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リアクション
『団長訓練!?と笑顔の最後』
行軍訓練ラストには罠が幾重にも張り巡らされていた。
しかし、契約者たちの手により全滅という事態はまぬがれ、多くの訓練兵やポムクルさんがゴールの敷居を跨いだ。
「や、やりました……こんな、わたし、でも、ゴールで、きた……」
藤野 夜舞(ふじの・やまい)もそのうちの一人だ。
「途中、補給を受け取れなかったり、教官の方に気付いてもらえなかったりしたけど、斎に励まされながらやっとここまで……」
天性のスルーされ能力を有している彼女だったが、この訓練に参加し完走できた。
それは喜ぶべきことである。が、既にパートナーの姿はなく。
「い、斎……? って先ほどまでここにいた訓練兵のみなさんは……? こっちにいったのでしょうか……?」
ふらふらと歩きだす夜舞。残念ながら見当違いの方向に。
「ったく! なんでさっきまで一緒だったのにもうはぐれてるんだよ! 神隠しってレベルじゃないよ!」
夜舞のパートナー仄倉 斎(ほのぐら・いつき)が彼女を探しながら嘆いている。
「がーっ! 存在感のなさ幽霊級か! さっぱりどこいったか分からねぇよ! ってツッコンでる場合じゃねえ!」
ツッコミを轟かせながら夜舞を探し続ける。
一方、当の夜舞はというと……。
「……迷子、でしょうか? だ、誰か! 助けてくださーい!」
果たして、彼女は無事に岐路につくことはできるのだろうか。
「皆、ご苦労だった」
完走した訓練兵とポムクルさんの前に鋭峰が立つ。
「祝いとして、もう一周する権利を授ける」
ざわ……ざわ……
「冗談だ。この後は打ち上げを予定して」
「ちょーっとまったー!」
鋭峰の言葉を遮る声。その声の主の手にはゴボウが握られていた。
「私の名前はレオーナ・ニムラヴス(れおーな・にむらゔす)! またの名を【黒タイツ着て尻にゴボウを刺す仕事人】!」
「誰か、この者にメンタルケアをやってやれ」
「誰がメンヘラか! まあいいわ。貴方は既にゴボウに囲まれているのよっ!」
鋭峰の周りを(謎ではあるが)ゴボウを手にした訓練兵たちが囲んでいた。
「い、いくらゴボウが強いからって鋭峰さん相手は分が悪いんじゃ」
「そ、そうですよゴボウ師範代……」
「情けないわよ! さあクレア! ゴボウの素晴らしさを思い出させてやりなさい!」
「え、ええ? えっと、その」
表部隊に無理やり立たされたクレア・ラントレット(くれあ・らんとれっと)。困惑し、恥ずかしながらもゴボウの良さについて喋り始める。
「ゴボウの武器化の歴史は古く、明治三十年には日本軍で「牛蒡剣」と呼ばれる銃剣が使用されています。
また「ゴボウ抜き」は居合抜きを余裕で凌ぐスピード、との言い伝えもあります」
周りからはへぇ〜という言葉があがる。
「ま、またゴボウに含まれるポリフェノールは水に溶けやすく、皮を剥かない・水にさらさない・大きめにゴロンと切る、
以上三点が肝要です。あと先端で突き刺すと、それなりに痛いです」
「そ、そうだ。これがゴボウの素晴らしさ!」
「今なら、鋭峰さんも倒せる気がする!」
クレアのゴボウの良さ?講座に勇気付けられる訓練兵改め牛蒡兵たち。
「思い出したわね? ならばその勇気とゴボウを突き立てなさい! るーふぉんのお尻へと!」
その言葉と共に牛蒡兵とレオーナが鋭峰目掛けて突撃する。
「団長、ここは私が……」
「よい。……牛蒡兵とやら、そのゴボウを私に突き立ててみよ。できれば褒美を取らせる。……だが」
鋭峰の声のトーンが変わる。
「できなかった時は覚悟してもらおう。その生半な意志は、私の逆鱗を突き立てることになる」
その時、牛蒡兵や訓練兵たちは慄く。鋭峰の背中に龍が見えたのだから。
「なっ!? ゴ、ゴボウが気迫だけで千切りに!! これじゃポリフェノールが!!」
ゴボウの千切りを目の当たりにしたレオーナもその足を止める。
これにて珍事件は解決した、かに見えた。
しかし、ダンボールに隠れる人物がそれをよしとはしない。
「……もらったであります!」
頼れる相棒(ダンボール)から飛び出したのは葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)。
そのまま鋭峰へと飛び掛る。
「ほう? 私の気迫を前になお向かってくるか」
「その眉もらったであります!」
持っていたマチェットを鋭峰へと投げつける吹雪。
軽々とかわす鋭峰だが吹雪もそれは覚悟の上で更に速く駆ける。その右手にマジックペン(油性)を握り締め、鋭峰の顔へと突き伸ばす。
「迷いなし、悪くない。だが、足りんな」
スカッ……
マジックペンは眉まで届かず鋭峰の頬を掠めるだけに終わった。
「くっ、まだっ、うっ!?」
「終わりだ」
投げつけられたマチェットを吹雪に突き立てる鋭峰。
しばらくにらみ合った後、吹雪が手を上げる。
「……ここまででありますな」
その一部始終をみていたコルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)の心は穏やかではなかった。
「無茶すぎよ。……ポムクルさんが巻き込まれないよう、付き合わなくてよかったわ」
訓練兵たちの隙間から吹雪の奇行を見届けるコルセア。
「いいいきざまなのだー」
「……真似しちゃダメよ?」
命知らずのポムクルさんが生まれるのを止めるコルセアだった。
「さて、色々あったがもうあるまい。あとは打ち上げだ。皆、存分に楽しんでくれ」
「さあ、鋼鉄の獅子メンバーはこっちの方だぜ!」
「飲み物も食べ物もたんまりだよ!」
朝霧 垂(あさぎり・しづり)とライゼ・エンブ(らいぜ・えんぶ)がメンバーを手招きする。
「さーさー! 座った座った! ポムクルさんも楽しめよー!」
「訓練とはおおちがいなのだー」
「訓練は真剣に、でも楽しむときは楽しまないと。メリハリはつけないとだよ」
ライゼの言葉通り、今までの疲れを吹き飛ばすかのように宴会を楽しむポムクルさんたちや鋼鉄の獅子のメンバー。
「んじゃそろそろ……部隊内順位、最下位を発表させてもらうぜ! 最下位は…………ルース・マキャフリー」
「……少し暴走しすぎましたか。すいません、ナナ」
「いえ〜平気ですよ? 大尉のお小遣いが減るだけですので♪」
そういうナナの目は笑っていなかった。
「ちなみに一位は湖からの襲撃を事前に察知し、被害を抑えたウォーレン・アルベルタだ」
「ありゃ、これは光栄だね」
ウォーレンに盛大な拍手が贈られる。
「っとまあ、明暗は判れたものの今は楽しもうぜ! せっかくの宴会なんだから!」
「まだまだあるから、どんどん食べてね!」
垂とライゼの進行のもと、宴会は進められていく。
もちろん、他の場所でも訓練兵たちやポムクルさんたちが笑顔を交わしながら打ち上げを楽しんでいた。
後に、途中で倒れた訓練兵たちなどを乗せた補給・救護係りたちや、
迷子からなんとか抜け出した夜舞なども合流し、更に打ち上げは盛り上がっていく。
「訓練は上々、か。……私も少し顔を出すとしよう」
目を伏せて少しだけ口の端を上げる鋭峰。
確かな手ごたえを感じつつ、打ち上げ各所に顔を出して、訓練兵・教官たちを労う(恐れさす)のだった。