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リアクション
「う〜ん……」
ルクスは振るっていた巨腕を見つめる。
間接が悲鳴のような軋みを上げる。
なぶらの折れない闘志がついに実を結んだのだ。
ルクスが自身の腕から視線を外すと、なぶらを見つめる。
なぶらは身体をボロボロにしながら五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)の我は紡ぐ地の讃頌で治療を受けていた。
「大丈夫か? ……いや、答えなくていい。応急処置くらいしか出来ないが、少しはましになるはずだ」
なぶらはもう何も語らないが、目だけは真っ直ぐにルクスを見つめ握った武器を手放さない。
ルクスはその目を見て、不愉快そうに眉根を寄せるが今の最大の懸念事項は回復役に徹している東雲の方だと感じていた。
「気に入らないなぁ……。この舞台に裏方なんていらないよ、さあ君も一緒に楽しもうじゃないか!」
ルクスは嬉しそうに笑顔を浮かべながら東雲に巨腕を振り下ろす。
その振り下ろされる腕を見て東雲は──笑った。
東雲の表情でルクスはハッと冷静さを取り戻す。が、すでに遅い。
ルクスの死角から上杉 三郎景虎(うえすぎ・さぶろうかげとら)が飛び出した。
「腕の調子が悪くなって焦ったか? なら、ここで終わりだ」
迷いを払うように叫ぶ景虎は振り上げられた左腕に向けて妖刀金色夜叉を振るった。
刀は綺麗に関節部へと入り、肘から上の部分が吹き飛んだ。
「っっ!?!」
ルクスは声にならない悲鳴を上げて、斬られた腕を押さえる。
抑えた指の間から黒い液体が滲んであふれ出し、地面に飛沫とだまりを作っていく。
「君たち……! 僕の身体になんてことしてくれたんだ!」
半狂乱のような甲高い悲鳴に近い叫び声を上げ、景虎はへっ、と鼻で笑う。
「なぶらのおかげだな。おかげで随分あっさりと斬れたもんだ」
景虎は刀についた血糊を拭って鞘に戻した。
東雲はルクスに声をかける。
「ルクスさん、俺にとっては、イグニートさんに会わせてくれた恩人だけど……。あなたはここまでです」
「何を言ってるんだ……僕は……まだ!」
叫び、一歩動いた瞬間、明らかに精彩を欠いているルクスを見て、聖邪龍ブレードドラゴンを操縦するベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)とフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)が頭上から追撃に入った。
「フレンディス! 無茶はするなよ!」
「分かっています!」
短く言葉を交わすと、フレンディスは分身の術で残像を作った。
「こんな状況も楽しいけど……これ以上舞台に人は上げられないよ!」
ルクスは叫ぶと右腕をフレンディスに振るうが──殴り飛ばしたのは残像であり、風を斬る音だけが空しく轟く。
高く振り上げられた右腕を見て、フレンディスはベルクに視線を送り、ベルクは黙って頷いた。
「やれやれ、お守りをしてワン公の世話とは……貧乏くじもいいところだな」
ベルクは独りごちてため息をつくと、ルクスの足下を払った。
上への攻撃で重心が上にずれていたせいかルクスの身体は容易に傾いた。
「ぐっ……!」
なんとかたたらを踏んで転倒だけは踏みとどまるが、その体勢では防御にも攻撃にも転ずることが出来ない。
そのコンマ何秒かの遅れがさらにルクスを追い詰める。
「この間の負傷はここで返させてもらいます!」
叫ぶなりフレンディスはルクスに攻撃を浴びせる。
崩れた体制がさらに傾くように攻撃を加えられ、ルクスはいいようにやられている自分が許せないのか奥歯を噛みしめて表情を醜く歪めた。
「ポチ! 今です!」
フレンディスが叫ぶと、聖邪龍ブレードドラゴンからポチの助が飛び降りた。
「くらえっ!」
ルクスに向かってG.G.を向ける。
だが、長年の経験か、生存本能ゆえか――ルクスはそれを読んでいたかのように、大きく身を捩った。
ガコンと作動音が鳴り、右拳がポチの助の息の根を止めようと襲い掛かった。
絶対無比な一撃が、ポチの助の眼前に迫る。
(怖くない……っ!)
だが、ポチの助は目を逸らさなかった。
先日に自分をボロボロにし、アルマを殺したその一撃に真正面から立ち向かい――無理やり首を動かす。
風切り音が耳元に響く。
ポチの助は伸びきった腕の関節部に銃口を当て、
「持って行けっ!!」
咆哮と共に、全弾発射した。
撃ち出された先で強力な重力場が発生し、ルクスの右腕は半分ほど千切れる。
「っっがあぁっ……!」
痛みと狂気が混じった声がルクスの喉から漏れた。
その姿を見て、ポチの助は勝ち誇った顔を浮かべる。
「ふふん、あの攻撃如きで僕を負かせたなんて思わないで下さい。
お前があのラルウァ家の作品だなんて……僕なら欠陥品として着払い返品してますね。さあ僕達が直々にお前が欠陥品だと思い知らせてやりますよ!」
「調子に乗るな、この劣等がぁぁっ!」
千切れかけた右腕を大きく振り上げる。
だが、その瞬間――投げ入れられた魔術師殺しの短剣に、プツリと右腕を切断された。
短剣が飛んで来た方を見る。
ぼろぼろのアインの姿があった。
「終わりだ、ルクス」
アインの背後、数歩先で朱里が弓を引き絞っていた。
朱里が矢から手を離し、弦がたわむ。
「あ」
ルクスは短く言葉を漏らす。
それが何を意味するのか。
あるいは何も意味がない言葉だったのか。
それを知ることは──矢が彼の額を貫いたことで永遠に分からなくなってしまう。
鏃は赤黒く血で濡れ、額からも蛇口が緩く開いているように止めどなく血が溢れ、ルクスの顔を汚していく。
だが、ルクスの膝が折れず、立ち尽くしたままだった。
すでに両腕から液体は流れていないが、足下にはおぞましいほどの地が広がる。
まるで、それまで彼が殺してきた人間の血が混じって増えているのではないかと錯覚させるほど、周囲は赤に染まりむせるような臭いが上っていた。
「し、死んでますよね……?」
「これで死んでなかったら打つ手がないよ」
フレンディスの言葉に東雲が答えて、見開かれた目をジッと見つめる。
「瞳孔も開いているし……完全に死んでるね」
「終わったな……とりあえず、ここを出よう。まだ負傷で万全に動けない奴もいるんだろ?」
景虎はそう言いながら、安堵しきった顔で武器から手を離すなぶらを見つめた。
「彼は俺が運んでいくよ。囮の為とはいえ、治療しようと思ったのは嘘じゃないしね」
「それじゃあ、とりあえずこの場を離れて各自次の行動を取るとするか」
ベルクの提案に同意すると、契約者達は全員その場を後にした。
契約者達は去り、ルクスは死してなお立ち尽くしたまま笑みを浮かべていた。
彼は人として壊れたまま、死んでしまった。