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リアクション
14.夕方:キヨシの災難(完結編)
自室に戻ったキヨシは、スマートフォンで「唯我独尊」に電話をかけてみた。
「お、女の子か……まだ、気は重いけど……」
電話がつながる。
対応した従業員に、キヨシは緊張のあまりどもりながらも、コース名を告げた。
進級への最短キップと信じて――。
「あ、し、ししし、新規入居者の受験なのですが……自称ですけど……。
ご、ごごご……『ご主人様お帰りなさいませ♪』コースを」
■
従業員の話では、キヨシの担当は手配まで少し時間がかかるという話だった。
メイドサービスが盛況だった為、すべて出払ってしまっている。
担当がつくまでの間手の空いたものを向かわせる、ということだった。
「可愛い子だといいなあ……」
女性恐怖症さえ完治できていればなぁ……ハァ、と深い息をつく。
八塚 くらら(やつか・くらら)という【出張メイド】が訪れたのは、間もなくのことだった。
なんと! 唯我独尊のほぼ8割方を占める「最凶・男の娘メイド」ではなく、本物の女の子だ!
しかも――
(マジ、大和撫子! 文句無しっす!)
キヨシはあまりの可愛さに、しばし呆けて眺める。ついで、号泣。
たしかに見た目12歳程度で、年は離れ過ぎかもしれないが……。
(きっとこれは! 運が向いてきたっす!)
「それで、ご主人様は何を教わりたいのでしょう?」
「はぁ……」
教わりたいのでしょう、ときた。
幼いが育ちのよいお嬢様に違いない――と付加価値がつきまくる。
「わ、私、こんな年ですが、一応空大に入るために頑張って勉強して入学したので、それなりに勉強はできる子のつもりですわよ!」
キヨシの態度を、ナメていると勘違いしたようだ。
一気にまくしたてて、自分が出来そうなことを説明する。
「ちなみに、勉強以外の料理や掃除も教えられない事はないのですが、あまり得意ではないのでなんとも言い難いですわ。
売られたケンカの買い方や下宿生活全般は、申し訳ないのですが教えられないですわね……。
下宿生活はした事ないですし、売られたケンカの買い方なんて分かりませんし……。
後、調教は私はする気は無いですわよ…?」
「調教……それは、ありがたいっす。
そーっすね……」
どうしようかな? とくららの手元を見た。
シャンバラ判例六法がある。
「僕、工学部志望なんで。
物作りに必要な判例とか、教えてもらえれば、と」
くららは優秀な家庭教師だった。
静かな方が集中できるだろうと気遣い、基本的に聞かれた時以外は勉強を見守っていた。
ただし、逃げだそうものならば、容赦はしない。
「わわっ、これ以上は!
いくら子供でも、先生でも、近づきすぎ……っ!」
女性恐怖症から、キヨシは反射的に廊下を目指す。
「何をおっしゃっているのです?
顔を近づけたくらいで、ふざけないで下さい! 先生は怒りますよ!」
氷術で足を凍らせて、逃げられないようにする。
後ろから光条兵器を突きつけて。
「逃げちゃだめですよ? ……なーんちゃって」
舌を出す。キヨシはホッとしてまた席に戻るのであった。
(なーんだ、冗談かよ!)
つい居眠りしてしまったときには、シャンバラ判例六法が。
「えいっ! 成敗!」
ぺしぺし、とキヨシの頭に容赦なく叩きつけられる。
起こされたキヨシは、鼻血を出しつつ再び勉学に向かうのであった。
(ううっ、なにげにスパルタだなぁ。くららちゃん……)
さすが夜露死苦荘系メイド教師! とさめざめと泣く。
キヨシの目の前に、すっと夜食の皿が出された。
手作りのおにぎりだ。
「よく頑張りましたわ! キヨシさん。
これは先生からのご褒美ですよ、心を込めて作りましたの」
「え……っ!? 手作りっすか?」
涙が止まった。
「そうそう、ゆっくりたべて、夜の勉強に備えてくださいねー!」
くららはにっこりと極上の笑みを浮かべる。
形のよいおにぎりはほんのりとした塩味だったが、なぜかとても甘く感じたのであった。
キヨシはくららの親切で、また女の子に対する警戒が和らいだ。
確かに幼いが、「女」には違いない。
もっと信じてもいいのかな? と。
「あら、ご担当の方が到着したのですね。
それでは私はこれで、ご主人様」
「あ、ありがとう! えーと、くららちゃん……じゃなくて、先生」
キヨシは照れ笑いを浮かべて、見送った。
背後から、下宿生達からの強烈な嫉妬を買いつつ。
――俺達は、「男の娘メイド」によるそれは強烈な調教だった……
――後田キヨシ、にくし!
――もう逃げてきても、助けてなんかやるもんか!
■
入れ替わりに、キヨシの部屋には綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)とアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が訪れた。
2人とも、唯我独尊から派遣された【出張メイド】達である。
(筋金入りのメイドって感じだな……)
キヨシが緊張したのは、2人のただならぬ雰囲気を察してだ。
彼はそれを「使命感から」ととらえたが、実のところ違っていたりして?
(受験生にとって一番の敵は、何と言っても集中力を乱すもの全て。
例えば眠気……)
さゆみは1人、【出張メイド】の使命感に酔いしれる。
(天下の空大を目指す以上、寝る間を惜しんでひたすら勉学に励まねばならないわよね?
睡魔の誘惑が、これでもか! と言わんばかりに彼に襲い掛かるわ! きっと。
それを……私の、私の、私の……『調教』で!
や・さ・し・く、コントロールして差し上げるのだわ!
お――ほほほほっ!)
さゆみの美しい顔が自己陶酔のあまりポウッとなる。
「……もしもし? もしも――し、センセ?」
「センセ、なんて嫌だわっ! さゆみ先生、とお呼び下さい、ね?」
やさしく手を握った。
笑顔が魅力的な「優しい女性」のようだ。
キヨシは女性恐怖症がやや改善したこともあって、さゆみの手を払わなくても済んだ。
安心しきって、デレデレする。
「じゃ、お、おおお願いするっす! さゆみ先生♪」
その瞬間、さゆみの後ろでアデリーヌがこっそり舌を出した事を、キヨシは気づかない……。
「『ご主人様お帰りなさいませ♪』コースをご希望、と。
具体的に私達に何を調教……ではなくて、教わりたいのかしら?」
「あ、と、じゃ、まず掃除でも」
キヨシは部屋を眺めて、溜め息をついた。
戻ってきたばかりの部屋は、増築作業のどさくさで散らかり放題だ。
「掃除、ね。パートナーが講師を担当するわ。
私はご主人さまの……そう、主に『メンタル面』のフォローを。
いいかしら?」
さゆみの決定で、2人の役割は決まった。
お願いするっす、キヨシは2人に頭を下げる。
アデリーヌはキヨシを呼びよせると。
「空大向けということで、初めに『理論』、ついで『実技』をすることに致しましょう」
部屋の空いた場所に正座させた。
さゆみはキヨシの背後に控えた。
その手を見てキヨシは眉をひそめる。
「さゆみさん、携帯電話って。急いで連絡する所でもあるっすか?」
「あ……うん、いえ、これは、念のためよ、念のため」
おほほほ、とさゆみは営業用スマイル。
(まさか! MADデープばりの音声データだなんて、言えないものね?)
戸口をちらと見た。
そこには(以前風呂用に使用していたと思しき)ドラム缶が、こっそりおかれていたりなんかする……。
アデリーヌの「理論」が始まった。
「お掃除とは『取捨選択の科学』。
何が必要で何が不要か、を見極めふるいにかける事は、
限られた時間内に解答を導き出し、それを論理的かつ簡潔に纏める能力を要求される試験にも通じるところがあるのですわ」
「はあぁ、なるほど……」
奥が深そうな「お掃除理論」だが、諸々疲れきっている受験生には「御題目」にしか聞こえない。
キヨシの目は次第にうつろになって行く。
「……ことで、受験生……込んで来ている……に必要な……でない物を……して……」
(だ……だめだ! 完全に先生の声が……心地よすぎる……っす……)
ふわぁ、と欠伸が出た。
次の瞬間――耳元で大音量の鳥肌が立つような高音が炸裂した。
キキキキキィイイイイイイイイイイ……
キキィイイイ……キキキィイイイイイイ……
「ウギャアッ! やめれって!」
「あら! 気がついた?」
ほほほ、と手を口元にあてがい、さゆみが微笑んだ。
耳元から携帯電話を離す。
「これ、なんっすか?」
「ん? 『窓ガラスをひっかいた音』。
「…………」
「怒っちゃ、嫌だわ!
だって、だって! 私、睡魔に負けて欲しくなかったの!
でも、こんなメイドさんって……やっぱりご主人さまは、お嫌い?」
「全然OKっす! さゆみ先生!!」
キヨシは目をぱっちりと開いた。
さゆみのやさしい「調教」にすっかり騙されて、再びデレデレになる。
(そうそう、その調子ですよー、キヨシさん)
さゆみは心の中で見えない鞭をキヨシにさんざん浴びせて、恍惚とする。
だが人間、いつかは限界が来るものだ。
(もう駄目だ! 今日の僕は疲れ過ぎている……さゆみ先生、ごめんなさい!)
ぐおおおおおおおおおおおおっ!
キヨシは爆睡した。仕方がない、朝から「女性恐怖症」の為に逃げ回っていて、休む暇もなかったから。
そんな時も、さゆみは容赦ない。
(まぁ、私というものがありながら……ご主人さまを「眠りの底」へなんか引き摺りこませないわ!)
キヨシはさゆみの企みも知らず、気持ちよく寝こけ続ける。
ふと、視界が暗くなったような気がした――だが、彼は既に「夢の入口」。
むにゃ、夢だから多少暗くてもしかたがないなあ、とか思う。
そうして安かな息を立てていたキヨシは、
ドン、ガン、ドン、ガン、ガガンッ!
これ以上ない大音響と衝撃に驚いて飛び起きた。
目はこれ以上なく開いているのに、目の前はなぜか真っ暗だ。
「うわあああああっ! あ、明り!
……ん? 何かかぶさってるのか?」
冷静な頭に戻って、懸命にそれ――大きなドラム缶をすっぽりと取り去る。
千鳥足で懸命に席に戻ると、「富士の剣」を携えたさゆみが佇んでいた。
木漏れ日のような笑顔で。
「まぁ、ご主人さま、お目が覚めましたか♪」
「…………」
やがてアデリーヌの「理論」講義は終わりを告げた。
「……以上。
それでは『実技』の講習に移りますわね? ご主人さま」
「具体的には何をすればいいんだい? アデリーヌ先生?」
「そうですわね? 部屋の中にある物のうち、勉強に必要な物とそうでない物を分類することからはじめますわ」
「あぁ、それなら、簡単さ!」
1つ、2つ、3つ、4つ……ぐぅ……。
キヨシは寝た。単純作業は眠気を誘ったようだ。
思い切り横になっている。
「座ったままだとドラム缶をかぶせられる」と学習したらしい。
(こんな時には、“ちょースペシャル”だわ! ご主人さま!)
さゆみは眠らせない使命感に燃え、1つ目のドラム缶をキヨシの耳元に置く。
2つ目のドラム缶は自分の手元にスタンバイ。
そうして富士の剣で、耳元のドラム缶をドンガン叩いた。
案の定――ご主人様は驚いてドラム缶を放り投げて飛び起きる。
「あぁーっ! マレーナさんのエプロンがっ!」
「え? 何? どうしたの?」
キヨシが引っ掛かって動きがとまった隙に、2個目のドラム缶を今度は頭からスッポリと。
ドドン、ガンガン、ドドン、ガンッ!
キヨシがふらふらとドラム缶から出てくる。
コテッと倒れた耳元で、ご主人さま、とさゆみは悪魔の笑顔で囁いた。
「ご主人さま、眠っちゃダメですよー?」
「…………(もう、死ぬ)」
「死んだ者を起こす為には、捨てることが一番!」
キヨシの荷物の中から、諸々外に捨て始めた。
「わ、なにするですかっ!
それ、ゴミじゃないから!」
キヨシは飛び起きた。
必死に最後の一冊を護ろうとする。
……“Hな本”のようだ。
アデリーヌは賢者の杖でピシリッとしばき。
「お掃除は選択の科学、合理の芸術ですわ、ご主人さま」
足下に頃がった本を拾い上げるとポイッと捨ててしまった。
これでキヨシの部屋には布団とゴミの他は何もなくなった。
「そ、そんな! あんまりだぁーっ!!」
しくしく泣気出すキヨシの前に、さゆみが夜食を差し出した。
「さ、これでも食べて、元気を出して。
温かい鍋焼きうどんですよー!」
「うっ、ありがとう、さゆみ先生!」
ズビッと鼻水をすすりあげて、一口すする。
ブッ。
吹き出してしまった。
「か、辛っ……な、なんっすか? これ???」
「え? だから鍋焼きうどんですよー。
麺は七味を練り込んだもの。
だしはタバスコ、キムチの汁、ハバネロ、わさび、さらにハバネロを超える世界最強の唐辛子、ブート・ジョロキア等を贅沢に使ったの。
お熱いうちに食べて下さいね♪」
「て、また眠気対策かよ!」
キヨシのツッコミをさらりとかわして、さゆみはうどんをすすめる。
「ご主人さま、汁の最後の一滴まで残しちゃダメですよ♪」
「…………(やっぱり死んだ)」
「あら! あった、ありましたわ! 一番いらないもの!」
部屋の中央で死んでいたキヨシは、アデリーヌに首根っこを掴まれる。
そうして廊下に、
ポイッ!
と、捨てられてしまいましたとさ。
「これですっかり綺麗になりました」
「お・し・ま・い♪」
ふふっ。
面白かったかな?
メイド達は満足げに互いを見つめて笑うのであった。
「これで、本日の講義は総て終了致しましたわ!
ご主人さま、ご主人さま……って、あれ?」
■
「うう、あんまりっすよ! さゆみ先生、アデリーヌ先生!」
キヨシは廊下でしくしく泣いた。
だが、同情する者はない。
キヨシは既にくららの件で、男子下宿生達からは総スカンを食らっている。
「第六天魔王に、唯斗さんに、優梨子先生かよ……どこかないかな?」
外には出られなかった。借金取りがいるのだ。
身を隠す所を探し求めて、キヨシは忍び足で廊下を彷徨う。
■
カレン・クレスティア(かれん・くれすてぃあ)は155号室の看板を掛け替えていた。
「メイド天国の間」――と書かれてある。
「住人達のお悩み相談を承る『カウンセラー』ではなかったのか?」
ジュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)は小首を傾げた。
そういう自分は「何でも貸します」レンタル屋をはじめるつもりである。
出張メイド達に必要なものを貸し出すつもりなのだ。
「さては【出張メイド】ブームに便乗したな、カレン」
「う、ううっ、だ、だって、相手は【唯我独尊】だよ?
ここで生きて行くためには、逆らってはいけない存在だよね?」
「互いに無料サービスとはいえ、張り合えない。
だから長いものには巻かれる、という訳か。まぁ、いいだろう」
これ持っていっていいか? と部屋にあるカレンの持ち物を物色する。
一見すると素性の分からぬ物やガラクタだが、日用品から武器、薬品くらいまでなら、自分の商売に使えそうだと思ったのだ。
カレンは手に入る限りの怪しい材料を物色している。魔力増大(予定)薬とやらの開発はじめたようだ。
いいよ、と生返事が返ってきたので、ジュレールは遠慮なく自室に持ち運んだ。
入れ替わりに、下宿生が1名カレンの下に入ってくる。看板に興味をひかれたようだ。
「何? 出張メイド達のサービスに満足できない?
なら、ご主人様、ここで真の癒しを提供させてもらうよ!
簡単だってー♪ このボク特製のドリンクを飲むだけでいいんだからね!」
「あの、薬のことか……」
また犠牲者が1人増えたか――ジュレールは額を押さえるのであった。
キヨシが訪ねてきたのは、直後のことだ。
「酷い目にあって、メイドさんと女の子が苦手になっちゃって……これって、治るっすか」
「あぁ、大丈夫だよー♪ キヨシ君」
「げっ、おまえはいつぞやの、怪しげなお茶の提供者!」
ガタタッ。
逃げ出そうとする。
「おまえだろ? 手形ばらまきやがったのは!
もう勘弁!」
「まぁまぁ、キヨシ君落ち着いて。小切手だってば!」
「どっちでも一緒っす!」
「違うって!」
ぎゅっとキヨシの手をつかむ。
掴んだ拍子に、彼はギャッと飛び上がった。
「あれ? 本当に女性恐怖症なんだね?」
「■◎▽☆▼っ!(誰のせいだと思ってんっすかっ!)」
号泣するキヨシの手を離して。
「悪かったね、キヨシ君。
じゃ、これはお詫びの印だよ!」
ニコニコ。特性ドリンクを渡す。
「出来立てのホヤホヤ!
これを飲めば、誰とでも仲良くなれる元気が出るよ! ご主人様!」
「ほ、ホント?」
キヨシはサッと奪うと、一気飲み。
……はれて診療所行きとなった。
「ん〜、間違ったか〜」
誰にも聞こえないように、こっそりと舌を出す。
「ま、あれだけ下痢と回復を繰り返しているんだ。
嫌でも体は強化されそうだし。結果オーライだよね?」
この、弱肉強食の地で生きていけそうだしねー。
呑気に笑う。
「次は木偶人形を作る実験台に……じゃなかった、鍼治療で身体の疲れをとってもらおうかな?」
謎の商人から手に入れた人体の秘術を記した本――と思しき書を手に取った。
……さて、ジュレールのレンタル店の顛末だが。
彼の貸したガラクタどもは役立ち、主にメイド達が逃げ惑う「御主人様」を成敗して、受験地獄へと引き戻すことに貢献する。
この実績から後日、受験生達の逃亡を防ぐ手助けをし進学率に貢献したとして、信長から特にお褒めの言葉を賜ることとなった。
カレンはともかく、「何でも貸します」レンタル屋の名は、思いのほか大荒野中に知れ渡ったようだ。
■
……話はさかのぼる。
数日前の事。
1階の管理人室では小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がマレーナとお茶を飲んでいた。お昼の休憩時間である。
「マレーナさん、今日は落ち着かないね?」
「そ、そうかしら?」
マレーナは手元のメモから目をあげた。
メモは白紙だ。美羽は大きく息を吐いて。
「そんっなに、下宿生達の様子が気になります?」
「えぇ、だって、こんなにメイドさんがいらっしゃったら……例えば、『女性恐怖症』の学生さんはどうなることかと……」
「大丈夫、大丈夫!
のぞキヨシくんなら、今や立派な空大生だもの!
きっと今頃は、しっかり勉強に励んでいるはず……」
美羽は引き戸に目を向けた。
開けっぱなしのそこからは廊下が見え――メイド達に連行されてきたキヨシの姿が通り過ぎてゆく。
「のぞキヨシくん、夜露死苦荘に戻ってきちゃったんだね……」
やれやれ、と肩をすくめて席を立った。
「どこへいかれるのです?」
「のぞキヨシくんのとこ」
美羽は一瞬振り返る。
「再教育して、鍛え直して、空大に戻さなくっちゃ!
ダーくんみたいになれるまで、ね?」
……そして、数日後の「本日」。
診療所で介抱されたキヨシは少女の声で起こされた。
■
「の・ぞ・キ・ヨ・シ・く・ん!」
「わっ! そ、その声は……美羽さん!?」
ベッドから飛び起きて、シャンっと背筋を正す。
「ロイヤルガードだ、て覚えているんだね? 『体』は」
小鳥遊美羽はやれやれと肩をすくめてみせる。
じゃ、とトゲトゲ付きに改造した【ロイヤルガードのコスプレ衣装】を着せ、血煙爪(チェーンソー)を渡した。
キヨシは目を点にして。
「へ? なんっすか、これ?」
「再教育に使うの」
じゃーん、と鏡を取り出した。
「題して、『のぞきよくん、王大鋸化計画』!」
「計画……て、この格好っ!?」
鏡を指さして、キヨシは絶句する。
そこには、バリバリのモヒカン頭になった貧相な「再教育生」が、泣きそうな面で己を指さしている……。
■
「……という訳で、空大の……ううん、シャンバラのスーパースター!
王大鋸さんを見習って、『血煙爪』の使い方を講習するわね?」
「全然必要ないと思うっすけど。僕、工学部だし」
「工学部でも、何でも、人の言うことは最後まで聞く!」
美羽は頬をふくらます。
はい、とキヨシは小さく頷いた。
助けてもらったのに戻ってきちゃったしなぁ……という負い目もある。
「それにね、ちゃんと意味があるの。
ダーくんはね、キヨシの……ううん、空大生達にとっては尊敬すべき先輩なんだから!」
そうして、彼女は王大鋸のサクセス・ストーリーを語り聞かせた。
パラ実から空大に入った稀代の大天才! である「彼」。
そのうえ、東シャンバラ・ロイヤルガードにも所属する「スーパーエリート」であること。
子供たちのために福祉を学んだり、
小さな動物たちを守ったり、
つまり……
「……強いだけじゃなく、心やさしい好青年!
見た目もね、『爽やかな超イケメン』で『かっこいいモヒカン』。
頭だけじゃないんだから!」
「へぇー」
と、キヨシ。
空大生であるからには王大鋸くらい知っているが、「蓼食う虫も好き好きだし」と考える。
それに、見た目中学生程度の彼女は、キヨシからすればまだ「子供」。
(美羽さんも、なんだかんだで幼いからなぁ……)
「女子供」の思い込みにつき合う、優しいお兄さんなキヨシなのであった。
キヨシの様子に満足して、美羽は上機嫌で頷くと
「じゃ、特訓行くね?」
「特訓?」
「何のためにそれ持たせたの? 増改築の実践行ってみよー!」
屋根の上のラピスや和希達を指さした。
「えええええええ! 血煙爪って、そのためなんっすか?」
キヨシはハァ、と肩を落として、しかたなしに増改築の手伝いに向かう……。
2人の様子を、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)とゲルバッキーはやや離れた位置から眺めていた。
先に口を開いたのはベアトリーチェ。
「大丈夫でしょうか? キヨシさん」
「心配ないと思うぞ、ベアトリーチェ」
父は欠伸まじりに。
「奴の特技が『日曜大工』だということは、知っておったか?」
「そうなのですか? お父さん」
「あぁ、地味な青年だからな。
自分の部屋を勝手に改造されて、経験からも学んだようだ」
ところでさっきの話だが、とゲルバッキー。
「美味しいご飯、か。『やきとり』がよいのではないか?
マレーナから余りものの食材を分けてもらうといい、私からも頼むとしよう」
「ありがとうございます」
ベアトリーチェは丁寧に頭を下げた。
「『血煙爪』の件が一段ついてからにしましょう。
有能な美羽さんの講師相手では、キヨシさんもへとへとになってしまいますし」
ゲルバッキーの予想通り、キヨシはある程度『血煙爪』を使いこなせるようになった。
一日では大した成果だろう。
「うん、よく頑張ったわ!
ダーくんにはかなわないけど」
よしよしとキヨシの頭をなでる。
なれない血煙爪に疲れ切っていたキヨシは不覚にも逃げ損ねたが、なぜか鳥肌は立たなかった。
(そっか、思いやりの力、か――)
地上に降りてくると、ベアトリーチェが軽食の載ったトレイを持ってきたところだった。
「お疲れ様です! キヨシさん。
これは、私の気持ちです」
「わ、やきとり! 冷たい飲み物も! 気がきくなぁ」
キヨシは嬉しくなって頬張る。
「そうそう、ホントよく頑張ったよね! のぞキヨシ君」
「もう『のぞき』はこりごりっすよ!」
先刻の件を思い浮かべて、されどガッツク。巧い!
(これが、「思いやりの力」ってもんだよな!)
美羽達が怖くなくなってきている。
だぶん、ほとんどの女の子達も――何日かかるかは分からないけれど。
(まぁ、ゆっくり行くっす!)
キヨシは「思いやり」の力で「まとも」に変わって行く自分を、徐々に感じていた。
女の子大好き! で、空大に通える自分に戻れる日を信じて――。
■
だが、大荒野の神様は「一発大逆転!」をお望みのご様子だ。
■
日比谷 皐月(ひびや・さつき)は大型飛空艇・バスターズフラッグから降り立つと、出張メイド達の目をかすめつつキヨシを探していた。
捜索自体は夜明け前からだから、それはとてつもない根性だ。
ちなみに下宿部屋から悲鳴が上がっているのは、パートナー・雨宮 七日(あめみや・なのか)の所為。
「何やってんだ? あいつ」
紙袋の中から食材がこぼれおちそうになる。
シャンバラ中を巡って仕入れてきた、新鮮な逸品。
ったく、と顔をしかめた拍子に、昨晩のやり取りを思い出した。
確かこんな会話だった。
――メイドをやりたい?
――はい、家事ができないお前は「冥土」に違いない、と。
――馬鹿にされたって訳か。
まぁ家事が出来るようになれば、オレは楽になるけど。
別段気にする事でもねーような……
――いいえ! 完璧な御奉仕を!
実践の中で、仕事を覚えてみせましょう!
……こうして、七日は「メイド」デビューしたのだった。
だが実際に家事が覚えられたかと言えば、結果は一目瞭然である。
そう言えば、と続ける。
本日の起床時刻に、レイス達が枕元に立っているという噂があった。
ビビって起きなかった者達は、なぜか大魔弾『カムイカヅチ』の餌食になったと聞く。
「まさか……みんな七日のせい、とか?」
あっはっはー、まさかなー。
能天気に笑う皐月の頭上を、声が飛び交った。
――ねーちゃん、焼き魚動いてるけど?
――調理済みの料理が元気良く動き回るのは、魂が篭っているからこそなのです。
ねくろらーいず!
ご存じないのでしょうか?
「……ちげぇーよ!」
さり気なくツッコんで、皐月は合掌する。
これ以上被害が大きくならない事を祈りつつ。
自室に戻るキヨシの姿を、視界にとらえたのは次の瞬間だ。
二ィッと笑って。
「みぃーつけた! キヨシ!」
■
この瞬間、キヨシの運命は決まった――。
■
四畳半で自習をしていたキヨシは、皐月の姿を認めて当たり前の如くひいた。
「さっ、皐月。
まだちぎのたくらみの……その格好でいるのか?」
「あたりまめーだろ!
オレは、今日一日メイドだ」
次はふんぞり返って。
「心配すんな、やるからにはやりぬくのがオレの流儀だからな。
手を抜くような事はしねーよ」
「て、威張って言うことかよ! おまえ」
「大丈夫さ、ご主人様!
オレの【晩餐の準備】、完璧じゃね?」
スッと、タイミング良く夕食を運ぶ。
「さ、召し上がれ、ご主人様♪」
「だから、そういうことをゆーな!
変な気、起きちゃうだろっ!!!」
とかいいつつ、キヨシは反射的に差し出された夕食を食べてしまった。
「う、まい……」
何だ、この巧さは! と思う。
まず、主菜の肉。
分厚く切って焼き、シンプルに塩とブラックペッパーで濃い目の味付けを施してあり、焼き加減はキヨシの好きな“レア”。
付け合せに、コーンとマッシュポテト。
サラダも用意して目為も華やかに。
前菜のスープは南瓜のポタージュで、塩分を押さえて風味を引き立たせている。
マレーナよりも、ロザリンドよりも、邦彦よりも……あの、歩でさえも叶わない。
さすがは、小さくなっても「空大生」!
(腕が違うってことかよ……)
でも、でも、でも!
僕は歩さん一筋なんだああああああああああああっ!
それに奴は親友だし――と、キヨシはモラルと必死に格闘する。
格闘しつつも、用意された献立は総てきれいに平らげてしまった。
愛ではなく、腕の勝利になってしまった。
(おお! マズイ……このままでは!
歩さんの存在が、どんどん小さくなっていってしまう!!!)
オーマイ、ガッ!
キヨシはパニックを起こして、声にならない叫びをあげる。
「何、ムンクになってんだ? キヨシ……じゃなくてご主人様。
よし、風呂行くぞ! 風呂!」
「え? 風呂? そーだな、頭冷やそうかな?」
キヨシは放心状態のまま、皐月に引きづられてゆく。
改装されて新しくなった風呂場へ♪
■
「わー! 背中なんか流さなくっていいから!」
「何言ってんだ? 親友同士問題ねーだろ?」
「だから、そういう意味じゃなくって……」
キヨシは隙を見て、ダッシュ!
慌てて……されど逃げ場に迷って、結局シャワー室の中へ。
「……はっ、心臓に悪いっす……」
戸に手をかけて、深く息を吐いたのもつかの間。
「そうですの? ご主人様?」
「のわっ!」
キヨシはのけぞった。
タオル一枚巻いた皐月が、中にいる。
「空大の『レベル』を、ナメチャ困る」
「どーせぼかぁ、万年LV1っす!」
なんだなんだ?
野次馬が集まってくる。
大方が、のぞき目当ての野郎共だったが。
「さ、ご主人様♪
お背中流しましょっ!」
「遊ばないで下さいっす!」
キヨシは鼻血を出してすっ倒れた。
「あれあれ、こまっちまったなぁー。
よー、そこのにーちゃん方、手伝ってくんね?」
ウィンクひとつ。
「なに、野郎1人部屋まで運んでくれりゃ、いーのさ。
軽いもんだろ?」
■
キヨシが目が覚めた時、彼はやはり階段の下の布団にいた。
布団は柔らかく、誰かが日中干してくれたのだと分かる。
ぱたぱた。リズミカルな音。
薄く目を開けると、皐月が掃除をしていた。
振り向いて。
「よぉ、起きたか?」
キヨシは慌てて布団をかぶる。
そうっと顔を出すと、皐月は静かに控えていた。
手に疑似神格槍【試ステイシス初型】――有事の際には彼を護るつもりのようだ。
「安心して寝ろ」
「いや、いい……」
起き上がって、首を下げる。
「ありがとう。掃除とか洗濯とかまでしてくれたんだな」
「そりゃー、ご主人様だからな!」
あっはっはー、と皐月は豪放に笑いとばす。
「ハウスキーパーとランドリーを取得しているんだ。
ちょろいもんじゃねー?」
「皐月……」
皐月は隻腕だ。
それに、こんな小さな体では、独りで大変でないはずがない。
そう考えたら、自然と手を握ってしまっていた。
「ありがとう、僕……」
「ん? おめー、その手……さ」
「……え?」
……こうして、キヨシの女性恐怖症は完治したのだった。
――「運命の人」って、歩さんではなかったのか……?
もやもやした薔薇色の感情だけを残して――めでたし?
■
同刻。
――まっ、私の真心を込めた夕食を残してしまうなんて!
恥を知りなさい!
どどーん!
七日の大魔弾『カムイカヅチ』が容赦なく炸裂する。
夕食を残した受験生達の上に。
これにより【出張メイド】達――もとい、「みんなの妹」はますます畏怖されるようになったのだった。
つまり――。
【みんなの妹のメイドさん達は、鬼ヨメ!】、と。
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