|
|
リアクション
戦闘準備
ヴァイシャリーの湖畔に仮設されたドックでは、バトルロイヤルを控えた巨大兵器「サロゲート・エイコーン(略称:イコン)」などの整備が進められていた。仮設ドックから伸びた数本の簡易カタパルトが、桟橋のように湖へとせり出している。
整備士のひとり荒井 雅香(あらい・もとか)は、調整を終えたイコン・アルバのコックピットでレギュレーション(規制内容)をパイロットに伝えていた。
「武器の出力はトレーニング・モード固定だけど、あとは普段と変わらないわ。機体の真上に浮かせてる強化風船が割れたら失格よ」
ドックを出てカタパルトに移されたアルバのメインディスプレイに、水上闘技大会の水着でバトルが大写しになる。
「ふふっ。水しぶきを上げながらバトルするっていうのも、気持ちがいいでしょうね」
「えっ? ああ……ひょっとして雅香さんは、水上闘技大会へ出たかったんですか」
「そうでもないわ。こうやってイコンの面倒を見ている方が、何倍も好きだから。ねっ」
彼女は彼にウィンクする。
「ボクも一緒かなあ。今日は水上でイコンが戦えるまたとない機会だからねっ。いい経験になると思うんだ。そうだよな、相棒っ」
そう言ってサブ・パイロット席から身を乗り出したのがクリスティー・モーガン(くりすてぃー・もーがん)だった。
「さあっ、これで準備完了よ。ふたりとも、頑張ってね」
「ありがとう、雅香さん!」
「気をつけていってらっしゃい」
整備士イワン・ドラグノーフ(いわん・どらぐのーふ)の操るゴンドラへ飛び移った雅香は、コックピットのハッチを閉じていくアルバに手を振った。
リアクターが甲高い唸りを上げて、機晶エネルギーを機体の隅々にまで送り込んでいく。
「白薔薇のシパーヒー、アルバか。悪くない機体だ」
「なのだー」
「おおっコイツ、チビ助の分際でイコンの良さが分かるってかっ。ポムクルとオレらは、似たもの同士だなっ。がっはっはっ!」
大口を開けて大笑いするイワンが仮設カタパルトのセーフティを解除すると、アルバが勢いよく湖上へと飛び立っていった。
発進した時の風圧によって、湖面からは激しくしぶきがあがっている。
「よーし次だ次っ。バトルロイヤルって言葉だけで血が騒ぐぜ。おいお前っ、ちっとコレ持ってみろ」
イワンは、手にしていたスパナをポムクルさんへと放って投げた。
「ドックで待機してるイコンを、オレと一緒にバラしてみるかあ?」
「ちょっとイワンっ」
「やるのだーっ。バラバラにして、バラバラじゃなくするのだー」
「決まりだなあっ。ところで、誰が優勝するのか賭けねえか。雅香はどのイコンが勝つと思ってるよ」
「もお、まったくっ。さっさと整備に戻りましょうっ」
「なんでえ、かてーコト言うなや。って、なあ? ポムクルさんよお」
「どっちの味方する気なの? ポムクルさんっ」
「なっ……なのだーっ?」
ドックへと戻った雅香とイワンは、移動整備車両キャバリエで待機イコンの最終チェックを行っている長谷川 真琴(はせがわ・まこと)たちと合流した。
「アルバ見送ってきたぞー。恵美、そっちはどうなってんだ」
「アンシャール準備オッケー。確認お願いします、イワン先輩」
「あいよっ。おうおうしっかし、こいつはまたスゲー槍だなっ。かーっ、痺れるぜえ」
大型イコンの身の丈を超える巨大な双槍のために、仮設ドックの屋根はすべて開け放たれているのだ。
「真琴さん」
「なに恵美っ」
「雅香さんとイワンさんと一緒について、アンシャールを送り出してあげて。チェック項目が凄い数なの」
「まかせろってっ。――センパーイっ、オレも最後まで手伝わせてくださーい」
真田 恵美(さなだ・めぐみ)からイコンをチェックする端末を受け取った真琴は、早くもアンシャールにへばりついている雅香とイワンのもとへと駆けていった。
「あっついですねえ……」
技師ゴーグルを外した真琴は、額ににじんだ汗を手の甲で拭った。
イコンに関する情報を記録していたノートパソコンを抱くと、開かれたドックの天井を見上げた。
夏の日ざしに容赦なく照りつけられて、真琴は目がくらんだ。
眉のあたりに手をかざして陽を遮っても、更に目を細めてみても、眩い太陽のせいで、空は真っ白にしか見えない。
仮設ドックの支柱に備え付けられた通信機の受話器を取り上げた真琴は、状況を報告することにした。
「こちらイコン・ドックです。ライブ中継のブラックバードさん、間もなくすべてのイコンが発進します。そちらも状況を開始してください」
「――了解。これより、ポムクルさんを交えた中継を開始する」
「はじめるのだー」
夏虫の合唱が絶え間なく響いているヴァイシャリー湖の上空に、バトルロイヤルに参加するイコンが集結しつつあった。