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リアクション
第四章 「戦場 表」
戦闘開始から三十分、廃墟前の戦闘は悪化していた。
部隊の者たちは必死に抗戦しているが、圧倒的物量の構成員相手にはその活躍は意味を成さない。
それどころか、じわじわと追い詰められていく。
まるで断頭台に立たされた罪人のような気分だ。
「……くそっ!」
李 梅琳(り・めいりん)は荒い呼吸を吐きながら、足を止めることなく動き回っていた。
止まってしまえば、一瞬で蜂の巣だ。
数秒前に居た地点に、銃弾の嵐が突き刺さる。土埃を巻き上げる。埃のカーテンに次の敵弾が孔をあける。
走る。
気が狂いそうだ。
血液と硝煙が混じった激臭は鼻を麻痺させ、けたたましい銃声が耳をつんざく。死の恐怖は皮膚を粟立たせ、絶望がめきめきと心を押し潰す。
だけど、戦うしかない。
背後の廃墟と部下を護るためには、立ち向かう他に方法はないのだから。
「はぁぁああああ……!」
梅琳は死体から自動小銃を奪い、すぐさま射撃。無茶苦茶な姿勢のせいで銃弾はあられもない方向に飛んでいくが、威嚇には十分だ。
たたらを踏む二人の構成員に素早く近づき、刀で切りつける。ぶしゅっと小気味よい音をあげ、胴体から首が離れた。
前のめりに倒れるそいつを前蹴りで引き離し、振り返りざまに小銃をぶっ放す。至近距離なら外しはしない。全身に無数の風穴が開き、もう一人が絶命した。
これで二人は始末。
だが、敵は百人単位だ。
弾切れになった小銃を捨て、新たな小銃を拾い上げる。
そんな時、雑音が耳に届いた。
女の声だ。
「見ーつけた」
緋柱 透乃(ひばしら・とうの)だった。
彼女の拳打は、銃弾のそれを遥かに凌駕する威力を持っている。
梅琳は喉が引きつりそうになりながら、毎分数百発の速度で弾を送り出す小銃をぶっ放した。
数多の銃弾は透乃の体に弾かれる。がきんがきん。弾が生身に当たる音ではなく、それは鋼鉄に衝突したかのような音だった。
「くっ!」
梅琳はそれでも銃撃を続けようとするが、そこで行動を停止。無論、己の意思ではない。物凄い力に引っ張られ、体が横に泳いだからだ。
銃身が分厚い鎖に絡められ、引っ張られている。
鎖の先には緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)。
「…………」
陽子は無言で力を込めた。
締め付けられた銃身がひしゃげ、金属のゴミクズと化す。
梅琳は使い物にならなくなった小銃から手を離し、刀の柄を両手で握った。
「……なによ、あなた達。二人で先走って、馬鹿じゃないの?」
「あははっ、馬鹿とは失礼だね。勇敢だって言って欲しいよ。
他の奴らは雇い主の命令ばっか守っちゃってさ、じわじわと追い詰めるつもりのようだけど……」
透乃が近づく。
「私は自分の意思を尊重するよ。おまえらをとっとと殺す。アウィスの命令なんてクソ喰らえだよ」
彼女が右腕を振りかぶったのを見て、梅琳もそれに合わせた。
衝突音。
それは、急ブレーキをかけた列車の残響に似ていた。
刀が弾け飛ぶ。
よろめきながら後退。
その隙を逃がさず、透乃が仕掛けた。
「本当の本気は本当の死を感じないとでてこないよね?」
透乃の拳が梅琳に炸裂した。
体がくの字に折れる。息が詰まる。天地が逆になる。
彼女は十メートル以上ふっとんだ。
背中がガリガリと地面を削りとり、廃墟の壁に衝突。血反吐が吹き出た。
透乃が鼻で笑う。
「地べたを這いずってどうしたの? そんなものなのかな、特別警備部隊のリーダーさん」
「……黙り、なさいよ」
「私の口を黙らせたいのなら、さっさとかかってきなよ」
透乃は口元を歪ませ、地を蹴った。
「早く、早く、早く、早く!」
梅琳は壁に手をかけ立ち上がるが、何度かたたらを踏む。満身創痍。狭窄する視界には、どんどん大きくなっていく透乃の姿。次は耐え切れない。あと一発もらえば死んでしまう。死が足音をたてて近づいてくる恐怖に皮膚が粟立つ。
透乃が右腕を振りかぶった。
「――梅琳さん!」
自分を呼ぶ、声がした。声の後に衝撃。何の抵抗も出来ず押しのけられる。
尻餅をつき、見上げた。
今まで構成員の迎撃に当たっていた遠野 歌菜(とおの・かな)が、龍鱗化した両手で透乃の拳を受け止めていた。
「っっ……どいてよ!」
歌菜が叫ぶ――否、大声で歌を発した。
魔力を込めた歌声は明確な力となって降り注ぐ。
後ずさる。
だが、それだけだった。
透乃が下がったのはたった一歩、二歩程度。彼女の間合いはまだ継続している。
「やるね。でも、これはどうよ!」
満面の笑みを浮かべ、拳を大きく振りかぶった。
「させねーよ」
不意に響いた声と共に、透乃の両足に四本の剣が突き刺ささった。
傾く透乃。
息もつかせず、近づたのは月崎 羽純(つきざき・はすみ)。
彼女の笑みが驚愕に変わる。
羽純は走る勢いを殺さず、二槍で透乃の両腕を貫いた。互いに息がかかるほどの距離で視線を絡み合わせ、彼は囁く。
「お前の相手は俺だ」
蹴撃で透乃を引き剥がし、再び剣の舞で剣を生み出した。
踊るような仕草で四本の剣を投擲。彼女の胴体に突き刺し、慣性によって吹き飛ばした。
羽純は短く息を吐くと、指先で魔法陣を描く。命のうねりを発動し、梅琳の傷を癒した。
「大丈夫か?」
「……ええ、もちろんよ」
梅琳は立ち上がる。
羽純はよしと一言呟くと、背中越しに歌菜に声をかけた。
「歌え、歌菜。俺が守ってやる。だから、周りの事は気にせず歌え」
「うん!」
歌菜は弾けるような返事をし、心の中で強く思った。
(負けたくない。理不尽な暴力、欲望に、負けたくない!)
胸に手をあてる。
(そんなものに、仲間達を傷付けさせはしない――!)
意思を声にして、響きわたらせる。
「この歌の届く範囲が、全て私の間合いです! さぁ、歌よ、戦場に響け!」
彼女の歌は聞く者すべてに影響を与えはじめた。
仲間には士気を昂ぶらせるマーチに、敵には襲い掛かるハーモニックレインに。
吹き飛ばされた透乃にも魔力の歌は降りかかってきたが、近寄った陽子のクライオクラズムによって打ち払われる。
「……大丈夫ですか?」
「あははっ。もちろんだよ」
陽子の手を借りて立ち上がり、透乃は好戦的な笑みを浮かべた。
「楽しくなってきたね!」
透乃は自分を貫く四本の剣を乱暴に引き抜く。
メリメリと肉がもり上がり、傷口が完全に塞がっていった。
「……それで、透乃ちゃん」
パートナーの陽子は見慣れているのか、その常識はずれの治癒能力にさして驚くこともなく、淡々と言葉を続けていく。
「作戦の準備が整ったようです。さっそくですが仕掛けますか?」
「もち!」
「では、合図を」
そう言われた透乃は、好戦的な笑みを浮かべながら服を脱いだ。
それは裸拳。裸になればなるほど強くなる格闘術。
豊満な肉体が露わになるが、そんな事は気にも留めず、透乃は叫んだ。
「今だよ、芽美ちゃん!」
その言葉が合図となり――月美 芽美(つきみ・めいみ)が投げた対イコン用手榴弾が、廃墟の壁を大きく破壊した。
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