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リアクション
第2章 緑川越乃
セシリアは、パーティー会場を見回していた。
広い会場の中央にはステージがあり、白いグランドピアノを女性が静かに弾いている。他にもドラムセットなどいろんな楽器は用意されているが、まだ演奏はピアノだけだ。
ステージの脇にはゴージャスな螺旋階段があり、吹抜けの上、2階相当のバルコニーエリアに繋がる。ステージの周辺にはダンスやイベント用のスペースが設けられ、客用のテーブルとイスは4、5名ずつ座れるようにたくさん用意されている。照明は無数のランプや燭台に灯された蝋燭で、優雅かつ幻想的な雰囲気が漂っていた。
なお、甲板との境は全面ガラス窓になっていて、出入口が1ヶ所用意されている。
このステキな会場に似合わないモテない野郎どもも少なくないが、そんな彼らがおそらく羨望と嫉妬の目で見ていたのは、男女のカップルで参加しているこの者たちだろう……。
キラキラキラッ☆
キンピカに輝くタキシードを纏ったエル・ウィンド(える・うぃんど)が、女性をエスコートして入ってきた。
エルのキンピカに全く見劣りすることなく眩しく輝いているのは、淡いピンクのレース&チュールのベアトップドレスをまとった晃月 蒼(あきつき・あお)だ。今日はいつもの子供っぽい感じはない。
蒼は、口うるさいパートナーのレイがいないのをいいことに、ワインにも挑戦してみようと思ってるし、隣のエルには内緒だが、チークタイムをちょっぴり楽しみにもしている。
エルの方はというと、レイに心配がかからないようにと責任を感じているのか、酒は口にせず、あくまでも紳士的に……でも、チークタイムにはめちゃくちゃ期待していた。
2人はまだ恋人未満で、今夜のチークタイムでどれだけ距離が縮まるか、それが見物である。
チークタイムに期待してるのは、恋人となっても同じこと。譲葉 大和(ゆずりは・やまと)と遠野 歌菜(とおの・かな)だ。
歌菜は、薄紅色のパーティドレスをセクシーかつキュートに着こなし、同じ色の髪飾りやネックレスで素敵すぎるオーラを出している。
タキシード姿の大和は、胸ポケットに真っ白のバラを一輪さした瀟洒な出で立ちで、今夜はしっかりエスコートするべくMスイッチのメガネを外して臨んでいる。
恋人同士とはいえ、2人の仲はまだそれ程深いとは言えず、大和は一気に歌菜のハートに近づくチャンスと捉えていた。
(チークタイムで、彼女に触れたい。そして、そっと愛の言葉を囁こう……。)
モテない野郎どもの妬みの怨念が会場を渦巻くように漂い、既に異様な空気となっているが、きっとどちらのカップルも素敵なチークタイムを迎えることだろう。
セシリアが吹き抜けの2階エリアに行ってみると、上品さのかけらもないものが目に飛び込んできた。
まだ乾杯もしてないのにフォークを皿にカチャカチャ当てながら行儀悪く食事しているボッロボロの学ラン男、姫宮 和希(ひめみや・かずき)だ。
どうしてこのテーブルだけ先に、しかも大量に食事が用意されているのか不思議だが、おそらく和希が無理矢理スタッフに持ってこさせたのだろう。
男らしさを勘違いしてる和希は、とにかく行儀悪く、しかし妙に美味そうに高級料理を平らげている。
「せっかくのタダメシだからな。イーオン。お前も食えよ」
「いや、俺はまだいい」
一緒にクルーズに参加した友人のイーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)も、さすがに呆れていた。
が、料理に釣られたのだろう、恋する食いしん坊リュース・ティアーレ(りゅーす・てぃあーれ)がやってきた。
美味いもんを食って上機嫌の和希は他の皿を差し出して、
「お前も食うだろ」
「ええ、いただきます」
リュースは行儀良く、しかし和希と同じペースで平らげていく。
このとき和希の間違った男気に火がついた。
「おいおまえ! 言っとくがな、パラ実の姫宮っつったらちったあ名が知れてんだ。……おまえには負けねえッ!!」
ビシッと指差すと、ますますガツガツと食い始めた。
このテーブルは、大食い対決の舞台となった。リュースには対決する意志はないのだが……。
「キャー! どっちも頑張ってください!」
何故かそこに、ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)がやってきてはしゃいでいた。大人っぽくパーティードレスは着ているものの、大食い対決を無邪気に楽しんでるあたりは、まだ子供か。
呆れ顔のイーオンは、リュースと目を合わせて笑みを交わし、大きく溜め息をついた。
「まったく、姫宮のおかしな男気にも困ったもんだぜ……」
リュースも「ええ、まったく」と小さく頷く。頷きながら、ものすごいペースで食べていた……。
そして、中央ステージ。
ようやく司会者のブサイクなおばさん、緑川越乃がマイクを手にする。ずんぐりむっくりの体格で、長くてボサボサの黒髪を無雑作に輪ゴム1つで束ねている。サンダルは、便所サンダルだ。
「みなさん。ようこそ、ブルー……あ、あー。すみませんね、ちょっと喉が」
手近なテーブルの瓶ビールをグビグビとラッパ飲みして整え、仕切り直しだ。
「あー。ブルー・エンジェル号にようこそ」
喉に何もつまってないのに、また呑む。
「では、早速ですが乾杯しましょう。はい乾杯!!」
なんといういい加減な乾杯か。
そして、何度も酒を注ぎ足しながら、秋の味覚いっぱいの料理を紹介し始めた。
「ええ、今夜のメニューは……ぐびぐび。秋も深まり、ぐびぐび。もう冬ですが……ぐびぐび……日本酒やワインに合う感じの。……ぐびび。ぐび。サツマイモとキノコの……ぐびー」
聞きづらくて、誰も聞いてなかった。
このグダグダな様子を、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)はビデオカメラで撮影していた。
「百合園女学院から取材にきましたぁ」
司会をあきらめてステージに腰掛けた越乃に、マイクを向けてみる。
「お忙しいところぉ、すみませぇん」
「忙しいんだよ。あっち行きな。しっしっ」
越乃は冷酷おばさんだったが、酒飲み仲間にはやさしいようだ。
「おっ。そこの男子! 真っ黒な海なんか見てないで、こっちおいでよ」
呼ばれたのは、林田 樹(はやしだ・いつき)だ。男子ではなく、女子だ。それも大人の。
樹はちびちび呑んでただけだが、10代も多い乗客の中では目立って呑んでる方だった。
「いえ、私は1人で呑みたいから」
みんながさりげなくンカポカ候補者に近づこうとしてるのに、樹はこのチャンスをあっさり無駄にした。彼女が考えているのは、喧嘩が絶えないパートナーたちをどう仲良くさせればいいかという、まったくンカポカと関係ない問題だった。
しかも、せっかくの高級料理には手を出さず、イカの薫製やらポテトチップやらを酒の肴にしていた。
不純な動機でパーティーに参加した者は大勢いた。
その1人が、可愛い女子を求めてキョロキョロしてる超ミニスカートの佐倉 留美(さくら・るみ)だ。
そして、ターゲットを朝野 未沙(あさの・みさ)に絞って声をかける。
「そこの素敵なお嬢さん、わたくしと一緒に呑みませんか?」
「あたし……未成年だよ!」
「え? お酒は呑めないんですの? それでしたら、このオレンジジュースはいかが? とても美味しいんですわよ」
「ありがとう! よろしくねっ」
未沙はそれがウォッカとオレンジジュースが9対1の割合で作られたスクリュードライバーだということには気づかず、グビグビと飲み始めた。
「ホントだ。美味しいね!」
イケる口だ。
未沙を酔わせて色んな意味でお近づきになりたい留美は、せっせとおかわりを取りに急いだが、未沙はというと大好きなレイディスを探してキョロキョロしていた。
だが、未沙の視界に入ってきたのは、如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)だった。
「おーい、美沙さん。未成年だよね? ダメだよ、お酒呑んじゃ」
「え? オレンジジュースって言ってたよ?」
「あれれ、そうか。ごめんごめん。いや、若い子が多くてみんな羽目外しそうだろ、ちょっと心配なんだよね……あ、これね。ジュースだね」
未沙は留美が持ってきたおかわりの“スペシャル”オレンジジュースをまたグビグビと呑んでいた。
会場の空気が一瞬にして凍り付き……そして笑いに変わった。
入口に、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)と栂羽 りを(つがはね・りお)が立っていた。
「やーやーやー、パーティーにオンナノコと一緒ってのは嬉しいね〜♪ ん? なんかおかしい? やっぱり〜?」
ウィルネストは、ロングウィッグにゴスロリ・ワンピースという無茶苦茶あやしい女装をしての登場だ。彼、いや、彼女は、可愛く変身した自分をマセガキのウンラートに対する囮にするつもりで、ふざけてるようでも真剣! なのだった。きっと。たぶん。もしかしたら……。
そして、ウィルネストが女装ということはつまり、りをは反対に男装だ。シークレットブーツにパートナーの一張羅を借りて、髪はオールバックにして男の子に変身! ウィル嬢をエスコートして、いざ出陣!!
「よーし! はりきって行くよー!」
間違っている。なんかもういろいろ間違っている。
しかし、2人は真剣かつご機嫌で、知り合いを見つけては声をかけていた。
真面目にンカポカを探して会場を見渡していたセシリアが、りをとウィルネストのあべこべカップルに背を向けると、そこには、正義のヒーローが集まっていた。
ケンリュウガーこと武神 牙竜(たけがみ・がりゅう)、パラミタ刑事シャンバラン神代 正義(かみしろ・まさよし)、そして仮面ツァンダーソークー1風森 巽(かぜもり・たつみ)。
そもそも正義のヒーローがパーティー会場に座ってるだけでもおかしな画だが、彼らは仮面をしているために食事ができず、フォークやスプーンを口まで持ってきてはそのまま下ろすという、実にシュールな光景になっていた。
そして、何やら仲間が1人欠席したらしく、アリがどうしたとかこうしたとか真剣に語り合っていた。
セシリアはぺこんと尻餅をついた。
「もうダメじゃ。限界じゃ。こんなに変人がぞろぞろいちゃ、どれが奇行でどれが普通かわからん」
そのまま這って近くのテーブルの下に隠れてしばらくやり過ごそうとしたが、思わず大きな声を出す。
「何をしとるんじゃ?」
テーブルの下には先客がいたのだ。
椿 薫(つばき・かおる)だ。
「しっ。声が大きいでござる」
薫の話によると、こっそりと越乃に近づき、睡眠薬を注入した酒を呑ませる作戦らしい。もしンカポカじゃなくても、拘束して情報を聞き出すこともできるし、なかなか悪くない作戦だ。
「なるほど。まともな人もいたんじゃなー。健闘を祈る!」
セシリアはテーブルの上の仲間からであろう、差し出されたグラスの水を何気なく受け取り、薫の背後で、
「悪いのお〜。ちょうど喉が渇いたところじゃ」
ごくごくごく……一気に呑んでしまった。
「こ、これはなんじゃ? もしか……して……むにゃむにゃ」
セシリアは、薫の仲間絹屋 シロ(きぬや・しろ)が作って差し出した睡眠薬入りの日本酒を呑んでしまった。
ようやく様子がおかしいことに気がついたシロは、テーブルの下をのぞいて、
「あれーーー。ど、どうして……!」
セシリアが涎を垂らして爆睡している。
シロは仕方なく、睡眠薬ドリンクをもう一杯作った。
薫はドリンクを受け取ると、各テーブルの足下をこそこそと通る。
それに、ルイ・フリード(るい・ふりーど)が気がついた。酒には一切手を出さず、冷静に状況を見ていたのだ。
「なんです? 誰ですか?」
呼び止めたルイは、言葉を失った。
薫のスキンヘッドがランプの光を反射して……ピカッ! と輝いた。
「なんでござるか? ……ああ!」
薫も口をあんぐり。
ルイも、薫に負けじとピカピカしたスキンヘッドだった。ルイは肌が黒いため、薫と並ぶと白黒のピカピカコンビだ。
運命のピカピカした出会いに、2人は目と目で、いやピカピカとピカピカで語り合った。そして、ルイはお得意のピカピカスマイルを贈る。
「さあ、前へ進むために必要なのはただひとつ! スマイルです! ルイ・スマイルッ!!!」
にかっ!
薫はさすがに躊躇ったが、せっかくのピカピカ友達を失いたくない一心で応えた。
にかっ!
そして作戦に戻っていく。
ルイの隣に座っていたヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)は目を覆っていた。
「うう。ルイおにいちゃん。いつもより、いっぱいまぶしかったです!!!」
ルイはすっかりご機嫌だ。
「そうですか。では……はい、ルイ・スマイル!」
にかっ!
「わあ。またですかあー」
ヴァーナーは目を逸らした。
すると、よっぽど暇なのか、大食い対決を観戦していたはずのガートルードがやってきて、
「ガートルード・スマイル!」
にかっ!
すると、スマイルひとつで友達になってるこのテーブルの様子を見ていた四方天 唯乃(しほうてん・ゆいの)が、寄ってきた。パートナーがいなくて、寂しかったようだ。
「こんにちは〜。私も一応……やってみますね。ゆいの・スマイル!」
にかっ!
と、そこに桐生 ひな(きりゅう・ひな)がやってきた。
「みなさん、素敵な表情ですねー!」
とテーブルに紙と墨を置く。
「記念に取っておきましょう。魚拓ならぬ顔拓です!」
何をしたいのかさっぱりわからないが、とにかくやりたいらしい。
しかし、顔が墨まみれになるのだから、やりたがるわけがないだろう……ひなでさえそう思っていた。
が、
「はい! 私やります!」
ガートルードが顔に墨を塗り、
「ガートルード・スマイル!」
バシィッ。
思ったよりうまくできて、一気に盛り上がった。
「私も、やってみます……ゆいの・スマイル!」
バシィッ。
「僕もやります!……ヴァーナー・スマイル!」
バシィッ。
「それでは、ワタシも。……ルイ・スマイル!」
バシィッ……ビリビリーッ。紙が破れた。
そして、ひな自身もやらされた。
「では……ひなスマイル!」
バシィッ。
そして、みんな顔が真っ黒になり、みんなで一緒に、
「まっくろ・スマイル!」
にかっ!
みんな、友達だっ!
その頃。会場の外の通路で、トメさんの弟子ラーフィンが困っていた。
朝霧 垂(あさぎり・しづり)がトメさんの弟子になりたいから紹介しろと言うのだ。
「残念だけど、トメさんは今日は来てないんだよ」
「嘘だ! 来てるって聞いたぜ! さっき見たって誰かが言ってたんだから、本当だ!」
「うーん。それ、乙女トメさんのことじゃないかなー」
「え? おー! トメトメさん? やっぱりいるんだな! 頼むよ、紹介してくれよ」
ンカポカを探しに行きたいラーフィンは、もう面倒になって嘘をついてしまった。
「わかったよ。えーっと、ほらほら、あそこ!」
越乃にあと少しと迫った薫がいた。薫は風貌がトメさんに似ていて、ラリラリ騒動のときは乙女トメさんとして本物と間違われた程なのだ。
「やっぱりいらっしゃったー!」
垂は猛ダッシュで薫の前に飛び込み、ザザザーーーッ! 土下座した。
「お願いします! 弟子にしてください!」
「え? な、なんのことでござるか?」
「トメさん! お願いです。モップ戦術を教えてください!」
そのとき、越乃の目つきが一瞬真剣になったのを、遠くからラーフィンは見ていた。
「なにか、気になる……。でも、今は船内を探すのが大事。乙女トメさん……ごめんね!」
ラーフィンは通路に消えた。
垂はイケメンを生け贄に差し出せばいいという情報を持っていたため……
ボッコオオオ!
たまたま目の前を歩いていただけの聖・レッドヘリング(ひじり・れっどへりんぐ)の腹をぶん殴って、差し出した。確かにイケメンだが、かわいそすぎる。
「う……うう……」
これ以上の被害者が出る前に、と薫は引き受けた。
「わかったでござる。教えるでござるよ」
そして、薫のデタラメモップ戦術講座がはじまった。
「えっとでござる、まずは敵の汚れた精神を掃除しようという心が大事でござる」
気になって光学迷彩で様子を見に来たラーフィンは、心の中で大笑いしていた。
(乙女トメさん、あってるよ! その通りだよ! なんで知ってんのー?!)
「あ〜あ。パーティーなんて退屈だなぁ」
望月 あかり(もちづき・あかり)は楽しくするには自分で演出するしかない! と徐ろに立ち上がった。
そして、越乃の目の前まで行き……その顔面に――
「えいっ!」
パイを投げつけた。
越乃は避けようともせず、もろに受けた。
会場は静まりかえった。
ンカポカの戦闘能力が高いのか低いのか、それはまだわからない。だが、最強戦士なら、あれくらい避けられるはず。避けられないということは……
『ンカポカ=緑川越乃』
最も人の多いパーティー会場で、あの酒臭そうな吐息がウイルスなのだろうか……?
みんなの間に、緊張が走った。
が、あかりは構わず2発目のパイを用意していた。
「そりゃ!」
しかし、滑って転んでパイは明後日の方向へ。ピアニストにぶつかった。
「きゃっ!」
か弱きピアニストは、泣きながら会場を後にした。
越乃は猫が顔を洗うかのように、顔についたパイを手でとっては舐めていた。
恐るべし、越乃。パイをも酒の肴にしていた。
そして、モップ戦術講座を見ながら大笑いしていた。
「がーっはっはっは。がーっはっはっはっはっはっはっは!!!」
そして、出入口の扉が開き、ピアニストと入れ替わりに楽団がやってきた。一番後ろで俯いているのが、あのバイオリニストだろう……。
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