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リアクション
「ファーシー様とアクア様、ピノ様とシーラ様はこちらの部屋であります! 満月はフィー様とイディア様をよろしくでありますよ!」
「はい、分かりました」
にこやかに微笑み、イディアを抱いた満月が隣の部屋に入っていく。それを見送ってから、スカサハ達5人も目の前のドアを開けて中に――
「……待て」
だが5人に続いてケイラが入ろうとしたところで、ラスがその襟首を掴んで引き止める。
「何を普通に混ざろうとしてんだ。外で待ってろよ」
「あ……、シーラさんの着付けは自分も協力しようかなって。女性相手だけど、帯くらいは結べると思うし」
襟を掴まれたまま、首を逸らして上目でラスを見てケイラは言う。そして、えへへ、と誤魔化すような笑顔と共に存外真面目な声音で続ける。
「スタイリストを目指す身としては、着付けとか興味あるんだよね。前、夏祭りで浴衣を着付けたけどそれとはまた違うだろうし」
「ああ、そういえば……」
それで、豊満な胸を包む浴衣の乱れを直したりもしていた。顔色1つ変えずに。というか、豊満な胸を触っていた。
「スタイリストになりたかったのか」
「あの頃はまだそんなに自覚してなかったけどね。……あれ、言ってなかったっけ?」
「多分。……いや、それは別としてだな……」
「ケイラさんならいいわよ? 中に入っても。ラスはダメだけど」
そこで、ファーシーがひょこりと顔を出してそう言った。アクアとシーラも戻ってくる。
「……待ってください、私は……助平心とか下心とかは無いのですね?」
「うん、そこは心配しなくていいよ」
その部分について即答してしまうのもどうかと思うが、答え方でアクアも「まあいいか」と思ったらしい。「それなら……」と一歩引く。シーラは最初から気にしていなかったようで、笑顔でケイラを手招きした。
「私は構いませんわよ〜。ケイラさん、どうぞ〜」
「良かった、なるべく前にはまわらないようにするから」
ケイラはほっとした様子で、和服の香りが何となく漂う部屋に1歩入る。だが、ドアを閉める直前になってシーラがそれを押さえて外に出てきた。
「諒ちゃんも、振袖着てみませんか〜?」
「ぼ、僕ですか!? い、いえっ、僕は……」
ラスの隣に立っていた諒は、見送ろうと浮かべていた笑顔を吹き飛ばして飛び上がらんばかりに驚いた。今回は女の子の服を勧められる事もなく安心していたのだが、大慌てで遠慮しようと胸の前で手をぶんぶん振る。「どうしたの?」とピノが顔を出してきたのはその時で、シーラは、にこにこと彼女にも言う。
「ピノちゃんは、諒ちゃんの振袖姿見てみたくないですか?」
「諒くんの振袖? ……うん、きっと可愛いと思うよ!」
「えっ! ぴ、ピノちゃん!? か、可愛いって……」
一瞬きょとんとしたピノは、ちょっと考えるようにしてからとびきりの笑顔で断言した。褒められた筈なのに諒は情けなさげな声を上げてがっくりする。
「ピノちゃんもこう言っていることですし、着てみましょう〜」
「そうだよ、着てみようよ! あたし、見てみたいな〜」
「え……う、うん、それなら……」
そして、諒は陥落した。少し照れた風なのはピノの期待を受けた条件反射だろう。
(絶対、分かってて言ってるよな……)
きらきらとした瞳のピノを見てラスは思う。からかわれていると気付いていないのは本人ばかり、というやつだ。
「そうと決まったら諒くんも中においでよ! 一緒に……」
「え、え……」
「ダ メ だ!」
ピノに手を引っ張られて顔を赤くして狼狽える諒のもう片方の手を掴み、彼の足が片方部屋に入ったところでラスがそれを制止した。こんな煩悩だらけの――いや、どの程度煩悩があるのかは知らないが――ノーマルな男子である諒を女子の園に入れるなんて羨ましい事を見逃すわけにはいかない。そもそも、彼にピノの着替えを見せるわけにはいかない。
「お前が中に入るのは俺が許さん。シーラ、着付けが終わったら迎えに来いよ。引き渡すから」
「分かりました〜。じゃあ諒ちゃん、また後で〜」
それで納得したのか、シーラは部屋の中に戻っていく。ケイラもピノと一緒に彼女に続き、そこで一度振り返った。
「……ラスさんも着る? 袴とか」
「…………。全力で遠慮する。絶対似合わねーだろうし」
袴姿になった自分など、全くこれっぽっちも想像出来ない。そんなものを着たら恥ずかしくて初詣どころではなくなってしまうだろう、という気がひしひしとした。
「では着付けを致しましょう」
先にイディアの着付けを済ませた満月が、前準備を終えて着物を羽織ったフィアレフトの前に立って丁寧な所作で彼女を『和服姿の少女』へと変えていく。
「……久し振りです。イディア姉さん」
満月がそう言ったのは、少ししてからの事だった。ぴくっとしたフィアレフトの反応が、生地を通して満月の手に伝わってくる。
「満月ちゃん……あなたは」
どうして。“何処”から。何があったのか。
訊きたい事は幾つもあって、言葉が纏まらない。問いかけに迷っていたら、彼女にそっと抱き締められた。
「……失礼、少しだけ……イディア姉さん、また会えて……良かった」
「また会えてって……何があったの? どうして……その姿なの? だって、その頃のあなたは……」
フィアレフトの世界では――否、彼女の『時間軸』では毎日平和に暮らしていたから。
ちゃんと大人になって、生活を続けている筈だから。
あの力こそ、失ってしまったけれど――
「私も、また会えて嬉しいよ。でも、この時代に来たということは……」
家族や友人の全てを捨てて過去へ来たということに良い予感がするわけもない。嬉しいけれど、心からは喜べない。
「私の未来ではイディア姉さんは不幸な事故で……、母様はある事件に巻き込まれて……。それを阻止しに来たんです。私も貴女と同じ……家族を守る為にここに来ました」
そうして、満月はフィアレフトから離れて着付けを再開した。後ろに回って帯を締め、帯締めを結んでいく。
「…………」
話を聞いて呆けたような表情をしていたフィアレフトは「そう……」と小さく呟いた。
「私が壊れてしまう……死んでしまう時間軸もあるんだね。不思議だね、考えたこともなかった……」
無数にある分岐点から枝分かれしていく無数の2024年以降の世界。そこで何が起こっていても、そこがどんな世界でも、自分は生きているのだと思っていた。
でも、それは違うのだ。
無数の――本当に無数の、些細な選択すらもが大きな切欠になって、人の未来は変わっていくのだ。
「…………」
でも、私が見てきた世界は――その世界の結末は、どれも――
たまたま、“そう”なった世界を見てしまっただけなのだろう。他の結末の世界も、平和な世界もあるだろう。けれど、こう考えずにはいられない。
(どうして……? 個人の生死は変わっても、世界の在り様までは変えられないという事……?)
目頭が熱くなる。着付けを完了して、満月がそっと声を掛けてくる。
「……一緒に家族を守りましょう。何かあればお手伝いします」
「……満月ちゃん……」
涙が溢れてくる。子供のようだと思いながら、何度も何度も、涙を拭う。その彼女の頭を、満月は優しく撫でた。
「大丈夫ですよ。何も心配する事はありませんよ」
泣き止むまで。安心して、心が落ち着くまで、頭を撫でる。
子供の頃、よくそうしていたように。
「ぷ?」
その2人を、イディアはきょとんとして、でも何かを考えるように見つめ続けていた。
一方、隣の部屋では諒を含めた全員の着付けが終わり、スカサハは晴れ着姿となったファーシー達を見て満足そうな笑顔を浮かべていた。
「フフン♪ やはり皆様、よく似合ってるのであります! 諒様もよく着こなされているであります!」
「そ、そうかな……?」
「うん! 思った通り可愛いよ、諒くん!」
「悪くはありませんね……」
「素敵な着物ね! ねえシーラさん、写真撮らない?」
「そうですね、撮りましょう〜」
「あ、じゃあ自分がシャッター押すよ。シーラさんもファーシーさん達と一緒に並んで……うん、そんな感じ」
ケイラがカメラを構える中、シーラはピンク色の桃の花柄、ファーシーは紫の八重桜柄、アクアは黒地流水に四季の小花柄、ピノはからしぼかし地縞に桜柄の着物を纏い、最後に薄緑色に草模様の諒が加わって5人で並ぶ。
「はい、撮るよー」
「皆でくっついたのも撮ろうよ! 手も繋ごー!」
ノリノリのピノを中心にして、色々な写真が撮られていく。アクアも戸惑いつつも嫌だとは言わずに、彼女達とカメラの前に立っていた。
「スカサハは、フィー様とイディア様を見てくるでありますよ」
楽しそうな5人の様子を嬉しく思いながら、スカサハは一旦部屋を出る。そして満月が着付けをしている部屋に入り――
「ど、どうしたでありますか!?」
未だ、すんすんと泣いていたフィアレフトを見てびっくり仰天した。
「すみません、ちょっとホームシックになってしまって……」
イディアと同じ、紫の市松に牡丹桜と小桜散らし柄の着物姿となったフィアレフトは、涙を残した顔でしょんぼりとしていた。チェラ・プレソンのイートインスペースに座った彼女の頭を、ケイラが優しく撫でている。
「ホームシック……そっか。フィーさんはミンツさんと2人だけで来たんだよね」
こく、と、フィアレフトは頷く。少なくとも、同じ記憶を元に気兼ねなく話せるのは、ミンツだけだ。ホームシックというのは今説明出来る理由として一番近いものを選んだだけだが、それを『心強い』と思うと同時、『寂しい』と思うのも確かだった。
「こっちに来てからそこそこ経つけど……少しは慣れたかな」
環境に慣れて友人も増えれば寂しさも紛れるだろうし、楽しく過ごせるようになれるだろう。そう思い、ケイラは言う。
「はい。それはもう」
その問いには、フィアレフトは即答出来た。慣れたというよりも、ノスタルジックな居心地良さがあって、毎日は決して悪いものではない。明るさが少し戻ってきた彼女の前に、チェラ・プレソンの主でもある大地がそっとケーキを置く。
「どうぞ。ファーム産の材料で作ったケーキです。ケイラさんも、満月さんもどうぞ」
にっこりと微笑み、大地は同じくイートインに集まるスカサハや優斗達、隼人達にもケーキや軽食を提供するためにテーブルを離れる。満月が優しい口調でフィアレフトを促した。周りに人が居るからか、呼び方を変えている。
「いただきましょうか、フィアレフトさん」
「そういえば、おなかが空いてきたね。食べよっか、フィーさん。“いつの”志位さんのケーキだって美味しいよ!」
「……?」
フィアレフトは、フォークを取りかけたところでケイラを見返した。当の本人も「あれ?」という顔をしている。無自覚のままに出た言葉だったらしい。
「そうですね、いただきます」
生クリームとフルーツの乗ったケーキを一口食べる。夏にフィナンシェを食べた時も思ったが――
「どうですか? 未来の俺のケーキの方が美味しいですか?」
その時、大地がテーブルに戻ってきて声を掛けてきて、彼女はスポンジを喉に詰まらせかけた。危なかった。
「けほっ、けほっ……」
「「大丈夫ですか?」」
「大丈夫? フィーさん」
問い掛ける大地と満月、ケイラに頷きながら慌てて水を飲み、一心地ついてからフィアレフトは周囲を見回す。ファーシーを見て、皆と変わらず雑談している様子に安心してから大地に答えた。
「それは、私がいた所のケーキの方が美味しいです。だって、経験が違いますから。でも……」
言葉を切り、彼女はケーキを改めて見詰める。
「変わらない風味が、ここにはあります」
――全ての準備が整って、店を出る。人々を照らす太陽の下で、スカサハが言った。
「では、早速初詣にいくでありますよ! おみくじにお参り……やる事はいっぱいです!」
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