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リアクション
第五章 水波羅遊郭2
――話は少し戻る。
「桔梗と申します、恐れ入ります」
「ああ、入んなよ。俺たちはもう勝手にやってるぜ」
宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が呼ばれた座敷では、数名の男達が既に酒宴を行っていた。
皆まだ若いが、町人風情ではない。
どこぞの武士の集団だろう。
それなりの地位のものだと祥子はふんだ。
その中で、中心人物を思われる男は銀髪で、左目を赤い布で覆っていた。
銀髪の侍が祥子に尋ねる。
「なあ、さっきあんたのところにいた客、シャンバラから来たのかい?」
「さあ、そこまでは……」
「そうか、まあいいや。もし、どこぞの藩士がいたらこっそり教えてくれねえか」
「……この扶桑の都は今、マホロバ中から志士や浪人が集まってるんですよ。水波羅ともなれば、各地のお侍さんで溢れかえってますよ」
「違いねえな。じゃあ、ちょっとやっててくれ。俺は厠に行ってくる」
銀髪の侍は席を立ち、廊下に出た。
手洗いを済まし戻る途中で、階段の影からいきなり襲われた。
「瑞穂藩士日数谷 現示(ひかずや・げんじ)覚悟ー!!」
「何!?」
……ぼふっ。
「……あ……れ?」
全力の腹パンチが空振りし、桐生 円(きりゅう・まどか)の両手が空中を泳いでいた。
頭を現示に押さえつけられている。
腕の絶対的リーチの差で、現示の腹まで届かない。
「ガキがこんなことろでなにやってんだ」
「ボクはガキじゃない。は、放せ!」
現示が円の頭から手をどけると、彼女は一気にしゃべりだした。
「君達のせいでチカちゃんが苦労してる。瑞穂睦姫(みずほの・ちかひめ)なのに死んだことにされて、放り出されて……他の方法もあったはずなのに……ねえ、現示くん。幕府側についてよ。チカちゃんがマホロバで逃げずに暮らせるように。手伝ってよ!」
「何いってんだ、俺はそんな奴……知らねえよ。人違いじゃねえのか」
「はい、ダウト。私に嘘は通じませんわぁ」
立ち去ろうとする現示の行く手をさえぎるように、吸血鬼オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)が立ちはだかった。
金色の瞳を輝かせている。
「日数谷さん、瑞穂と戦えない理由ってなんですの? もし、瑞穂に忠誠を誓っているというのなら『瑞穂を取り戻す』という意味でも悪い提案ではないと思いますよぉ」
「そうだよー、侍の意地なんてカッコ悪ーい。ただ逃げてるだけじゃん。好きな女の子も守れないなんてさ」
護衛に付いてきたミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)も囃し立てる。
「なんなんだ、てめえら。人をよってたかって……そう簡単に世の中がまわるかよ」
現示が苦虫を噛み潰したような顔をする。
彼にとっても忸怩(じくじ)たる想いがあるようだ。
そのときミネルバは、現示の胸元にちらりと光った鎖を指さした。
「ねー、その鎖かわいくなーい。チカちゃんとおそろいなのー?」
「あ……なんで知ってんだ?」
「前にね、見たことあるんだ。マホロバ城の大奥で」
円が声を落として言う。
「マホロバ……大奥?」
現示の顔色が変わった。
「そう、ボク。チカちゃんと一緒に大奥にいたんだよ。短い間だったけど……大変だったよ。だから、それと同じ鎖の十字架(ロザリオ)を見たんだ。それってどういうもの?」
「これは……睦姫様が俺を救ってくださって、若殿様がかわりにと……」
現示がふと顔を上げ、廊下の奥を見る。
「おい、あれ何だ」
「ちょっと、話を逸らさないで。逃げる気?」
「ちげーよ、今こっちをみてた侍……暁津藩(あきつはん)のやつじゃねえのか。くそ、面倒くせえな」
現示は座敷に戻ると、仲間に緊急を告げ、早々に退散する。
現示は円たちにも向かって言った。
「おまえらも巻き込まれたくなかったら、逃げろ。扶桑守護職(ふそうしゅごしょく)に飼われた犬が来るぞ。何とか組……近藤とかいったかな? とにかくうぜえヤツラがな」