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マレーナさんと僕~卒業記念日~

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12.昼下がり:キヨシの災難(プロレス編)
 
 診療室のベッドで呻きつつ、キヨシはぐったりしていた。
 腹の具合は治ったが、なんというか、全体的に力が入らない。
 
 うー、頑張るぞーっ!
 
 唸っていると。
「そんなに頑張るのです? キヨシさん」
 高い声。
「うん、って、誰?」
「あちきですねぇ」
 レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)の白い顔が現れる。
「ふむふむ、『究極のお任せコース』希望の『自称・新入下宿生』後田キヨシさんですね?」
「へ?」とキヨシ。
「何をとぼけているんです? 【出張メイド】の前で。
 それでご要望が『喧嘩の方法が知りたい』ということでしたよねぇ?
 それでは会場へ直行♪」
 
 レティシアは勝手にキヨシを【出張メイド】希望の学生と決めつけて、仲間達の待つ会場へと連行して行った。
 
 ■
 
 同刻。
 
 【出張メイド】の九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)斑目 カンナ(まだらめ・かんな)富永 佐那(とみなが・さな)は「売られたケンカの買い方」講座――つまり護身術としての「プロレス」講座を開く予定だった。
 とはいえ、事前にオーナー・信長の許可を得なかったため、夜露死苦荘内ではできない。
 そのため、授業は夜露死苦荘前の空き地となった。
 会場はモヒカン桜の前に設置された「簡素なリング」。
 ロープにいたっては、何かの荷物を縛っていたと思しき「縄」だ。

「ま、敷地内でやったら、色々な所に迷惑かかっちゃうかもしれないし」
 窓ガラスや、外壁の壊れるイメージが思い浮かんで、頭をかいた。
「やっぱ、こういうもんは広い場所で! だよね?」

 ともあれ、桜前の会場ということで、否応なく目立つ。
 アピールは十分で、生徒達が集まるのに苦労することはなかった。

「じゃ! これから『講座』をはじめますからね?
 お静かに!」
 佐那はパンパンと手を打ちながら。
「まず、講義を受けて頂いて、その後に実践を受けて頂きます。
 九条 ジェライザ・ローズが講師。
 私と斑目カンナは講師兼解説を行います。
 それでは御報死(ごほうし)、受けて頂きますね? ご主人様」
 
 ■

 テーマソングが鳴って、講師陣のジェライザ・ローズとカンナが入場してきた。
 
 ――シャンバラ一卑怯でセクシー?
   最低で最高にいかれた魔法少女タッグ
 ――【DレジェンドX】の登場です!
 
 解説は、佐那。
 彼女はリングの前に陣取っている。
 
 【DレジェンドX】は花道からリングに上がる。
 ジェライザ・ローズはお腹のあたりを両手で4回チョップし同時に腰を振った。
 両手を上にクロスして。
「謎の魔法少女・ろざりぃぬだよ!
 ご主人様にプロレスを優しく教えてあげるからね!」
 キラッ☆ とポーズを決める。
 おおっ!
 あまりのかわゆさに幻の星が飛び散って、男どもの目は釘づけになる。
「ハート・ブレイク・カンナ。
 略して、HBK」
 カンナはぶっきらぼうに告げた。
 おまえらに覚えられるのか? といわんばかりだが、そこはパラ実の園。
 野郎共の興奮は増すばかりだ。
 
 ――そしてバーチャルの世界から、いま一人のレスラー――海音☆シャナ降臨☆
 
 佐那はその場でポーズを決める。
 トレードマークの大きな初鰹のぬいぐるみを持って、ウィンク!
「メイドレイヤー海音☆シャナ、水産っ☆シャナっシャナっにしてやんよ〜☆」
「海音☆シャナちゃんか、かわいーっ!」
 
 興奮が最高潮に達っしたところで。
 
「では、はじめますよー」

 カンッとゴングが鳴って、ようやく「講義」が始まった。
 
 ■
 
 講義の相手は人形だ。
 本来であれば【ピープルズ・ビニール】こと、歴戦のマスクマン【ヨシヒロ】を投入すべき予定だったが、予定が狂った。
 そこにあるのは、等身大の藁人形。
「キヨシ、金返せ! by取り立て屋」という貼り紙がある。
 
 ――桜の木に打ち付けてあった奴じゃねぇの?
 
 生徒たちの視線をうけで、ろざりぃぬはこっそりと舌を出した。
(だって、装備し忘れんだよ!)
 けれど大事な【ヨシヒロ】よりも、モロイこちらの方が目的を果たせそうだ。
 つまり、プロレス技がどれだけ痛いか、ということ――。 
 
 ジェライザ・ローズは藁人形を壁にもたれさせると、カンナからマイクを受け取った。
 本物の人間相手の如く、挑発する。

「この、木偶人形が! うりゃ!」

 だが、その人形相手にジェライザ・ローズは劣勢に回る。
 しまいには足の間に自分の頭をさしこまれ、そこから後転させられる。
 カンナの解説。
 
 ――カナディアンデストロイヤーだね!
 ――このまま押さえこんで、フォール勝ちか!?
 
「ばーか、十年はえぇんだよ!」
 カンナは水を口に含むと、藁人形に蹴りをくらわせカット!
 
 ジェライザ・ローズはリズムをもちなおしたか。
 藁人形を持ち上げ【パワーボム】を繰り出す。
 
 ――【DレジェンドX】、汚い手だが、これはチャンスだぁ!

 カンナにタッチ。
 カンナがリングに立った。
 
 ブッと赤い水を顔面目掛けて食らわせる。
 直後に、側頭部へのミドルキックを叩き込む。
 2人目の解説者・佐那の声。
 
 ――【レッドミスト】に【バズソー】の連続技。

 とりゃ!
 
 気合い一発!
 藁人形は無残にも四散する。
 
「1、2、3……決まりましたぁーっ」
 佐那は万歳三唱。
 ジェライザ・ローズとカンナは利き手の拳を突き上げる。
 次いで、可愛らしく。
 
「ご主人様ぁー、覚えられたかなぁー?」
「次、実技行くよー!」
 
 ――死ぬがな……。
 
 生徒達は全員青ざめる。
 
 ■
 
 そこにキヨシが現れた……というか無理やり連行されてきた。

 ■

「さ、キヨシさん、行きましょうかねぇ?」
「え? ぼ、ぼぼぼぼぼ、僕がぁ!?」
「はい♪」
 固まるキヨシの背をレティシアはトンッと押す。
「大丈夫ですよ! キヨシさんは究極の“ドM”ですからねぇ!」

 ニコッ、と天使の笑顔。
 
 ■
 
 ……キヨシは実技のトップバッターとなってしまった。

 ■

「やる気があるね、さすがは我々のご主人様だ」
「御報死させてもらうよ」
「御報死、御報死♪」
「あっはっはっは……」
 キヨシの笑みはひきつる。
 もうこんな状況では……怖すぎて笑うしかない!
 
「実技のコースは2つあるんだよ。
 どーせなら、両方とも受けないかな?」
(……ていうか、はじめっからそのつもりでしょーが! センセ!)
 キヨシは抗議の声を上げる間もなく、サンドバックと化して行くのであった。
 佐那の実況の声――。
 
 ――さぁ、ゴングが鳴って、行きました! 
 ――まずはろざりぃぬの「ハグでしばかれコース」から。

「いくよ、おにーさん! キラッ☆」
 ジェライザ・ローズは正統派魔法少女の物腰でポーズを決めると、頭を足で挟んだまま前方に飛ぶ。
 そのまま回転させて叩きつけた。
 
 ――いきなり、カナディアンデストロイヤー。
 ――次いで、チョークスリーパー!
 
 背後から両掌を合わせる形で両手を組む。
 前腕を相手の喉にあて、ぐいぐいと絞め上げ始めた。
「どーだい? ご主人様」
「っ! ☆▽■◎っ!!」
 キヨシは痛さのあまり、声も出ない。

 カンナにタッチ。
「ではいくよ!
『足でしばかれコース』、覚悟!」

 まず、【ヘタレへの膝蹴り】。
 講義通り、【レッドミスト】から【バズソー】に移る。
 
 ――蹴る蹴る蹴る……みなさん、ここがポイントですよ!
 ――執拗に、蹴る! 相手はもう、ふらふらです!
 
 佐那にタッチ。
 シャチをおいて、実況はひとまず生徒に任せる。
 
 キヨシに向かって、ショルダー。
 よろけた所で、飛びつき式腕ひしぎ十字固め。
 四の字固め、サソリ固め、ロメロ・スペシャル……。
 軽いフットワークから、ブレーンバスター 。
 
「そして決め技は……おおっとぉー!?
 キルスイッチだぁーっ!」
 
 敵の背後に回り、腕の外から脇に腕を入れて回転し、自分の背中に相手が向いた状態で仰向けに倒れこみ、敵の顔面を叩きつける。

 でんっ。
 
 技が決まった瞬間、キヨシは失神した。
 だが、我に返るのも早かった。
 夜露死苦荘生活が長いため、ある意味打たれ強くなったようだ。
 そのまま三十六計にかかる。
 
「逃がさないからね!」
 
 ジェライザ・ローズ達も追いかけてくるが、奴の逃げ足は早い!
 だが、講師達の足も速い。
 キヨシは目をつぶって、頭を振る。
(もう無理っす! ギブギブッ、先生!)
 
 そのキヨシを、レティシアが待ち構えていた。
 
「わ、た、たすけ……」
「はいはい。では、あちきの部屋に行くとしますかねぇ。キヨシさん」
(助かった……)
 
 だがその時、後方の講師達が鼻先で笑ったことをキヨシは知らない。
 
 ■
 
「そーいえば……レティシアさんの部屋って、どこでしたっけ?」
「1階の138号室ですよん♪
 改築してないから、狭いんですねぇ」
 ですからね、とレティシア。
「誰の耳にも届きにくいと思いますよ。
 とくにこんな、慌ただしい日にはねぇ」
 
 スウッと目を細める。
 
 ■
 
 こうして、本日2度目となる格闘技講座は幕を開けるのであった。

 ■

「キヨシさん、こんな受け身も出来ないですか?」
 レティシアは足四の字固めに入っていた。
「ギブギブギブギブギブ
 ギブギブギブギブギブ
 ギブギブギブギブギブッ!」
「大丈夫ですよ、キヨシさん。
 まだ関節入ってませんからねぇ」
「関節入ったら、死んじまうっす! 僕」
「大丈夫ですよ、そのうちアドレナリンが出て痛くなくなりますからねぇ」
「アドレナリンなんて出ませんって……わぁ、なにフェイスロックの体勢してんですかっ!」
「室内ですからねぇ。
 関節技くらいしかできないでしょう?」
 
 フェイスロックでカウント――。
 キヨシはまたもやギブアップで失神する。
 
「まぁ、キヨシさんは弱いのね。
 取り立て屋さんに追いかけられているのでしょう?
 捕まったら、あの『藁人形』のような末路になってしまうわ」
「縁起でもないこと言わないで下さいよ、ミスティさん。
 ていうか、空大の合格通知を貰ったはずなのに、なんでまだ此処に?」
「え? それは……考えたら負け、ね?」
 仕事、仕事、とそれは楽しそうにミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)は歴戦の回復術でキヨシをいたわる。
「回復しましたかねぇ。
 ではキヨシさん、第2ラウンドですよ♪」
(うう、捕まってしまった……)
 ずるずると引きづられてゆくキヨシを見て、されどミスティは溜め息をつくのであった。
(こんな風にレティが無茶をするから、
 被害者のケアを行わなきゃいけないだし……
 まだまだ増えるのかなぁ……はぁ……)
 
「うん、このくらいで良いでしょう」
「ほんと?」
 とキヨシ。
 レティシアははいはいと極上の笑みで頷いて。
「続きは屋外で。投げ技、いってみましょうかねぇ?」

 ……九条ジェライザ・ローズが待つリング上で、キヨシが「パワーボム」や「ジャーマンスープレックスホールド」の犠牲になったことは言うまでもない。
 
 ■
 
 しかし傷だらけになろうと、鼻血を出そうと、キヨシは結局最後まで頑張った。
 
「よく頑張ったね! キヨシ、キラッ☆」
「これで、真の勇者だ!」
「おめでとうございます! ご主人様」
「おめでとうですねぇ、キヨシさん」

 わー、と講師達から褒められて、キヨシはやや有頂天になった。
 おそらく「アドレナリン」全開の所為だろうが――カンナはともかく、他の3人から代わる代わる握手されても、キヨシがビビる事はなかった。
 
(え? もしかして……女性恐怖症が……治った?)

 講師達が去って、キヨシは自分の両手を呆けて眺める。
 それを確かめるすべは、「あれ」しかない!
 エッツェル先生……と、うつろな表情で宙に呟く。
「“愛の伝道”……修業の成果を! 今こそ試させて頂きますっす!」
 ウッシッシッシー、とキヨシは「女風呂の更衣室」に向かう。
 
 そして、更衣室――。
 
 ムーンサルトッ!
 
 気合いの入ったレティシアの叫びが、下宿中に響き渡る。
 ほうほうの体で逃げてきたキヨシは、廊下の反対側の端で息をつくと、深く反省するのであった。
 もう嫌っす! と泣き出しながら。
「“体育会系”はごりごりっす!
 空大生だし、知の時代だし……頭脳派を目指すっす!」
 
 ■
 
 ジェライザ・ローズ達の講義は「野郎&美女3名のヒールレスラー達による実践型プロレス教室」ということで評判になり、一部の熱狂的な生徒達からの追っかけを受けるまでになった。
 
 ちなみに、ジェライザ・ローズが所属するプロレス団体の名は【シャンバラ維新軍】という。
 ご興味がありましたら、是非是非コミュを訪ねてみて下さいね♪