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四季の彩り・新年~1年の計は初詣にあり~

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四季の彩り・新年~1年の計は初詣にあり~

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 第4章

「明けましておめでとう」
「おめでとうございます」
「そうだね、おめでとう」
「今年もよろしくね♪」
 108回目の除夜の鐘が鳴って、2024年が始まった。
 年が明ける前から、空京神社にはその敷地内から溢れんばかりの人が集まっていた。一度拝殿に向けて参道を進み出せば、人の流れに押されて戻る事は困難を極める。その中を、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)、しっかりと手を繋いだメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)は歩いていた。賽銭箱の前までもう、あと少しだ。
 日本流の年末年始は神社で終わり、神社に始まる。パラミタに地球の文化が流入するようになってしばらく。空京でも、初詣が一般的になってきている。新年を神社で始めるというのも、もうパラミタ流と言えるのかもしれない。
 夜間に境内を巡れるというのは新年の中でもこの日だけで、ならばと神社での年越しを選んだのだが――
「ファーシーさん達の姿は見えませんね」
「何となく逢えると思ったんだけどなあ……」
 第6感的な予感が働いてファーシー・ラドレクト(ふぁーしー・らどれくと)達も来ているだろうと思ったのだが、今のところ彼女達とは会っていない。一応、年始の挨拶品も持ってきていたりする。
「子供が小さいからもう寝ているのかもしれないね」
「人が多いし、うまく会えない事もあるわよね。イディアちゃんには、今度お家に行った時にお年玉を渡そうかしら?」
 そんな事を話しているうちに順番が来て、4人は賽銭箱の前に横並びに立った。
「どうぞ、お賽銭です」
 エオリアはエースとリリア、メシエそれぞれに準備してきた硬貨を渡す。
(皆さんがどんなお願いをするのか気になりますね)
 そう思いながら、エオリアは改めて奥の御神体に向き直る。その隣で、同じように視線を正面に向けたエースが言った。
「2024年は辰年。竜絡みで今年も激動の一年になりそうだね」
 そうして賽銭箱に硬貨を入れ、鈴を鳴らす。鈴の音の名残の中で、丁寧に二拝二拍手一拝を行った。手を合わせて目を閉じ、1年見守ってくれていた感謝の気持ちと共に祈る。
 ――1年見護りくださりありがとうございます。これからも悲しい出来事を少しでも減らせるよう尽力しますので、引き続きお見護り下さい――
 謙虚な気持ちを乗せて、メッセージを伝える。
 神様にはお願いするのではなく、自分は頑張るからと“決意”を示した方がいい気がした。それが、何か足りない時にそれなりに幸運が舞い込むきっかけみたいになりそうだったし、何よりも、自分でやる事はやった上での願いだと思うから。
 出来うる限りの事は、運任せではなく自らの手でやっていきたい。
 ――もう暫く、この大陸で色々と勉強させて下さい――
 いつかは、家の当主となる為にパラミタを離れる日が来るだろう。先日訪れた執事との目線での遣り取りを思い返しながら、エースは願う。
 ――メシエと、今年も仲良く過ごせますように――
 その横で、リリアもまた手を合わせていた。願う彼女の横顔に優しい眼差しを向けてから、メシエも手を合わせて目を閉じる。彼は神頼みなどはあまりしない性格だ。だが『神社では神様にお願いするものなのよ!』とリリアが言うので、胸に抱いている希望を願っておくことにした。
 ――……リリアが1年、幸せに幸福に、笑って過ごせますように――
 彼女が笑って暮らせれば、何よりだと思うから。
(まあ実際は、喜怒哀楽が色々と激しい娘で見ていて飽きないというか……むしろ振り回されるというか……)
 先に目を開けて苦笑しつつリリアを見遣ると、視線に気付いたのか彼女はメシエを見て明るく笑う。
「どうしたの?」
「いや、こうして一緒にお参りをするのもいいものだね」
「でしょ! 今年も色んなところに2人で行きましょ!」
 嬉しそうにメシエと腕を組み、彼の肩に軽く頬をつける。
「私、破魔矢が欲しいわ。買いに行かない?」
「ああ、じゃあ買って行こうか」
 お守りや破魔矢売り場の1つは、おみくじが引ける場所から向かい合わせに設けられていた。2つのカウンターに立つ巫女達の姿を見て、リリアは去年の出来事を思い出す。
「そういえばエースに『巫女の正装は猫耳と尻尾つき』と教えられて、それを信じちゃった事があったわ……」
 勿論、空京神社の巫女達は猫耳尻尾をつけていなかった。メシエにくっついたまま、彼女はエースをちらりと見る。
「もう騙されないわよっ」
「あれは白蛇対策だよ。みんなリリアに夢中だっただろ?」
 悪びれることなく、エースは言う。そういえば、あれから仕返しってしたかしらと思いながらリリアは破魔矢を選び、メシエに買ってもらう。そして、おみくじ売り場を振り返った。
「おみくじも引きたいわ。何が出るのかわくわくしちゃう」
「うん、せっかくだから引いていこうか」
「最後尾は……あ、あそこですね」
 エースが同意し、エオリアが先に立って行列へと歩き出す。
(こういうおまじない系の物も、リリアは好きだね)
 そんな彼女もまた愛しく思いながら、メシエは彼等の後に続いた。

              ◇◇◇◇◇◇

「道路にはみ出ないように……危ないからマナーは守って!」
 2024年1月1日が訪れて、まだ1時間に満たないこの時間。
 ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)は空京神社の周辺で、初詣に大挙してきた人々を誘導していた。教導団歩兵科曹長である彼とその妻に正月は無い。2人は、国軍の任務の一環として群衆整理要員に割り当てられた。ワゴン車の屋根に設置された足場の上で、ハンドマイク片手に呼びかける。ジェイコブの近くを通った参拝客は、彼の強面の顔と声の大きさが影響してか割と素直に指示に従っていた。外套の下に着た国軍制服も1つのポイントだろう。
 だが、よく分からない声掛けに戸惑い顔で動く者達もいる。何せ、戦場とは勝手の違う現場にジェイコブ自身がまだ慣れていなかった。かの『DJポリス』のようなユーモアあふれるトークスキルなど持ち合わせていないので、通り一遍な呼びかけをしているだけなのだがどうにも調子が狂ってしまう。軍人になる前はロサンゼルス市警勤務の経験もあるが、そこでもSWATで凶悪犯罪者を相手にしていて一般市民との交流などが出来る交番とは無縁な生活だった。
「……あまり、正月という気がしないな」
 人の流れが落ち着いたところで、ジェイコブはマイクをおろしてひとりごちる。何せ、年越し前から働いているため年越しそばすら食べていない。
「まあまあ。休憩の時にはお正月らしい夜食でも出るかもしれませんわ」
 隣に立つフィリシアが微笑みかけてくる。夫とは違い、彼女はぎこちなさを感じさせない滑らかな口調で人々を誘導していた。
「もう少しで夜勤も終わりですわ。頑張りましょう」
 仮眠後には、また昼勤が待っているわけだが。
「そうだな。あと少しだ」
 彼女に頷くと、ジェイコブは再びハンドマイクを口元に当てた。
「はい、そこの人、ちゃんと並んで! 割り込んじゃダメだ……ダメですよ!」

              ◇◇◇◇◇◇

「うわー、すごい人出だね」
「やっぱり、年越しと同時に参拝したいと思う人が多いんでしょうね。一種のイベント事のようなものですし」
 その空京神社の近くを通り掛かり、ケイラ・ジェシータ(けいら・じぇしーた)志位 大地(しい・だいち)は並び鳥居をくぐっていく人々を見て口々に言った。2人とシーラ・カンス(しーら・かんす)薄青 諒(うすあお・まこと)、そしてファーシー達は、大晦日の夜にレストランを予約して皆で食事を楽しんだ。今はその帰り、空京にある大地の店、チェラ・プレソンに向かう途中だった。今日は、全員で店に泊まる予定である。年を越してから未だ間も無く、ファーシーには友人からの電話も掛かってきて、今、彼女はスカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)と今年初めての話をしていた。
『ファーシー様、明けましておめでとうございます!』
「うん、おめでとう! 今日は初詣、よろしくね!」
 新年の挨拶の後、ファーシーは目の前の神社を見ながらスカサハに言う。日が昇ってからの初詣は、彼女も一緒に行く予定だ。
『よろしくであります! それはそうと、初詣にいくなら着物に着替えるのであります! スカサハが明日、持って行くでありますよ!』
「え、着物? 本当に?」
 着物に憧れを持ちつつも何の準備もしていなかったファーシーは、その言葉に目を輝かせた。着替えるなら待ち合わせ場所も変わってくるし、と、彼女はスカサハにチェラ・プレソンに来てほしいと伝えて電話を切る。背中で眠ってしまったイディア・S・ラドレクトを一度背負いなおすと、わくわくとした表情でフィアレフト・キャッツ・デルライド(ふぃあれふと・きゃっつでるらいど)に話しかけた。
「明日が楽しみになってくるわねー、ね、フィーちゃん!」
「はい! 人混みではぐれないようにしないといけませんね!」
「つーかお前、神様なんていないって言ってなかったっけ……何しに行くんだ?」
「もちろん、お願いに行くんですよ? 気分ですよ気分」
 先日、こたつでの話を思い出して言うラス・リージュン(らす・りーじゅん)に、フィアレフトは即答する。
「なんとなーく、ご利益がある気がするじゃないですか。それに、これは大地さんが言うようにイベント事ですから。細かい事は気にしちゃダメです」
「何か、真面目に信仰してる人に怒られそうな台詞ですね……」
 突っ込みを入れるようにアクア・ベリル(あくあ・べりる)が言う。とはいえ、フィアレフトの考えは今、神社を歩く殆どの人と大差ないものだろう。
「あたしは神様、信じるよ! 諒くんは?」
「あ、ぼ、僕も信じるよ……!」
 ピノ・リージュン(ぴの・りーじゅん)に訊かれ、諒はどぎまぎとしながら答えを返す。にこにことしているピノはそれがどんな気持ちから来るものか気付いていないようだが、彼女以外には割とバレバレな反応だ。しかも、これから一つ屋根の下で眠るのだが大丈夫なのだろうか。主に、彼の心臓が。
「記念に、夜の神社も撮っておきましょう〜。……あら?」
 デジカメで鳥居前の様子を撮影していたシーラが、ファインダーを覗いたままの状態で動きを止める。レンズを向けたその延長線上には、鳥居横に設置された結び木に何かを結んでいるリリアの姿があった。去年結ばれたであろうおみくじの花の中、メシエに手伝って貰いながら背を伸ばして結んでいる。
(枝を見上げているリリアも可愛いね)
 メシエが内心でそう思いながらおみくじを結び終えると、そこでファーシーの声が聞こえた。
「エースさん達、来てたのね! 明けましておめでとう!」