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まほろば遊郭譚 第一回/全四回

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まほろば遊郭譚 第一回/全四回

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第五章 水波羅遊郭1

 扶桑の都にある水波羅(みずはら)遊郭は花街としての歴史が長い。
 もともと東雲遊郭は水波羅遊郭をまねて作られたであるが、誇り高い水波羅の者はここは色街ではなく『花街』であると言う。
 花街とは芸をうる場所であって、東雲遊郭にあるような歓楽街ではないというのだ。
 しかし、明確な区分はなく、春を売る美しい遊女の花がこの街を彩っていた。


「ようおこしやす。ご指名は『桔梗』どすか。化粧の時間がありますんで、お酒でも召し上がってお待ちおくれやす」
 楼主に言われて、シャンバラ教導団霧島 玖朔(きりしま・くざく)はもう二時間は待っている。
 これまでにない豪華な食事も並び、芸者や舞子も呼んでいる。
 やがて座敷に上がってきたのは、ルナティエール・玲姫・セレティ(るなてぃえーるれき・せれてぃ)夕月 綾夜(ゆづき・あや)である。
「『月華(げっか)』、『雪華(せっか)』と申します。霧島様、どうぞごひいきに」
 『雪華(せっか)』こと綾夜が琴を弾き、『月華(げっか)』ことルナティエールが舞う。
 玖朔好みの妖艶な美女の舞いと演奏に、彼のテンションも上がってきた。
「お見事、いやあ〜美しい。なんて踊りだ?」
「『雪の舞歌姫』です。お気に召しましたか」
「気に入った。できればもっと、近くで見たいかな」
 玖朔が綾夜の側に寄り、肩に手を置く。
 綾夜が女装した男性とはまったく気付いていない。
「……僕は……ちょっと」
「ん、ボクっ娘か。それもいいな」
 玖朔が綾夜の顎をくいっと上げて顔を近づけたとき、座敷の襖が開いてようやく花魁が現れた。
 着飾った花魁の顔を見て、玖朔は声を上げる。
「あんたは宇都宮さち……」
「し〜っ、ここでの私の名は『桔梗』。ね、霧島様」
 『桔梗』と名乗った宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は人差し指を唇に当て、次に玖朔に当てる。
 彼の唇に赤い紅が付いた。
 玖朔が手の甲でぬぐうと。少しいい香りがする。
「もしやと思って指名したが、かつて教導団にいたアンタがなんでこんなところに居るんだ」
「遊女になる理由が知りたい?」
「当たり前だ。しかも水波羅とは……何を考えてる」
「ふふ……女としての自分がどこまでできるのか試したくなったのよ。そちらは?」
「俺は……幕府と戦った藩士残党を探している。賞金稼ぎさ」
「半分本当で、半分うそね」
「もともとここは、そういう場所だろ。騙し、騙され合うのさ」
 玖朔は祥子を引き寄せる。
 身も心も遊女となりきっている彼女は、玖朔を拒む事はしない。
 玖朔は帯を取り、白い胸元に手を滑らせた。
 祥子を背中から抱きこむように支え、感触を楽しんでいる。
「柔らかい……肌だ」
 祥子から甘い吐息が漏れる。
「いい声だな、桔梗」
「そっちこそ……悪い男ね……」

 玖朔の腕が下まで伸び、次なる高みに向かう途中で、見習い遊女の雛妓(まいこ)が桔梗を迎えに来た。
「桔梗姐はん、お呼びどす。次のお中の間へ行っておくれやす」
「……そう、わかったわ。すぐ行くからと伝えて」
 桔梗は立ちかがると、そそくさと乱れた着物を直し始めた。
 欲望を中断された玖朔が驚く。
「ちょっと待て、俺は!?」
「ごめんなさい。待たせてあるお客さん、ちょっといいとこの藩士様みたいだから。この続きは、もっと仲良くなってから、ね……?」
 再び桔梗の名が呼ばれた。
 待てなかった客が、直接彼女を呼びに来たようだ。
 ずいぶんとせっかちな男らしい。
 彼女は急いでその場を去った。
 玖朔はこの男客の声をどこかできいたように思ったが、水を差された怒りでそれどころではなかった。
「このままでいられるかよ!」
 行き場のないまま残された玖朔は、こちらを伺う二人の妖艶な芸者たちを見る。
 本来、芸者や舞妓は春を売らないが、そこをあえて口説くという遊びもある。
 玖朔がルナティエールの細腰を強引に抱いた。
 ルナティエールは、逃げるように身をよじる。
「霧島様、お許しを。わたくし夫のある身ですので……」
「人妻?」
 玖朔の喉奥がごくりと鳴った。
 彼の頭の中に妄想が一気に沸き起こる。
「じゃあ、他の男を試してみる気はないか、奥さん」
「……あいにくうちの妻は間に合っているのでね、お客人?」
 襖がバンッと開き、隣の間に控えていた長身の用心棒が玖朔を見下ろしていた。
 ルナティエールの夫であり、彼女の騎士セディ・クロス・ユグドラド(せでぃくろす・ゆぐどらど)は槍を玖朔の喉先に突きつける。
 今にも殺しかねない迫力で睨みつけていた。
「悪いが『我が姫』は、引き取らせてもらう」
「セディ……待て、怒ってるのか!?」
 普段は冷静なセディが、有無を言わさずルナティエールをお姫様抱っこで担ぎ上げた。
 他の男には指一本触れさせたくないらしい。
 騎士が彼女たちを連れ出し、呆然と独り残された玖朔は、別の遊女から声をかけられた。
「まったく、ルナティエールたちは面白みにかけるわ。たまには色んな男の味見をすればいいのに」
「あんたは一体……?」
 咲夜 紅蘭(さくや・くらん)は長衣を脱ぎながら彼に近付く。
 遊女は妖しく微笑み、玖朔を誘う。
「楽しみましょう……夜は長いんだから」
 玖朔は行き場のない怒りと欲望を遊女にぶつけた。

卍卍卍


「帰った……ぞ」
 朝方ふらふらになりながら宿に戻った霧島 玖朔(きりしま・くざく)を、ハヅキ・イェルネフェルト(はづき・いぇるねふぇると)伊吹 九十九(いぶき・つくも)が迎える。
「朝帰りなんて……人が心配してたというのに!」
 九十九が文句を言いながらも玖朔を布団に寝かせてやる。
 ハヅキが赤くなって目を逸らしながら、玖朔の服を脱がせてやっていた。
「それで……本気で瑞穂藩士を探しだして合流する気ですか」
「ああ……その話なんだが」
 玖朔は急にがばっと起き上がり、叫ぶ。
「思い出した!俺から桔梗を横取りしやがった客、あの声日数谷 現示(ひかずや・げんじ)じゃねーか! あの野郎〜、やっぱ直接会って、一言二言いってやんねーと気がすまねえぇ!!」
 と、玖朔は吼え、ぱたりと倒れた。
「取り合えず寝る。けど、なんでこの布団湿ってんだ。いい匂いもするし……というか、お前らコスプレしてんの?」
「く、玖朔せいでしょーが!!」
「ちょ、なんで俺なんだよ?」
 九十九とハヅキは顔を見合わせ、玖朔を待っていた間過ごした二人の時間を思い出して真っ赤になった。