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四季の彩り・新年~1年の計は初詣にあり~

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四季の彩り・新年~1年の計は初詣にあり~

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 第15章

(……あれから1年近く……。もう、彼に謝れるよね……)
 タイムコントロールを使い、Cカップの胸を持つ21歳の大人な外見になった花琳・アーティフ・アル・ムンタキム(かりんあーてぃふ・あるむんたきむ)は、牡丹柄の着物に身を包んでプリム・リリムが来るのを待っていた。2022年のクリスマスにホテルで別れてから、2人は会っていなかった。会話でさえ、彼を誘うために連絡をした先日までは一切無い。プリムからは何度か電話があったが、花琳は一度も応答しなかったのだ。
 ――勇気が無かったから。
 彼をホテルに誘ったあの日の事を謝る、決定的な勇気が出せなかったから。
 部屋を後にして、それから気付いた。自分が、何をしたのかという事を。
(今日、デートして……プリム君と仲直りしたいな……)
 神社を歩く男女や友人同士らしい人々の姿を見ながら、少しの緊張と共にそう思う。不意に電話が鳴って画面を見ると、プリムからだった。ずっと拒否し続けていた着信に初めて応える。もしもし? と言った後に、彼の声が聞こえてきた。
「『あ、花琳ちゃん? 今、どこ?』」
 その声は、機械を通してだけでなく、同時に空気を通しても伝わってきた。あれ、と思って顔を上げると、人混みの中できょろきょろしているプリムが見える。彼の目は一瞬花琳を捉えたものの素通りし、相変わらず人を探している風である。
(……そうか、この姿だから……)
 花琳は今の自分の姿を思い出し、電話越しに彼に言った。
「もう、待ち合わせ場所に居るよ? プリム君」
「『え? でも……』」
 再びこちらを向いたプリムに笑いかけ、手を振る。すると、もう一度『えっ』という小さな声が聞こえ、目を丸くしたプリムがそのままの表情で歩いてくる。
「やあ、1年振りだね、プリム君」
 上手く状況が飲み込めていないのかぽかんとしている彼に、花琳は思い切り頭を下げた。
「……あの時はごめんなさい!」
「え? え?」
「貴方の気持ちも考えずに振り回して……貴方を傷つけてた。それで……その……罪滅ぼしじゃないけど今日、初詣デートしてあげる!」
「え? デート?」
 話がしたいとしか聞いていなかったプリムは、謝られた事に加えてその単語にも驚いたようだった。デートに呼ばれたとは思っていなかったのかもしれない。確かに、彼の服装はちょっと出てきた、という感じの私服だ。
 その反応に一瞬目を伏せ、花琳はいつものように明るい調子で畳み掛ける。
「いいじゃない! こんな素敵なレディーになった私と一緒に居られるだけで男の箔はつくわよ! それとも……」
 胸の合わせ目から1枚の写真を取り出し、背景に音符が見えそうな笑顔でひらつかせる。
「これをばら撒かれたいのかな」
「あっ……、それは!」
 花琳の顔の隣で晒された写真を前に、プリムは慌てた。取り返そうと手を伸ばしても、花琳の身長が高くなっている為に届かない。
「なんてね……」
 本気で焦っている彼を見て、花琳は少し寂しげな表情で写真を細かく破り捨てた。小さな紙の切れ端が足元に落ち、一部が風に飛ばされる中、彼女は真顔に戻って
「私が言える立場じゃないけど……プリム君……私とデートしてください」
 最後の一言で、冷えていた頬が一気に火照る。それを自覚しながら、恐る恐る様子を伺うと、プリムは一連のやりとりの中で重なった驚きもそのままに花琳の顔を見つめていた。あれから、彼女の事が気になって何度か電話を掛けた。応答が無かった理由は分からなかったけれど、急を要するような事態にはなっていなくてどこかで元気に暮らしているのだろうという気は何故かしていた。あの日の事も、日々の中の日常の1つになっているのだろうと。
 それだけに、ごめんなさいと言われるとは予想外だった。けれど、彼女のこの表情が演技とは思えない。と、同時、こうして呼び出されてデートを申し込まれるという事は――
(何かあったのかな……)
 とも、思う。
 単なる勘繰りすぎで、純粋なお詫びの気持ちからの誘いという可能性もあるが。
「……うん、いいよ」
 どちらにしろ、断る理由も無いし断る程の事でもない。笑って言うと、花琳は「良かった」と心底ほっとしたような顔をした。そして、恥ずかしそうに着物の襟を摘んでみる。
「あの……この服……似合ってるかな」
「え? ……うん。かわいいと思うよ」
 それは、確かにプリムの正直な気持ちだった。でも……と続けて思った事は、何となく黙っておくことにした。

「このペアリング可愛い! すみません、これください」
「あ、それ買うんだね。えっと……」
「プリム君はいいよ! 私が出すから。……はい。お詫びと、仲直りの印に私からのプレゼントだよ」
「え? え……ありがとう」
 慌てて出した財布を手に持ったまま、プリムはびっくり顔でペアリングの片方を受け取って指に嵌める。花琳はお揃いだね、と笑って、指輪をした手同士を繋いで歩き出す。
 花火大会の時や、そしてクリスマスにもこうして花琳とデートをした。でも、その時とは違ってお財布代わりにされることもなくからかわれることもないのは初めてで、プリムは戸惑うばかりだった。
 ただ、同じなのは、彼女が自分と居て楽しそうだということだ。
 お参りをしておみくじを引くと、プリムの結果は「吉」だった。
(あれ、何か良い事でもあるのかな……?)
 むきプリ君と一緒に暮らす中で、それは十分に奇跡の結果だ。
「ふふっ」
 隣でおみくじを開いた花琳から思わずというように笑いが漏れる。何だろうと思ったプリムにおみくじを見せ、彼女は言う。
「珍しすぎて笑っちゃった♪」
 そこには『超パラミタ級の幸運(恋愛以外)』と大きな筆文字で書いてあった。
「でも……恋愛運は別か……」
 花琳の笑顔が自嘲気味にふと曇る。おみくじを暫く見つめてそれを折り畳んだ彼女は、プリムと同じ方向を見たままに話し始めた。
「私ね、自分探しの旅に出てたんだ」
 少し遠くを見るように。旅の色々を思い出しながら、彼に言う。
「色んなモノ撮ってきて、世界の広さを少しは理解したつもり。そして……自分がいかにちっぽけで、隣に誰かいないと脆い女だってことも……」
「花琳ちゃん……?」
「……ねぇ、プリム君」
 声としては出なかったが、どうしたの? と続きそうなプリムに正面から向き直る。
「貴方を傷つけたこんなひどい女だけど……大切な人になってなんて贅沢は言わない……友達でいいから……また一緒にバカやったり、弄り合ったりして……私が貴方の隣に居る事を……許してくれますか?」
「…………」
 少しの間、プリムは目を瞠ったままだった。今日は彼を驚かせてばかりだな、と思いながら返事を待つ。拒否されるかもしれない、と考えてもいて、だからこそ本気でドキドキした。
「花琳ちゃんがいいなら、オレはいいよ。あの時の事は……変だけど、あんまり怒る気になれないんだ。それに、花琳ちゃんの気持ちは分かったから」
 今日、呼び出された理由も。この1日、彼女の表情に何の偽りも無かったことも。心からの謝罪の気持ちも、全てがストレートに伝わって。
 ああ、本当はこの子はいい子なんだ……と、プリムは気付いた。いや、もしかしたら、ずっと前から気付いていたのかもしれない。
「でも……今度は、そのままの姿の花琳ちゃんと遊びたいな。えっと……ぼんきゅっぼんのお姉さんももちろん好きだけど、花琳ちゃんは背伸びするより、自然なままがいいよ。……オレの方こそ、ごめんね。海で言ったこと、気にしてたんだって今日まで分からなかったんだ」
 ホテルでの花琳も……今、思えば。
 利用されただけじゃなかった。――多分、きっと――あの日、選ばれたのにはやはり多少の意味はあったのだ。
 そう、思えたから。