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マレーナさんと僕~卒業記念日~

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3.早朝:天守閣

 夜露死苦荘の朝礼は「鐘の直後」と決まっている。
 玄関前に生徒達が集まると、日光を受けて、天守閣から高級スーツに身を包んだ髭を生やした男が姿を現した。
 
 夜露死苦荘オーナー・織田 信長(おだ・のぶなが)
 
 その名はいまやシャンバラ大荒野だけでなく、パラミタ全土に響き渡る。
 彼の「教育者」としての名声は、昨年今年と続く驚異的なパラ実生の空大進学率に比例して、それは絶大なものとなりつつある。
 だが彼の野望は、当然「高名な教育者」等という可愛らしいものにとどまろうはずがない。
 
「わしが夜露死苦荘オーナー織田信長である!」
 
 信長は内心の野心を押さえつつ、一同に睨みを利かす。
 そして先ず「夜露死苦荘最高権力者」として、訓戒を述べる……
 
 ……と。ここで、絶対定義の「おさらい」。
 それは――「下宿生達はいついかなる場合も、オーナーに対して『絶対服従』である!」ということ。
 どのような無理難題を告げられようとも、下宿生達は受け入れなければならない。
 加えて今年は、空大制覇の「野望」の妨げともなりかねぬ険呑事項が、当たり前の如く浮上していた。

(空大入学後にも続く服従関係が無ければ、成績の維持が困難な者が出るのは必至! というか出た。
 この問題をどうとらえてゆくか……)
 対応策を捻りつつも、表立っては冷静に。
「新顔もおるようだが、まずは一つ。
 残念な事に留年した者がおる……」
 俯いた影。おそらくは「再教育生」組であろう彼等を、冷ややかな目で見下ろした。
「……だが、留年程度は問題無し!
 各々見合った己を見出す時に多少の差異はあろう、卒業に至る胆力あれば良いのである。新たに挑む者も同じくだ。
 万全の教育体制を用意しておるゆえ存分に学ぶが良い。
 だが、一歩でも夜露死苦荘に踏み入れた以上は……」

 喝っ! と彼は両目を見開き「命」を告げる。

「絶対合格、絶対卒業! 
 それ以外は死あるのみ、反論も死あるのみ。以上!」
 
 おぉっ!
 
 下宿生達から、絶望のどよめきが漏れる。
 ここは、天下の「夜露死苦荘」。
 一旦足を踏み入れたからには、「地獄」が待っているのは当然のことなのだ。
 
 落胆した下宿生達を尻目に、信長は次なるプランを開始する。
「【用務員召喚】! ちこう!」
 軽く手を打って、用務員の紫月 唯斗(しづき・ゆいと)を呼んだ。
 唯斗はスタッと信長の背に降り立つと、
「ただいま、参上しました。
 して、ご用件は?」
 例のごとく、片膝をついて指令を待つ。
「うむ、我も第六天魔王(フラワシ)を使う。
 おぬしもサボる者達がいないよう、巡回に勤めよ!
 新規入居者達も含めて、抜け穴漏れなく、くまなく!」
「承知致しました、信長様」
 一礼すると、唯斗は風のように去ってゆく。
 他に向けては別の用件を告げた。
「新たな逸材を種族問わずに参加させよ!
 そして空大へ導け!
 お勧めは桜の木」
 
 へ? 桜――?
 
 一同は玄関先の大樹をみる。
 そこにあるのは「モヒカン桜」――だが、どうみても普通の木だ。
 今を盛りと、満開の花をつけて美しく咲き誇っているが、変わっている点と言えばそれくらいのもの。
「なぁるほど、さすがは信長だぜェ!」
 目を丸くする学生達の中で、南 鮪(みなみ・まぐろ)だけが真意を悟ったようだ。
 ニヤニヤとして桜に目を向けている。
 
 信長は最後に本日の増改築許可リストを一同に申し渡す。
 許可された者達は、以下の通りであった。
 
 ・国頭 武尊(くにがみ・たける)
 ・閃崎 静麻(せんざき・しずま)
 ・ガイウス・バーンハート(がいうす・ばーんはーと)
 ・増改築総監督:ラピス・ラズリ(らぴす・らずり)
 
「増改築総監督は、3名が競合しない様に仕切るよう、よいな?」
 下界に手を挙げている影がみえる。
 信長は満足そうに頷くと。
「なお、許可の無い3階以上への居住進出は、即成敗!
 分かったら、勉学に励め! 皆の者!」
 信長が片手をあげ、恐怖の朝礼はようやく終わりを告げた。

 部屋の奥に戻ると、マレーナが控えていた。
 信長は手ぬぐいを受け取り、額の汗を拭うと。
「ドージェとやらは己が道を己が信念が儘に貫いておったわ」
 反応を待たずに、手ぬぐいを渡した。
 そのまま長い階段を下りて、下宿生達がサボらぬよう巡回をはじめる。
 
 目の前に、逃げ出そうとする影――。
 
「ふん、行動予測でとっくにお見通しよ。若造がっ!」
 最初が肝心! 信長はふふんと鼻先で笑い、指先をはじく。
「ゆけ! 第六天魔王。
 大欲の炎で、総てを焼き尽くすのだ!」

 ……こうして憐れな下宿生の犠牲者達が山積みとなり、彼の「教育者」としての名声がますます上がるのであった。