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第1章 夏合宿

 8月下旬。
 ヴァイシャリーの北、イルミンスールの森の近くにある、ルリマーレン家の別荘で、百合園女学院生徒会執行部『白百合団』と、新設された専攻科の『公務実践科』のメンバーによる、合同夏合宿が行われていた。
 学校主催の正式なものではなく、仲間同士鍛錬し合って、学び合い、親交を深めて楽しい思い出を作りましょうという、半分遊びの企画だった。
 白百合団の方は、指導に当たっているのは主に役員と先輩たちで、公務実践科については、講師の2人だけであった。

「現在のシャンバラ宮殿には、多くの若い契約者が出入りしているし、貴族社会というほどでもないからな、そこまでマナーは厳しくない」
 自習時間。指導を求めたヴェロニカ・バルトリ(べろにか・ばるとり)に、神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)はそう答えた。
 優子は白百合団のOGとして、団員の指導に当たっているが、百合園生としては1生徒であり、公務実践科についても、生徒の1人として所属している。
「シャンバラ宮殿より、ヴァイシャリーの方が、古き習慣が残っているようで、住みやすくはあるな」
 ヴェロニカはシャンバラ古王国時代の騎士だ。
 当時の騎士の在り方と、現在のロイヤルガードや宮殿の状態は随分と違い、未だ戸惑いがある。
 大きくに違うのは、5000年前はパラミタ人が多くの地球人と契約を結ぶことが出来たということ。有翼種を中心としたパラミタ人による統制が行われていたこと。
 現在は地球人が複数のパラミタ人と契約ができ、複数のパラミタ人の能力を有する地球人の契約者がロイヤルガードの主メンバーでもある。
 また首都のある空京には地球人が多く、地球の影響が色濃く表れている。
「ともあれ、女王、代王の側近として相応しくない立ち振る舞い、言動をする者に、頭を悩ませている官僚も少なくなくてな……」
 苦笑しながら、優子は宮廷内でのマナーについて、ヴェロニカに話して聞かせる。
 それは、普段の百合園女学院での教えと何ら変わりはない。
 だが『歩き方』も『挨拶』も『立ち振る舞い』も、座って本や映像を見て学ぶのと、実際に経験するのではまるで違う。
 ヴェロニカはロイヤルガードの隊長の優子に指導を仰ぎ、自分が知る5千年前の作法との違いを学んでいた。
 優子の方も、ヴェロニカにシャンバラ古王国での正しい立ち振る舞いについて、教授を願い、互いに教え合っていく。
「錦織先生! パラミタ経済論の課題、良く分かりません……」
 手を上げて質問をしたのは、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だった。
 彼女はロイヤルガードとして公職についてはいるが、貴族の娘でも、法学部出身の政治家でもない。外見15歳の少女なのだ。
 そもそも公務とは何なのか。そこから学ぶ姿勢で、公務実践科の講義を受けに来ていた。
「この課題をこなすには、まずは、パラミタの貿易の歴史についてから、学んでいく必要があります」
 講師として参加した錦織 百合子(にしきおり・ゆりこ)が、詩穂に丁寧に手順を教えていく。
「逆に僕は、地球の経済についてよくわからないです。彼方はこの『〜の限界費用価格形成原理による政府の規制について論ぜよ』って問題、解ける?」
「………………専攻が違うから!」
 レグルス・ツァンダの問いに、苦笑しながら彼方が答えた。
 傍でテティス・レジャ(ててぃす・れじゃ)がくすっと笑みを浮かべている。
「公務といってもいろいろあるよね。詩穂達はロイヤルガードで、ロイヤルガードへの就任にも、職務にもこういった勉強はあまり関係ないのかもしれないけど」
 教科書をめくりながら、詩穂が言う。
「公に仕えるということは、ロイヤルガードじゃなくてもいいんです。それは『役職』で……。公の為に、能力を使いたい、自分の手の届く限りの人々の役に立ちたいって、最近思ってるんだ」
 その為に、詩穂はここに学びに来た。
 幅広い知識を身につける為に。
 疎かった政治の事も、経済のことも、もっともっと学んで。
 多くの人の役に立てればいいなって、思って。
 人間は自分で自分自身を幸せにする能力はあまりないって聞いたことがある。
 その代わり違う誰かを幸せにする能力はいっぱいいっぱい持ってるとも。
 詩穂はまだ若いから。
 だからこそ人と人が手を取り合って暮らせるような世界を夢見ていた。
「詩穂さん、少し変わった?」
「え?」
 テティスの問いに、詩穂は顔を上げる。
「以前は公の為っていうより、1人の為に頑張っているように見えたから」
「あ……うん。それが、支えになるって思ってたから。でも、詩穂は給仕の家系だから。公務は、公けの為に『ご奉仕』の精神を行使するものなんだなって、思ってる」
「私はどうかな……」
 すっと、テティスが考え込む。
「俺は曲がったことが嫌いだからな。悪い奴らは折檻する。体は1つしかないし一人でなんでもこなせるわけじゃない。だから、悪い奴らの成敗が俺に与えられた役割だな〜」
「なんだか、単純」
 テティスがまたくすっと笑う。
「でも、そんな彼方と一緒に女王と国を守ることが、今の私の役割、なのかなって思ってる」
 そう小さな声で、テティスは詩穂に言った。
「役割かぁ……」
「この時代での、女王に仕える公人としての役割……。私も見つけたとは言えない、か」
 詩穂、そして詩穂達の会話を耳にしたヴェロニカが呟いた。
「私達は学生だ。学ぶ時間を与えられた今のうちに、必要な知識を一つでも多く、身に付けておこう」
 優子の言葉に皆が頷き、その数分後。
「というわけで、読破! パラミタの歴史少しは解ってきたよー」
 詩穂が笑みを浮かべた。
 契約者としての能力、そして若さ故の吸収力で、詩穂は短時間で多くの知識を身に付けていく。

 自習、訓練後の昼食はバイキング形式だった。
「指導、お疲れ様〜、稽古と勉強、とてもためになったわ」
 食堂にて、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)は優子とパートナーのゼスタ・レイラン(ぜすた・れいらん)の姿を見つけて、歩み寄った。
「優子さんはもう帰るのかな?」
「お疲れ。ルー少佐」
「はうっ、優子さんにそう呼ばれるとなんだか照れちゃう。いつも通り呼び捨てして!」
 ルカルカは少し照れながら、優子の隣に腰かけた。
「はは……。佐官昇格おめでとう、ルカルカ」
「へへっ、ありがとうございます!」
「まだまだ、未熟だがな」
 誇らしげに微笑むルカルカの向かい、ゼスタの隣にダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が腰かける。
「私は今日のミーティング後にヴァイシャリーに戻る予定だが、2人は?」
「ルカ達は今日一日は、合宿を体験させてもらうつもり。今度も通うかどうかはちょっち考え中なんだ」
「そうか。まあ、忙しいからな」
 優子の言葉に、ルカルカは笑みで答える。
 昇格し、責任も増した為、より軍務にウエイトを置く生活になっていて、定期的に通うのは難しそうだった。
「あ、でもロイヤルガードの役目は精一杯果たすからね」
 ぐっと握った拳を見せた後。
「いただきま〜す」
 と明るい声と明るい笑みを浮かべて、ルカルカは食事を始める。
 好き嫌いのないルカルカの皿には、色々な料理が乗っていた。
 あんかけピラフに、里芋の煮物、明太子のポテトサラダ、天ぷらに、ハンバーグ。
 スパゲティに、麻婆豆腐、肉団子、カブの漬物に、ゼリーなどのデザートも!
 優子の皿にも同じように沢山の料理が乗っていた。
 ゼスタの皿には、果物やケーキ類が多い。
 ダリルの皿は、肉と野菜がバランスよく盛られている。
 彼はご飯とみそ汁をも貰ってきていた。
 好きな時間に食べられるバイキングということもあって。
 そう料理はあちあちでも、豪華でもなかったけれど……。
「なんだか……すっごく、こういう食事っていいよね」
 里芋を口に入れながら、ルカルカが優子に笑みを向けると、優子からも柔らかな微笑が帰ってきた。
「今、戦争もないし、大陸もちょっとだけ落ち着いて、帝国も新しい皇帝陛下が即位されたし……」
 事件は色々とあるけれど、どうにか世界は回っている、し。
 食堂にいる皆、そして窓の外の自然を見て、ルカルカは言葉を漏らす。
「ずっとこのまま皆で楽しく幸せに生きていけたら良いなあ……」
「戦いではなく、スポーツで競い合っていきたいものだ」
 優子の言葉に、ルカルカは強く頷いた。
「お前は付き添いか?」
 ゼスタがスイカを食べながら、ダリルに問う。
「いや、俺自身もちょっと興味があってな。とはいえ、さすがに百合園の授業を体験するわけにはいかないからな」
 そう笑ったダリルだが。
「ダリルンなら歓迎するが」
 優子に真顔で言われてしまい、焦る。
「ま、待て。冗談だ。その件は忘れてくれ、頼む」
 ダリルがそう言うと、優子とルカルカは顔を合せて笑う。
「ゴホンッ。外見の問題だけじゃなくてな。時間が足りないから俺も通うのは無理だろう。『種もみ学園』の医師としての活動もあることだしな」
「ん? お前あそこで働いてんの? あそこ可愛い女の子いないだろ」
「いや、女の子目当てで働いているわけではない。保険医として面接した流れでな、残念な事にまだ去勢手術の申し込みはないんだ。こちらはいつでもできる用意はしてるんだが」
 真面目な顔でいい、ダリルは味噌汁を飲む。
「ちょん切った生徒が出たら、百合園に紹介状を書くから待っててくれ」
 と、続けて笑みを浮かべて顔を上げると。
 引き気味な表情で、皆がこちらを見ていた。
「……だから……冗談くらい言うぞ、俺だって」
 本気にしてくれるなよ、とダリルはちょっと落ち込む。
「いやしかし、本気で宦官になりたかる生徒がいたら、本気でやるんだろお前は。そして百合園に紹介状を書くんだろ? だろ? そうだろ?」
 言いながら、ゼスタがにやにや笑いだす。
「それはまあ、本気で望まれたら……対応できないわけでは、ないが」
「お前を保険医にした種もみ学院生の愛国心と勇気を賞賛しよう」
 優子が真面目な顔で言う。が、目は笑っていた。
「うっ。……よし分かった。万が一そういう奴が現れた際には公務実践科を勧めよう。後の事は頼むぞ」
 ぽんと、ダリルがゼスタの肩を叩く。
「だっ、だから俺は女子校の女子の保健の先生希望だっての!」
 ゼスタが苦笑いをし、皆で笑い合った。
 笑いながら――。
 ホント。
 こんな日が、ずっと続くといいなと、ルカルカは思った。
 きっと、ここにいる皆も、それを望んでいるはず。

 望んでいるはず、なのに。