空京

校長室

戦乱の絆 第二部 第一回

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戦乱の絆 第二部 第一回
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リアクション



ウゲン


 タシガン、ウゲンの館。
「……凄い」
 ナンダ・アーナンダ(なんだ・あーなんだ)が歓喜に震える。
「気に入ってもらえたみたいだね」
 にぃっと目を細めたウゲンがナンダを見やる。
 ナンダの表情には、なみなみとした生気が戻り始めているようだった。
「ナンダ様――」
 マハヴィル・アーナンダ(まはう゛ぃる・あーなんだ)は、ナンダの様子に無上の喜びを感じていた。
 イエニチェリに選ばれなかったナンダの落ち込む姿、それはマハヴィルにとって、とても痛々しいものだった。
 初めての挫折がナンダの心をどれほど戸惑わせ、傷つけ、疲れ果てさせたかということを彼が一番良く知っていた。
 だから、絶対的な力を与えられたナンダの姿は、マハヴィルにとって救い以外の何物でも無かった。
「ウゲン様、嗚呼ッ、ウゲン様! このマハヴィル・アーナンダもまたウゲン様に忠誠を誓いましょう! マハヴィルはナンダ様のためならば、例え火の中、エリュシオンの中――この身が焦げ果て尽きるとて、何でもやってみせます!」
「まあ、せいぜい大切な主人の邪魔にならないようにすることだね」
 ウゲンが滑稽なものを見るかのようにマハヴィルを嘲って、ナンダの方を見やる。
「そのフラワシの力は君が君らしくあればあるほど、ずっと強力になっていく」
「ボクがボクらしく……」
「少年よ、大志を抱け。ってね」
 クツクツと、ウゲンはナンダの笑顔を見やりながら笑っていた。




 天御柱学院。
「沙羅ッッ!!」
 西城 陽(さいじょう・よう)は教室に飛び込んだ。
 ガランとした教室には横島 沙羅(よこしま・さら)が立っていた。
 彼女の顔には布が巻きつけられていた。目が隠されている。
 そして、彼女は音を頼りにするように陽の方を向いた。
 陽は、沙羅のその奇妙な様子に一瞬臆しながらも、彼女へと近づいた。
「聞いたぞ! ウゲンってヤツと一緒に居たって。もしかして、あの怪しいフラワシをもらったんじゃないだろうな?」
「うん、もらったよ」
「ッ、知らない人から物をもらっちゃ駄目だって教わっただろ
 というか、その目隠しはなんだよ。なんか、不気味だから取ってくれよ……」
 言いながら、陽は沙羅の顔の布に手を伸ばそうとした。
「駄目だよ、陽くん」
 沙羅の制止に、手を止める。
「……何で?」
 彼女が、にたりと笑う。
「愛が怖いんだよ」




 薔薇の芳香に満ちている。
「……楽しそうだな」
 早川 呼雪(はやかわ・こゆき)はテーブルの向かいに居るウゲンに言った。
 ウゲンは鼻歌交じりに何かを紙に書き記していた。
 ちょうど、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が街で買って来た焼き菓子とティーセットを手に、この温室へ入って来るのが見えた。
 タシガン、薔薇の学舎にある呼雪の薔薇園。
 呼雪は、イエニチェリとなり己の薔薇園を得たため、その記念に、とウゲンをそこへ招待していた。
 ウゲンが顔を上げる。
「楽しいね」
「何を書いているの?」
 ティーセットをテーブルの上に置き、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が興味深そうに小首を傾げる。
「リストだよ。僕のフラワシを持っている人のリスト」
「フラワシを生徒に貸し出しているという話は本当だったのか」
「君も試してみるかい?」
「条件次第だな」
「ねえ、ウゲンは何飲む?」
 ヘルがウゲンの前にカップを置きながら問いかける。
 ウゲンが手に取った空のカップを指先でクルルっと回しながら。
「一番イイのは?」
「今のお勧めはショコラティーだよ」
「じゃ、それで」
 ぴん、と指で跳ねられたカップがアニメーションじみた動きで一回転してテーブルの上に綺麗に着地する。
 ヘルがショコラティーの準備をしながら。
「そういえば、ウゲンのパートナーってどんな人なの? あんまり話を聞いたことないような……」
「最近、アーダルヴェルトと契約したけど」
「その前は?」
「居ないよ」
「へえ。って、あれ……? でも、ウゲンって、その前からパラミタに居たよね。なんでそんなことが?」
「んー……なーんていうか、デキの悪い兄貴がパラミタでは有名だったから、そのせいかもしれないね」
 ショコラティーの注がれたカップを持ちながら、ウゲンが笑う。
「……?」
 ヘルは、ふにっと眉根を寄せながら首をかしげていた。
 それを放置して、ウゲンがカップを傾けながら呼雪の方に視線を返す。
「さっきの話の続き。僕からフラワシを借りる条件は、僕に忠誠を誓うこと」
「なら、駄目だな。俺は校長のイエニチェリだ」
 呼雪の言葉にウゲンが片眉をおどけたように揺らして見せる。
 呼雪は続けた。
「誰もが思い通りになる玩具じゃ詰まらないだろう?」
「誰もが思い通りになる玩具じゃなきゃ嫌なんだ」
 ウゲンがにんまりと返す。
 呼雪はその表情を静かに見返しながら問いかけた。
「誰もが思い通りの人形になる。それが、ウゲンの楽しい時?」
「マリオネットで遊ぶのは好きかもね。でも、一番イイ時は、その先にある」
 それを想像したらしいウゲンは、あははは、と無邪気に笑った。
 彼の手がヘルの用意した焼き菓子を無造作に掴む。
 そして、彼は、ふわっと浮かんで椅子を離れ、菓子を齧った。
「美味しいお菓子とお茶と無意味な時間をありがとう。――そろそろ僕は行くよ。楽しい玩具が待ってるんだ」
 ばいばい、と手を振って彼は姿を消した。




 どこかの上空。
「さて――今のところは4人か」
 ウゲンは虚空に胡座を組んだ格好で、逆さまに浮かびながら、フラワシを貸した者のリストを覗いていた。

高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)
 ツァトゥグァ・スポーン

 横倉 右天(よこくら・うてん)
 リフレクター

 ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)
 ライト・オブ・グローリー

 ナンダ・アーナンダ(なんだ・あーなんだ)
 アブソリュートオーダー

 横島 沙羅(よこしま・さら)
 ラブマイナス』

「5人かぁ。このままなら、フラレンジャーとか五人囃子ってとこかな」
 ぽりぽりと頭を掻く。
「も少し増やそうか。
 惜しいって子が多いんだよね。ま、そっちは次回に期待」
 ひゅぱっとテレポートする。


 空京大学。
「――というわけで、へいへいお嬢さん。君にぴったりの素敵な仕事があるんだけど、やってみる気ない? 君ならきっとナンバー1になれるゼ、ひゅーひゅー」
「わっ!? そっちから来た!?」
 ウゲンが唐突に現れたので、湯島 茜(ゆしま・あかね)は、普通に驚いた。
 彼女はフラワシの件で話を聞くつもりで、ウゲンを探しているところだったのだ。
「ちょ、ちょうど良かったよ。あたし、聞きたいことがあって――」
「いや、用事があるのは君の方じゃなくて、そっちのお嬢さんの方」
 ウゲンが指差した先には、茜のパートナーのエミリー・グラフトン(えみりー・ぐらふとん)が居た。
「君、僕に忠誠を誓ってみる気ない?」
「…………」
 エミリーがスッとトランプを取り出す。
「話は、力量を見極めさせてもらってからであります」
「いいけど、素直に面倒くさいなぁ」
 あからさまに口を曲げたウゲンに構わず、エミリーはトランプを切って配り始めた。
 配られたカードは互いに5枚。
 ポーカーで勝負をつけようというらしい。
(……ポーカーで何の力量がわかるっていうんだろ?)
 取り残された感一杯の茜は、ぼーっと成り行きを見守っていた。
 ちらっとエミリーのカードを覗き込む。
 彼女の手元にあったのはバラバラで何の展望も無いカードだった。
 と――
 エミリーがちらっと、ウゲンが己のカードを覗いているのを確認したと思ったら、その手に持っているカードを腕の裾の中にストンッと落とした。
 ほぼ同時に、物質化されたカードが彼女の手の中に広げられる。
(……イ、イカサマだーーー!)
 大胆なエミリーの行動に茜は心中で叫びを上げていた。
 エミリーが何食わぬ顔で。
「それがしはこのまま行くであります。そちらは?」
「ふぅん? じゃ、僕もこのままで」
 ウゲンが言う。
「では――」
 とエミリーが自分のカードを場に明かした。
「スペードのロイヤルストレートフラッシュであります」
「へえ、奇遇だね。僕も同じだ」
 明かされたウゲンのカードはスペードのロイヤルストレートフラッシュだった。
 ウゲンが鼻で笑う。
「どうせならもっと派手なイカサマを期待したのに……。例えば――君のその首みたいなヤツとかさ」
 と、エミリーの頭にウゲンの手が伸びる。
 そして、彼の手が彼女の髪を掴んだ瞬間、エミリーの首はもぎ取られていた。

 その後、彼女の首はウゲンの力の及んでいる限り自由に取り外しが出来るようになる。
 ウゲンは彼女に、フラワシではなく、その能力を与えて去っていった。




 波羅蜜多実業高等学校。
「ふーん、なるほど。これは便利かもね」
 横倉 右天(よこくら・うてん)は、瓦礫の隅に転がったグレゴール・カフカ(ぐれごーる・かふか)の方を見やりながら、わきわきと片手を遊ばせていた。
「……き、貴様……私を実験台に使ったな……」
 グレゴールがよれよれと立ち上がる。
「『遠慮無く掛かって来い』などと言うから妙だと思ったのだ……。しかし、今の力は何だ?」
 グレゴールの問い掛けに右天は、もったいぶるように片目を細めてみせた。
「フラワシさ。ウゲン様に借りた、とっておきの」
「降霊術など、いつの間に……」
「心得が無くても使える。ただ、暴走の危険があるようだから、さっさと霊槍を使うつもりだけどね」
「…………」
 クスクスと笑う右天をグレゴールがつまらなそうな顔で見据え、問いかけてくる。
「あれほどの力だというのに、何のリスクも無いのか?」
 右天は口端を上げた。
「なんだっけ? 何かあったはずだけど、忘れちゃったな。
 あ、でも、確か――ボクが、“隠す”ことが好きだと言ったら、ウゲン様は『じゃあ、どんどん隠れちゃっても問題ないよね』って言ってた」
「どういう意味だ?」
「さあ? なんにせよ。とてもとて〜も面白くなりそうだから、細かいことは気にしないのが正解でしょ?」


 ロイ・グラード(ろい・ぐらーど)は力を欲していた。
 目的を叶えられない己の貧弱さを嘆いていた。
 だから、忠誠を誓った。
 そして、彼は望み通り、圧倒的な力を手に入れた。
「ンッン〜〜。実に! スガスガしい気分だッ!
 驚きの歌でもひとつ歌いたいようなイイ気分だ〜〜フフフフハハハハ。
 数ヶ月前に魔鎧を手に入れたが……これほどまでにッ!
 絶好調のハレバレとした気分は無かったなァ……フッフッフッフッフッ。
 ウゲンのフラワシのおかげだッ! 本当によくなじむッ!
 最高に『ハイ』ってやつだアアアアア。
 ハハハハハハハハハハハーッ」
「意外! それはフラワシ!!」
 常闇の 外套(とこやみの・がいとう)が腰の入ったポーズで言い放つ。


「……完全に遊んでやがるな」
 高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)は、ロイたちの方を半眼で見やりながら、はてしなくどうでもいい気分で呟いた。
「裕司……大丈夫? なんか、変な感じになってない?」
 レティシア・トワイニング(れてぃしあ・とわいにんぐ)の問いに、悠司は、だらっと頭を揺らした。
「今のとこはな。長い時間試したわけじゃねーから、なんとも言えねーけどな」
 軽く欠伸を挟んで。
「まあ、でも自分の力じゃねーんだし、ある程度のリスクは仕方ねーわな」
 レティシアが嘆息して、悠司を半眼で見やる。
 多分、さっきロイたちを見ていた悠司も似たような目をしていた。
「そういう得体の知れない力とか、良く使うなー。危ない感じ。忠誠とか誓っちゃうし――ねえ、今ってウゲンと『繋がってる感じ』?」
「いや、『逆らうとヤバそうな感じ』」
「…………」
 レティシアが呆れたようにため息をつく。
「退屈がまぎれりゃ、どーでもいい」
 言って、悠司は瓦礫の上に寝転がった。
「命令があるまで待機、か。あー……だりぃ」
 晴天を見上げたら眠気を感じる。
 目を閉じかけ……しかし、彼は止めた。




 空京デパートの屋上。
 呑気な音楽が掛かっていて、向こうの方では、大きな猫型のゆる族が子供たちに風船を配っている。
「あんたに忠誠を誓う気は無い」
 音無 終(おとなし・しゅう)はきっぱりと言った。
 彼は屋上の端のベンチでウゲンと並んで座っていた。
「フラワシを貸し出す事で得られる忠誠を、あんたが信じるとも思えないしな」
「信じるとか信じないとかは関係無いんだけどね、実際」
 風船を片手に持ったウゲンが戯れるように言う。
 終はククと喉を鳴らした。
 彼もまた風船を手に持っていた。
「俺は魔法や超能力の研究を進めるためにパラミタで活動するつもりだ。あんたには、その後ろ盾になって欲しい――そういった関係ならば、俺はあんたに忠誠を誓える」
「興味無いね」
 終は、そばに佇んでいた銀 静(しろがね・しずか)を親指で示し。
「あんたは、こいつにフラワシを貸す。こいつはあんたのために働く。俺はその経過を研究し、あんたに報告する。そういった形で試してもらえばいい。……損をさせるつもりは全く無いけどな」
「ふぅん?」
 ウゲンが静をじろじろと見やる。
 静は一言ももらさず、動きなく、表情無く、ただ終のそばに立っていた。
「良く飼い慣らしてあるね」
 ウゲンが、ヌゥッと笑む。
 そして、彼は静に言った。
「君、砂糖は好きかい?」
 呑気な音楽が鳴る空に、誰かが手放してしまった風船が飛ぶ。