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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第3回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ 第3回

リアクション

『状況は?』
『前衛部隊、かなり苦戦してますね』
 F.R.A.G.第一部隊長ダリア・エルナージは現在の戦況を分析していた。
『まさかあんな隠し玉があったとはな』
 部隊員に通信を送る。
『各機へ通達。「羽付き」と我々の機体は相性が悪い。単機で挑むのは避けろ。それと、「鴉」にも気をつけろ』
 翼のある新型機のビーム兵器の威力は相当なもので、武装全てが実体武装であるクルキアータとは相性が悪い。
 そしてあの黒い機体の恐ろしさは、ウクライナで目の当たりにしている。暴走状態だったとはいえ、あれだけのポテンシャルを秘めているのは脅威だ。
『カール、私達も出よう』
『はい、隊長!』
 第一部隊副隊長カール・ウェーバーが機体を前進させる。
『ウェーバー小隊、前衛部隊の援護に回る!』


(・ダークウィスパー)


DW―B2:アルキュオネー:御厨 縁(みくりや・えにし)サラス・エクス・マシーナ(さらす・えくす ましーな)
DW―N1:トニトルス狭霧 和眞(さぎり・かずま)ルーチェ・オブライエン(るーちぇ・おぶらいえん)
DW―C2:ジャック高峯 秋(たかみね・しゅう)エルノ・リンドホルム(えるの・りんどほるむ)
DW―C1:アトロポスイングリッド・ランフォード(いんぐりっど・らんふぉーど)キャロライン・ランフォード(きゃろらいん・らんふぉーど)
DW―B1:フレイヤ蒼澄 雪香(あおすみ・せつか)蒼澄 光(あおすみ・ひかり)
DW―N2:ドラッケン天王寺 沙耶(てんのうじ・さや)アルマ・オルソン(あるま・おるそん)

* * *


(現在、こちらがやや優位な状況になってますぅ)
 キャロライン・ランフォードが戦況を把握し、イングリッド・ランフォードに伝える。
 次世代機で構成された小隊による急襲作戦の成果は大きい。まだ撃墜数こそ少ないものの、こちらに攻め込む隙を与えずに済んでいる。
『分断された前衛の機体を確実に仕留めていこう』
 敵の強さは旧世代機の一個小隊に匹敵する。それゆえ、敵も小隊の連携よりは単機で動き、必要に応じて連携を取るという戦い方をしていた。
 ならば、連携させないようにすればいい。出来る限り機体を引きつけて孤立させ、そこを小隊で叩く。個人の強さの限界は、全体の強さで補えばいい。
『私達とDW―C2でルートを確保する。その間に、DW―N1、DW―N2は突撃してくれ。前衛の防御はDW―B2が、後衛はDW―B1がそれぞれ行ってくれ』
 ダークウィスパー全機へ通信を送る。
 そして、大型ビームキャノンを敵機へ向け、引鉄を引いた。それが、突撃の合図だ。
 イーグリット・ネクスト二機がクルキアータを挟み込むように航行する。エナジーウィングを展開し、急制動でも機動がぶれないように注意しながら。
 敵のアサルトライフルの銃撃をかわす際には、サブスラスターを起動。瞬発力を生かし、速度を落とすことなく敵機へと接近していく。
 それでも、敵の命中精度は高い。フェイントを交えながら二機の次世代機の速さを踏まえた上で射線を合わせてくる。

「シールド、展開するぞ」
 【アルキュオネー】の御厨 縁は前衛のイーグリット・ネクストのやや後方に位置取っていた。
 ブルースロートはイーグリット並みの速度を出せるが、ネクストには及ばない。サポート範囲から前の二機が出ないように注意しながら、情報処理を行う。
「レプンカムイの機体の座標表示は助かるのう。おかげで計算が大分楽になった」
 表示されているのはあくまで自機を起点とした場合の位置情報だが、それをエネルギーシールドの展開計算に上手く当てはめることで、計算過程を簡易化している。単にシールドを張るだけなら、その座標の数字が分かればいい。
 問題は、エナジーウィングをシールド化させる場合だ。この場合は計算式が異なる。加えて、トリニティ・システムに「アクセス」しなければならない。これには機体干渉の機能を使うことになる。
 縁がシールド化のための計算を行い、サラス・エクス・マシーナがトリニティ・システムへの干渉を行う。
 二機のイーグリット・ネクストはそれで機体を包み込むようにしてアサルトライフルの銃撃から機体をガードする。機体の速度も相まって、第一世代機を一撃で撃墜しかねない敵の兵装をもってしても、びくともしなかった。
 第二世代機同士の連携による防御の応用はこれだけではない。シールド化したエナジーウィングで機体を包み込むと見せかけ、エナジーウィングも含めたネクストの機体そのものを球形に覆うようにエネルギーシールドを展開することも可能だ。
 とはいえ、そのためには二つの計算を同時に行った上で、状況に対応しなければならない。計算ミスをしたら台無しになるため、高い演算能力の他に、いかなる状況でも取り乱さないだけの冷静さも必要になってくる。
「しかし、シールドを展開する機体のエネルギーを使う以上、効率のいい使い方をせねばな」
 敵の攻撃が予測出来れば、攻撃が来る部分だけにシールドの範囲を絞るなどしてエネルギーの消費を抑えることは可能だ。エナジーウィングをシールド化するというのも、エネルギー効率を考えるとかなり有効的である。
「前衛の二機とも、かなり接敵したのう。さて、ここからはジャミングも使っていかねばな」
 使うタイミングは、どちらかの機体が急上昇、あるいは急下降して敵機が目視しにくくなったときだ。

「覚醒なしでここまでの高出力とは……。ですが、一歩間違えればかえって機体の制御を失いかねませんね」
 ルーチェ・オブライエンはなんとか安定飛行を行えているものの、エナジーウィングとスラスターの制御を一歩間違えれば機体を上手くコントロール出来なくなってしまう。イコンシミュレーターで体験したよりもデリケートなため、向こうで制御出来ていたからといって過信するのは危険だ。高い操縦技術が必要なのも頷ける。
「オレ達はなんとか背後に回り込むっスよ、ルーチェ」
 狭霧 和眞が伝える。その理由は二つ。
 一つは、もう一機のイーグリット・ネクストである【ドラッケン】との連携のため。もう一つは、クルキアータの高い防御力を支えるシールドに阻まれないようにするためだ。
 ライフルはショットガンモードに設定。射程ギリギリから牽制する。敵はプラズマ弾が放たれる前に射程外へと一歩退いた。その瞬間に後衛からの援護射撃が行われ、それを実体シールドで防いでいく。
 コームラントのビームキャノンをまともに食らえば、シールドの耐久力が下がる。だが、プラズマライフルの攻撃だと散弾では二発、ライフル弾だと一発しか耐えられないことを考えれば苦渋の選択だろう。
 おそらく、星小隊と交戦した機体から連絡を受けたのだろう。和眞達もまた、実戦でのプラズマライフルの威力を知ったのはついさっきのことだ。一週間前に導入されたシミュレーターでのデータでは、まだ「強化型ビームライフル(仮)」だったからだ。おそらく、一週間前の時点では完成の見込みがなかったのだろう。
 先に開発されたプラズマキャノンを、攻撃力をある程度維持したままライフルサイズまで小型化するのはやはり容易でなかったようだ。
 ショットガンによる牽制は本当に必要なときのみにし、弧を描くような機動を取ることで相手を翻弄する。
「よし、今だ!」
 ちょうど【ドラッケン】に気を取られている。和眞達は高高度へと急上昇し、そこから急下降した。その途中でエナジーウィングを展開し、覚醒。メイン、サブのスラスター全てを起動し、出力を最大にする。次第に水平になるように機動。
 トップスピードでクルキアータの背後から一気に迫る。敵機はすぐに反応出来なかった。
このタイミングで、【アルキュオネー】によるジャミングが働いており、レーダーから彼らの機体が消えていたからである。
「おおおおおお!!」
 新式ビームサーベルを引き抜き、斬撃を繰り出す。
 クルキアータは右肩から切断され、アサルトライフルを失った。

 だが、ここから戦況は一変することになる。
(敵後方から五機、編隊を組んでこちらへ向かっていますぅ)
 F.R.A.G.の後衛部隊の一小隊が、前に出てきたのだ。
「指揮官機のおでましか」
 ランスを構えたクルキアータが他四機の援護を受けて距離を詰めてくる。これまでの敵のように連携が乱れているわけではない。
 むしろ、ここからが真に実力を問われる場面だ。
『出し惜しみしている暇はない。各機、覚醒をもって対処してくれ』
 エネルギーを解放。
 大型ビームキャノンの出力を最大に設定。敵小隊へ向けて発射する。
(思い出せ。グエナとの戦いを、私が最も強いと信じた男との戦いを)
 敵の機動を注視し、射線を合わせる。回避性能の高さは折込み済みだ。速度を緩めずに空中でロールを決めながら旋回してくる敵機の様子は、曲芸飛行さながらだ。F.R.A.G.第一部隊の中でも、特に優秀な小隊の一つだろう。
 加えて、急襲された前衛部隊とは違い、足並みも一切乱れていない。これを切り崩すのはかなり厄介だ。

(エル、いけそう?)
(うん。それに、「覚醒」すればもう少しだけシンクロ率を上げても平気だと思う)
 後衛から援護を行っている【ジャック】もまた、覚醒を行う。同時に、シンクロ率を30%から40%へと引き上げた。
 実弾式長距離スナイパーライフルで和眞達の援護を行う。発射の際にサイコキネシスを加えることで、よって弾速を上げ、さらに射程距離も長く出来る。
 連射が出来ない新式プラズマライフルの分もカバーし、敵機への牽制をする。優先すべきは相手の連携を崩し、なおかつ敵の懐に前衛の機体が飛び込むだけの隙を作ることだ。
 イーグリット・ネクストの機動力ならば、ほんの一瞬でいい。まだ高速を維持した状態で複雑な動きをすることは出来ないが、ブースターをフルにして一直線に突撃するだけなら彼らの実力でも十分可能である。
(シールド、展開するよ!)
 クルキアータがアサルトライフルの射程圏内まで踏み込んできたら、即シールドを張る。相手が実弾であるため、そこで完全に止めるのは難しいが、ブルースロートによるエネルギーシールドの援護も合わせることで二重の障壁となり、攻撃を防ぎきっている。
 だが、ジャックはさらに超能力の力を応用する。40%ではまだ、機体の幻影を生み出すことは出来ない。
 だが、フォースフィールドやエネルギーシールドを利用し、光を屈折させることで目視による機体の位置を誤認させることは出来る。高高度上での気温は低い。だが、高エネルギーによって周囲との気温差が生じると、大気の密度にも差が生まれるのだ。それによって、光が屈折するのである。覚醒時の高出力だからこそ、実現出来たことでもあるのだ。
 もっとも、レーダーが正常に機能していればそちらを元の位置を特定出来る。しかし、こちらにはブルースロートがある。ジャミングがかかった状態では、レーダーも当てにはならない。
 敵機が【ジャック】に照準を合わせた瞬間に、後衛のブルースロート【フレイヤ】と連携し、これを実行する。
 敵の命中精度が高いからこそ、錯覚させれば当たらない。錯覚した位置に正確に銃撃を行ってくれるからだ。敵の技量の高さを逆手に取ったともいえる。
 
「さぁ……私達のために力を貸してね、ブルースロート……フレイヤ! お願いね!」
 【フレイヤ】は後衛二機と、もう一機のブルースロートを含めた前衛三機との中間に位置していた。
(光、シールドの展開、お願い!)
 蒼澄 雪香は蒼澄 光に精神感応で指示を送る。
 まずは【ジャック】自体の持つ超能力のシールドをカバーするようにエネルギーシールドを展開。そのタイミングで、覚醒を行う。
 シールドによるカバーは後衛の二機が基本だ。この二ヶ月間ブルースロートに搭乗していたことにより、二人はこの機体での計算には完全に慣れ、自分の頭の中で計算式を簡略化出来るほどになっていた。
 最大五機までをカバー出来るとはいえ、計算を行う上では対象が少ない方がミスは減る。そのため、シールドは三機ずつ展開し、ブルースロート同士も状況に応じて敵機へのジャミングや干渉を通じて連携を行っている。
 シールドの演算は光が、それ以外の干渉及びジャミングを雪香が担当。
 敵の指揮官機はイーグリット・ネクストと戦うのは避けている。それまで【ジャック】と【アトロポス】にも照準を合わせていたクルキアータ一般機が、イーグリット・ネクストと向かい合い始めた。
 それぞれに、一般機二機がついている。覚醒と元の機動力の高さゆえ、アサルトライフルの銃撃はそうそう当たらない。とはいえ、二対一では墜とされないようにするのが精一杯だ。
 残った指揮官機はというと、
「お姉ちゃん、相手の狙いはブルースロートだよ!」
 それに気付いた光が思わず声を出した。
「止めるわよ!」
 この距離でジャミングを行っても、間に合わない。ならば、敵機の動力炉に干渉し、一瞬でも動きを止めた方がいい。その間に、指揮官機から離れてもらう。あるいはシールドを張る準備をしてもらう。
(時間切れ!?)
 時間にして五秒。指揮官機はそこからランスを【アルキュオネー】に突き出した。
 エネルギーシールドでそれをガードする。だが、
(不味いわ! 光、援護を!!)
 注視していなければ、クルキアータによって【アルキュオネー】は撃墜されていたことだろう。
 エネルギーシールドは、確かに強力だ。実弾、ビーム問わず射撃武器はほとんど防ぎ切り、ビーム兵器はシールドに接触した瞬間に無効化する。
 しかし、唯一防ぎきれないものがある。高い強度を持った実体白兵兵装だ。指揮官機による高速機動からの突きの威力は、シールドを突破するのに十分な威力を持っていたのだ。
 事実、【アルキュオネー】の機体表面にこそ届かなかったものの、【フレイヤ】によるエネルギーシールドさえ威力を減退するのがやっとだった。その間に【アルキュオネー】が後退出来たからいいものの、二重の障壁を敵は破っているのである。
『大丈夫!』
 そこへ、【ドラッケン】がやってきた。イーグリット・ネクストの相手をするのは避けたいのか、すぐに指揮官機が離脱する。
『逃がさないよ!』
 エナジーウィングを展開し、急加速。そのまま行けば追いつけると思われたが、そこにクルキアータ一般機からの援護射撃がくる。
 ダークウィスパーも【アトロポス】と【ジャック】が一般機の対処をしようとするが、敵は盾で防ぎきれずに被弾してでも、イーグリット・ネクストを止めることを優先した。

* * *


 「羽付き」をなんとか振り切ったカールは戦場を見渡し、苦笑した。
(性能もそうだが、パイロットの練度も随分と高くなったな。まったく、ウクライナのときみたいに仲間として戦えたなら、どれだけ頼もしいことか……)