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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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それを弱さと名付けた(第2回/全3回)

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chapter.1 蒼空学園(1)・準備 


 空気を切り進む冷たい風の音に混ざって、がやがやと生徒たちのざわつく声が聞こえてくる。
 蒼空学園校長、山葉 涼司(やまは・りょうじ)は支度中に、その音を耳にしていた。彼がしていた支度とは、言わずもがな空京大学へ会談をするため向かうためのものであった。
「なんだ? 騒がしいな……」
 いつもと少し違う校内の様子を不思議に思った涼司は、その手を一旦止めて喧噪の中心へと向かう。するとそこには、何かが書かれた紙を道行く生徒たちに配っている風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)の姿があった。
「おお……」
 優斗は「ぜひ皆さんも選挙にご協力ください」というようなことを言いながら、熱心にそれを配っていた。そんな彼を見て思わず声を漏らした涼司は、そのまま優斗へ近づく。
「早速やってるな」
「あ、山葉さん」
 涼司に気づいた優斗が、振り返り返事をした。
「早くつくらないと、臨時生徒会の意味がないですから」
 軽く笑顔を浮かべながら言った優斗。どうやら彼は、昨日涼司に提案し、許可を得た新生徒会の発足に向けて活動をしているようだった。新生徒会、と言っても本来の校長兼生徒会長、御神楽 環菜(みかぐら・かんな)が学園に戻ってくるまでの臨時のものではあるが。
「だな、頑張ってくれ」
 優斗の真面目な様子を見て安心したのか、そのままその場を去ろうとする涼司。それを、優斗が後ろから呼び止める。
「あ、待ってください山葉さん!」
「ん? どうした?」
「いざ生徒会長が決まった時のために、職務をリスト化し、ワークフロー図や簡易マニュアルなどをつくりたいんですが、環菜先輩の実績データなどを参考にさせてもらってもいいですか?」
「ああ、構わないぜ。一応俺が伝えられる範囲のことはここで伝えるけど、それでも情報が足りなかったらその時は連絡をくれ。校長室にあるファイルを見せる」
「ありがとうございます」
「優斗殿、役員は生徒会長だけではありませんよ」
 涼司にお礼の言葉を言った優斗のそばにゆっくりと近づきながらそう諭したのは、彼のパートナー、諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)だ。
「優斗殿が生徒会長の職務手順書を作成するなら、私はその他の生徒会職務の手順書作成を担当しましょう」
「助かります。では早速そちらの準備にも……」
「優斗殿、もうひとつ」
 はやる優斗を呼び止め、孔明が彼に告げた。
「環菜殿の実績を参考にするのは賛成ですが、環菜殿でなければ実現不可能なこともあるでしょう。そういったことは盛り込まず、あくまで私たちが対応可能なものをまとめましょう」
「確かに、その通りですね」
 優斗は頷き、それから孔明と共に涼司に普段の業務を聞くことにした。
 彼のその努力からは、空京大学の干渉のみならず、環菜や涼司にすら頼り切ることなく、自分たちで蒼空学園を大切にしていこうという意思が見て取れた。
 が、努力と意思だけでは成し得ることができないことがあるということもまた事実であった。新生徒会発足の準備、その選挙のための告知、そして生徒会役員業務の把握。これらすべてを短期間でこなすには、優斗と孔明のふたりでは明らかに人手不足だった。
「随分やることが多いみたいだな……俺が何か手伝うか?」
 そんなふたりを見かねた涼司が提案するが、優斗は首を横に振った。彼からすれば、涼司の負担を減らすべく買って出た役割なのだ。その涼司に手伝ってもらったのでは元も子もないのだろう。そんな彼らの様子を察してか、話に入ってきた生徒がいた。
「私でよければ、お手伝いをさせていただけませんか?」
 そう口にし、進み出てきたのは本郷 翔(ほんごう・かける)だった。近くにはパートナーのソール・アンヴィル(そーる・あんう゛ぃる)も控えている。
「山葉校長もご多忙でしょうから、私が校長の執事となって、微力ながら協力させていただきたいと思います」
「あ、ありがとうございます。でも、いいんですか?」
 翔の申し出に、嬉しさと戸惑いを見せる優斗。そんな彼に翔は深くお辞儀をして答えた。
「執事の卵として、山葉校長のお役に立てるのなら喜んで。それに私は、嬉しいのです」
「嬉しい……?」
「私も、蒼空学園がしっかりとした組織になっていることを示し、自分たちでやっていけると証明したいと思っていました。そのために組織で行う仕事のマニュアル化が必要であるとも。そんな風に考えてくれていた方が他にもいたということが、嬉しいのです」
 翔の言葉を聞き、優斗も顔を綻ばせた。
「じゃあ、ざっくりと校長の職務を言ってくぜ。まずはカリキュラムの確認、会議や出張、それから依頼書に関する業務もあるな……」
 そして彼らは、涼司が次々と羅列していく仕事の数々をメモにとっていく。
「今のところは問題なさそうですが、この際ですから、非効率な部分、ボトルネックとなっている箇所などは随時チェックしていきましょう」
「なるほど、良い案ですね」
 メモをまとめつつ話す翔に、優斗と孔明が頷く。
 一通り涼司の説明が終わると、それを待っていたとばかりにソールが声を上げた。
「やっぱり、少人数でできる作業じゃなかったな。どれ、じゃあ俺も手伝おうかな」
「珍しく、真面目ですね」
 普段はナンパしていることが多いソールを知っているだけに、翔の口からそんな言葉が漏れる。するとソールが少し心外そうに返事をする。
「俺だって、やる時はやるのさ。さて、てことで俺は事務の子にでも話を聞いてまとめてくるかな」
「……まさかとは思いますが、それを口実に何か良からぬことを考えてはいませんよね?」
 一瞬、翔に嫌な予感が走る。しかしソールの答えは、良い意味で翔を裏切った。
「安心してくれよ。実際会って色々話を聞いた方が、今後何かと接しやすくなるからってだけだから。今回は俺だって、ちゃんとやるさ」
 その青い瞳をきらめかせながら、ソールが言う。
「……ちょっと、見直しました」
 そして彼は、翔のその言葉を聞いて満足げな様子だった。

「ふう、大体マニュアルはこんなところでしょうか」
 優斗が簡易版ではあるが、まとまったそれを見ながら一息つく。
「これがあれば、追加要員の把握も問題なさそうですね。あとは必要に応じてコピーし、個々の役割の把握に努めることができれば言うことなしですね」
「はい。差し当たってこれから募集するべき役員として、生徒会長、副会長、書記あたりはほしいですね」
「立候補者が現れてくれると良いんですが」
「大丈夫ですよ、言い出しっぺでもある僕がまず生徒会長に立候補しますから。候補者がゼロにはなりません」
 少しだけおどけた言い方で、優斗が言った。ふたりがそんな会話をしていると、そこに突如として大声と共に割り込んできた生徒がいた。
「はい、はーいっ! 私! 私が生徒会長やるよ!!」
 パートナーのベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)らを引き連れ声高にそう主張したのは、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だった。
「やっぱ目立つポジションって言ったら生徒会長だもんねー! よーっし、私が生徒会長になるからには……」
「美羽さん、立候補は自由ですけど、会長になるためには選挙というものがあるんです……」
 奔放な美羽を、申し訳なさそうにベアトリーチェがフォローする。
 一気に場が賑やかになったのを見て、涼司は自然と微笑んだ。その彼に、コハクが話しかける。
「涼司さん」
「ん? なんだ?」
 コハクの方を向く涼司。その背中に抱えられた大きな剣を見て、コハクは言う。
「お願いがあるんです。もしこれから大学に行って会見しようとしているなら、武器を持っていかないでほしいんです」
「いや、これは……」
 別に、明確な誰かへ矛先を向けようと所持したわけじゃ。涼司がそう言おうとした次の瞬間、涼司は驚いた。コハクが、彼の前で膝をつき、頭を下げたのだ。
「武器ではなく、美羽たちのような仲間を頼ってほしいんです」
 涼司は少しの間目を丸くさせていたが、コハクを起き上がらせると彼にこう答えた。
「心配するな。武器に頼って解決しようなんてことは思ってないぜ」
「じゃあ……!」
「でもわりぃな。これを持っていかないわけにはいかないんだ。なにせ2学校の校長が集まるんだ、誰かが俺たちを狙ってこないとも限らない。それに、大学までの道中にも危険がまったくないわけじゃないからな」
「そう、ですよね……」
 涼司の言葉を聞いたコハクは、すべてを納得した様子ではなかったが仕方ないといった表情で頷いた。
「じゃあ、そういうわけで、そろそろ行ってくるぜ」
 涼司がその場から動き始めた。
 傍では、依然美羽が騒ぎ立てるのをベアトリーチェがなだめ、優斗と翔が選挙や職務についての説明をしている。
「なんか、蒼空学園って感じだな」
 喧噪を背中に感じながら、涼司は小さく漏らした。そしてそのままその場を後にする。
 この場所を守りに行くんだ。
 そんな決意を胸に抱きながら。