リアクション
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アレナの首を切り落とすための刃が、彼女の首に打ち込まれ鮮血が舞い飛んだ。
同時に、アレナの肘鉄がミストラルの胸を打っていた。
「校長……!」
ロザリンドが手を伸ばして、静香を胸に抱きとめ、すぐに後ろを向く。
「私、が、死んだら嫌な人……いるん、です」
そう言うアレナに対し、よろめいたミストラルが体勢を立て直してすぐ、カタールを振り下ろす。
「アレナ!」
悲鳴のような大きな声を上げて、亜璃珠がアレナに飛びついた。
ミストラルの刃は、亜璃珠の肩を深く斬り裂いた。
「約束破りー! 斬っていいよねっ」
ロザリアスが忍びの短刀を静香に――静香を庇うロザリンドに打ち下ろした。
ロザリンドの背が大きく斬り裂かれる。
「メニエス、さん、なんでこんな……っ!」
静香はロザリンドの手から逃れようとする。
「ダメです、校長……っ」
痛みに耐えながら、ロザリンドは静香を抱きしめ続ける。
「殺させない……!」
亜璃珠が捨て身でミストラルに飛び掛る。
ミストラルはカタールを振り下ろして、亜璃珠の体を傷つけていく。
強化スーツが破れ、肌が露になり、血が噴出していく。
構わず亜璃珠はミストラルに突進し、硬い地面に組み敷いた。
石を掴んで、ミストラルの頭を殴りつける。
ミストラルは亜璃珠を振りほどこうとその肩を、腕を、胸を切裂いていく。
首を深く切裂かれたアレナは、倒れてもう動かない。まだ血だけが飛んでいた。
「……っ」
メニエスはたまらなくなり、岩場を駆けて岸辺へと向っていく。
「えー? もう帰るの?」
2、3度短刀を繰り出してロザリンドを傷つけた後、ロザリアスもメニエスの後を追っていく。
「静香さま!」
異変を聞きつけ、空飛ぶ箒とバーストダッシュで岩を飛び越え悠希が駆けつける。
「校長を!」
瞬時にロザリンドは静香を悠希の方へと押し、自分はアレナの方へと走り、飛びついた。
途端、上空から雨――いや、弾丸が降り注ぐ。
アレナと、船の方へと。
小型空飛艇からの狙撃だ。急所には命中しない。
しかし、弾はアレナを庇うロザリンドの足を、腕を傷つけていく。
「ロザリンドさん、みんな……っ!」
静香が悲壮な声を上げる。
悠希は静香を抱きとめ、庇いながら仲間にも手を伸ばそうとするが届きはしない。
「静香さま……っ」
静香を安全な所に逃がそうとするが、島に建物はなく船も狙われている。空飛ぶ箒で逃がしたら、狙い撃ちされるかもしれない。今は静香は狙われていないようだけれど、跳弾が時折こちらにも届く。悠希は大切な大切な存在である静香を離すことは出来なかった。
白百合団の皆の壮絶な守りの戦いを、初めて悠希は見た。
優しく穏やかなアレナも。
温和で夢見がちなロザリンドも。
高飛車でカッコの良い亜璃珠の姿も、そこには無かった。
誰も見捨てはしない。皆護ると決意したけれど。
この小さな体では、静香の体全てを覆うことすら出来ず、血溜まりの中のアレナを、傷ついていくロザリンドを、捨て身で組み合う亜璃珠を護ることが、出来ない――。
「亜璃珠さん!」
「アレナ!」
悠希より十数秒遅れて、小夜子と康之が駆けつける。
必死にミストラルから逃れた亜璃珠に、小夜子が剣を渡すも、亜璃珠にもう剣を振るう力は残っていない。
両手は血に染まり、身体も自由に動きはしない。
予想していた状況と全く違うが、小夜子は戸惑うことなくミストラルに斬り込む。
上空からの銃撃が、皆を襲いだす。
「……っ」
康之がアレナとロザリンドを庇う。
「アレナ、さん……。死なないで、下さい」
ロザリンドがぴくりとも動かないアレナにヒールをかける。
「アレナ、遅くなってごめん……護るから、護るから……!」
銃撃を受けながら、康之はアレナの身体を抱き起こす。
銃弾が小夜子を襲い、小夜子が攻撃の手が一瞬緩まった隙に、ミストラルは空飛ぶ箒に乗って空へと飛び立った。
「皆、できるだけ大きな岩の側に!」
悠希は声を上げる。
小夜子は気丈に意識を保っている亜璃珠の元に駆け寄って、肩を貸す。
悠希も小夜子も、煙幕ファンデーションを使って逃走に転じたかった。
しかし、逃げ場がない。船は真っ先に狙われている。
空の敵の数はそう多くはないが、増えているようでもあった。
だが誰も、空の敵に届く攻撃手段を持っていない。
ロザリンドはアレナにヒールをかけ続け、康之はアレナを庇いながら止血をしていく。
「メニエスさん、どうしてこんな……戻ってきて……止めて!」
悠希の手の中の静香が暴れだす。
「静香さま、静香さま……どうか落ちついて下さい」
「行ってください」
ロザリンドの声が飛んだ。
「確固たるご意志があるのなら、校長も校長のすべきことをされてください」
ロザリンドの言葉を受け、静香がメニエスが逃げた方へと走りだす。
「静香さま!」
悠希は静香を護る為に後を追う。
「アレナ!? 大丈夫かっ、直ぐ病院に連れてってやるからな!」
出来なくても、不可能でも、絶対そうするんだという意志を持って、康之は虚ろに目を開けたアレナにそう言った。
しかし空から降り注ぐ弾丸が、康之の身体を無常に傷つけていく。
「わた、しも……みんな、まもり……たい……」
アレナの手が自分の身体の中に伸びて、弓を取り出した。
パリンと、何かがはじけた音がして。
次の瞬間に光が打ち上げ花火のように空へと飛び、空中で弾けた。
光が無数の流星のように夜空を飛ぶ。
空を飛んでいた空飛艇が一瞬のうちに破壊され、爆発と共に消し飛んだ。
「ごめん、な……大丈夫だ、大丈夫だ」
康之はアレナを抱き上げて立ち上がる。
誰が大丈夫なのか、何が大丈夫なのか分からぬまま、康之はそう声に出していた。
続いてアレナは、頬を血に染めている康之に手を伸ばして。
「わたし、自身の……手、で……掴……」
リカバリで皆を癒した。直後に彼女の意識は消えた。
何度も転び、傷つきながら静香はメニエスが走っていった方向へと走った。
湖岸に止められていた中型船に、ミストラルが降り立つ。
「メニエスさん、メニエスさん! 行ったらダメだ、こんなこと、ダメなんだよ……っ! 僕達と一緒に百合園に戻ろうっ」
静香は泣きながら叫んでいた。
船の中でメニエスは耳を塞いで、俯いていた。
「出して……謝罪は私がするから」
組織のメンバー……悠司達にそう言い、船が岸から発つ。
悠司は、メニエス達が失敗した際に、アレナ確保に動くつもりだった。
だが、予想外にミストラルが早く動いた。その場で殺そうとするとは、思っていなかった。
しかし、それは組織のやり口そのものだ。
悠希に護られながら叫ぶ静香をちらりと見た後、悠司は仲間達と船室に戻っていく。
「エレン、助けにきてっ。早くー」
パートナーのエレンディラに連絡を入れた後、葵は船の前に立ち、船長やエンジンを狙おうとする敵の攻撃を受けていた。
「皆を守るんだからー!」
船長を船室に下がらせて、光精の指輪から呼び出した精霊で敵を惑わせながら、盾で必死に敵の攻撃を受け、船を守っていく。
空。
注意しなきゃいけないこと、わかってたのに。
小型船には空飛艇を持ち込むことは出来ず、空の敵を撃ち落とすような武器も、怪しまれないために持ち込んではいなかった。
長時間、1人で船を守っていた葵も――空に舞う光の束を目にした。
葵には直ぐに、それがアレナの光条兵器の攻撃だとわかった。守ってくれる、光だと。
それから数分後、皆が皆を支えて、船に仲間達が戻ってくる。
息をしていない者はいなかった。