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リアクション
1.
その日、レモ・タシガン(れも・たしがん)は早朝から飛び起きて、朝食もそこそこに会場である喫茶室「彩々」へと向かった。
今日は薔薇の学舎主催での、クリスマスパーティの日だ。
前日までに準備はそろえているが、飾り付けや食べ物の準備など、まだまだやることは山積みにある。
「とりあえず、雨にはならなそうでよかった」
霧が多いタシガンでは、今日も空はどんよりと曇っていたが、その分暖かく過ごしやすい一日になりそうだ。
せっかくお客様も来るのだから、楽しく過ごして欲しい。
通り過ぎた薔薇園では、日頃の生徒たちの丹精のおかげもあって、見事に花が咲き乱れている。
その中庭に、ひときわ高くそびえ立っているツリーをレモは見上げた。
「おはよう、唯識さん! 緋布斗さん!」
「おはよう、レモ。早かったね」
「おはようございます」
上社 唯識(かみやしろ・ゆしき)と戒 緋布斗(かい・ひふと)が設置したのは、10メートルの高さの巨大なクリスマスツリーだ。
「こんなに大きいの、大変だったんじゃない?」
「二人でだったからね、大丈夫」
唯識はそう微笑んだ。実際、鬼神力を発揮しての二人がかりだ。そう大変な仕事でもなかった。
「カールハインツさんは?」
「えっと……まだ、起きてらっしゃらないようです」
緋布斗がおずおずとそう口にしてから、ちらりと唯識を見上げる。どうやら、寝ていたというより、寮の部屋から出てこなかったらしい。
「まったくもう。たまにカールハインツさんて、かまってちゃんだよね」
ふぅ、とレモはため息をついて眉根を寄せた。
「でも、そのうち来ると思うよ」
唯識のフォローに、「唯識さんは優しいから」とレモは軽く呆れて見せた。
そんな態度に、なんだか、頼もしくなったなと唯識はふと思う。
今回の企画を、レモが自分から言い出したと聞いた時も、そう思った。以前に比べて、ずっとレモは自発的に、かつ、強く成長してきている。
「僕、ちょっと様子見てくるよ。……他にも、心配な人がいるから」
レモは「ごめんね、もう少し、ここお願い」と言い残して、今度はまた足早に、薔薇の学舎の生徒寮へとかけだしていった。
「マーカスさん。どう?」
「レモ君。来てくれたんだ」
「だって、気になるもの」
そう言って、レモは部屋の中にいるはずのアーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)の様子をうかがった。パートナーのマーカス・スタイネム(まーかす・すたいねむ)は、いつもの困り顔ではあるが、いつもとはちょっと事情が違う。
クリスマスパーティともなれば、アーヴィンのことだから、「聖なる夜にかこつけたラブラブBL妄想」でも繰り広げることかと思いきや、意外なことにクリスマスは彼のトラウマスイッチを著しく押す代物だったらしい。
パーティには参加できない、と渋るアーヴィンのことを、思い切ってマーカスはレモに相談していたのだ。
「大人しいのはそれはそれで助かるんだけど……」
けれども、この先もずっと、クリスマスというと嫌な思い出を蘇らせてばかりいるつもりなのだろうかと。マーカスにはそれが嫌だった。
「アーヴィンさん、いいかな?」
ノックをして、控えめにレモが声をかける。
「お、おお。少年!」
アーヴィンはすぐに返答し、ドアを開けてくれた。いつもの制服姿だが、顔色はあまり冴えない。
「……具合、悪いの?」
「具合? ……あ、ああ。そうだな。少しな!」
「嘘」
レモの勘違いにこれ幸いとのろうとしたアーヴィンに、すかさずマーカスが釘を刺す。
「悪いんだとしたら、体調じゃなくて、精神面でしょ」
「う……」
それは言ってくれるな、とアーヴィンはマーカスを見やるが、マーカスは腕組みをしたまま、強気な態度を崩さないでいる。
「ねぇ、アーヴィン。嫌な思い出ってさ、良い思い出で上書きしちゃえばいいと思うんだよね。だからさ、嫌なことがあった時は逆にやなことを楽しくなるようにしたらいいいんだよ」
「いや、行こうとは思っている。レモ少年が企画したものだしな。そうとも、思っては、いるのだよ」
すでに口調が言い訳じみている。すると、レモはじっとアーヴィンを見上げて、言った。
「無理は、しないでね。ただ、……僕、アーヴィンさんとも、一緒にクリスマスをお祝いできたら、嬉しいんだ」
「少年……」
「企画したのって、いってみればね、僕が今年一年お世話になったお礼を言いたかっただけなんだよ。アーヴィンさんとマーカスさんのおかげで、楽しいこともいっぱいあったし」
アーヴィンの手をとると、レモはにっこりと笑った。
「だから……よかったら、来てね」
「……ああ」
アーヴィンは頷いたが、約束はできなかった。
「ありがとう。じゃあ、僕、カールハインツさんところにも声かけてくるよ。……カールハインツさんもね、クリスマスって好きじゃないからって、来たがらなくて」
「そうなんだ」
レモも大変だね、とマーカスは言う。
「あとでね!」
レモはそう手を振ると、彼らの部屋を後にした。
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