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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者

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【カナン再生記】緑を取り戻しゆく大地と蝕む者
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●神官軍の侵攻(01):The Chase

 これがかつて、緑あふれる土地だったとは。
 西カナンの果て、シャンバラとの国境付近は一面の荒野と化していた。黒みがかった栗色の土は、乾ききって壁土のようにひび割れ、植物の姿は絶え絶えだ。その植物にしたところで、少年の顎髭のように、うっすらと申し訳程度に苔状のものが顔を出しているばかりだった。たまに白いものが見出されたが、それは死亡した動物の白骨でしかなかった。これはすべて、神官長ネルガルによる気候操作が引き起こしたものだ。
 ネルガルは女神イナンナを封印し、その二つの力を奪っていた。しかし避難民たちは、ネルガルをが『豊穣の力』をイナンナから奪い、この一帯に壊滅的な被害を発生させたことを恨んではいなかった。正確には、それを恨んでいる暇がないというのが正しいだろう。今、人々が恨みそして恐れているのは、ネルガルがイナンナから奪ったもう一つの力、すなわち『戦の力』だった。
 ――現在、避難民たちはネルガルの先兵の襲撃を受けているのだから。

 怒号と破壊、そして死が避難民を追いかけてくる。神官軍の侵攻は、ほとんど蹂躙というに等しかった。逃げ惑う数百人の民を護る兵員はあまりに少なく、例外なく負傷し、かつ疲労の極みにあり、追撃する神官軍を防ぐにはあまりに弱々しかった。
 神官軍は、神官と神官戦士、それにヘルハウンドによって編成されていた。濃い藍色と紫を合わせた法衣姿の神官は、その大半が厳粛な表情だ。彼らはメイスと円形の盾を持ち、「当然のことだ」とでも言わんばかりの様子で弱き者たちの殺戮を指示していた。プレートメールの神官戦士たちはハルバードを備え、多くの者が半ばせせら笑いながらこれを振り、あるいは突き刺し、狩りでも楽しむようにして虐殺を行っているのだった。琺瑯引きの甲冑に、犠牲者の血が飛び散っていた。最も悲惨なのが、ヘルハウンドに殺される者であろう。地獄の番犬という呼び名にふさわしく、黒い魔獣たちは火を吐いて犠牲者を焼き、強靱な顎と牙ででその『焦げ肉』を囓り取っていた。なめし革の鎧を着た護衛兵が火達磨にされ、まだ息絶えず呻きを上げているその状態で、生きながらヘルハウンドに食われるという地獄絵図が一つならず展開されていた。
 それでも、民を護衛する兵が必死で抵抗を続けているうちはまだいい。兵が敗れればたちまち、無辜の避難民が神官軍の餌食となることだろう。避難民の大半は無力な子どもや女性、老人だ。今以上の悲劇となることは言うまでもない。
 ついに護衛兵の一角が崩壊した。陣の綻びは見る間に拡大し、その間隙に神官旗を押し立てた暴兵が殺到した。ハルバートの刃もハウンドの牙も血を求めた。老人はまだましだ。速やかな死が与えられるに違いないから。しかし女性、それも、美しい女性には、痛哭な末路が待っていることだろう。子どもは奴隷にされるか、遊び半分でなぶり殺されるか……いずれにせよ、楽しい人生が待っているとは言いがたい。
 だがこのとき、押し寄せる軍勢の先頭集団がやにわに乱れた。
「恥を知りなさい!」
 大喝の主は片手槍を巡らせ、一撃で薙ぎ飛ばした兵たちに向かって眦をつり上げた。
「力なき者を民を護るのが、戦う力を持つ者の、国を治めるべき者の使命ではないのですか! 民の血を流す必要がどこにあるのですか!!」
 燃え上がるような怒りだった。これ以上ないほどの義憤だった。突きだした盾すら、熱と光を放っているように見えたことだろう。ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が敵勢に強力な攻撃を行ったのだ。彼女は避難民と敵兵、その間に位置していた。宮殿用飛行翼を用い、空から飛び降りたのだった。今、ロザリンドの海色の髪その一本一本までもが、敵を烈しく睨め付けていた。
 テレサ・エーメンス(てれさ・えーめんす)も姿を見せた。「こういうのは好かんねー。弱い者いじめと何が違うっていうのさ」と呆れたような口調で、ライフルを抜き敵兵の腕や足を狙って撃ちはじめた。敵が怯むや、急ぎテレサは避難民を振り返って呼ばわった。「うちらが後ろで頑張るから、皆も頑張って走って避難してやー」
 避難民は慌てふためきながら逃げていく。
「できれば、敵といっても死者は最小限に抑えたいところですが……」ロザリンドは言い、
「ま、そのつもりではいるけど、なかなかそうもいかないかもね」とテレサは受けて声を上げた。「さあ、いくでー!!」
 ロザリンドとテレサ、二人は呼吸を合わせ全力反撃に出た。
 さらに頭上には、ユーフォリア・ロスヴァイセの駆るペガサスの姿もあった。
「わたくし、ユーフォリア・ロスヴァイセの名において命じます。ネルガルに惑わされし兵たちよ、今すぐ退きなさい!」
 ペガサスは純白の翼を上下させ、降りるべき場所を探すように首を巡らせていた。その鞍に跨り、毅然と告げるユーフォリアのなんと気高きことよ。さすがロスヴァイセ家の創始者、彼女はそこにいるだけで、涸れ井戸のようになった避難民や護衛兵の心を気力で満たした。
 救援部隊が到着したのだ。空から、また地上から、次々とシャンバラからの援軍が姿を見せた。ユーフォリアのペガサスを中心とした空中部隊、ドン・マルドゥークの片腕たる寡黙な戦士メルカルト率いる地上部隊、二面からの大反撃である。
 思わぬ援軍登場に一瞬、敵は騒然となったものの、勢いは止まらず、押し出されるようにして突撃をかけてきた。
「神官ともあろう者が民や兵に攻撃を仕掛けるとは……聞いて呆れるな」
 まずは敵のラインを避難民から下げたい。冴弥 永夜(さえわたり・とおや)は砂を詰めた大きな袋を投じた。単純な仕掛けだが、大規模な戦いにはこれくらい単純なほうがやりやすい。破裂した砂袋は乾いた砂を撒き散らし、粉塵で軍兵やハウンドを怯ませた。
 永夜の傍らには凪百鬼 白影(なぎなきり・あきかず)があった。白影は、神官軍の成した虐殺の痕を見て眉をひそめた。「少々手荒い真似かもしれませんが、あなた方に比べればまだ手ぬるいですよ……?」彼は次々と永夜に砂袋を手渡し、投げる方角を指示した。
「まずはこちらの力を示す」短く一言述べ、メルカルトは両手持ちの重い剣を振り上げた。彼を乗せたサンドドルフィンが、乾いた土をかきわけて敵に向かった。
 怯える子どもたちに優しい言葉をかけるのは泉 椿(いずみ・つばき)だ。「もう大丈夫だ、悪い奴は追っ払ってやるからな」と告げて彼らの避難を急がせると、椿は小型飛空艇を駆って敵陣に弾幕をバラ撒いた。「弱いものいじめしやがって、何が神官だよ!? 自分たちさえよければいいのか!」
 椿のパートナーミナ・エロマ(みな・えろま)が避難民を守りつつ、彼らを戦場から退避させた。「さあ、怖いのはもうおしまいですわ! 安全なところまでたどりついたら、おいしいおかゆをたっぷりご馳走してさしあげますからね!」
 風森 巽(かぜもり・たつみ)がカナンに足を踏み入れるのはこれが初めてだ。陸路、ジャタの森方面からカナンにやってきた彼女は、この戦場に偶然到達していた。
「カナンに着いたばかりだってのに、さっそくの面倒事に巻き込まれた感じか……」
「タツミ、どうする!?」ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)が、愛騎ワイルドペガサスの手綱を握って振り返った。
「どうするもこうするも、民を護るのはヒーローとして当然の事! シャンバラ勢に合流して悪を退けるよ!」巽が拳を突き上げると、
「そうこなくっちゃ」ティアは二つ返事でペガサスの首を天空に向けた。
 それから間もなくのことであった。永夜が破裂させた砂袋の粉塵を背景のようにして、天空より正義のヒーローが地に降り立ったのは。
「蒼い空からやってきて、緑の大地を救う者! 仮面ツァンダーソークー1!
 これぞ巽のもうひとつの姿、銀の胸部プロテクター、漆黒のライダースーツとブーツ、グローブ、そしてマスクはフルフェイス、威嚇するような複眼が頭に輝いていた。悪の手先ネルガル兵たちに、必殺キックをお見舞いするのだ。
 大岡 永谷(おおおか・とと)は軍用バイクにまたがり、防砂用のゴーグルを引き下げて敵の陣容を目にした。(「まがりなりにも神に使える修行をした経験がある身として……」)はためく神官兵の法衣が、彼の心に強い嫌悪感を引き起こしていた。(「ねじ曲がった信仰の為に民を迫害する神官達は、許せない」)だが怒りにまかせて無策の特攻をかけたところで、犬死にするのは目に見えている。永谷は怒りを抑えながら冷静さを保とうとしていた。
「福、行けるか?」彼は相棒の熊猫 福(くまねこ・はっぴー)に問うた。
「いつでも行けるのね。トト、頼りにしといて」福は言い残すと、光学迷彩を発生させイタチのような敏捷さで(パンダなのに!)敵集団の背後へと回った。直後、「後方から敵襲!」と虚報を叫びながら福は駆け巡る。
「覚悟せよ! 邪悪の先兵!」同時に永谷はアクセルを全開、騎兵突撃を敢行したのだった。
 永谷のバイクが乱した敵陣に、飛び込み縦横無尽に暴れまわる姿があった。「守るべき人々に剣を向けて恥ずかしくないのか!」抜きし剣の銘は『六花』、これをふるう丈夫(ますらお)その人は、泣く子も黙る酒杜 陽一(さかもり・よういち)、彗星のアンクレット用いて加速し、神官戦士の攻撃を弾き返していた。「誇りが残っているなら投降しろ!」しかし陽一の呼びかけを一蹴するように、ハルバートの切っ先が針山のごとく突き出され、神官からの光魔法が襲ってきた。
「説得の呼び掛けに応じる者はおらんというわけか……神官め、まだ勝てる気でいるのだろうな」陽一のパートナーフリーレ・ヴァイスリート(ふりーれ・ばいすりーと)は彼を支援しつつ、取り出した一升瓶の蓋を親指で跳ね飛ばして開けた。「まあ、やるだけやってみろ。こいつは、前祝いだが勝利の美酒だ」フリーレは酒瓶を両手で握ると、おもむろにその中身を振り撒いたのである。
 その言葉に偽りは無かった。魔力有すこの酒が、周囲のシャンバラ勢の攻撃力を高めた。
 御神酒を浴びザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)のカタールも、一段とその切れ味を高めていた。脇をすり抜け避難民を追わんとするヘルハウンドを見逃さず、左腕を振り上げてその前脚を切り飛ばした。「まったく……神官が聞いてあきれますね」しかもそのままザカコは半回転し、背を狙ってきた神官戦士の肩口を強烈に撲ったのである。剣は装甲の間を貫き、敵に絶叫を上げさせた。「自分は神を信じていませんが、神を信じている人の心は信じています。それを踏みにじる様な神官は許せませんね」
 ザカコはそれ以上多くを口にせず、あとはカタールを言葉の代わりとし語らせて、修羅さながらの戦いぶりを示した。
 ザカコの剣に決して乱れはないものの、その一挙一動に静かな怒りが込められているのを強盗 ヘル(ごうとう・へる)は感じ取っていた。ヘルも同じ気持ちだ。「犬連れ、ってのが気にいらねえな」ヘルは銃の弾倉を手早く交換すると、ザカコに切られたばかりのハウンドの額を撃ち抜いた。「犬と狼の違いってやつを教えてやるぜ!」
 右手の人差し指でカウボーイハットの鍔を引き上げ、ヘルは噛み煙草を口に放り込んだ。ユーフォリア率いる救援軍、ざっと二百足らず、敵兵はそれを少々上回る程度だ。ハウンドを入れても総数三百はいくまい。彼我の実力差を考えれば数の差は無意味なレベル、余裕で勝てる相手だろう。しかし――とヘルは思った。見えている敵勢はあくまで先遣隊だ。数が少なすぎるし、噂に聞く巨人アエーシュマも見えなかった。
 神官戦士を斬り伏せ、ザカコは行く手を見据えた。見える。敵の中軍たる本隊が迫ってくるのが。優に二千になろうかという大軍だ。衆寡敵せず、あれとまともにぶつかれば、彼らとてひと呑みにされることだろう。