして立ち上がった。
その身長はおよそ5m、城門よりも遥かに高い背丈と、それに見合った恰幅をした出で立ちは正に【動く城】、魔鎧である第七式が主への装着を解いて城門前に立ちはだかった。
「まずは防御を固めるわよ!」
「了解した」
朱鷺は『護国の聖域』を、そして第七式は『オートガード』を発動した。城門に攻め入るはジバルラだけではない、誰一人欠けることのないように彼女たちは先陣で皆の盾となる覚悟のようだ。
「我も参戦しよう」
ルビーがこれらに続いて跳び出した。第七式は既に城門に両手をかけている、持ち前の剛腕でもぎ取るのは時間の問題だろう、となれば。
「邪魔」
迫る敵から彼を護る事が何よりも先決。
ルビーは第七式に跳びつく軍兵の一人に『火天魔弓ガーンデーヴァ』を構え向け、その左肩を射抜いて転がした。転がった肢体からは炎が上がっている、火炎属性の魔弓だけあってその威力は抜群のようだ。
「次。次から次」
一人は同じく飛びかかろうとしている者を、そしてもう一人はルビーに気付いて襲い来た者の脇腹を射抜いたのだが……この迫り来た兵がしぶとかった。
「ギシャァアアアアアア!!!」
魔弓の衝撃波で吹き飛ばされながらも『トライデント』を鋭く放った、その銛がルビーの頬を掠めて切った。
「………………」
ルビーは傷に手を当て、そして目を剥いた。頬から離した指には、べっとりと血が付き、赤く染まっていた。
「……我の顔に」
ワナワナと震えるは怒りの証。ルビーは鬼の形相で魔弓を構えた。
「我の顔に傷を付けるなんて! 許さない!!」
出来うる限りの早撃ち連撃、軍兵は既に外壁に叩きつけられてノビていたが、そんな事はお構いなしに怒りのままに矢を放った。
両手持ちの魔弓を連続で放った直後だった、それ故に反応が遅れたことは事実、自分にも非はある、それでも―――
「はぁっ! はぁっ!! はぁっ!!! はぁっ!!!! はぁっ!!!!!」
許せなかった、自分も、相手も何もかも。
完全に暴走していたが、パートナーである朱鷺はこれを止めるではなく『悪くないわ』と判断した。
ルビーの暴走も第七式の城門破壊も見事に敵兵の目を引いている。結果、攻めているように見えるかもしれないが当人たちの意識は防御にある。多人数に囲まれても、そう簡単にはやられないだろう。
「北都! 今のうちに!!」
「えっ、でも……」
クナイ・アヤシ(くない・あやし)の声に清泉 北都(いずみ・ほくと)は戸惑いを見せた。ジバルラと共に城門に突撃を仕掛けた、それは今も継続中だ。奇襲ということもあって形成は決して悪くはないが。
「大丈夫です! 行ってください!!」
「クナイ……」
相棒は『レッサーワイバーン』に跨り、『破邪の刃』で悪魔兵の『トライデント』と打ち合っている。悪魔を相手に光属性の攻撃を選択している、彼の目からも「必ず役割は果たします」という強い意志を北都は感じた。
「……わかった。ソーマ! 行くよ!」
「おうよ!」
北都は『宮殿用飛行翼』を、ソーマ・アルジェント(そーま・あるじぇんと)は『地獄の天使』で生やした影翼を羽ばたかせて上空へ飛び立った。
2人並んで上昇すると、弾けるように左右に分かれた。外壁に沿って飛び、集落内を偵察する。
「ほぉ、これはこれは」
すぐにソーマが気付いた。兵が動いている、想定内だが城門へ向けて兵が集まっているようだ。数は5人、意外と少ないか……。
「ま、見たいのはそっちじゃねぇから良いんだけどよ」
ソーマの視線は兵たちの『行き先』にではなく『来た道の先』を辿った。5名の内2名は集落の中央からバラバラに、そして残りの3名は外壁沿いを行く道から駆けてきた。ゆっくりと『10秒』を数え終えた所でソーマは口端で笑んだ。
「北都。見つけたぜ」
「ほんと?」
携帯電話から北都の弾んだ声がした。
「あぁ、目の前を過ぎてから次が来ねぇ。ここで当たりだ」
有事の際の出動路になっているなら間もなく兵が姿を見せるはずだが、それがない。敵兵に遭遇するリスクは恐らくに低い。
「悪ぃな、やっぱこういうのは俺の方が当たりを引いちまうみたいでよ」
「うっ……い、良いんだよ別に。僕たちはチームで動いてるんだから」
「はっはっは、まぁ、そういう事にしといてやるよ」
「むぅ。何かバカにされてる……」
どこか釈然としなかったが、北都は進路を戻して城門前へ駆けつけた。彼も集落の様子を上空から見つめたが、北都の側は平屋家屋が幾つも並ぶばかり。障害物も多く、一行が駆け抜けるには適さないように思えた。進路を取るならやはりソーマが見つけた道だ。
「おおぉ」
本を開いて強引に破り裂くように、城門が左右に割れ破られてゆく。敵の妨害に耐えながらに、第七式が遂に城門をこじ開けたのだ。そこにジバルラたちがなだれ込むのが見えて―――
「ジバルラさん! 西です! 西に向かって下さい!!」
北都が叫び伝えたが、返事は「あぁ゛?!!」だった。
「西ってどっちだバカ野郎!」
「バカって……。僕たちは北西に向かっていてこの集落に辿り着いたんですよ、直進が北なんですから西と言ったら―――」
「左で良いんだな!!」
「そっ……そうです左です!! 壁沿いに行ってくれれば良いです!!」
第七式の巨体、そして鳴り響く戦闘音。兵が集まってきて当然だった。
そして一行は『左』の壁沿いを行くことを決めた。
「レイ!!!」
クナイの声にレイ(レッサーワイバーン)は口から『ファイアストーム』を放った。
炎の嵐が『正面』と『右』から迫る兵の足をしっかりと止めた、あとは―――
「あれはボクたちが頂くよ〜♪」
ジバルラよりも誰よりも早くに鳴神 裁(なるかみ・さい)が『左』の道を行った。そこには先程ソーマの目前を過ぎ行った3名の軍兵が駆け寄り来ていた。
「変幻自在の風の動き、読み切れるかな♪?」
裁に憑依した物部 九十九(もののべ・つくも)は、そっくり彼女の口調で彼女よりもキレのある動きで敵兵2人の間に飛び込んだ。
『ロケットシューズ』での加速、一気に懐に飛び込むと、一度膝を折って身体を丸めた。そして次に地面を蹴ると同時に『ナラカの闘技』を繰り出した。
「ほっ、ほほっ」
竜巻のように回転し飛び上がりながらに、敵兵2人の『トライデント』を蹴り上げる。武器を弾かれ体が開き、ガラ開きになって反り張った胸部を足の裏で突き蹴った、それももちろん連撃で。
「ふっ」
両手での着地は次撃への繋ぎ。腕を曲げて体重を支える、そして一気に地を押して伸ばすと同時に開脚回転、敵兵の足を払ってみせた。
地に背中が着いたところに拳を叩き込む! そう構えた時だった―――
「うしろ、気付いてるです?」
胸元から声がした。魔鎧として装着、一体となっているドール・ゴールド(どーる・ごーるど)の声だった。
「こんな時でも疑問形?」
九十九は跳び退きながらにそう言って、
「そう簡単には変わらない、それが話しぶりというものではないですか?」
とドールが返す頃には、九十九は敵兵めがけて『サンダーブラスト』を放っていた。
「ふっふ〜ん、ボクは魔術も得意なのさ♪」
「裁よりもバランス良いかな? すっかりすっきり成り代わり?」
「まぁね♪ ……じゃなかった! ボクは裁だよ、なに言ってるのさ」
「そんなに上手に『ナラカの闘技』を使ったら、バレちゃうかも、ですよ?」
「………………はっ! 上乗せが仇に?!!」
九十九の『サンダーブラスト』は足払いをして転ばせた兵の一人をも巻き込んでた。狙ったわけではなかったが、共に痺れてくれたは、これ幸い。念のために、もう一発ずつ『サンダーブラスト』を放っておいた。残る一人は……
「ほぅら、もっとがんばって」
もう一人のパートナー、アリス・セカンドカラー(ありす・せかんどからー)の『吸精幻夜』に貪られていた。
「魂まで吸い尽くしてあ・げ・る♪」
倒れた兵の背後から腕を回して、首もとから。何とも楽しそうな瞳をしていた。
「『あれはボクたちが頂く』と言ったから、ですね?」
「むっふ〜ん、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど。ま、いいか♪」
アリスは「まだまだ足りないわ、もっと、もっと愉しませて♪」なんて言っていたが、もう十分だ。
「ほら、行くよん♪」
「あぁん、まだ途中なのに」
無理に引き剥がして先を急いだ。道は拓けた。ジバルラを含めた一行、そして殿のクナイも合流した。一行は壁沿いの道を行き進んだ。
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