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リアクション
第4章 押忍! 闘魂プロレス!!
「あんたたち、いつまでカオスなケンカをしているつもり? 無秩序に暴れても虚しいだけよ。暴力の正当な行使の仕方というものがあるでしょう。それこそ、そう、プロレスでね!!!」
ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)の言葉に、ひたすら殴り合いをしていた荒くれ者たちは、はたと手を止めて、振り返った。
「姉ちゃん。ええボディしとるのに、なにプロレスとかいうてんのや。そもそも、暴力の正当な行使なんてあるわけないやろ。暴力はなあ、暴力なんやでー!!」
荒くれ者たちの一人が、ニヤニヤ笑いながらローザマリアの肩に手をかけた。
ばしっ
ローザマリアは、その手を払いのけた。
「つっ! やってくれるやないか」
「だから、怒りをプロレスで解消するのよ。それ以外に、あなたたちが更生できる術はないわ」
睨む荒くれ者に、ローザマリアは毅然とした口調で言い放った。
「更生やて? はっ、笑わせてくれるなー!!!」
荒くれ者たちは、嘲笑った。
「何とでもいって。大切なのは、参加することよ。さあ、リングをつくったわ。やるか、やらないか。いま決めるのよ!」
ローザマリアは、見事な仕切りをみせた。
「お、おお!! 本当にリングができてやがるぜ!!」
荒くれ者たちは、目を見張った。
丘のふもとに、いつの間にやら、巨大な六角形の特設リングが設置されていたのである!!
ヘキサゴン・ステージ。
それが、ローザマリアが荒くれ者たちのために用意した「浄化の場」であった。
「さあ、リングに入るのよ!!」
ローザマリアに肩を叩かれた荒くれ者たちは、何が何だかわからないうちにリングに連れ込まれていく。
彼らはみな、粗野で凶暴だが、頭はそんなによくないので、言葉たくみな誘導にはひっかかりやすいのである。
「うん? 何だ、みんな、どこへ行くんだ?」
他を圧倒する力をみせつけてストイックに死闘に励んでいたラルク・アントゥルース(らるく・あんとぅるーす)や夢野久(ゆめの・ひさし)といった面々も、荒くれ者たちが次々にリングに入っていくのをみて、思わず後について入っていってしまった。
彼らにとって、闘いの場所などは、どこでもいいのである。
「Welcome to PPP!!(パラミタ・パニッシュメント・プロレスリング) プロレス形式のバトルロイヤル、せいぜいがんばってね。ルールを少しだけいっておくわ。ロープワークあり、ロープブレイクありよ。それじゃ、健闘を祈るわね」
ローザマリアのアナウンスが、リング内に響きわたる。
「ヒーハー! それじゃ、あたしとつきあってもらうぜ。あっ、いっとくけど、プロレスで闘おうって意味だからな」
典韋オ來(てんい・おらい)が、リングの上でファイティング・ポーズをとりながらいった。
「うーん、まあ、やるからには本気でいくよ!!」
レイラ・ソフィヤ・ノジッツァ(れいらそふぃや・のじっつぁ)もまた、典韋とともにリングに立ち、挑戦者をさし招いた。
「よし、いくぜ!!」
ラルク・アントゥルースが、典韋に突進。
勢いよくドロップキックを仕掛け、よろめく典韋にパンチを叩き込む。
「典韋、しっかり!!」
レイラが、典韋をフォローしようと、ラルクに近づいていく。
そこに。
「おおっと。2対1じゃひどいよな?」
夢野久がレイラの前に現れ、手刀を彼女の首筋に叩きこもうとする。
「ううーん! 負けない!!」
レイラは夢野に鋭いキックを放って牽制しながら、ロープ際に追いつめていく。
「くっそー。よし。とあー!!」
ラルクの攻撃を受けながら隙をうかがっていた典韋は、やっとチョップを繰り出しての反撃に移った。
「おおっと。なかなかやるじゃないか。うほ」
チョップを受け流しながら、汗まみれの肉体を天日にさらしてさわやかな笑顔を浮かべつつ、ラルクが典韋に組み合っていく。
「よーし、それっ」
レイラは、夢野をロープに向かって突き飛ばした。
「うん!!」
夢野はロープにいったん身体をぶつけられた後、ロープに弾かれて、再びレイラのもとに戻っていく。
「いくよ、バーストダッシュ!! とおっ」
レイラはジャンプしながら、身体を90度横方向に流し、夢野の喉に、ラリアットの要領でキックを叩き込んだ。
「イナズマァァァッ!!!!!」
レイラは、天を指さして絶叫した。
「おおーっと、稲妻レッグラリアット!! これはきいたわねー!!」
ローザマリアのアナウンスが流れる。
「ぐおお! 何のこれしき」
レイラの稲妻レッグラリアットをくらった夢野は、しばしうずくまって、目をパチパチさせた。
「容赦なくいくよ!!」
レイラが夢野に追い打ちをかけようとしたとき。
「ちょっと待った! 俺も混ぜろコラァ!!」
闘争本能で目をギラギラさせた白津竜造(しらつ・りゅうぞう)が乱入してきた。
「ええー」
思わぬ展開に、レイラは戸惑う。
「レイラ! ここはあれを!」
典韋はそういうと、ラルクの身体を突き飛ばして、白津に向かって走る。
「あんだぁ?」
レイラの首を絞めていた白津は、レイラの身体を放り出して、典韋に向き直る。
すると、放り出されたレイラが、すぐに態勢を立て直して、白津の背後から、白津に向かって走った。
典韋とレイラ。
2人が、白津を挟み撃ちするかたちで、それぞれラリアットを放つ。
「ああーっと! サンドウィッチ・ラリアット!! 決まったわねー!!」
ローザマリアは興奮して叫ぶ。
どごーん
「むううううう」
見事に肉に挟まれてねじられるような衝撃を受けた白津は、口から泡を吐きながら倒れた。
「よし、いまだ!!」
典韋はその上に覆い被さろうとする。
だが。
「おいおい。俺がいるだろうが」
ラルクが典韋の首根をつかんで、白津の上から引き剥がした。
「くそ! レイラ、次はあれを!!」
典韋はチョップで牽制しながらラルクの背後にまわると、その股の間に首を突っ込んで、渾身の力をこめ、肩車の要領で持ち上げた。
「こいつは驚いた。俺を持ちあげられるとは!!」
ラルクが目を丸くしたとき。
「とあああー!!」
レイラが跳躍して、ラルクの喉にジャンピング・ラリアットを放った。
ずおーん
「や、やるな!!」
衝撃で、ラルクの頭がくらくらとする。
そのまま、ラルクはリングの上にうつぶせに倒れた。
「おおーっと、ダブルインパクト、ダブルインパクトだわ!! これはもう再起不能かしら!!」
ローザマリアは興奮しっぱなしだ。
「今度こそ!!」
典韋はラルクの上に覆い被さろうとした。
「ハーイ、まだまだ!! そうそう、おいしいところはとらません!! 青春に失敗はつきものです!!」
だが、またしても、ルイ・フリード(るい・ふりーど)が乱入してきて、典韋の首をつかんで、自分の方に向かせる。
「典韋、それじゃ、今度は私がサポートするから!! 決めよう!!」
そこでレイラが、背後からルイに組みついて、腰をがしっとつかみ、力いっぱい持ちあげる。
「おおっと!! 青春の力は無限大ですね!! ファイト!!」
ルイは足が宙に浮くのを感じながら、どう動くべきかはかりかねている。
「よーし!!」
典韋は、抱えあげられたルイの正面に、背中を向けて立った。
そのまま、ルイの頭を肩に乗せ、頭を持ったまま前方に大きくジャンプし、自らは仰向けに倒れ、うつ伏せに倒れるルイの顔面をリングに叩きつける。
がしーん
「きゃああああ! これは合体技!! 典韋カッターよ!! きれいに決まってしまったわ!!」
ローザマリアはテーブルをバンバン叩いて絶叫。
「やりますね。あちゃあ」
ルイは、目に星が散るのを感じながら、何とか立ち上がろうともがく。
「カイサ。典韋とレイラの大活躍、夢の中ででも、みえているかしら。リングでここまでがんばれるとは思わなかったわ」
ローザマリアは、いまもカプセルの中で眠り続けているだろうカイサ・マルケッタ・フェルトンヘイム(かいさまるけった・ふぇるとんへいむ)の姿を脳裏に想い浮かべて、静かに呟いた。
だが、その直後。
「ヒャッハー!! プロレスってのはまだるっこしいなあ!! この際、俺たち全員相手にしろやあ!!」
見物していた荒くれ者たちが、いっせいにリングの上にあがりこんできたのだ。
「わー! いくぜ!!」
典韋とレイラは勇敢に立ち向かうが、多勢に無勢である。
おまけに、荒くれ者たちはルールを守るつもりもなく、ロープに飛ばされてもそのまま返ってこなかったり、ひどいときはロープを切って、その切れ端で相手の首を絞めあげるようなことをした。
そして、気がつくと、あちこちで場外乱闘が始まっていたのである。
ラルクも、夢野も、起き上がって、場外乱闘に参加していく。
リングの上での勝負の行方は、うやむやになってしまった。
「あちゃあ。もとのカオスなケンカと同じ状態に戻ってしまったわね」
ローザマリアは頭を抱えた。
典韋とレイラはすっかり疲れてしまって、ベンチに座ってスポーツドリンクを飲み出す始末だった。
「よし、みんな、ここはひとつ、賭けをしようじゃないか」
プロレス勝負はどこへやら、いつの間にやらリングからも離れて、再びケンカ三昧の状態へと逆行してしまった荒くれ者たちを丘の上から見下ろしながら、ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)がいった。
「賭けぇ?」
ケンカの手を止めて、荒くれ者たちが尋ねる。
「そうだ。このケンカ、誰が勝つか、あるいは、どの勢力が勝つか、どんな結果になるかで賭けをやろう。自分が勝つに賭けてもいいし、誰か強そうな奴に賭けてもいい。あるいは、あの女たちがどっかの偽善者に救出されてしまったとか、そういう結果になることに賭けたっていい。せっかくやりあうんだ。賭けもやって、盛大に盛り上げようじゃないか」
ジャジラッドの説明を、神妙な面持ちで聞く荒くれ者たち。
「だけどよ、賭けをやるには、それなりの資金が必要じゃねえか。そんなに金、あんのかよ?」
荒くれ者たちは、彼らなりに頭をはたらかせて、何とか抱くことができた疑問をぶつけた。
「おっ、いい質問だな。だが、心配は要らない。サルガタナス!!」
ジャジラッドが指を鳴らすと、サルガタナス・ドルドフェリオン(さるがたなす・どるどふぇりおん)が、ニヤニヤ笑いながら、ギラギラ光るジュラルミンの大きなケースを開けてみせた。
そこには、とてつもなく分厚い札束の山が入っていたのである。
「おお、すげえ!!!」
荒くれ者たちの目が、札束に釘づけになる。
「どうだい。大勝ちした暁には、大金が入るって保証がついたわけだ。さっ、どういう展開に賭ける?」
ジャジラッドは問いかけた。
実をいうと、札束の山はサルガタナスが「愚者の黄金」を使って、土くれからつくりだしてみせたものだった。
だが、そんなカラクリに荒くれ者たちが気づくはずもなかったのである。
一度ぶつけた質問が解消されれば、あっさり相手を信用するし、そこでポンと背中を押されれば、あっさり誘導に乗ってしまうのが彼らの行動の常である。
「よーし、俺! 俺が勝つに賭ける!!」
「俺も、自分が勝つのに賭けるぜ!!」
案の定、荒くれ者たちは次から次へと賭けに乗り始めた。
ジャジラッドにとって意外だったのは、「自分が勝つ」に賭ける者が非常に多いことだった。
自信過剰を通り越して、かなり愚かな感じがするのだが、とりあえず賭けに乗らせることが大事だ。
「おう、じゃ、お前はいくらで? ああ、これだけか。じゃ、お前は?」
ジャジラッドのもとに、大量に賭け金が集まってゆく。
(まあ、賭けもそうだが、有望な戦士が多く集まっている。後は、闘いの行く末を興味深く見守らせてもらおう)
ジャジラッドはそう決め込んだ。
「おう、てめーら、わかっただろう、これからギャンブルの時間なんだ!」
キャロル著不思議の国のアリス(きゃろるちょ・ふしぎのくにのありす)は、ジャジラッドたちの隣で、勝負の行く末に賭け終わったばかりの荒くれ者たちをさし招いた。
「あぁ? ギャンブル? おっ、ポーカーか」
荒くれ者たちは、アリスの前で足を止めたものの、かぶりを振った。
「けどよ、俺たちは、あくまでケンカをするんだよ!! ケンカの結果には賭けても、勝負自体をギャンブルで決めるつもりはねえな」
「そういうと思ったわ、だから、私とまず、勝負の仕方を賭けてギャンブルをするのはどう、つまり私が勝ったらその後はケンカをやめて、ギャンブルで勝負をつけることにしてはどうかしら?」
アリスは、先ほどとは違った口調で答えた。
「あぁ? よくわからねえけど、要するに1度はお前とギャンブルで勝負しようってことか?」
荒くれ者たちは頭をかきむしって、アリスの言葉を理解しようと努めながらいった。
「そうですよ、ちなみに私は、赤城海治(あかしろ・うみはる)といいます、よかったらアカギと呼んで下さい」
アリスは、また口調を変え、さらに、なぜか偽名を名乗った。
「まあ、ギャンブルは嫌いじゃねえから、1度だけお前につきあってやる! もちろん、オレたちが勝つ気まんまんだけどな!!」
荒くれ者たちは、アリスの前に座って、彼女の切るカードに注目した。
「アリス、気をつけて。イカサマなんかやったら、何をされるかわからないわ」
多比良幽那(たひら・ゆうな)が、そっとアリスに耳打ちする。
アリスは、意味ありげな視線を幽那に向けて、ニヤッと微笑んだ。
もちろん、アリスは、イカサマをするともしないとも宣言はしていない。
だが、勝負の仕方を賭けて勝利し、荒くれ者たちにケンカをやめさせてギャンブルだけをやらせるつもりである以上、勝つための細工をすることは必定だった。
幽那には、アリスが何を考えているか、よくわかってしまったのである。
「アリス、がんばるのだ。まあ、イカサマをやったにしても、バレなければ大丈夫、結果オーライでいくのもよいだろう」
アッシュ・フラクシナス(あっしゅ・ふらくしなす)は、寛大な気持ちで、アリスと、そして幽那に耳打ちした。
荒くれ者たちは配られた手札をみて戦略を練るのに夢中で、アリスたちの会話に気づかない。
もちろん、荒くれ者たちもイカサマはやるつもりだった。
だって、イカサマはダメとはいわれなかったのだから。
「それじゃ、手札をみせて下さいだもんね!!」
急にはしゃいだ口調になって、アリスはいった。
「よーし、スペードのロイヤルストレートフラッシュだ!!」
荒くれ者たちは、口々に叫んで、勝利を確信した。
だが。
参加していた荒くれ者たちの手札の中身が、なぜか全部同じ、スペードのロイヤルストレートフラッシュだったのである。
「な、何だこりゃ!?」
荒くれ者たちは、びっくりして目を丸くした。
「むむ。これは、奇遇でござるな」
アリスが顔をしかめて、古風な口調で自分の手札をオープンにすると、これもまた、スペードのロイヤルストレートフラッシュなのだった。
しばしの間、一同は沈黙した。
そして、次の一言を、全く同時に発したのである。
「てめー、イカサマしやがったな!!!」
全員が同じイカサマをして同じ役を出してくるというのも、ある意味奇跡的なことのように思えるが、それは要するに、全員が全員単純な思考回路でイカサマを考えたというに過ぎないようにも思えた。
それにしても、アリスも全く同じイカサマをやってしまったというのが、幽那とアッシュにとっては複雑な気持ちにならないこともない結果だった。
「ゆ、許せねえ!! 真剣勝負でズルをするなんてよ!!!」
荒くれ者たち、そしてアリスは、互いに全く同じ言葉を叫ぶと、立ち上がって、お互いを睨みあった。
間。
そして。
「おりゃあああああ! 死ねやあああああ!!!」
怒りと憎しみに目を血走らせて、ギャンブルに参加していた荒くれ者たちはお互いに必殺の一撃を繰り出し、またまたカオス的なケンカを再開したのである。
そのとき、なぜか、アリスたちの姿は消えていた。
「うーん、どうやら、ゲームバランスが壊れたようだな。ここはいったん、仕切り直しだな」
荒野を走って逃げながら、アリスは、偉そうな口調でしゃべった。
「仕切り直し、って、次があるの?」
幽那もまた、アリスについて走りながら、首をかしげていった。
「まあ、イカサマは思いきりバレてしまったが、気にするな。どうせ、奴らのケンカを止めることなどはできないのだ。いっとき休戦させられただけでもよしとしよう」
アッシュが、アリスをなだめるような口調でいった。
「キャハ! ありがとう。でも、アリス、別にイカサマしてないかも? アリスだけは、あの役が本当に出たのかもしれないよ。うふふ。真相は闇の中! でも、アリスが大勝ちしていた可能性はありありかも?」
アリスは、おどけた口調でそういいながら、楽しそうに微笑むのだった。
「愚かな。イカサマを許容するギャンブルなどやるから、ああなるのだ」
ジャジラッドは、アリスのギャンブルの一部始終をみた後、嘆息して、そういった。
やはり、ギャンブルで勝負をさせるのではなく、ケンカの結果に対して賭けをするというかたちに持っていった方がよいのだ。
その方が、凶暴そのものの荒くれ者たちの心理を、うまくコントロールすることができる。
何があろうともとのカオス的なケンカの状態に戻っていく荒くれ者たちの様子を眺めながら、ジャジラッドはしみじみとそう感じるのだった。
「うーん、なんて、野蛮な人たちだ。でも、必ず、仲良くできる方法があるはずだ!!」
フリードリッヒ・常磐(ふりーどりっひ・ときわ)は、腕組みをして、顔をしかめてケンカの様子を観察しながら、そう呟いた。
どんな存在でも直接触れ合い、理解すれば仲良くなれる。
それが、フリードリッヒの信念だった。
その信念は間違っていなかったが、荒野の荒くれ者たちと仲良くなるのは、コツがいることだった。
そのコツにフリードリッヒが気づくかどうかは別問題である。
だが、フリードリッヒは、自分はできるはずだと信じた。
「うん、何だてめぇは? 突っ立ってんじゃねえよ。やるつもりがねえなら帰れ!!!」
フリードリッヒにぶつかりそうになった荒くれ者が、顔を真っ赤にして怒っていった。
「やるつもりがない? そんなはずはない。やんのかよ? といわれたら、おう、やったらーだ。ざっけんなおらー」
フリードリッヒは、相手に合わせたコミュニケーションをとっているつもりになって、棒読み口調でそう答えた。
「あぁ? 上等だ。面白ぇ! じゃ、俺からやらせてもらうぜ!! 少しでも骨があるなら反撃してみせるんだな!!」
荒くれ者はそういって、フリードリッヒに殴りかかっていった。
「きやがったなー。いくぞこら。はああ。吹雪よ!!」
フリードッヒの掛け声に応じて、ブリザードの魔法が発動し、氷雪の突風が荒くれ者に襲いかかる。
「ぶふっ、ずるいぞ、魔法を使うとは!!」
拳に訴えないフリードリッヒのやり方に荒くれ者は異様に反発したが、フリードリッヒ自身は、「いまのところ、相手の流儀に合わせてコミュニケーションできている」と考えていた。
「ルール無用、情け無用の非常な勝負だ。ひゃっはー」
フリードリッヒは驚くほど力のこもらない口調でそういうと、続けざまに魔法攻撃を放って、荒くれ者たちとの良好なコミュニケーションに努めようとした。
同じとき。
「うわあ。みんな、何やってるんですかぁ? すごいケンカですねぇ」
たまたま騒ぎに気づいて見物にきていたキルラス・ケイ(きるらす・けい)は、呆れたような口調でいいながら、巻き込まれないうちに帰ろうと踵を返した。
だが、遅かった。
「おう、兄ちゃん。どこ行くんだよ? さっき、どさくさにまぎれて、俺にガン飛ばしてきただろ? ムカつくんだよな、そういうの」
荒くれ者がキルラスの帰路をふさぐようにまわりこんできて、彼の肩をつかんできたのだ。
「え? いや、ガン飛ばすだなんて、そんなことは」
キルラスはのんきな口調でそう答えながらも、荒くれ者の目が本気なのを読み取って、右手をガンホルダーに伸ばしていた。
こんなこともあろうかと、護身用の……。
だが、キルラスの右手は、空っぽのガンホルダーをまさぐるのみだった。
「あれ? ない? ま、まさかこんなときに限って、置いてきたとか? わー、やだやだ」
予想外の展開に、キルラスは泡をくったような口調になった。
最近のキルラスは、銃がないとまともな戦闘ができないようになっていた。
あたふたしているところに、複数の荒くれ者が殴りかかってくる。
「やんのかやらないのか、はっきりしねえ奴はもういらねーよ! いっきに消えろやー!!」
「い、いや、ちょっと待って、待ってったら。あっ、あった」
ようやくキルラスはポケットからサバイバルナイフをみつけだすと、力いっぱい刃を振りまわし始めた。
しゅん、しゅん
キルラスのナイフは虚しく空を切るのみで、どの相手にも達することがない。
「あ? ナメてんのかよ。そんなさばきで人をやれんのかよ!! いい加減にしねえとマジぶっ殺すかんな!!
ばちーん
荒くれ者のパンチが、キルラスの鼻先をうった。
「う、うわわ、ちょっとタンマ、タンマタンマ!!」
慌てて後退しながら、キルラスは、なぜか「逃げる」という選択肢を選んでいない自分に気づいた。
(よし、ここは、さりげなく撤退だ。それが賢明)
いいながらキルラスは、じりじりと後退していく。
運の悪いことに、その踵が、背後にあった大きな石につまずいた。
「あ、あわーー!!」
キルラスは、後方に向かって思いきり転倒した。
そして。
「死ねやー。おっ、なかなかやるなー。うん? あ、あああ!!」
気合の入らない声をあげながら荒くれ者たちと「熱い勝負」をしているつもりだったフリードリッヒの頭部に、転倒したキルラスの頭部が激突したのである。
「うーん」
2人は、折り重なるように倒れて、伸びてしまった。
「いま、俺の上にいるのは誰だ? こいつと一緒に倒れることで、『死闘の果ての相互理解』に達したのか? うーん、コミュニケーションも大変だ」
薄れゆく意識の中で、フリードリッヒは自分の成果を検証しようとしていた。
「家にあれば 静かに死ぬを 荒くれの 戦にあれば うめいてばたん」
とりあえず即興で考えた辞世の句を呟きながら、フリードリッヒは失神した。
もし本当に自分が死んだら、後世、いまの句が「異文化コミュニケーションの偉大な功労者の辞世の句」として、教科書に載ったりするかもしれないなどと、ひそかに期待しながら。
もちろん、フリードリッヒが死ぬこともなければ、その句が教科書に載ることもなかった。
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