リアクション
第4章 キメラ
神楽崎分校に続々と百合園生達が集まりつつあった。
白百合団員のみならず、一般の百合園生の姿も多い。多くの百合園生は武器を手に、キメラ討伐に備えていた。
そんな百合園生が集まる喫茶店で、1人の男が彼女達に釈明をしていた。
「組織に関わったのは、潜入して内部から崩すことが出来ないかと考えた為だった」
男、久多 隆光(くた・たかみつ)は、組織からの依頼であったハーフフェアリーの拉致に協力をしたことがある。
「それを成功させるためには、闇組織から信用を得なければならない。殺傷はしないまでも何かしら行動で示さなければならなかった。……だから、ここを襲撃した」
「はいそうですかとは言えないわよね。直接殺傷しなくても、ハーフフェアリーの子供、組織に殺されてたかもしれないのに」
すぐに反応を示したのは、ブリジット・パウエル(ぶりじっと・ぱうえる)だ。
「納得がいかないかもしれないが、今は時間も無い。後で必ずちゃんと話す。それでも納得が出来なければ、どうにでもしてくれ」
隆光は真剣な表情でそう言う。
百合園生達は困惑の表情を見せている。
「……わかりました」
そう言ったのは、ブリジットのパートナーの橘 舞(たちばな・まい)だ。
「悪い方には見えませんし……。今は1人でも多くの協力者が必要ですから。どうかお力をお貸し下さい」
その言葉に、隆光は深く頷く。
「すまないが、今は百合園とリーアの為に戦わせてくれ」
隆光の真剣な声に、百合園生達も頷きを見せていく。
「あの……がっこうのみんな、まもってくれたら。あと、キメラがいかないようにしてくれたら、おてつだいしてくれたって、せいとかいのみんなにほうこくするね」
百合園生に守られてるハーフフェアリーのライナ・クラッキル(らいな・くらっきる)がそう言った。
彼女は白百合団、団長桜谷鈴子のパートナーだ。
「ありがとう」
感謝の言葉を述べて、隆光は武器を手に立ち上がる。
「リーアさん、似合ってます」
奥の従業員用休憩室で、関谷 未憂(せきや・みゆう)が微笑みを浮かべた。
目の前には、魔女リーア・エルレンの姿がある。
未憂が持ってきた百合園女学院制服を来てもらって、未憂はリーアが着ていた胸部に穴の開いた服を着て、上にローブを羽織っていた。
リーアの髪を結って、自分は鬘を被って、化粧を施して、互いの印象を変えていく。
そっくりとまではいかないけれど、未憂はリーアに似た姿に扮していた。
「ありがとう。私の服、穴が開いててごめんね。いつかちゃんとした服、プレゼントするね」
看病を続けていた未憂とリーアは少し仲良くなっていた。
またこうして話が出来るようになって本当に良かったと未憂はしみじみと思う。
コンコン
ドアが叩かれ「どうぞ」と未憂が答える。
「こんにちは」
現れたのは、和原 樹(なぎはら・いつき)だ。後ろにフォルクス・カーネリア(ふぉるくす・かーねりあ)の姿もあった。
「体調、どう? 無事でよかった」
樹はフォルクスがどこかで入手してきた薔薇の花束をリーアに差し出した。
「ありがとう。綺麗ね」
リーアは微笑みを見せた。
だけれど、本調子ではないことは顔色を見ればわかる。
食事も良く食べられていないのだろう。体も以前より痩せていた。
「誘拐未遂した人が助けてくれたんだってね」
ちらりと樹は客席の方に顔を向ける。もう特に気にしてはいないけれど、どんな人物かは気になっていた。顔だけはさきほどちらりと拝むことが出来た……悪人には見えなかった。
「うん……」
リーアは少し笑みを浮かべた。それから客席の方に目を向けて……すぐに、視線を自分の手に戻す。
彼に関しては何か複雑な思いがあるらしい。
「体調悪いところ申し訳ないんだけど……まだ、占いの依頼は受けてもらえるのかな?」
「内容によってはね」
「ハーフフェアリーの子供は見付かったんだけど、百合園の人達が探している人がもう1人いるんだ。マリルさん達と同じ騎士の、嘆きの騎士ファビオって人。詳しくは知らないけど、マリルさんたちの仲間で、ハロウィンパーティーの時に敵対組織に連れ去られたって聞いてるんだ」
「ファビオが……?」
リーアはファビオを知っているようだった。ただ、百合園側からそこまでの説明は受けていなかったようだ。
「パートナーが百合園にいるらしいから、写真や持ち物は都合つくんじゃないかな?」
「ファビオなら写真はなくても大丈夫。持ち物さえあれば……とはいえ、大体の位置がわかる程度だけれどね」
「うん。それじゃ、力になってあげて」
「勿論。教えてくれて、ありがとう」
樹は微笑んで頷き、その話を終えると、フォルクスと共に見回りの為に外へと向っていった。
「リーアさんがこちらにいらっしゃるというのは本当でございましょうか!」
少女の声と荒々しい足音が響いて、休憩室のドアがバタンと開く。
現れた人物――邪馬壹之 壹與比売(やまとの・ゐよひめ)は、部屋を見回して変装をしたリーアの姿に気付いた。
「リーアさん、ですよね?」
「うん。心配かけちゃったかな」
壹與比売――壱与は、ものすごくほっとした顔で歩み寄って、リーアに抱きついた。
「ご無事でございましたか」
「ダメかと思ったんだけれどね、なんとか……」
「はぁ……哀しいものでございますね。嫌な予感がしても、よからぬ兆しを見ても、それ以上の事が出来ず判らぬ弱々しくなった身と力と言うものは」
顔を上げた壱与のその言葉に、リーアはくすりと笑みを浮かべる。
「私も同じようなものだから。たまに虚しくなるのよね」
2人は顔を合わせて、弱く笑い合った。
「今、ライナさんに桜谷鈴子団長へ連絡ととってもらったんですけれど」
未憂が部屋に戻ってくる。
「リーアさん、是非百合園に来てほしいってことです。私はここに残らなければなりませんけれど」
「あたしが付き添うよ!」
未憂のパートナーリン・リーファ(りん・りーふぁ)が言った。
「それなら、わたくしも帰還いたします」
壱与がそう言う。
「3人やけやと心配やし私達も戻りまひょか」
後ろで見守っていた清良川 エリス(きよらかわ・えりす)が言い、壱与が勢い良く頷いた。
リーアと絶対離れたくないらしい。
それから未憂が、馬車を呼びに行って手配し、リーアは百合園生達と共に、百合園へ向うこととなった。
「お嬢様どうぞ」
リンがメイドの立ち振る舞いを思い出しながら、馬車へリーアとエリス達をいざなう。
全員が乗った後「リーアさんまたね!」と、リーアに変装した未憂に言い、自分も馬車に乗り込んだ。
ディテクトエビルを使って、調べてみるが周辺に害意は感じれらない。
「百合園かー。ガラじゃないけど中に入ってみたかったのよね」
「そんなことないよ、制服もに合っているし。とっても可愛い」
言いながら、リンはリーアの左隣に腰掛ける。
「そうかな」
リーアは照れ笑いを浮かべる。
「面白い学校でございますよ。体験入学してみては如何でございましょうか」
壱与がリーアの右隣に近づいた。
「ちょっと交ざってみるのもいいかもね」
微笑み合い。
そして、百合園の話や占いの話をしながら百合園へと向っていくのだった。
〇 〇 〇
ジィグラ研究所から脱出した白百合団員と百合園生は、一旦神楽崎分校まで避難し、百合園に戻るもの、付近でキメラ討伐に当たる者。
それから、キメラを放っているジィグラ研究所自体を破壊する班に分かれた。
研究所破壊を任されたのは、班長に就任したばかりの
ヴァーナー・ヴォネガット(う゛ぁーなー・う゛ぉねがっと)だった。パートナーの
セツカ・グラフトン(せつか・ぐらふとん)のアドバイスを受けながら、集まった白百合団員と協力者達と相談を進めていた。
キメラ討伐に名乗り出た者が多く、元となる研究所破壊への志願者はあまりいなかった。
研究所付近は携帯電話が使えるため、ライナを神楽崎分校に残して、ヴァーナーと白百合団員、そして協力者達は再び研究所へと向う。
その途中。
「キメラがヴァイシャリーの方に向ってるそうだが」
異常に体の大きい男とドラゴニュートが近づいてきた。
「教導団のジャジラッド・ボゴルだ。研究所に乗り込むんなら、オレも手伝うぜ」
そう笑みを浮かべた
ジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)を、ヴァーナーは純粋な目で見る。
「ぜひ、お願いしたいです」
「
ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)と直接話がしたいんだが、連絡先教えてもらえるか?」
「どうしてですか? ラズィーヤおねえちゃんはいまとってもいそがしいです。電話してもつうじないそうです」
ジャジラッドとしては、パートナーのドラゴニュート
ゲシュタール・ドワルスキー(げしゅたーる・どわるすきー)をラズィーヤの元に派遣して、何だか裏がありそうなあの研究所へスパイとして潜入することを了承させたかった。
しかし、今からヴァイシャリーに行ったのでは、作戦に間に合いそうもない。
偶然キメラが南に向う様子を見て、周囲の者に事情を聞いた程度であり、ジャジラッドとゲシュタールは詳しい事情も百合園の状況も知らないので、興味深そうな事件だと思うのだが今から交渉してもどうにもならなそうだった。
ならば、事後に百合園側に了承させることは出来ないかと、ゲシュタールは幼き班長に提案をする。
「所長を故意に逃がして泳がせてはどうだ? オレ達が敵の内部に入り込み、百合園に情報を送るぜ」
初対面の男の言葉に、ヴァーナーは眉を寄せて、首を左右に振った。
「白百合団は、だれかひとりにそういうあぶないことをお願いすることはないです」
ジャジラッド、ゲシュタールはその後も、ヴァーナーと交渉してみるが、潜入についての了承を得られることはなかった。
とりあえず、今回は作戦に同行し様子をみることにした。