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四季の彩り・新年~1年の計は初詣にあり~

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四季の彩り・新年~1年の計は初詣にあり~

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 第16章

「にゃにゃ」
 アイビスの肩の上で、ちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)は『今年は少しでも商売出来るよう精進していきたい』とお願いしていた。その内容までは当然分からないが、朝斗は自分も目を閉じて1年の初めのお願いをする。
 ――今年も何事もなく、平穏に過ごせる日々になりますように。
 と。……否、今年『は』だろうか。と内心で苦笑する。去年は、本当に色々あった。特に、ルシェンやアイビスに振り回されたような気がするけれど。
 自身も、相変わらず色んな出来事に巻き込まれた事が多かったし、今年こそは災難に見舞われない、平穏な日々を過ごしたい。
 目を開けると、隣のルシェンは何やら真剣な表情で祈っていた。とりあえず、平穏を願っている顔ではないなというのは何となく解って。でも。
(そういえば……ルシェンが何をお願いするのかとか想像できないな)
 恋愛事を、しかも自分との仲について願われているとは微塵も思わず、立派なカウンセラーになれますように、とかかな? と朝斗は思う。その更に隣では、彼と同様に参拝を終えたアイビスが、見守るような視線をルシェンに向けていた。ふと目が合うと、彼女はにっこりと微笑を浮かべる。どこか含みを感じて朝斗が「?」と思っていると、最後にルシェンが顔を上げた。2人が自分を見ているのに気付いて「な、何よ」と言う。
「みんな早いわね。じゃあ、集合場所へ行きましょうか」

 そして、ここにも真剣に願いを込める人物が1人。
(……今年1年、家族や友人達と一緒に健やかに過ごせますように)
 神様、お願いします、と穏やかに、しかし同時に切に切に、優斗は祈る。だが、祈れば祈るほど健やかさから遠ざかる気がするのは何故だろうか。彼の両隣では、テレサとミアが清らかな心で静かに祈りを捧げている。
(今年こそは、優斗さんと健やかに幸せに過ごせますように)
(今年こそは、優斗お兄ちゃんと健やかに幸せに過ごせますように)
 テレサの隣でも、灯姫が同じように『今年こそは、優斗達と健やかに幸せに過ごせますように』と真面目に願っていた。だが、願いの文言こそ同じでも、彼女の願いが純粋に“皆仲良く健康に”であるのに対してテレサ達の願いは男女関係の発展なので中身は全く違うものだ。テレサとミアは、彼女達と一緒にお参りをしている隼人とルミーナのようなラブラブな仲を。また先程階段を上る時に、身重な妻にナーシングをかけ、さりげなく、そして愛おしげにサポートしていた陽太と、それを「いいのに」と言いながら受け入れる環菜のような信頼を伴う仲に憧れながら願っていた。
 今、彼女達と並び立ち、陽太と環菜も参拝している。
 環菜は『元気な子供が産まれますように』と、陽太は『環菜が無事に出産できますように』と願っていた。
(……環菜を守り幸せにする為に、俺に出来ることなら全力を尽くします。それでも足りない時があったら、御助力ください)
 加えて、そう祈った陽太は家族と友人達の顔を思い浮かべながら、最後に願う。
(あと、皆が息災でいられますように)
 参拝を終えると、陽太達は環菜が転ばないように階段を降りる。その中で、舞花が皆に声を掛ける。
「皆様は、どんな願い事をされたのですか?」
「わたしは、おにーちゃんと環菜おねーちゃんの赤ちゃんが元気に生まれますよーに! ってお願いしたよ! それと、今年も面白いことがいっぱいあると嬉しーなって!」
 ノーンが笑顔で答え、訊ねた舞花も願いを言う。
「私は……家族に幸いがありますようにとお願いしました」
 その『家族』とは、この時代と数百年後の世界――2つの時代で暮らす、両方の家族のことだ。また、彼女達の話を聞いていたエリシアは、自分の――『わたくしの大切な家族が、みんな健やかでいられますように』という願いを思い返していた。舞花と大きく違うものではないが、本人的に照れくさい内容なので口外はしない。その代わり、ではないが。
「陽太と環菜にお守りを買いましょうか。せっかく神社に来たのですし」
 と、舞花とノーンに小声で言う。
「良いですね、以前にアイテムは渡しましたが……」
「わたしも協力するよ! 3人でプレゼントしようよ!」
 舞花達もエリシアに合わせて小声で応える。周囲の人のざわめきのおかげで、陽太達はこの会話には気付いていないようだった。

「…………」
 スカサハとフィアレフト、ファーシーと望達が賽銭箱の前に並んで揃って参拝する中で、満月も空京神社の神に静かに願いを伝える。
 ――私は絶対、母様と、イディア姉さんを守ります――
 それが、満月がこの時代に来た理由だから。
(皆様、元気に過ごせますように。機工士として、大勢救えますように)
 一方、スカサハはそう祈願して参拝を終えた。周りを確認すると、満月やファーシー達がまだ手を合わせている中で1人、フィアレフトが皆を待っていて彼女と目が合う。
「……フィー様」
 スカサハはほぼ口の動きだけで彼女に呼びかけ、手招きする。
「? 何ですか?」
 極小声でそう応えたフィアレフトと、彼女と共にいたミンツが歩み寄ってきた。お参りしたのかどうか、それは分からないが、彼も目を開けていたようだ。
 真面目な表情をしたスカサハは、2人を皆から少し離れた場所まで誘い、そこで立ち止まった。数人の参拝客が間に入っているし、ここならファーシー達に話が届くこともないだろう。
「どうしたんだ? こそこそして」
 訊ねるミンツとフィアレフトを交互に見て、話を切り出す。
「……もしもの時はスカサハも協力するのであります、未来のイディア様」
「!? え……え!?」
 フィアレフトは息が止まるくらいに驚いた。気のせいかもしれないが、ミンツもぴくっと動いたように見える。その機晶犬を見ながら、スカサハは咄嗟に満月を振り返ったフィアレフトに言う。
「だって、ミンツ様はスカサハがプレゼントした機晶犬がモデル……違いますか?」
「……あ……」
 新たな驚きと共に、フィアレフトは満月から視線を戻す。その表情で、スカサハは推測が正しかったことを確信した。改造と組み替えによってサイズ自体は変わっているが、ミンツの所々に名残が見える。
「それに、未月様も満月として来てますし……何かあったのでありましょう?」
「…………」
 胸の前で、片手で片手を包み込むようにしてフィアレフトは俯いた。言葉にしなくとも、それだけで気持ちが伝わってくる。
「ここまで来たら、隠す必要ないんじゃないか? フィー」
「スカサハは、お友達を守る為なら何でもするでありますよ!」
 ミンツが実質的に全てを肯定する中で、沈み込んでしまった彼女を元気づけるように、意識的に明るい調子でスカサハは言った。
「ありがとうございます、スカサハさん……」

              ◇◇◇◇◇◇

 初詣で何を願うか。それは、ノートにとって聞くまでもないことだった。
(望の悪癖が直ります様に。直ります様に! 直りますようにっ!!)
 力を込めて神にテレパシーを送るノートの隣で、望は涼しい顔でゆっくりと祈る。
(アーデルハイト様と【自主規制】出来ますように)
 そうしてお参りを済ませると、残りの全員が終わるのを待ってからファーシーに言う。
「私達で最後ですね。では、戻りましょうか」
 早めに参拝を終えてから階段下で話をしていたスカサハとフィアレフトが手を振っているのが見える。彼女達とも合流して集合場所まで行くと、先に参拝を終えた皆がそれぞれに雑談している。まあ“先”とはいってもそこまで時間差があるわけではないのだが。
「あっ、ファーシーちゃん、フィアちゃん、お帰りー。ねえねえ、何をお願いしたの?」
「わたし? わたしはね、これからも皆と楽しく過ごせますようにって。あと、イディアがすくすくと成長しますようにってお願いしたわ」
「私は、皆さんが長生きしますようにってお願いしました。もう1つ、一応お礼も言っておきました。夏に私がここに来れたことへの、感謝です」
 ファーシーの言葉に少し申し訳ないような気持ちになりながら、フィアレフトも言う。自己満足に過ぎない行為だとは思ったが、何となくすっきりしたような気がする。
「? よく解んないけど……」
 後半の意味が掴めなかったのか軽く首を傾げ、ピノはイディアに向けて腰を屈める。
「イディアちゃんは……さすがにお願いしてないよね」
「そうですね……、多分」
 フィアレフトは覚えてないんだよねー、と思いながらピノに同意する。赤ん坊の時の記録は自動消去されるようになっているのか、全くと言っていい程に記憶に無い。でも、この子なら何かお願いしてるかも……とか、今の自分以上にイディアを高評価したくなってしまうのだ。親バカならぬ、セルフバカだろうか。
(……さて、フィアレフト様とお話もしたいですし、上手くファーシー様やピノ様から離れる必要がありますね)
 望は、彼女達の会話を近くで聞きながらそんなことを考えていた。あの夏の日、フィアレフトは自分が望達の前に現れた理由を一部だけ、語って聞かせた。その時に彼女が告白の相手を選んでいたことを思い出し――恐らく、正体に気付いたと思われる者と、自分の来訪理由を気にかけてくれた者。加えて、狙われている当人と実の母以外の近しい身内であり関係者であろうラスとアクアだ――望は、彼女を連れ出そうと声を掛ける。
「皆様、甘酒で少し暖まりませんか?」
「いいわね! 長く外にいて冷えてきたし」
「うん! 飲もうよ飲もうよ!」
 ファーシーとピノがすぐに同意し、皆も異存はないようだった。
「では、配布している所があるらしいので、アクア様、フィアレフト様、申し訳ないのですがお手をお借りしても宜しいでしょうか?」
「構いませんが……」
「分かりました! お手伝いします」
 露店等がある方を示して足を向けると、渋々という感じでアクアが、フィアレフトは面倒臭がる素振りもなく近付いてくる。
「あ、ラス様は強制です」
「はあ!? 何で俺だけ……誰が行くか」
「断る権利はありませんので、とっととついてきてください。たまには役に立った方が、ピノ様の好感度も上がりますよ」
「…………」
 察しが悪いですねと言外に含ませたのが伝わったのか、ピノの名前が効いたのかラスも同行する気になったようだ。皆から離れて人混みに紛れたところで、フィアレフトが訊ねてくる。
「どの辺りで配布してるんですか? あんまり遠いと、冷めちゃいますよね」
「そうですね、私も場所は知りませんが……まあ無いようでしたら購入しても良いですね」
 その答えを聞き、彼女は「え?」と望を見上げた。ここまで来たらもうファーシー達には聞こえないだろう。包み隠す必要もなくなったところで話を始めようとした望は、そこでしかし、ノートに気付いた。
「お嬢様、呼びましたっけ?」
「わたくしも行きますわ。待っているのも退屈ですから」
 甘酒が口実である事は解っているようで、どこか訳知り顔で得意気だ。
「出来ればお嬢様はあっち行ってて下さい。呼んでないですし」
「呼んでなかったら来ちゃいけないのか? じゃあオレもあっちに行ってるな」
「ミンツ様は残って下さい。いえ、是非居てください」
 引き返そうとするミンツを望が止めると、ノートはその扱いの違いに憤慨しつつ「やっぱり!」と言った。
「一応、多少の事情は聞きましたのに……! いえ、望が『お嬢様に教えるといつどこで口を滑らすか判らないから、お教え出来ません』なんて口利くんですわよ! 酷いと思いません!?」
 それだけ訴えて、踵を返して去っていく。随分と潔い撤退だ。
「……素直だな」
「……素直ですね」
 決して呼び止める事なくラスとアクアは彼女を見送り、フィアレフトも雑踏に紛れる金髪を顧みずに歩みを再開した。望の話が気になって、ノートへの配慮が完全に抜け落ちてしまったようだ。
「あの……」
 そしてその頃には、全員が望の意図を把握していた。そこは、ノートのおかげかもしれない。本題を促す気配を感じ、望は「そうですね」と前置いて話し出す。
「正直、私自身は質問はないのですけどね。助けると決めた以上、本人が嫌だと言っても助けますから。ねぇ、アクア様?」
「! そこで何故私に振るんですか。私は何も決めてませんし、話を聞くまでは判断など出来ません。大体、彼女が何者かだって……」
「それは……事情が何であれ、受け入れて協力してくれる、ということですか? 危険かもしれないのに……」
 不意の問いにアクアが慌てて反対の事を言う横で、フィアレフトは硬い面持ちで確認する。それを、望は表情と次の問いで肯定を表した。
「ですので、聞きたい事は2つ、フィアレフト様がこちらへ来る前に私と出会っていたか、エトラ・ネーゼという黒髪の女はいたか、です」
「……エトラ・ネーゼですか?」
 初めて聞いた名前に、フィアレフトは瞬きする。記憶には残っていなかったが、わざわざ人払いをして訊ねてきたのなら何か意味があるのだろうか。そう思い、どこかに隠れているかもと記録の中を精査してみる。
「あ、エトラの方は知らないなら、忘れてください」
「え? は、はい……」
 だが、あっさりとそう言われてまたきょとんと瞬きした。
「1つ目の方は……夏に自己紹介し合った時、反応が初対面って感じでしたからね。少し、気になったんです。事情がない限り、身内の危機に無関心とは思えませんから」
「ああ……」
 訳が解らない、と思っている間に話題は変わり、こちらは腑に落ちる質問だった。普通に考えれば未来で起こった事に自分が関わっていないとは思い難い。で、なくとも、最低限面識はある筈である。だが、夏に会った時、フィアレフトは望の名前を聞き、全てにおいて知らない『演技』をした。正体が判った今、その齟齬が気になるのは当然だろう。
「私はこの時代では『別人』ですから。誰も……ママでさえ、私のこの姿を知りません。本人がこの世界でこれから成長していくのに、イディアとして誰かと接するわけにはいかないんです。だから……基本的に、知る知らないに関わらず、私は全員に初対面の人物として接しています」
「トチらない限りは、そうだよな」
 下から、ミンツがからかい口調で茶々を入れる。「もうっ……!」とフィアレフトが頬を膨らませると、彼は「オレも、フィー呼びに慣れるようにって散々練習させられたんだぜ」と続ける。
「イディア……。貴女は、イディアなんですか……?」
 そして、話を聞いたアクアは1人愕然としていた。『少女』は彼女に困ったような笑顔を向ける。
「……そういう事です。最初は、先生達とも『別人』として知り合おうとは考えてたんです。“彼”が来るまで……いえ、来ても、なるべく正体は知られずに全てを終わらせたい、と。だけど、やっぱり無理でした」
 それは自分の感情を度外視した理屈上の心で、本心では知ってほしい、と思っていたから。だから、あの日にトチったのは多分、無意識の成した意識的なものだったのだろう。
「おじさんは、気付いてくれたから私を泊めてくれたんですよね。ていうか、気付いてもらわないとちょっと困ったんですけど。家に帰るのは、一緒に暮らしたらママにバレそうで恐かったですし……実際、家確保と、私の話を信じてもらう為に解りやすい言葉を選んでいたと思います。あの時は。手を掴んで、機械であるということもわざと伝えたり……おじさんなら、ピンと来るかなって」
「だから、その呼び方は止めろって……追い出すぞ」
「ふぇっ!? す、すみませんっ、つい……!」
 ラスにジト目で睨まれて、慌てて首を竦める。それから、彼女は1つ溜め息を吐いた。
「そうですよね、失礼ですよね……。そもそも、私の知っているおじさんはもう1人の『おじさん』でラスさんではありませんし」
「もう1人……? 親父の事か?」
「サトリさんではありません。文字通りの『もう1人』です」
 思いつきらしい確認を否定すると、ラスは何かを考えるように黙り込んだ。次に勢い込んで、アクアが訊く。
「では、私に対する『先生』というのは……」
「それは、そのままの意味ですけど……でも、細かい事はまだ、言いたくありません」
 苦笑と共に、彼女は答える。これから先に変化していく事柄について先に言うのは、アクアの選択を拘束する事に他ならない。イディアがこう言ったからこう行動しなければいけない――と未来を選ぶのは、それこそ、卵が先かにわとりが先かという話になってしまう。
 それから、フィアレフトは改めて望に向き直った。
「望さんの事は知っていました。ごめんなさい。あのカードも、初めて見るものではありませんでした」
 そして、晴れ着用に持ち替えてきた和柄の小鞄から新しいカードと古ぼけたカードを出して望に見せた。古い方は、ヨレや色あせがかなり目立つ。発行から10年――否、下手をしたら20年以上経っていてもおかしくはない。
「あの……どうして、私がイディアだと分かったんですか?」
「フィアレフト様のつづりがアナグラムになっている事が解りましたからね。名前の文字数からして、偶然にしては出来すぎですし」
 望がそう答えると、フィアレフトは納得したようだった。
「……それで、気付いてくれたんですね。あの時にも言いましたけど、私は……事情は説明出来ても、協力してくださいと言う事は出来ないんです。いえ、したくありません。安全と言い切れない事に誰かを巻き込むのは、抵抗がありますから。でも……それでも、助けてくださるというのなら……」
 そこで、彼女は見目相応、という感じの子供らしい笑顔を浮かべた。
「個人的な感情としては……すごく、嬉しいです。ありがとうございます」

「エトラ・ネーゼさんという方は、望さんのお知り合いの方ですか?」
「それは異邦人――エトランゼのもじりです。私が身分を隠す時に使おうと考えていた、偽名ですよ」
 真面目に(?)甘酒を買いに行く道中でフィアレフトに訊かれ、望は簡単に種明かしをした。『望』ではなく、別人として未来の事件に関わっていたのかもしれない。そう思っての問いだったのだと、そんな事を話しているうちに甘い匂いのする露店の側を通りかかる。
「ああ、この露店で調達いたしましょうか。品目がありますね。ええと……」
 ――『よわい』
 ――『まだつよくなりそう』
 ――『つよい(確信』
「「「「「…………」」」」」
 何だこれは、と4人と1体はしばし絶句した。1番に、望が口を開く。
「ラス様は『まだつよくなりそう』を買ってください」
「断る。しかも何だよその中途半端なチョイスは。普通この流れだと『つよい』だろ。いや『つよい』も断るけど」
「すみません。『まだつよくなりそう』1つと、私達は安全に『よわい』で。後、持ち帰り用に……」
「聞けよ話を……!」