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リアクション
第十章 「ダブルヒロイン 旧・人喰い勇者」
メインストリート。
廃墟ほどではないが、大勢で詰めかけている構成員達を蹂躙飛空艇に乗りながら見下ろす白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)は歯を見せて笑う。
「おーおー。あいつらこっちに気づきもしねえ。随分と余裕じゃねえか。……それなら、高見の見物にはまだ早いってこと、教えてやんねえとな」
竜造は飛空挺の速度を上げると、ちょうど構成員達の頭くらいの位置まで降下して列を成した構成員の頭をはね飛ばしていく。
何十キロという鉄の塊が高速で頭蓋を砕き、轢かれるたびに赤い花が咲く。
「な、なんだぁあいつは!」
「う、撃て撃て!」
竜造のアウトフェイサーによる威圧感ですっかり浮き足だった構成員たちは上空を狙うが──それを狙っていたようにヴィータのモルスとゼブル・ナウレィージ(ぜぶる・なうれぃーじ)が屈みながら地を這うように構成員達に接近した。
「いよいよラストバトル! 今宵で終わる血臓の祭典! カーテンコールはまだまだ! さぁ、イッツショータァーイム!」
狂気めいた叫び声を聞いて、周囲の構成員達が下を見るがすでに銃が意味を成さないほどに接近を許している。
ゼブルはザ・メスを手に取ると、曲げていた膝を伸ばすとそのままの勢いで首を掻ききった。
「っ……!」
何かを叫びたかったようだが、声を上げようとするたび喉から鮮血が迸る。
「うわああああああああああああああああああ!」
竜造の奇襲とゼブル、モルスの出現に構成員達は恐慌状態に陥り彼らから遠ざかるように扇状に散っていく。
「逃がしませんよ〜!」
ゼブルは心底この状況を楽しんでいるかのように狂喜の声を上げると、機晶魔銃マレフィクスを構えて即座に発射した。
撃ち出される機晶エネルギーの塊が構成員達の腹を食いちぎり、一直線に突っ込み血のあぜ道を作る。
「他の人たちも安心するにはまだ早いですよ!」
ゼブルが叫んで遠隔のフラワシを使うと、撃ち出された弾丸はまるで意思を持ったように反転すると構成員達の中央で無軌道に跳ね回る。
「な、なんだこりゃ!」
「逃げろおおおおおお!」
すっかり連携が取れなくなり構成員達は散り散りに逃げていく。
「おっと、逃がさねえぜ?」
いつの間にか飛空挺から降りていた竜造は逃げていく構成員たちの正面に立つと一騎当千の力で構成員達を薙ぎ払っていく。
「後はお任せしますよ?」
ゼブルはモルスに声をかけると、モルスは逃げていく構成員達に容赦なく追撃を加えていく。
その周りをゼブルが放った機晶エネルギーが跳ね回り、まるで血と光りとともにモルスが踊っているかのようだった。
「っふっふ……綺麗ですねぇ」
ゼブルは満足そうな笑みを浮かべると、逃げ惑う構成員達が殺されていくのを眺めた。
惨劇と化すメインストリート。
「まったく……冗談じゃないわね」
「しゃあねえな。加勢してやるか」
アルブムとニゲルが臨戦態勢に入ると、アルブムを狙って月詠 司(つくよみ・つかさ)、シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす)とアユナ・レッケス(あゆな・れっけす)が動く。
(司……分かってるわね?)
(うん……)
テレパシーでやり取りをする司とシオン。
二人が会話を終わらせると、司は周りにいる敵に自分の姿を晒し、ヒラヒラとした動きで攻撃を誘う。
「てめえ……! なめてんのか!」
たまらず攻撃を加えるが、司はアブソリュート・ゼロで氷の壁を作ると逃げ出してしまう。
「待て!」
おどけるように逃げ回る司の姿とやられっぱなしなのが彼らの神経を逆なで、何も考えずに司を追いかけ回す。
(敵は引き離したよ……後は頑張って)
司はシオンにテレパシーで語りかけながら必死に逃げ回り続けた。
目の前が無人となり、アルブムはシオンとアユナに向けて走り出しストゥルトゥスを前に出した。
「それじゃあ、こちらも……」
「ええ、ここの死体を使い切るまで遊びましょう?」
アユナとシオンは口角を上げると同時にフールパペットで近くの死体を動かし、ストゥルトゥスに向かわせた。
「……そんな死体では、止められない」
アルブムは鋼糸を動かしストゥルトゥスは機敏に動いて死体を蹴り倒す。
ぐちゃりと嫌な音が死体からすると、死体は首を変な方向に曲げて動かなくなる。
だが、死体は竜造達のおかげでそこら中に点在しており替えならいくらでも利く状態だった。
シオンはアルブムに言葉を投げかける。
「半人前のあなたじゃ苦しいんじゃない? 素直にお兄さんに泣きついたらどう?」
「……また挑発。あたいは、あたいで全力を出すだけ。ラルウァ家を舐めてはいけない」
アルブムはシオンに向けて魔法を放とうとするが、
「でも、半人前であろうとなかろうと苦しい状況に変わりはありませんね? ……ほら」
アユナはクスッと笑うと、再びフールパペットで死体を動かす。
今度は正面ではなく、アルブムの背後の死体が起き上がり、足に絡みついた。
「っっ!?」
「ほらほら、まだまだ人形なら沢山あるわ。……全員と遊んでくれるまで、帰さないから」
シオンは心底楽しそうに笑いながら、こちらもフールパペットで死体を操りアルブムに襲わせる。
無限にわき出る死体達に苦戦するアルブムを見て、ニゲルはため息をついた。
「やれやれ面倒な事になってやがる……。ここはやっぱり頭を潰しておくか」
ニゲルは断罪者ギロチンを抜き放つとヴィータに接近した。
「よお、そろそろ死ぬ時間だぜ」
「そういう言葉は鏡の前で言ったら?」
「抜かせ!」
ニゲルは大太刀を振り上げ、剣閃を加速させて一気に振り下ろす。
が、その太刀筋は突然の爆発で横にそれてしまう。
あまりにも突然のことで防御できなかったニゲルはそのまま爆発の威力に逆らわず転がるように距離を取った。
「……ちっ! コソコソ護衛が隠れてやがったな……おら、出てこいよ!」
ニゲルが叫ぶと、松岡 徹雄(まつおか・てつお)は光学モザイクを解除し姿を現すと、間髪入れずに疾風迅雷で接近を試みると、奈落の鉄鎖を放った。
「んな弱っちい鎖で俺が止められるかよ!」
ニゲルは大太刀を振るい鉄鎖を弾き飛ばし、そのままの勢いで徹雄を斬れる間合いまで詰め寄った。
「……かかったな」
徹雄はそれだけ言うと、しびれ粉をニゲルの前に撒いた。
「なっ……! ぐ……!」
ニゲルは咄嗟に後ろに飛び退るが、少量吸い込んでしまい見て分かるほどに動きが鈍った。
「さすがに、粉は斬れないみたいだな」
「くそっ……! こんなもんで俺を殺れると思うなよ……」
「思ってないよ〜。だからぁ、徹底的に壊してあげるの!」
ミステル・ヴァルド・ナハトメーア(みすてるう゛ぁるど・なはとめーあ)は笑い声を上げながらニゲルに近づくと樹海の根を振り下ろして右足をぶった切った。
「……っ!」
突然の激痛にニゲルは奥歯を噛みしめる。
「あははは! まだまだこんなんじゃ終わらないよ!」
ミステルは樹海の根で近くの死体を突き刺すと、それでニゲルをぶん殴った。
通常の発想からは出てこないような攻撃方法にニゲルはただ攻撃を受け止めることしか出来ず、衝撃で地面を転がり壁に背を叩き付けた。
「くそ……! 面倒なことになりやがった……」
ニゲルは自身の右足を見る。足は土踏まずの辺りから先がなくなっており、止めどなく血が溢れている。
これではまともに地面を踏み込めない。それは刀を振るう者にとっては致命的なことだった。
ニゲルが次の打開策を考えていると、飛空挺に乗ったイブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)が駆け寄った。
「危険! 撤退シテクダサイ! 援護シマス!」
「うるせえ、すっこんでな」
ニゲルは叫ぶイブを鼻で笑ってよろよろと立ち上がった。
「マスターノ命令デス! 私ハニゲルノ撤退サセマス」
「いいからすっこんでろってんだ!」
噛みつくようにニゲルは一度吠えると、冷静さを取り戻したのかイブの顔を真っ直ぐ見つめる。
「撤退はまだだ、もう少しだけやらせろ。……朱鷺!」
ニゲルが朱鷺の名を呼ぶと、朱鷺はニゲルの元へと駆け寄った。
「アルブムとこいつを連れて一緒に逃げろ。殿は俺が務める」
「……!」
この足の怪我での殿。
それがどういう意味を持つのか、朱鷺には理解できてしまった。
引きつった顔の朱鷺を見て、ニゲルは面倒くさそうに頭を掻いた。
「そんな顔するなって」
「でも……」
「【百鬼夜行】ニゲル・ラルウァが命じる。生き延びる事がてめーへの試験だ」
そう言うと、ニゲルは再び武器を構える。
「……分かりました。どうか、ご無事で」
朱鷺はそれだけ言うとニゲルから離れ、死体の相手をしているアルブムの助けに入りイブは活路を切り開いて逃走に成功した。
三人の背を見送り、
「うらぁ!」
三人の逃げていった退路の近くの建物を切り刻むと、瓦礫で道を塞いでしまう。
「不退転の覚悟……ってやつか?」
竜造が訊ねると、ニゲルは自嘲気味に笑った。
「そんなんじゃねえよ。てめえらが追えないようにしたってだけだ」
「なら、てめえはもうあいつらを追いかける気は無いってことだな」
「それは……てめえらを皆殺しにしてからゆっくりと考えるさ」
ニゲルは刀を鞘に収めると居合いの構えを見せる。
「いいねぇ、最後の勝負ってやつか……受けて立つぜ!」
竜造も白狸奴刀を抜いて、脇構えになる。
喧噪が遠くに聞こえるほどの沈黙が当たりを支配した。
聞こえるのは二人が互いの間合いを詰めようとするすり足の音だけ。
互いの心臓の音が聞こえそうなほどの静寂の名か──二人の歩みが止まる。
互いに必殺の間合い。一撃で相手の心臓を止めようという暗い殺意同士がぶつかり合う。
一秒を一時間と感じてしまうほど濃密な時間が周囲の人間にまとわりつき、
「っ!」
その支配を終えるようにニゲルが右足でたたらを踏み、白銀の剣閃が竜造の首を狙い、竜造は弾かれるような動きでニゲルの心臓を狙った。
互いの位置が入れ替わるようにして交差し、数瞬の沈黙の後、
「……しくじった……か」
心臓を刳り貫かれたニゲルはそれだけ呟くと、糸が切れた人形のように地面に伏した。
竜造は頬から血を流しながら息を抜く。
「足の怪我がなけりゃ、今頃俺の首が飛んでたかもな……ケッ、気に入らねぇ」
竜造はそう独りごち、刳り貫いたニゲルの心臓を放り捨てた。