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リアクション
第10章 狂騒
「くっっっっせーーーーーーーーーーーっ!」
みんながその屁に動揺する中、和希は屁くらいでは動じない。
「おいおい、だらしねえな。男子足るもの、屁くらいで動揺すんなよ。男は黙って屁をこくもんだぜっ!」
ププーッ!
和希は全然事の重大さをわかってなかった。
ウイルスは「体内に取り込み、なんらかの方法で出す」というトメさんが聞いてきた情報は、恭司とニコ以外はみんな知ってるはずだ。しかも、それは臭いはずなのだ。
男気を見せることにムキになりすぎたのだろう。かわいそうな奴だ。
「姫宮。わかった。もうわかったから……!」
イーオンがその肩をしっかと掴んだ。
しかし、屁をこいてるのは越乃と和希だけではない。
そう。思い起こせば、本日のメニューは秋の味覚。サツマイモとキノコがたっぷり使われていたのだ。特に、芋けんぴ大好きなセオボルトも、秘かに、
プスウ〜。
すかしっぺをしていた。
どれが越乃のウイルス屁で、どれが和希の男気屁で、どれがセオボルトの芋けんぴ屁なのか、あるいは他にもこいてる者がいるのか、さっぱりわからない“ザ・屁パニック”に陥った。
そのとき!
救世主が現れた。
プッシュウウウ!!!
越乃の尻に向かって、久世 沙幸(くぜ・さゆき)が消臭スプレーをかけていた。
「買ってきといてよかった!」
かっこいい! かっこよすぎる!
消臭スプレーの二刀流が今ほどかっこよく思えることはないだろう。
「はいっ! ウイルス消しちゃうよ!」
プシュップシュー!
「むにゃむにゃ……」
薫とシロが、すかさず越乃を縄で縛り、会場の隅に引きずっていった。
危ないからと歩に子守歌で寝かしつけられた大地も横にならんでスピースピー言っていた。
薫は、こっそり越乃の縄を解いて、味方のフリをして接点を持とうと考えていたが……
「越乃殿。越乃殿!」
「ぐがごー。ぐがががごー」
遅かった。
寝相が悪くて、大地の上に乗っかったりしていた。
とはいえ、ステージの周辺では「これでもう大丈夫」とみんなは安心……できなかった。
みんなが演奏をやめたというのに、ユウのスイッチはなかなか切れず、エレキ・バイオリンをウワンウワン言わせながら、興奮し過ぎたのか……
ブッブブッブッブブッッ!
音に合わせて屁をこきながらステージをあっちへこっちへ駆けている。
「に、にげろーーーーっ!」
「やっぱりあいつがンカポカだーーーーッ!」
沙幸が慌ててステージに上がる。
「はいっ! 消臭消臭!」
プシュップシュー! プシュプシュプッシュー!
と、瑠菜が大声を上げた。
「きゃああああああ!」
アルフレードがスカートの中をのぞいてはゴロンゴロン転がっている。
もちろん、屁をこきながらだ。
「わわわっ。待てー!」
沙幸がまたも消臭スプレーを両手に必死で追いかける。
会場にいたみんなは、簡単な解決策にようやく気がついた。
「脱出だぁあああああ! みんな、こっちだああああ!」
扉をあければ、通路がいろいろあり、逃げ道がたくさんだ。
みんながドドドドドッ。
押し寄せる。
が、そのとき――
バーン!
観音開きの扉が豪快に開いた。
そして、そこにはマレーネが立っている!
このとき、当然みんなの脳裏によぎったのは……『マレーネ=ンカポカ』!
――今までの屁は、しょせんは前座。ついに真打ち登場で、ウイルスをばらまかれるのでは!?
しかし、次に発したマレーネの言葉に、みな気が抜けた。
「あんたたち……ローション返しなさいよッ!」
「え?」
翡翠はローションを手に、愕然とした。
壮太が胸の谷間から取り、周が命をかけて翡翠に託し、そして通風口迷子になりながらも手放さなかった謎の液体が、ただのローションだったなんて……。
マレーネはローションを翡翠の手から奪い返すと、自分の尻を触りながら背を向けた。
やはり、屁をこくつもりだ!
しかし、慌ててはいけない。
みんなには沙幸がいる。沙幸はここまでの消臭的戦いでかなりコツを掴んでいた。
今では消臭スプレーを2つ持った時の方が、普段より速く走れるのだ!
「うおおおおおお! しょうしゅううううううううう!」
凄まじいスピードで中央ステージから一気に出入口まで駆けると、ザザザーーーーーッ! と滑り込みながらの奥義“スライディング・超・ショウシュウ”だああああ!!!!
「マレーネ! 死んでもらうよっ!」
プシュン。プシィ……
「そ、そんな馬鹿な……!」
なんと、消臭スプレーが切れてしまったあああ!
みんなが慌てふためいたそのとき!
会場のどこかから魂の叫びとともに、ダダダダダダダダッッッッ! 走る音が聞こえてきた
「どぉぉぉぉぉぉおおおおお! けぇぇぇぇぇぇぇえええええええええええええええええええええええ!!!!!」
クラーク 波音(くらーく・はのん)が走り込んできた。
波音はまさにモーゼが波を裂いたように、群衆を裂いて一気に駆け抜けると、
「うおりゃあああああああああああ!」
と思いっ切りマレーネにドロップキック!
マレーネはもろに受けた。
――最強戦士がドロップキックを受けるなんて通常ではあり得ない!
みんなマレーネがンカポカ決定だと大慌てで逃げ出した。
マレーネはよろけ、屁をプップップップッと漏らしながら、ふらふらと会場内を歩き回る。
――何の脈略もなく歩き回っているようで、何かが違う。あの動きには法則性を感じる!
それに気づいたのは、影野陽太だった。
「トライブさん! 危ない!」
トライブは、女装をあきらめて化粧を落としているので、なかなかのイケメン男子だ。
マレーネはふらふらやってきて、
「わたしと、どう?」
「え?」
マレーネはずっとイケメン男子を物色していたのだ!
「オレ? そりゃあオッケーだけど……うっ。くっさ!」
屁はやっぱりこくのだった。
その頃。
吹き抜けの2階エリアで、屁の狂騒を他人事のように見下ろしながら、自分たちが興味を持っていることにだけ夢中の4人組がいた。
人の死よりもウンラートの童貞卒業が気になる、英希、ファタ、ナーシュ、カレン。“アンビリバボー・カルテット”だ。
カレンは、仲間の顔を寄せて、自分だけが気がついた発見を小声で話す。
「そう言えばね、ンカポカは、体内に取り込んだウィルスを体から出すって言ってたでしょ………ということは、いや、これはまさか! なんだけど……あ、でも3メートルも……きゃあ。ボクの口からは言えない! 言えない言えない!」
みんなも気がついて、
「い、言えない! 言えない言えない!」
世間はほとんど「屁」で間違いないと思っているのに、彼らは別のことを考えていた。
そして、実はあの後もウンラートを探しては各自で質問をぶつけていたらしい。
英希は「ちんちんを見せてみろ」を訊いて、「前髪の長い忍びに聞いてください」と言われたらしい。
「へえーっ」
みんなで相づちを打つ。
ナーシュは「どこで、したのか」を訊いて、「馬小屋で」と言われたらしい。
「へえーっ」
カレンは「どんな体位で、したのか」を訊いて、「体位は“ジャンピングかけくずれ”」と言われたらしい。
「へえーっ」
そしてファタは「いつ、したのか」を訊いて、「2020年前」と言われたらしい。
「へえーっ」
と何事もないかのようにジュースなんかをズーズー飲んでから、ナーシュが気がついた。
「……って! ファタ殿! ウンラート、歳いくつでござるかっ!???」
「あーーー! ほんとじゃのう〜!」
カレンが立ち上がる。
「みんなに言わなくちゃだよっ! ンカポカの可能性大だよーっ!」
カルテットは慌てて階段を駆け下りた。
しかし、そのとき階下ではマレーネから逃げるために一気に甲板へ向かい、大きな波となっていた。
「甲板だ! 甲板へ逃げろ!」
甲板とパーティー会場の壁は全面ガラス張りだが、出入りできるのは1ヶ所しかない。
みんなそこに雪崩れ込むように駆ける――
が、
出ることはできなかった。
マッド・サイエンティストが立っていたのだ。
「ふっふっふ。ここからは出られませんよー」
なんと、出口を塞いだのはンカポカ……じゃなくて、島村 幸(しまむら・さち)だ!!!
その後ろで、本郷翔が困り顔で見ている。
幸は肩に何かを担いでいるが、あれはもしかして……
「ウンラートだ!」
「案内係のウンラートをかついでるぞ!」
「何やってるでござるかーっ!」
そこに、カルテットが駆けつけた。
「みんな、逃げるのじゃ〜! そいつこそンカポカじゃぞ〜!」
しかし、幸はウンラートのズボンをズルッと下ろすと、剥き出しになった尻を――
ぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺん!
「うわあああ!」
「バカやめろ! なにやってんだ、こいつーっ!」
「最初からこんな奴、船に乗せるなってー!」
幸は逃げまどう乗客たちを追いかけ回して屁を捻出する。
「実験実験っ! さあ! 屁をこきなさい! どんどんこきなさいっ! じゃーんじゃんこきなさいっ! みんなおかしくなれば世界は平和になるのですよーーーーーーーっ!!!」
ぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺんぺん!
逃げまどう哀れな地球人たち、それを追いかけ回すもまた地球人。地球人滅亡の必要性が感じられてくる程、みっともない狂乱だ。
それを、甲板のプールの側に隠れて見ている女子が2人いた。
ランツェレット・ハンマーシュミットと白波理沙だ。
ランツェレットは、屁を警戒していた。
理沙はパンダ隊隊長としての直感で……何もわかってなかった。ただ、ランツェレットと友達になれたのがラッキーだった。
「ランツェレット! ありがとうー! 一生大切なともだっちーーーーーーーっ!」
理沙はウイルスを回避できて、ランツェレットに抱きついた。
「わたくしは、簡単な推理をしただけです。それより、自分たちだけ助かって悪かったかしら?」
「うーん。たしかに……でも、いいのいいの! きっと私たちの日頃の行いがよかったんだよーーーっ! ともだちっ!」
また抱きついている。
と、プールから、2人の背後から、手が出てくる。
びちゃびちゃに濡れた髪の毛を垂らしながら、
「たすけて〜」
ランツェレットは腰を抜かして、
「きゃああああ」
理沙はすぐにセシリアとわかったようで、
「幽霊かいっ!」
とツッコミを入れていた。
ランツェレットと理沙は、セシリアを助け出した。
しかも、ランツェレットが高級料理をタッパーに入れて持ってきてたので、会場の狂騒を観覧しながらモグモグモグ。
「おいしーい! 一生ともだっちーっ!」
「えへへ。喜んでもらって嬉しいです」
「不幸中の幸いじゃな。風邪は引きそうじゃが、ウイルスよりはましじゃ」
会場では、相変わらず幸が大暴れしていた。
だが、このままだったらまだ平和だったかもしれない。
なのに、刀真がつい。以前にそれで失敗したこともあるのに、それでもつい。つい! また言ってしまったあ!
「なんなんだよ、この男はよおおお!」
などと言ってしまったあ!
そう、幸は歴とした女子である。
ドッカーン!!!
「ふっはははははは! 私が男だああああ?」
幸は火術をぶっぱなした。
そして、その火はオナラガスに引火!!
ドドドドドッッカアアアアアアアアアアンンンンンンンンン!!!
大オナラガス爆発!!!
当然、甲板との間のガラスは全て、バリーーーン!!!
一斉に割れた。
「うっ。くさっ」
ランツェレットと理沙とセシリアは、屁のニオイを嗅いでしまった。
興奮した幸は、ンカポカ以上にマッド・サイエンティスト。ウンラートを放り捨てて、大笑いしていた。
その頃。パーティー会場を離れて操舵室に迫っている者がいた。
葉月ショウ。トメさんの弟子だ。
「あそこを乗っ取れば、ンカポカをおびき寄せることができる」
会場のオナラガス爆発はここまで聞こえていて、ショウは先を急いだ。
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