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リアクション
5.朝:マレーナさんと一緒♪ わんこも
下宿生達の朝食が終わって、休憩前のひと時。
軒先からは、よいしょよいしょという必死な声が流れてくる。
■
「こうして、竹箒は掛け声をかけながらはくのが良いのですわ。
体も動かせて、健康のためにも一石二鳥ですのよ」
「なるほど! それは面白そうだね!」
リアトリス・ブルーウォーター(りあとりす・ぶるーうぉーたー)は竹箒を受け取ると、真似をして桜の周囲を掃き清め始めた。
その様子を面白そうに眺めているのは、レンカと舞花。
3人は「家事のやり方」について、マレーナから教わっているのだ。
「マレーナさん、これで終わりかい?」
「いえいえ、まだですわ。
これからお昼までに……洗濯物をして、干して畳んで、お風呂の掃除をして……そうそう、山積みになったままの食器も洗わなければ」
「えっ! まだそんなにあるの?」
3人が目を丸くしたので、マレーナはふふっと笑った。
「えぇ、けれど私についてこれるならば、午前中に家事のいろは程度はマスターできましてよ。リアトリスさん」
「いろは……か、そうだね。
レティも待っていることだろうし……」
たぶん手伝いに夜露死苦荘に下宿していると思しきレティシア・ブルーウォーターの愛らしい笑顔を思い浮かべる。
彼女の力になりたくて来たのだ。
一家の長としても、ここで引き下がるわけにはいかない、と思う。
「お願いします、マレーナさん」
「わかりました、ゆっくりやりましょう。レンカちゃん達も、ね?」
次は洗濯物の時間だ。
だが夜露死苦荘には洗濯機はないので、風呂の残り湯をたらいに汲んで、洗濯板で洗う。
そうして、大きな籠いっぱいになった洗濯物を物干しまで運ぶのは、スプリングロンド・ヨシュア(すぷりんぐろんど・よしゅあ)とゲルバッキーの役割だ。
獣人の犬……ではなくて、狼姿のスプリングロンドは、光る犬・ゲルバッキーと共に3人の下へ駆け寄り、リアトリス達から籠を受け取る。
「これはさすがに無理だ、オレがやろう」
「ありがとう! お義理父さん」
「たすかりますわ」
マレーナからも喜ばれて、スプリングロンドはいや、と頭を振る。
美人から礼を言われて、嫌な気になる野郎などいない。
ところで夜露死苦荘の洗濯物は、下宿生の数だけあるため、何しろ多過ぎる。
一日2回は洗濯しないと間に合わないため、昨晩の乾いた洗濯物を取り込んでから、新しい洗濯物を干す作業にようやく取り掛かる、といった具合だ。
物干し前の「小休憩」に入ったところで、スプリングロンドはゲルバッキーとのタマゴロガシに興じつつ、
「あれを毎日1人でやらせるのは、大変ではないのか?」
ゲルバッキーに尋ねてみる。
はじめは義息子・リアトリスの花婿修行のため、と思い貢献としてついてきたのだが。
他人事ながら、これではいつかマレーナはパンクしてしまうに違いない、と心配する。
「なに、いつもは1人ではないのだ」
とゲルバッキー。ボールのタイミングを図りつつ。
「手伝いの者がおる。
料理が得意な男とか。
武骨な用務員とか。
1人でいくつも分かれる、不思議な用務員とかだ」
「ふむ、それはまた面妖な……ここは化け物屋敷であったか」
どこかでくしゃみが聞こえた様な気がするのは、気のせいだろうか?
その時、ポンと蹴る音。
スプリングロンドが気づいた時にはボールははるか向こうにある。
「そら、私の勝ちだ!
次の物干しは君、風呂の清掃は私で決まりだな」
「うむ……さすがは夜露死苦荘の犬。あなどりがたいな」
「ほっほう♪ 今頃気づいたか?」
ゲルバッキーは飄々として風呂に向かう。
残されたスプリングロンドはボールを眺めて固まった。
ボールは、首狩族のキャンプ地にただ中でとまっている……。
干し物、共同風呂の清掃と湯の入れ替え、食器の洗い方が終わったところで、ようやくリアトリス達は最後の関門である調理自習に入った。
お題は――「朝御飯の支度」。
「つまり……勉学が主体のこの下宿。
速やかにカロリーを摂取して、戦いに望むべく用意して差し上げるのが、『朝食の基本』ですわ……」
「そ、そうだけど……どうかしたの? マレーナさん」
「い、いえ、私、毎日この献立だけは……邦彦さんから教わっているのですわ。
『朝食の基本』、とても簡単でお恥ずかしいのですが……」
御飯を釜から茶碗によそり、紙包みの中から生卵を取り出す。
マレーナはそれは真剣な表情で手元を睨むと。
ハッ!
掛け声一発。
共同キッチンの一角に軽くぶつけて割る。
白飯の上にかけて、お醤油少々。
ニッコリと笑って、
「はい、卵かけご飯。
意外と難しいのですのよ?」
「は、はぁ……」
リアトリスは目を点にしたが、料理の基礎はまず「卵を割る所からだ!」と勘繰った。
(そうだよな、だって、あんなに力一杯卵をぶつけていたように見えるけど、軽くしか割れなかったし。
基本をマスターすると、色々な技が出来るのかもしれない)
誰かが、リアトリスの肩をぽんと叩いた。
「そういうことだです、新入生」
現れたのは、分身用務員・紫月唯斗。
傍らに、斎藤邦彦が食材の紙袋を抱えたまま立っている。
「料理は我々が引き受けるとしよう。
マレーナさんに見て頂くのは、ここまで十分」
「そうですわね! それがよろしいわ。
邦彦さんの作るお料理は、私もファンですのよ」
「へえー、そんなに巧いんだね!」
ここに来たからにはマレーナのやり方に従う、と決めていた。
それが一番確実だし、失敗しない方法だと考えていたからだ。
(そうだよな、マレーナさんの勧めだし!)
「料理の基礎を学びたいんだよ。
午後には一通り出来る、て話だったけど」
「これくらい物覚えが良ければ、大丈夫だろう。頑張れ!」
「ありがとう! お願いします!」
そうして邦彦達は、マレーナの唯一の(?)欠点である「ちょー料理下手」がほんの少しだけ世に広まらなかったことに、ホッと胸をなでおろすのであった。
何しろ――マレーナは未だに料理だけは出来ない。
生卵の威力も、唯斗が素早く分身の術を使ってあれこれと世話を焼いた結果なのであった。
「荒野のオアシス」たるマレーナの名誉のためにも、事実が広まってはマズかろう。
……リアトリスの家事修業は完璧で、レティシアからはお褒めの言葉を賜り、無事に一日を終えることが出来ましたとさ。
■
トコトコと歩いているゲルバッキーを、誰かが抱きかかえた。
「こんなところにいたら、危ないです!
間違ってゴミ箱いきですよー!」
そのまま、その少女・サクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)は彼を抱きかかえた。
「いま、司君が“おうち”を清掃中ですからね♪」
■
司君こと白砂 司(しらすな・つかさ)は、本来は藤原優梨子の動向を監視するためにやってきたのだった。
「後輩に無茶したら、首根っこ掴んで止めてやる!」
そこで偶然にも、ゲルバッキーと遭遇してしまった。
「のわっ、ゲルイチローさん……なの、か?」
司はゲルバッキーに会えた感激のあまり、パニックに陥ってしまった。
――マレーナ・サエフもゲルバッキーの子なのだろうか?
――いや、突っ込んだ話は無粋だろう。
――神出鬼没とはいえゲルバッキーは外国人だ……あ、いや観光客かも……。
――うーむ、各地域の話でもして彼と過ごすとか?
「空大か空京にでも誘ってみるか……俺は肉体労働向きだし」
優梨子先生の動きは気になるが、いまはゲルバッキーに集中する。
この「犬小屋清掃」も、いわば勧誘の一環であった。
■
「なるほどなるほど、私の居場所が必要だ、というのだな?
これから君達シャンバラと強調して行く上でも」
「あぁ、そうだ」
司は務めて冷静に告げる。
東京、空京、ジャタについてと話し込んで、すでに彼の関心は掴んでいる。
空大はシャンバラで一番権威ある研究機関といえるし、
シャンバラの中ではポータラカ的技術を最も活かせる場のはずだ。
と。
「その場所として、国家的に中立たる空大は相応しいと思うが」
「空大ね……ねーちゃんがいないからな」
サクラコの顔を見上げる。
「ま、ゲルバッキー君ってば、おじょーずですね!」
ポッとサクラコは顔を赤らめた。
2人の会話は暫し続く。
――でも、私も花の空大・女子大生なんですよ!
――ほー、ねーちゃんがな。
――しかも元アイドルの……いまや懐かしの秋葉原四十八星華野メンバー!
更に、知的な学者娘――とくれば、要素盛りすぎですよね!
――私を抱いていれば、犬飼ってる女子大生っぽくなって、
好感度くらい上がるのではないのか?
――えー、そうかな?
『空大ってよりジャタの人だろ』とか言われたら、ぐうの音も出ませんけど。
でも好感度上がって、都合よくちやほやされたいかなぁー……。
「うん? ゲルバッキーは女子大生好きなのか?」
キャバクラの話題で空京に、と考えていた司は、ハッとして周囲を見た。
幸い、窓の内に女子大生達がいる。
(黙っていれば)いいとこのお嬢様の藤原優梨子。
(黙っていれば)残念なことにならない湯島茜。
(黙っていれば)ゆる族好きで女子力の高い立川るる。
以上のラインナップを素早く指さして。
「やはり空京ではなく、空大ではどうだ?
あれほどの美女達がいるのだぞ?
飲みサークルでも、合コンサークルでもよりどりみどりという奴だな」
「ふむ、私はこのーねーちゃんで十分だがな?」
ふわぁっと欠伸。
「それに夜露死苦荘の居心地は悪くないし、可愛い女子大生もいるので特に行く必要はない。
空京のキャバクラは面白そうだから、いつか行ってみるかもしれんな」
サクラコの小さな胸にすりすりする。
いやんっ。サクラコは恥ずかしがったが、司はガン見で別の事を考えていた。
(む、ゲルバッキーは、ひょっとしてちっぱい好きなのか?)
(……というか、このまま面倒見させておけば、空大に連れてくることも可能なのではないのか???)
サクラコを餌に、空大へ引き抜く作戦を練り始める。
司のあくなき挑戦は、続く――。
■
朝の作業が終わる頃、マレーナの携帯電話が鳴った。
画面表示は「ラピス・ラズリ」とある。
「あら、そろそろなのですの?
ご連絡ありがとうございます、増改築総監督さん」
電話をきったマレーナに舞花が尋ねた。
「どうしたのです? マレーナ様」
「えぇ、そろそろ共同風呂の改修作業に入るそうですの。
いまのお風呂はお庭が綺麗な露天風呂なのですが、下宿生が増えてしまいましたでしょう?
だからもっと大きくしなければ、と」
「わぁ、庭が綺麗なのですか?」
「えぇ、ガイウスさんという専門の方が、丹精込めて作ってくれたのですよ」
マレーナは、んーと人差し指を口元にあてて。
「いままで毎晩、眺めることが日課でしたわ。
……そういえば、まだ入ったことはなかったのですわね?」
はい、と舞花は答える。
「お庭を見ながら、日々の疲れを癒されてはいかがかしら?」
■
舞花は共同浴場に行った。
改装前のそこには「女性専用タイム」なこともあって、誰もおらず、大きな露天風呂を独り占めである。
「あれがマレーナ様おすすめの日本庭園、ですね?」
舞花は隅に置かれた、匠の庭を見た。
たしかに、良くできたそれは自分の時代にもなかなかない、細かな作りのように思われる。
表情が陰ったのは、御神楽家の人々を思い出したからだ。
(これを、陽太様達にも見せてあげたいですね……いつか)
ガサッと音がしたのは、その庭からだった。
緑の向こうに、男らしき影が見える。
「きゃ、誰?」
アンボーン・テクニックの構えを取る。
(いざとなったら、これで……)
だが、動いたと思しき影はその場で倒れた。
唯斗が背を向けて庭に立っている。
「のぞきとは、いい度胸ですね」
「あなたは?」
「用務員の紫月唯斗。
さ、いまのうちにあがりなさい。
私はこいつと後ろを向いていますから」
「助けて下さって、ありがとうございます」
舞花はタオルを体に巻くと、急いで風呂から上がった。
紫月唯斗様……ですか……。
どきどきするのはきっと「吊り橋効果」のせいですね?
そっと胸に手を当てて、早鐘を打つ鼓動を鎮めようと努めるのであった。
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