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リアクション
第五章 「戦場 裏」
メインストリート沿いのビル内。
ヴィータは窓から僅かに身を乗り出し、慌ただしくなった戦場を見ていた。
「きゃは♪ やぁーっと動き出した」
彼女の瞳には、廃墟前、メインストリート……とやにわに騒がしくなった戦場が映る。
クスクス笑っていると、不意に背後からがさりと物音がした。
「ククク、ヴィータよ」
振り返ると、其処に立っていたのはドクター・ハデス(どくたー・はです)だった。
ハデスは白衣をマントのように翻し、黒縁眼鏡を中指でくいっと押し上げる。
「相変わらずの存在感ね、ドクター・ハデス」
「フハハハ! そう褒めるな、照れてしまうではないか」
「別に褒めてはないんだけど……」
ヴィータは窓枠に肘を乗せ、ハデスと向き合った。
「それで、わたしに何か用でもあるの?」
「ククク……お前の計画の進行状況はいかがかな?」
「進行状況ねぇ……。
いくらかアクシデントはあったけど、思いのほか順調に事は進んでいるわよ」
「ふむ。それはまだ、目的が達成されていない、という事でいいのだな?」
「ええ。目的はまだ達成されていないわよ」
「それは僥倖」
頷きながらそう言い、ハデスはヴィータに手を差し伸べた。
「もし計画の目的がまだ達成できていないなら、良い策があるぞ?
お前の『目的』が何なのかは知らんが、手段は絶望を振りまくことだろう?」
「へぇ……お教え願えるかしら?」
ヴィータは嬉しそうに口角をつり上げて、ハデスの言葉に耳を傾けた。
ハデスもニヤリと笑い、天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)が立案した計画を話し始める。
「まだとっておきの絶望が残っているではないか。『人喰い勇者』同士の殺し合い、という最高級の絶望が、な。
ククク、それこそが、人喰い勇者に救われしこの街にとって最高の『運命を叩き潰すゲーム』となるであろう」
「……なるほど、ね」
「ククク……実行するのなら早い方が良い。
この案に乗るのならば、我らオリュンポスはお前に全面協力をしよう」
ヴィータはしばらく悩むと……小さく、首を横に振った。
「魅力的な案ね。けど、今すぐには無理よ」
「……なぜだ?」
「分かってはいるんだけどね。行動を起こすなら今が一番だって事ぐらい……」
ヴィータはハデスから視線を外し、ぽつりと呟いた。
「だけど、わたしは同じ境遇のあの子に同情しちゃってるから」
「それは、昔の貴様と同じような道を歩んでいるからか?」
「……さぁね」
ヴィータは首をわずかに傾けた。
「ってわけで、あなたの案は面白そうだけど終わってからって事で。
目的が一致している間、わたしは彼女の味方をさせてもらうから」
「そうか……残念だな。お前がいれば、我らオリュンポスの目的達成も容易にはなるのだが」
「ごめんね、ハデス」
「ククク……なに、謝るな」
ハデスは白衣を翻し、眼鏡をくいっと上げた。
「それが、お前の選択とあらば俺は尊重しよう。健闘を祈っているぞ。では、さらばだ!」
高笑いをしながらハデスはどこかえ去っていった。
「まったく……とんだ大物だわ、あなたは」
ヴィータは小さく吹き出た。
そして、入れ替わるように柊 真司(ひいらぎ・しんじ)が彼女の前にやって来た。
「あら、あなたもわたしへラヴコールでもしに来たの?」
「お前を止めにきた」
茶化すヴィータに対し、生真面目な返答をする真司。
彼女はやれやれと言った風に肩を竦め、暴食之剣を引き抜いた。
「それは、要するにわたしと戦いに来たって事よね?」
「ああ」
真司は短く返し、自らの武器を手にとった。
「……二つ、聞きたいことがある」
「どうぞ」
「世界を壊すような方法以外に方法は無いのか? ウチに来て他の方法を探す気はないか?」
ヴィータはキャハッと笑った。
「今更ね。まあ、全てを始める前に言われても止める気はなかったけど」
話は終わりだと言わんばかりに、ヴィータはパチンと指を鳴らせてモルスを降霊させた。
真司もこれ以上の説得は無理だと悟り、目に闘志を宿す。
「お前は俺が――」
「あなたじゃわたしを――」
二人は敵を自分の間合いに入れるようにじわじわと近づいていき、
「――止めてやる」
「――止めれない」
声が重なった。
「「エンド・ゲーム」」
二つの白い剣閃が、火花を散らして交差した。
――――――――――
十六凪にリークされた情報によって跡地に着いたミリア・アンドレッティ(みりあ・あんどれってぃ)たち。
魔方陣を細かく調べてみるが、特に何かが分かるわけではなく、ミリアの眉間に自然とシワが寄っていく。
「ん〜……何にも分からないな〜……。そっちはどう?」
ミリアはスノゥ・ホワイトノート(すのぅ・ほわいとのーと)とティナ・ファインタック(てぃな・ふぁいんたっく)に声をかける。
「う〜ん……さっぱりですねぇ……」
「魔女術で調べてみたけど、こんな魔術式見たことないよ」
三人が難しい顔をしていると、ぞわりと背筋に嫌なものが這い上がった。
慌てて振り返る。
其処に立っていたのは、ぼろぼろのローブに身を包んだ一人の人間だった。
「……また、か」
人間はそうぼやくと、三人にゆっくりと近づいていく。
「無駄な努力は止めておけ。
それは既存の魔術式ではない。俺以外の誰にも、理解はできないだろう」
深く被ったローブのせいで顔は見えないが、敵意のようなものは感じられない。
ミリアはそれでも警戒したようにスノゥとティナの前に立った。
「誰ですかあなたは?」
「俺か? 俺は、ただの……研究者だ」
「――研究者?」
「ああ、そうだ。その魔術式も俺の研究のひとつだ」
「研究って……なんのことですか?」
「…………」
ティナが訊ねるが、「あの人」は答えようとはしない。
スノゥは質問を変えて訊ねてみた。
「この魔術式はどんな効果があるんですかぁ?」
「……願いを、叶える」
「願い?」
「ああ」
短く言って、人間は空を見上げた。
「どんな願い事も叶える研究。
それは、どんな願いだろうが構わない。それがどんな人間を不幸にするものでも俺は干渉しない」
人間は言葉を続ける。
「俺は、ただ――」
その先は言わず、人間はスノゥに視線を移した。
「俺を呼んだのは、お前ら……そして、あの女か」
「? それって、どういう……」
「ならば、要観察対象として『見守る』事にする」
一方的にそう告げて、人間は三人に背を向けると──霧散するように消えてしまった。
三人は互いに顔を見合わせ、「あの人」が言った言葉を頭の中で反芻させる。
だが結局、意味深な言葉が頭を巡るだけで、何かが分かる事はなかった。
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