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四季の彩り・新年~1年の計は初詣にあり~

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四季の彩り・新年~1年の計は初詣にあり~

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 第20章 

 午後3時過ぎ、空京にあるアパートで。
「……あれ、アディ?」
 昨夜――大晦日の夜は、コスプレアイドルデュオ「シニフィアン・メイデン」として年越しライブを行った。その後、2人で部屋に帰宅するや否や、お互いに恋人が欲しくなって愛し合い――
「…………」
 素肌にシーツをまとっただけの姿で目を覚ました綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は、寝ていたのが自分だけだと気付いて半身を起こした。一緒に寝ていた筈のアデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が、傍らに居ない。いつもだったら、朝の光の中でまどろんでいる頃合なのだが。
「いつまでそんな恰好でいるの? 今年こそ初詣に行くんじゃなかったんですの?」
 ぽっかりと空いた白い布団を眺めていると、頭上からアデリーヌの声が掛かった。いつまで? と思って時計を見て、さゆみは状況を把握した。寝ている間に、元日も日没まで数時間となっていたらしい。
(……ああそうだ、空京神社に行くんだった)
 やや呆れ顔のアデリーヌを見上げてぼんやりとした頭で思い出すと、さゆみは寝ぼけ眼で動き出した。シャワーを浴びて、情事の後に残る気だるさと眠気を振り払って簡単な支度を済ませる。
「晴れ着はいいんですの?」
「あー……正月三が日の内に着られればいいや」
「ふふ、適当ですのね」
 とはいえ、これから晴れ着を着ているとほぼ確実に夜になってしまう。普段着で外に出たさゆみ達は、タクシー会社に連絡して神社まで送ってもらうことにした。出費がかさむが、下手に自分の脚で行って“遭難”するよりマシ……と心得る。何せ、さゆみは絶望的方向音痴なのだ。

「……何だかんだで、夕方になっちゃったわね」
 タクシーを降りて空京神社の境内に入ったさゆみとアデリーヌは、迷子にならないようにと手をつないで拝殿に向かった。日は大分落ちてきていたが、まだまだ人通りは絶えていない。一度はぐれてしまったら合流するのも大変だろう。
「タクシーで来て正解でしたわね」
 もし“遭難”していたら、とっぷりと暮れた夜道の中、いつ神社に辿り着けたかも分からない。
 皆、第一目標は大体同じのようで途中で別方向に移っていく人々は殆どいない。朱色の空を背景に、暗赤色に見える建物に向かって少しずつ進む。
「去年は初めての経験も色々出来たけど、大変だったなあ……」
「コスプレアイドルとして、刺激的な毎日を送れましたわよね」
「ほんと、大学生としては信じられないほど多忙な1年だったわ。成り行きとはいえアイドルになるなんて思わなかったけど……望んで歩んだ道だから後悔はないし」
 参拝の順番がまわってくるまで、他愛ないおしゃべりをして時間を潰す。その中でさゆみは2023年のことを振り返った。そして、拝殿が近付くたびに、今年はどう過ごそうか、何を願おうかと思いを巡らせる。
 今年も、アデリーヌと一緒に過ごせるだろう。きっと、来年も。
 でも、隣にいて、今こうして手を繋いでいる彼女は吸血鬼だ。既に千年以上を生きていて、まだ、あと数百年は生きる存在で――それに対してさゆみは百年にも満たない寿命しかない。いつかは、恋人を残して逝く日が必ず来る。
 初詣をするアデリーヌの隣に自分の姿が無く、彼女の願いも、さゆみと暮らす毎日ではなくなる日がいずれ来るのだ。
 そう思うと、どうしても胸を締め付けられそうになる。
「…………」
(……さゆみ? あ……)
 手を握ってくる力が不意に強くなり、アデリーヌはさゆみの様子を伺った。笑顔の消えたその表情からは彼女の胸の内を察せられて、伝わってきた気持ちのままに目頭がふと熱くなる。
 互いの命の長さが余りにも違うが故に、いつか必ず訪れる「その日」のことを――
 アデリーヌも考えないわけでは決してないから。
 2人の間に、重い空気が漂い流れる。元日――新年という本来なら祝うべき日は、彼女達にとっては重すぎる現実と直面させられる日でもあった。それを否応なく思い知らされ、会話は途切れたままに参拝の順番はまわってくる。
 お互いに何も言わずにお賽銭を投げて鈴を鳴らす。そうしている内に、さゆみは気持ちを切り替えていくことが出来た。ここは、思い悩むための場所ではない。アデリーヌも涙を流すことなく、さゆみに改めて笑顔を向けた。ここで泣くのは、自分も彼女も望んでいない。
 ここは、願う場所。希望を持ち、先へと進む糧を得る場所だ。
 彼女達は、来た時と同じように明るい笑顔を浮かべ合い、手を合わせた。
 願うのは、ただ1つの同じこと。
 ――『これからも2人が一緒の時を歩めますように』

「あっ、あのっ! シニフィアン・メイデンのお2人ですよね! よ、良かったらでいいんですけど、サインをいただけませんか……?」
 帰り道、参拝客の誰かが気がついて情報拡散でもしたのか、さゆみ達はファンに囲まれてサインをねだられた。びっくりもしたものの、すぐに笑ってペンを取る。
「いいわよ。あなたの名前は?」
 早速、彼女達の多忙な1年が始まった。