百合園女学院へ

薔薇の学舎

校長室

波羅蜜多実業高等学校へ

四季の彩り・新年~1年の計は初詣にあり~

リアクション公開中!

四季の彩り・新年~1年の計は初詣にあり~

リアクション

 
 第14章

「参道から見える場所にいるってことだったけど……」
 いつも通りに歩こうとすると、前の誰かにぶつかりそうになる。そんな混み合った中を、朝斗達はファーシー達の姿を探していた。人が多すぎて、鳥居の前での待ち合わせは遠慮して欲しいと係員に言われたらしく『場所を変えたから!』と彼女からメールがあったのだが――
「にゃ〜!」
 ルシェンの肩に乗っているちびあさにゃんがあっち! と人差し指を伸ばす。長身のルシェンの上からだと見通しも良く、割合簡単に発見できた。ファーシーも彼等に気付いたようで、手を上げてぶんぶんと振っている。人混みを上手く通り抜けて彼女の前に行って新年の挨拶をする。
「ファーシーさん達も振袖姿なのね。イディアちゃんも」
「スカサハ達で着付けてみたでありますよ! イディア様のは満月が担当したであります!」
「満月さん?」
 みつき、と聞いた朝斗達は、夏にスカサハが子守していた双子の片方を思い出す。だが、赤ん坊が着付けをするのは難しい気がして不思議に思う。
「はい、初めまして。満月・オイフェウスです」
「私のお友達なんですよー。よろしくお願いしますね!」
 そこで、満月が前に出てぺこりとお辞儀をし、フィアレフトも彼女を紹介した。特別に仲の良さそうな2人と朝斗達が挨拶する様子を微笑ましく見ていたファーシーは、ルシェン達の振袖の柄に興味を惹かれたのか少しばかり目を輝かせた。
「2人の着物も素敵だなあ。ルシェンさんはやっぱり大人っぽいわね」
「ありがとうファーシーさん。明けましておめでとう、今年もよろしくね」
「よろしく! あれ? この子、どうしたんだろ」
「ふぇ……」
 ファーシーは、手を繋いでいるイディアが自分の後ろに半分程隠れたのを見てきょとんとした。だが、小さな彼女に怯えたような目で見られている事に気付いたルシェンは狼狽える。
「え、え、もしかして私? そんなぁ〜」
「あれっ、えーと……ご、ごめんなさい! 恐いとかそういうんじゃなくて、ただちょっと、極妻っぽさにびっくりしているだけだと思うので……ルシェンさんのことは好きですよ! 私は!」
 少しは慣れたと思ったのに、とがっくりする彼女に、フィアレフトは慌ててフォローを入れる。だが、いまいちフォローになっていないような気がしないでもない。
「イディアちゃん、私と遊ぼうか。初遊びね」
「にゃ、にゃー!」
 半分泣き顔になったイディアに、アイビスと彼女の肩に移動したちびあさにゃんが話しかける。「?」と2人を見上げたイディアはふわりと笑顔を戻して遊び始める。4ヶ月の間に学習したらしく、ちびあさにゃんを引っ張ろうとはしなかった。アイビスが彼女に幸せの歌を歌っているその脇で、アクアは頭頂部と肩にパラミタキバタン2羽を乗せたルイ・フリード(るい・ふりーど)にしかめっ面を見せていた。キバタン達と、そして、ちょうどフリーだったキバタンの飼い主の導きによって神社に辿り着いた彼は、元気一杯に彼女に白い歯を見せている。
「さあ、今日から1年、笑顔でハイテンションに過ごしましょう〜!」
「…………」
 何だかんだ安心した後には呆れるばかりで、やっと懸案事項が解消されたアクアは1つ息を吐くと携帯電話を出した。
「とりあえず、見つかって良かったです。今後はこういった事が無いように私の電話番号を教えておきますから」
「ありがとうございます!」
「新年明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願いいたします」
 そして、連絡先を伝え終えた頃に風森 望(かぜもり・のぞみ)ノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)が待ち合わせ場所に到着した。丁寧に挨拶した望に、ノートも続く。
「新年明けましておめでとう御座いますわ、皆様」
「ええ、おめでとうございます」
「おめでとう! 今年もよろしくね!」
 返礼としてアクアが言い、ファーシーも明るくそれに応える。皆も彼女達を振り返ってそれぞれに挨拶をする中で、ノートは初対面の顔を見つけて彼女達に近付いていく。
「初めましてですわね、シュヴェルトライテ家当主ノート・シュヴェルトライテですわ」
「フィアレフト・キャッツ・デルライドです。よろしくお願いします、ノートさん」
 未来人2人と一緒にいたフィアレフトは、ノートに忌憚ない笑顔を向ける。満月と舞花も挨拶をし、全員揃ったということで彼女達は拝殿に行くことにした。少し人数が多い為、参拝後に集まる場所を決めて歩き出す。
 移動しながら、フィアレフトは雑談交じりにノートに訊ねる。
「元日から空京に来ていて大丈夫なんですか?」
「……そうですわね、主家への挨拶もありますので余り長くは居られませんけど」
 境内の様子を見ながら、ノートは数秒だけ考える間を置いて彼女に答えた。
「初詣という事で、時間を作って参りましたわ」

「初詣といえば、お参りですよね!」
 拝殿の前まで行き、賽銭箱の前で黙々と財布を出すアクアの横でルイは参拝の意欲たっぷりにそう言った。硬貨を摘んだアクアは、それを投げようとする手を止めて彼をちらりと見る。横からのその視線は、話の続きを促しているようでもあった。夏のあの日から、彼女の態度は何となく柔らかくなっているような気もする。以前の通りに振舞おうとする中にも、ふとした時にそう感じる事がある。
 一生懸命に、気持ちを話してくれたあの時から。
(……アクアさんから受け取った言葉……私はとても嬉しく感じました)
 確信を持てず相手に答えを求めてしまう、ダメな男だと悔やみもしたが――それを糧に、もっと彼女を知ろうと、努力を行おう、と彼は決めた。
 だから、更に積極的に関わっていこう。大切な想い人である彼女と、友人達と過ごす時間を大切にしていきたいから。
「お賽銭を投げて、こうしてお祈りする事で時には心が引き締まり、時には願いが叶うような気がしてきて心が温かくなる感じが私はします。笑顔も、五割増しで輝きそうな気がするんですよ♪」
「…………」
 アクアは彼を見上げ、無言で何かを考えているようだった。賽銭箱とルイを見比べ、目を伏せる。
「……私は、ファーシーに誘われたから来ただけですし、貴方が私を誘おうとしていたことは知りませんでしたし、これが新年の慣習だというので付き合っているだけです。それ以上の感慨は何もありません」
 そうして前に向き直ると、彼女は手早く参拝を済ませようとした。だがそこで、ルイは「待ってください」と言って中央に穴の開いた硬貨を取り出した。
「今回は日本円の五円玉をいくらか用意して参りました! 言葉遊びですが『五円』と『ご縁』で語呂がいいかなと。皆さんもどうぞ」
「ありがとう、ルイさん」
「ありがとうございます」
 1枚目をアクアに渡し、残りの五円玉をケイラと大地達、ラスとピノ、サトリにも渡していく。他の参拝客を挟んだ後ろにいるフィアレフトやファーシー達には引き返す時に渡すことにして硬貨を投げる。よく解らないという顔をしつつもアクアも五円玉を投げていて、それを見てからルイもまた目を閉じる。
(さて、私の願いは……)
 改めて考え、彼はまず『皆さんが今年も無事健やかに過ごせる1年でありますように』と願い、そして個人的な自分自身の願いとして『アクアさんが世界をもっと楽しめますように』と祈った。そんな事は露知らぬアクアも礼式に従って手を合わせる。だが、“何か”を願おうとして彼女は気付く。願いが特に無い、という事に。
 現状に満足しているわけではない、と、そう思うのだが特に何も出てこない。
「…………」
 少し黙考してから、結局、月並みながら平和を願っておくことにした。
(私が『平和』なんて笑われてしまうかもしれませんが……今の生活に茶々が入るのも面倒臭いので。……それだけですよ! 他に意味はありませんよ!)
 ……口にも出さずに何を言い訳しているのか。
 目を開けて隣を見ると、そこには既に祈りを終えたルイの笑顔があった。いつもより5倍増しになっているかは首を傾げるところだが、等倍でない事は確かな気もする。この寒い中でも、若干暑苦しい。
「アクアさん、困った事があれば遠慮なく言ってください、害するモノがいれば貴女を護ってみせます」
「! ……あ、ありがとうございます」
 瞬間、アクアはつい目を逸らした。顔が熱くなったのを自覚しつつ足早に歩く。
「ほら、もう行きますよ」

 何やら一生懸命な祈りのオーラを感じて、大地は薄目での様子を伺った。目をぎゅっと瞑った諒は、合わせた手を顔にくっつけるようにして、賽銭箱の奥に念を送っている。
 何を願っているのかは容易に想像がつく。99%、“彼女”の事だろう。
「皆、何をお願いしたのかなあ」
「あたしは、もっと動物さん達と仲良くできますようにってお願いしたよ! ケイラちゃんは?」
 参拝を終えて集合場所に行く最中、そんな事を話すケイラ達の後ろで大地は諒に話しかけた。
「諒くん、ピノちゃんともっと仲良くなる良い方法があるんですが、やってみますか?」
「えっ? ピノちゃんと!?」
 諒は、たれ耳をぴくんっ、と跳ねさせて大地を見上げる。その顔には、何で分かったんだろう、という驚きと恥ずかしさが混ざった焦りと、純粋な期待が現れていた。にこにこと親切そうな笑みを浮かべながら、大地は言う。
「まずラスさんと仲良くなればいいんです。呼び方を変えてみるのはどうでしょう。そう、たとえば……」
「た、たとえば……?」
 諒は、ごくん、と喉を鳴らした。

「自分はね、皆が心身ともに健やかに過ごせますようにってお願いしたよ」
 その頃、ピノに聞かれたケイラは、朗らかな口調でそう話していた。それを聞くともなく聞きつつ、定番だな、とラスは内心で呟く。参拝をする人々の半数以上は願うであろうことであり、誰に話しても差し支えない、健全で普通の願いだ。まあケイラらしいといえばらしいだろう。だが――
「その為には、出来る努力は惜しまないよ。……ラスさん」
「……?」
 後に続いた声の響きは存外力を持っていて、ラスは怪訝な目をケイラに向ける。その表情からは、雑談時に浮かべるのとは違う、何かしらの意志が感じられる。
「これは誓い立て、というか……今、自分が言ったこと、覚えておいてほしいんだ。気負わせるつもりは無いんだけど、証人……みたいな?」
「証人……? 俺が?」
 照れ笑いしながらではあったが冗談ではない事は明白で、ラスは少しばかり戸惑った。この時には彼も、ケイラの願いがただの『定番』ではない事に気付いていた。続く日々の中で埋没していきそうな、何気ない願いではなく。
 ケイラ自身の、根本に繋がっていくような。
 ……自分はそんなに上等な人間ではないし、誓いを立てる相手を間違っているのではなかろうか。
「いざとなったら、背中叩いてほしいんだよね……」
「…………」
 即答出来ずに、考える。
 肯定自体は簡単だが、それには抵抗があった。ケイラの言葉を心に留め置くのは難しいことではない。放っておいても、記憶の片隅には残るだろう。けれど、その後押しをするというのはまた話が違う。
「確約は出来ないけど、状況によっては叩いてやるよ」
 誰かを守ろうとする結果が犠牲だというなら難しい。だが、加勢というなら猫の手くらいにはなってやっても構わない。故に、何でもかんでも頷くわけにはいかないが。
「その時に、近くにいたらな」
「……うん、ありがとう」
 それだけで、ケイラは嬉しそうに目を細めた。いつか気が置けない仲と言われるくらいにはなりたい。そう思われている事には気付かないままに、先を歩く。
「おっ……おにいさん!」
 そして、後ろから諒にそう呼ばれたのは、集合場所に着いた頃合だった。一足早く来ていたアクア達が見ている中で、ラスは口元を引きつらせた。
「待て、犬。今、何て……」
 いや、確かにラスの方が年上であるし音だけを聞けば間違いではないのだが。
 ――何かニュアンスが違う。音に漢字を当て嵌めたら決定的に違う答えが出てきそうだ。
「今年も良い年にしましょうね、お義兄さん!」
「……お前にお義兄さん呼ばわりされる理由は無い。その予定も無い」
「え、あれっ!?」
 きっぱりはっきり高圧的に言ってやると、文字通り尻尾を振り、きらきらとした瞳をしていた諒は一転して慌て始めた。大地をちらりと見てからピノを見て、それからラスに視線を戻す。涙目だ。
「う、嬉しくないですか……?」
「全く嬉しくない。というか嫌な予感しかしないから元に戻せ」
「で、でも……」
 おろおろとする諒の背後から大地が歩いてきて、いつもの通りの笑みを顔に乗せた彼にラスは恨みがましい目を向ける。
(何か吹き込んだろ……)
(いえ、特に何も)
 ただ、「たとえば『お義兄さん』とかね? 本当の兄弟のように接してみるんですよ」とアドバイスしただけである。決して面白がっているわけではないし、けしかけたわけでもない――と、問えば大地はそう答えただろう。その真意は別として。
「ぼ、僕、おに……じゃなくてラスさんと仲良くなりたいんです! ダメですか……?」
「…………」
 捨てられた子犬よろしく見つめられても、ラスの心は小揺るぎもしない。その動機も何となく解るので尚更だ。
「まあ、呼び方なんて好きにすればいいけどな。お……」
「ホレグスリ! ホレグスリを買わないか!?」
 お義兄さん、以外なら。
 そう言おうとしたところで、聞き覚えのある筋肉声が耳に入って気が逸れる。つい目を遣ってしまったその先では、見紛いようもない筋肉男がとてもイイ笑顔を浮かべていた。
「あいつ、こんなとこでもやってんのか」
 明らかに目立っているのに、袴が様になっていて風景に馴染んでいるようにも見える。不可思議な矛盾を振りまきながら、むきプリ君は小瓶の詰まった箱を持って境内を大股で歩いていく。どうやら、こちらには気付いていないようだ。
「神社で媚薬販売とは罰当たりですね。ああ、そうそう……」
 むきプリ君を一通り観察すると、大地はラスと、そしてアクアに笑顔を向けた。
「実はですね、あれって俺には効かないみたいなんですよね」
「ふぅん……」「そうですか」
 特に興味も無く2人は適当に相槌を打ち、数拍の間の後に妙な違和感に襲われた。今の台詞の中に、聞き逃してはいけない何かが潜んでいたような――
「「…………!!」」
 違和感の正体に気が付いたのはほぼ同時だった。特に過敏に反応したのはアクアの方で、瞬時に顔を真っ赤にした彼女は声を震わせて大地に言う。
「まさか……あ、あの夜、貴方も……」
「さあ、なんのことでしょうか」
「あの筋肉……! 今日という今日は息の根を……」
「もう、居ませんが」
「……!!!」
 むきプリ君は既に人混みに紛れ、完璧に姿を消していた。
「……ったく、これで何人目だよ……」
 アクアが羞恥と激怒を露わに周囲を見回す一方で、ラスは頭を抱えたくなるのを堪えてこれまで判明した人数を指折り数える。仕掛け人とそこの筋肉と昨日のアレと、夏のアレと伊達眼鏡と……ん?
 ぴた、と指の動きが止まる。顔を上げた先に居るのは、シーラと彼女と手を繋いだピノ、諒の3人だ。朧な記憶の中にはピノの台詞もあって、著しく情操教育に悪いが一部見られた事は確かだろう。反応の判り易い諒は違うと仮定し、後、あの時に大地の側に居たと思われるシーラは――
「……見たのか?」
「なんのことですか〜?」
 大地とは違う、裏のなさそうなにこにこ笑いが返ってくる。何故かうまく判断できずに思考と共に指を硬直させていると、アクアが彼の手を見て愕然とした声を上げた。
「その数……! 私達と昨日のアレだけではないんですか!?」
「……知りたいか?」
「当然です! あ、いえ待ってください。知りたいですがでもこれ以上知ると私の容量的にもう限界かもしれないですしあの……」
 アクアは混乱を隠そうともせずに慌てふためく。その様子をじーっと見ていたピノは、ふと思い出したようにむきプリ君の去って行った方に目を向けた。
「そういえば、今日はプリムくんが一緒じゃなかったね。むきプリ君、ヒール足りるのかな?」