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リアクション
乱戦
多くの脱落者を見届けたヴァイシャリー湖の上空では、数を減らしたイコンがしのぎを削っている。
ネフィリム三姉妹ことエクス・ネフィリム(えくす・ねふぃりむ)は、湯上 凶司(ゆがみ・きょうじ)の発案したプランA(仮称)に従って戦線を勝ち抜いてきた。
「うわわああっ、どっ、どうしようっ!? 大型イコンがいなくなっちゃったよお。凶司、このあとどうやって戦えばいいの……」
彼のプランはこうである。
大型イコンの背後に忍んで他の敵機を攻撃し、敵同士でのつぶし合いを誘うというものだ。
パワードスーツで空を飛ぶエクスの全高は人間のそれと遜色ないため、イコンの背後に隠れてしまえば分からないことが多いと目論んだのである。
「凶司っ、凶司ぃ、ボクこれからどうしたらいいのっ?」
エクスはパワードスーツの通信デバイスで凶司とのコンタクトを試みた。
「なんだエクスだったのですか。では、よーく聞いてください」
「うんっ! 助けて凶司ーっ」
「あなたはもう充分に強いのです」
「……えっ? なあに凶司っ」
「以上」
「ふえええええええっ!? ちょっと待ってよお、肝心なコト、聞いてないよおっ!? ええええええっ!?」
凶司は湖のほとりでポムクルさんと一緒に杯を交わしているのだった。
「僕はエクスが勇敢に戦うのを見てみたかったんですよ。パワードスーツの可用性は、イコンのそれに匹敵する。こんなノリでいいのかなー。……まぁいいか」
「ぼ、ボクはキョウジの玩具じゃない……っ! いったい何だと思ってるんですかっ!?」
「蒼学水着がよく似合う、パワードスーツの強いヤツ! 素晴らしいっ、欲しいいっ!」
「ふえええうっ、凶司がまた壊れちゃってるうっ……いつもの優しい凶司にもどってえっ!」
「……ふふふ。まあ、おふざけはココまでにしましょう。エクスの振るうギロチンアームならば、イコンと充分に張り合えますから。コレは実戦ではありません、訓練なのですよ。健闘を祈っていますからねっ。通信おわり」
「いやあー、このままずっとボクとお話してくださいー、1人じゃさびしくて、戦えないもんっ」
「頑張るのです、エクス。地上からポムクルさんと一緒に見守っていますよ。危なくなったら、素直に降りてきなさい」
「わっ……分かったよおう。ボクだって戦士の家系。絶対に勝って幸せになるんだもんっ」
エクスは背中に背負ったギロチンアームを引き抜くと、間近をすり抜けていったステルスをまとったメイ・ディ・コスプレ(めい・でぃこすぷれ)とマイ・ディ・コスプレ(まい・でぃこすぷれ)のダスティシンデレラを追撃した。
「待ってくださーいっ! 隠れたって分かるんだもん。えいやあっ!」
ギロチンアームをダスティシンデレラの脚部に突き立てると、甲高い音が響くばかりで全く歯が立たないようである。
「ひえっ……」
「マイ姉さん、今、何か衝撃を感じませんでしたか?」
「あら。それじゃあ調べてみましょうか。お姉ちゃんにまっかせなさーい。ねえねえ、シューニャちゃん。ドコかおかしなところって、ある?」
「はーい、マスター。調べまーす」
シューニャちゃんとは、イコンの制御システムと直結された機晶支援AIである。
可愛らしい妖精の姿をしたアバターが、イコンとの間を取り持ってくれるのだ。
それが都合4体も居るのであるが、円陣を組んで協議をしている。
「マスター、どうやら敵のようですー。映像は彼女が出してくれますっ」
別のシューニャがモニターを表示すると、ダスティシンデレラの脚部にしがみついて武器を振るうエクスの姿が映り込んでいた。
「頭の上に強化風船が乗ってるってコトは……敵さんだよね?」
「倒しましょうっ! お姉さまっ!」
「可哀想だけど、それしかないわねっ」
「くらいなさいっ、レギュレーションで制限されていない数少ない武器っ」
ダスティシンデレラから放たれたサンダークラップが強化風船を引き裂いて、そのままエクスの身体を駆け巡る。
「――みぎゃあんっ」
真っ黒にこげたエクスは、そのままヴァイシャリー湖へと真っ逆さまに落ちていった。
「危なかったですわ、お姉さまっ」
「待って、メイちゃん。シューニャちゃんの様子が変なのっ」
「逃げてー、逃げてーっ、狙われてるよー」
コンソールパネルの上をジタバタと飛び跳ねるシューニャたちが、強い衝撃に揺さぶられて転ぶモーションを見せた。
「ステルスが効いてるのに、どうして分かったんだろ?」
「姉さん敵が来るわっ」
「どうしましょうっ!?」
猛スピードで近づいてくるのは、ジェファルコン特務仕様だ。
パイロットは笠置 生駒(かさぎ・いこま)。
「よくやった、ジョージ。さすがは野生の勘だね」
「ウホッウホッ、ヲッヲッヲッ。生駒よ、苦しいわい。少しはスピードを殺してくれんかっ」
「我慢してくれよ。これも作戦のうちなんだし。つか、あんたみたいなのでも死ぬんかい」
「死ぬかもしれんしのう、ウホッウホッウホッ」
「その分じゃ、まだまだ加速しても平気みたいね。続けてステルス機のピックアップを頼むよ」
「お安いご用じゃ。後で供物をたんと弾んでおくれ」
「優勝したら祝杯を挙げましょう」
「ヲホッ、嬉しいねえ」
野生の勘が働くのかどうかは分からないが、ステルス迷彩で身を隠すダスティシンデレラを捕捉して照準をロックするのがジョージ・ピテクス(じょーじ・ぴてくす)の役務である。
「どうしましょうマイお姉さま。私のソートグラフィがいけないのかしら」
「今までこんな事は無かったのに。シューニャちゃんはどう思う?」
「ステルス迷彩に問題は発生していませんのー、原因不明ですー」
シューニャが4人とも腕組をして考え込んでしまっていると、ダスティシンデレラの機体に衝撃が走った。
「手をこまねいていても仕方ないわ、反撃します」
メイはウィッチクラフトライフルで照準を定めて生駒たちに応戦をはじめた。
「それにしても主要兵装が使えないなんて、いったいどういう事かしら。いつの時代の戦いを強いられているのかしらね」
「もお、そんなのんきなコトを言わずに手伝ってくださいっ」
「まあっ、くすくすくすくすっ。ファイナルイコンソード、スタンバイっ。二式(レプリカ)解放ですっ」
「お姉さまったら」
「さあ、やってお上げなさい。BMインターフェイスをメイに直結してあげるから。エネルギーパックからの供給開始。さあて、機体が保つといいのだけど……」
「さらっと、恐ろしいことを言わないでったらっ。でも……行きますっ!」
二式を身構えたダスティシンデレラと、ジェファルコン特務仕様がバスターライフルで照準を合わせたのがほぼ同時だった。
「具合が悪いぞ、生駒っ。押し切るんじゃ」
「くっそ――喰らえっ!」
フルチャージされたバスターライフルが機晶エネルギーを放出すると、それにダスティシンデレラが飲み込まれて姿を消した。
次の瞬間、生駒は我が目を疑った。眼前にダスティシンデレラの提げていた太刀が迫っていたからだ。
「ウキーっ! やられたっ、無念じゃのう……」
「敵の動きが見えなかった……ならばこっちにだって、切り札がある。死ならば諸共よっ」
生駒は一か八か、試作型カットアウトグレネードを放出した。
まばゆい閃光がほとばしり、ダスティシンデレラの光学迷彩がはがれ落ちていく。
「マイお姉さまっ、いったい何が起きてるのっ?」
「分かりませんけど、システムがにわかに制御不能です」
二式で強化風船を断ち切られたジェファルコン特務仕様は、湖へと落ちていった。
制御が効かなくなったダスティシンデレラの的が射貫かれるのも、もはや時間の問題となる。
射程外から20ミリレーザーバルカンの掃射によってダスティシンデレラの的を射貫いたウィンドセイバーは、次なる得物を定めていた。
「さて、ここからどうしたもんかね?」
「8時から来ますわっ」
「――なにっ!?」
湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)がとっさに掲げたパイルバンカー・シールドに、ツインレーザーライフルが着弾する。
「索敵します」
「俺もやろう。これは射程外からだぜ」
BMインターフェイスの連携によって、解析は迅速に行われた。
「該当するのはロード・アナイアレイターですわ」
「応戦だな」
「了解ですわ」
高嶋 梓(たかしま・あずさ)が敵機の位置をモニターへ表示すると、再びレーザーライフルの赤い閃光が煌めく。
シールドで防いだ亮一は、ウィッチクラフトライフルを構えてロード・アナイアレイターを狙撃した。
「ふふふっ……撃ち返してきたか」
飛来する弾丸を易々とかわしたのが、ロード・アナイアレイターのパイロット、香 ローザ(じえん・ろーざ)である。
ローザの身のまわりを一手に引き受けているのが、シェラ・リファール(しぇら・りふぁーる)だ。
「お見事、香主。またも命中です」
「香主? ローザで構いません、シェラ」
「は。ローザ様」
「それに防がれては、当たっても意味がありません」
「仰るとおりでございますが」
「むなしいではないか。あの巨大な盾、断ち斬れると思うか」
「わたくしには、分かりかねます」
「では先輩方の胸を借りて試してみるか」
大型超高周波ブレードを起動させたローザは、しかし行く手をイコン・アルバに阻まれた。
「クリスティ、思いっきりやってやれ」
「うん。勝負だっ」
クリストファー・モーガン(くりすとふぁー・もーがん)のサポートを受けてレイピアを抜き放ったのは、クリスティだ。
「私の邪魔をするなあっ」
「イヤだね。さっさとボクたちを倒してごらんよっ」
「くっ……参るぞっ」
ローザの意のままに大型超高周波ブレードを振り回すロード・アナイアレイターも脅威だが、それを左右の動きで易々とかわすクリスティの実力は、百戦錬磨の賜物と言えるはずだ。
「何故だっ、何故そこまで動けるのですっ? くそおっ」
「落ち着いてください、ローザ様っ」
「うるさいっ!」
袈裟懸けに振り下ろされたローザの大剣を、アルバはとんぼ返りのように軽々と後転飛びでかわし、その分厚い刀身へ見事に着地した。
「勝負ありだね」
眼前に構えたレイピアを横へ一閃した。
ロード・アナイアレイターの頭上に浮かぶ強化風船は、綺麗にはじけ飛んでしまった。
「性能差は明らかなのに、どうしてそれが覆るのです?」
「力を振り回すだけじゃなくて、もっと乗りこなすんだな。自分の手足みたいに」
困惑するローザに、クリストファーは答えた。
「……なるほど。今後、精進することに致しましょう。また手合わせを」
「いつでもいいぜっ、なあクリスティ」
「もちろんだよ」
彼らは再戦の約束を結ぶと散開して、アルバは次なる相手を求めていく。
「実に厄介だねえ」
一方で。ルドュテを駆る清泉 北都(いずみ・ほくと)は、ウィンドセイバーに苦戦を強いられていた。
「今日の亮一さんは、いつもより頼もしく感じますわ」
「そいつはどうも。この戦い、パイルバンカー・シールドと相性がいいみたいでな」
主要武器の出力が全機トレーニング・モードに固定されている。
それゆえ、ある程度の硬度を誇るシールドならば、余裕で受け止められるのだ。
重歩兵よろしく、敵の攻撃を盾で防いで反撃するというスタイルが確立する。
「北都様、諦めずに策をお巡らしくださいませ。勝機はきっとあるはずでございます」
そう言って北都を鼓舞するのはクナイ・アヤシ(くない・あやし)。ルドュテのサブ・パイロットである。
「こうなったらもう、奥の手しかないだろうねえ」
「奥の手……それは何でございますか?」
「ああ、これっきゃないと思うんだよね。敵のBMインターフェイスを欺く最良の方法。つまりは奇策だよねえ」
ウィンドセイバーへソウルブレードを構えなおしたルドュテは、鋭い突きを繰り出して接近戦に持ち込んだ。
幾度も突きと払いを繰り返しても、それはすべてパイルバンカー・シールドに防がれてしまう。
「いくよお、クナイ。次の攻撃で、一気に踏み込んでみてっ」
「はい、いつでも身構えてございます」
大きく踏み込んでソウルブレードをパイルバンカー・シールドに突き当てると、そのまま力押しでシールドに接近し、そしてそれを抱き込んだ。
ジェネレーター出力を断ったルドュテはパイルバンカー・シールドにぶら下がる巨大な重りと化していた。
「盾に取り付かれたっ、引きずり落とされるぞっ」
「降下します、亮一さん。高度を維持しようとすると、アーム部分の強度が保ちません」
「狙いはコレだったか。腕までがっちり固められてしまって、シールドをパージできない」
そんなお団子状態の2機の前に、1機のイコンが舞い降りてきた。
「今がチャンスなのだー」
それは、グリンブルスティ―を駆るポムクルさんだった。
「よっしゃあ、今だっ。ぶちかましてやれっ!」
「ポムクルさんっ、チャンスですよっ」
ポムクルさんをオペレーター石へ招待したのが斎賀 昌毅(さいが・まさき)である。
彼らのサポートに回っているのがマイア・コロチナ(まいあ・ころちな)だ。
「一網打尽なのだー」
ポムクルさんが選んだ武器は黒色チャクラムという戦輪だった。
大きく弧を描くように飛んでいった戦輪は、ウィンドセイバーとルドュテの強化風船を見事にスライスしていた。
「いやあ、やられてしまいましたねえ。実に残念です」
「戦いでは何が起こるか、分からないものでございますねえ」
「まさか第三勢力まで闖入するとは、思わなかったぜ。全く計算外だった」
「BMインターフェイスを司る人間が想定できないことに対して反応することは難しいのね」
「グリンプルスティーが勝ったのだー」
勝利のジェスチャーとばかりにポムクルさんはイコンの両腕を店に突き出すと、こちらへ戻ってきた黒色チャクラムが頭上を越えて遙か後方へと飛んでいくのが分かった。
その時に、グリンプルスティーの強化風船を綺麗に持っていったことは、言うまでもない。
「飛び道具持ちを、先に墜とす」
「言われなくても、分かっているっ……いつも通り。そう、いつもと何も変わらないわ」
1体の巨大イコンが、飛行形態のイコンを執拗に追い回していた。
「イコンの本質は兵器では無い、だと? ……バカげているっ。イコンがどうなるかは、使い手次第だ」
「御意」
巨大イコンの追撃を許す飛行形態のイコンは、乱戦状態のエリアから脱することを目論んでいる。
そして、背後に巨大イコンを誘う先行機体の中では。
「彼女とじっくり話してみたいなあっ。この調べに乗せてねっ」
「ふむ。ですが、何やらただならぬ気配を感じます……」
なにやら、ただならぬものを感じ取っているようだ。