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リアクション
「明けましておめでとう、フィアレフトさん」
年賀の挨拶と共に、エースはフィアレフトに花束を渡した。
「え……、私にですか?」
「これからもヨロシクね」
予想していなかったのだろう。大きな目を瞬かせる少女に、にっこりと笑いかける。すると、尚もびっくり顔をしていた彼女は花束に似合う明るい笑顔を浮かべた。
「はい! よろしくお願いします! 可愛い……」
花に顔を近付け、嬉しそうにする。「うん、エースさんはお花が大好きだったよね」という小さな声はざわめきに紛れて消えていく。
その近くで、リリアはファーシーに中サイズのぽち袋を手渡していた。
「もしかしたら会えるんじゃないかと思って、イディアちゃんにお年玉を用意してきたの」
「お年玉? ありがとう!」
周囲の人声は多く、常にざわざわとしていたが、それに気付かぬ様子でイディアはファーシーの背で眠っていた。その彼女に、ファーシーはそっと小声で話しかける。
「良かったわね、イディア」
「皆で出し合って用意したの。イディアちゃん、これから色々と物入りになるし! あっという間に幼稚園とか小学校に行くようになるから、楽しみよね」
イディアの寝顔を前に、リリアは笑顔になる。見ているだけでぷわぷわした触感が伝わってくる頬に触りたくなり、うずうずしていたら瞼がゆっくりと持ち上がった。寝ぼけた様子でリリアを見ていた彼女は、少しの間を置いてから「おめでと」と言った。
「きゃあ、可愛い!」
我慢できない、とリリアが頬をむにむにとつつく一方で、ファーシーは少しびっくりした表情をしていた。大晦日から通算して、初めて聞いた言葉だ。
「この子、12時になる前に寝ちゃったから『おめでとう』とかまだ聞いてないはずなんだけど……新年になったって、分かってるのかな?」
「それなりに会話が聞こえてたのかもしれませんね。それが夢になって見えていたとか」
おお……、とでも言うようにイディアを見上げていたフィアレフトが思いついたままを口に出す。それを聞いていたラスが、彼女に聞いた。
「そういう事ってよくあるのか?」
「え? ……ああ……」
普通に答えようとして、フィアレフトははたと慌てたように周りを見た。それから、誤魔化すように話し始める。
「き、機晶姫でもっていう意味ですね。もちろん、私は想像しか出来ませんけど……あるんじゃないでしょうか。人は記憶を整理する為に夢を見るって言われていますが、機晶姫も記録を整理する時間は必要ですから。パソコンみたいに、誰かがフォルダ分けしてくれはしませんし。アクアさんも、夢とか見るんじゃないですか?」
「そうですね……見ない事はありませんが……」
彼女の様子を思い切り怪訝そうに見ていたアクアは、そのままの表情で肯定する。そんな2人に、ラスは「ふぅん……」と気の無い目を送っていた。そこに、日本酒の瓶を両手で持ったエオリアが近付いてくる。
「明けましておめでとうございます、ラスさん。お正月ですし、日本酒をどうぞ」
笑顔で差し出された酒瓶を、ラスは素直に受け取った。何だか、何かの節目ごとに彼には酒を貰っている気がする。そしてそれは、毎度一週間と持たずに消費されている。
「あ……ああ。いつも悪いな」
「これはお勧めなんですよ。アクアさんと一緒に楽しんでくださいね」
「「は……はあ!?」」
電光石火振り向いたアクアと、ラスの声が見事にハモった。
「な、何でこの男と……」
「何でこいつと……」
「いえ、アクアさんは見た目はともかく、20歳超えていると思うので」
にっこりと笑い、他意はありませんよ? というようにエオリアは言う。
「そうですよね?」
「そ、それはそうですが……」
「赤ちゃんが出来ると暫くお酒飲んじゃ駄目だから、今年のうちに一緒に楽しんでくださいね」
相変わらずの笑顔でエオリアは続け、来年はもうお腹の中に子供が……というつもりでは無いのですけどね、と内心でくす、と笑う。しかし、それを聞いたラスとアクアの内心はくす、では済まなかった。混乱具合は、アクアの方が高かったかもしれない。口元をわなつかせて言葉が出ない彼女の隣で、ラスが言う。
「お、お前、まさか、見て……」
「何のことでしょうか?」
にこにことエオリアは即答する。彼はあの日あの時、間もなく2階に上がった筈だ。2人が目に入っていたとしても、全ては見ていないだろうが――
「いいか? お前がどっちの事を言ってるか知らねーけど……俺は特に何も無いからな? 無かったんだからな?」
「そ、そうですよ! 私とこの男とは何も無かったんです。そ、それに、私は……」
この前、“彼”の想いに応えずに変わらぬ関係を求めたばかりだ。その時の事を思い出し、言葉を萎ませ僅かに俯く。
「あ、そういえばアクアちゃん、アクアちゃんのお家にルイさん来た?」
「……!?」
ピノが突然話しかけてきて、アクアは一瞬、物凄く分かりやすく反応した。自分にくっつかんばかりの位置から見上げてくるピノに、彼女は聞く。心当たりは全く無いが――
「な、何の事です? そして、それはいつの事です……?」
「うーん、一昨日とか昨日の朝とか……それくらいかな? ルイさんね、うちに来たんだよ!」
そうしてピノは、ルイ・フリード(るい・ふりーど)がマンションを訪れてからの事を話し始めた。
◇◇◇◇◇◇
「これは、アクアさん達を誘って初詣ですね!」
12月28日、ルイは『1年の計は元旦にあり』という言葉をふと思い出して行動を開始した。
「替えの着替え良し! 財布の中身は……多めに……良し! 目的地の脳内地図良し!」
そして向かったのは、訪問経験のあるラスとピノの家だった。アクアの家が何処かを知らない彼は、2人なら知っているのではないかと思ったのだ。
「それでね、あたしとフィアちゃんがアクアちゃん家の住所と地図を見せて、どうやって行くか教えてあげたんだよ!」
シャンバラの地図やザンスカールの地図、イルミンスールの地図、更に、現地点のマンションから正しく移動する為のツァンダの地図も用意してレクチャーした。ちなみに、ラスはたまに様子を見に来た程度で殆ど協力しなかった。曰く、アクアの家の場所になど興味も無いし知りたくもないし面倒くさいという理由で。
「その時にね、うちにお邪魔した分、初詣に行くならいろいろ奢らせてもらうって言ってたんだ。楽しみにしてたんだけど、アクアちゃん、今日1人だったでしょ? 一晩うちに泊まって、一昨日の朝にはアクアちゃん家目指して行ったんだけど……」
「『さぁ、しゅっぱぁーっつ!』と、元気よく出ていかれましたよね」
そして、『無事到着出来る事を祈ってください』とも言っていた。
「…………」
全ての経緯を聞いたアクアは、暫し呆けたように口をぽかんと開けていた。我に返ると、至極当然の事をピノ達に言う。
「な、何故、私の電話番号を教えなかったのですか……!」
「え? あ、そうだね。聞かれなかったから」
「聞かれなかったので」
しれっとそう答えた2人を前に再び中途半端に口を開ける。それから、アクアはラスにジト目を向けた。
「彼女達に教示する事は出来ましたよね……? 貴方自身は知らなくても」
「いや、面白そうだったから」
「…………」
何度目かの閉口を経て、アクアは考えた。とりあえず、後でヒラニプラの工房にルイが行っていないか連絡してみよう。それで居なければ、ペットであるガーマル・モフタンを遣いに出そう。今、モフタンは元の飼い主である“彼女”に預けている。訓練されたモフタンなら、きっとルイを見つけられる筈だ。
「末吉、ですか。それはまた……」
エオリアが日本酒を差し出してからの一連の会話をちゃっかりと耳に入れつつ、大地はエース達からおみくじの話を聞いていた。
「末吉っていうと……」
「吉の1つ下ですわ〜。凶の1つ上になります〜」
大吉、中吉……と、縁起の良い順にケイラが指折りしていると、シーラが笑顔で即答した。和装が多いだけによく知っているのか、さすがシーラさんだからなのか。
「書いてあることはそこまで悪くなかったと思うけどね。『周りに惑わされずに初志貫徹せよ。さすれば望みを得られるだろう』とか。後は、『偶然を味方につけられる。思わぬところでの先の示唆に、後で気がつくことになろう』とか。後のはよく解らないけど、先のは何だか、参拝の時の答えを貰った気もするんだ」
「最初はがっかりしていたわよね。ふふ、その様子をファーシーちゃん達にも見せたかったわ」
「私とリリアは大吉だったよ」
リリアに続いて、メシエが言う。総合的にも良い内容だったが、特に恋愛運が良かった。リリアの方には『今以上に押しても大丈夫』、メシエの方には『先延ばしは余り薦められない』ともあり、彼の大吉は何かせっついているような内容でもあったが。
「僕は吉でした。今年も篤実に過ごすと平穏を守れるでしょう、と」
「おみくじかー。僕はどんなのが出るんだろう」
割と当たっているように感じるおみくじの内容に、諒はくじを引いた時の事を想像する。
「楽しみだね、ピノちゃん!」
「うん! 初詣はおみくじがメインだからね!」
「今年、ここは色んな変わったおみくじも作ったらしいんだ。お参りが終わったら、皆で行こうか」
元気に期待を膨らませる2人に、ケイラがそう誘い、約束する。そこで、ファーシーはエース達に言った。
「でも皆、凶が出なくて良かったわね。ところで、これからどうするの? 帰るなら途中まで一緒に行かない?」
「俺達は、もう少し歩こうと思ってるんだ。夜に来たのもそれが理由で、神社には境内に幾つも御宮さんがあるから、その全部を巡りたくってね」
年越し企画にしないと、全部に行くのは難しい。
「そっかー、わたしも興味あるけど、時間が掛かりそうね。今日も朝早いし……」
というか、初日の出も見る予定なので、早く戻らなければ本気で寝る時間が無い。携帯を開いて時刻を見ると、既に1時も近かった。着信があったのは電話を仕舞おうとした時で、ファーシーは椎堂 朔(しどう・さく)との通話を繋げる。
「明けましておめでとうファーシー」
「うん、おめでとう!」
朔は今、嫁ぎ先の元旦の御挨拶回りの最中らしい。忙しいながらに幸せなのだろう。通話をスピーカー状態にすると、穏やかな彼女の声が流れてくる。
「皆、今年もよろしくな……何かあれば力になるから」
電話の向こうからは双子の遊ぶ声が聞こえてきていて、生後10ヶ月を過ぎた彼女達は今日も元気に過ごしているようだ。
「ありがとうございます。よろしくお願いします……!」
皆がそれぞれに挨拶を返す中、フィアレフトは力を込めて、最後に言った。
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