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リアクション
2.現場百遍
『ファーストキス泥棒捜査本部』にて、囮捜査の方針が決定された。
しかし捜査本部とは別に、それぞれ独自に動いている者たちも存在する。
赤城 仁(あかぎ・じん)もそういった者たちの一人だ。五人の被害者たちが、襲われた場所を順に巡って目撃者を探している。
「キス泥棒ねえ。別に命をとられる訳じゃなし、放って置いても害は無いだろ」
口先ではそのようなことを言っているが、仁は先頭を切って聞き込みに乗り出した。
彼のパートナーであるナタリー・クレメント(なたりー・くれめんと)は、少しだけ不機嫌そうに自分の黒髪をなでている。なかなかやる気をみせない仁に苛立っているのだ。泥棒が女生徒であっても、二度とこのようなことをしないようにさせなければならない。
「それにしても、ファーストキスがまだの女性だけを狙うなんて、犯人は何か特殊能力を持っているのかな
エリオ・エルドラド(えりお・えるどらど)が捜査本部の榊 花梨にメールで定時連絡を送りながら首を傾げる。たしかに、被害者全員がファーストキスを奪われたというのは大きな謎だ。
外見年齢十二歳の玉白 茸(たましろ・きの)は、聞き込みの際には邪魔にならないよう、おとなしくしている。魔女である彼女は、実は彼ら四人の中でもっとも年長だ。
先ほどなどは、仁が聞き込みした女生徒からミルク飴ちゃんを四つもらってしまった。
「飴ちゃんうまいぜ!」
頬に飴の語りを浮き上がらせて眼を細めるその姿は、少女にしか過ぎないが緑色の瞳は怜悧な光を放って妖しい人物がいないか周囲を伺っている。
「やっぱり新しい証言は出ないか」
「現場百遍ですわ。人通りが少ない時間帯に犯行が行われたなら、目撃者は少ないのが道理。目撃者のいる可能性はゼロではありませんわ……被害者たちのためにも、あきらめるわけには参りませんわ」
何となくあきらめを感じさせる仁をナタリーが励ます。
「犯行予想時刻まであるようだし、やってみますかね」
自分の肩を叩きながら、仁が次の犯行現場へと向かおうとする。
そこへグラン・アインシュベルト(ぐらん・あいんしゅべると)一行が通りがかる。彼らもまた、正体不明のファーストキス泥棒による犯行を防ぐために行動している。
「ファーストキスなんぞ何時だったか忘れたが……無理強いというのは感心せんからのぅ」
「さすがじいちゃん!」
「むぅ」
茸は両手を叩いて喜ぶが、年寄り扱いされるのをなにより嫌うグランは不満顔だ。茸の実年齢を知ったら、さらにその不満は募るだろう。
「ところで、ふぁーすときすって何でごさる?」
グランの連れであるオウガ・ゴルディアス(おうが・ごるでぃあす)がナタリーに尋ねる。
「ファーストキスっていうのは、生まれて初めてするキスのことですわ」
ナタリーは丁寧にアーガスに説明する。
「その、キスというのはなんでござるか?」
「好きあってる人同士が唇と唇を接触させることだぜ!」
茸が教えてやる。オウガは数秒動きを止めたあと、まるでゆでられたように赤くなる。
「なんと! 口吸いにござるか!」
「なぜかいやらしく聞こえるな」
ドラゴニュートのアーガス・シルバ(あーがす・しるば)は肩をすくめてみせる。
「……口……吸い……」
その意味するところはキスとまったく同じなのだが、ナタリーの脳裏に自分と仁が口吸いに及ぼうとしているイメージが浮かんでしまう。
「わ、わ、わ」
ナタリーは両手を振り回して自分の頭の中からそのイメージを追い出そうとする。
「ほっほっほ……青春じゃのぅ」
ちりめん問屋のご隠居のような笑みを浮かべてグランは去っていった。
「ナタリー、どうかしたのか?」
「っしゃらぁ!」
こちらをのぞき込むようにしてきた仁に、ナタリーのラリアットが炸裂する。まったく偶然だが、プロの格闘家が見てもほれぼれするようなタイミングで技が決まった。
「ゴフ……」
赤城 仁、一時戦線離脱。
小谷 愛美は、数名の女生徒たちと調査に当たっている。
「まぁ、それでは愛美さんは、朝野さんとキスをされたことがおありですのね」
アリア・ブランシュ(ありあ・ぶらんしゅ)が自分の唇に触れながら目を丸くする。
「やー、あはは」
愛美は隣を歩く朝野 未沙をちらりと見る。
「でも、そうなると愛美さんと朝野さんは、囮にはならないのですね」
「あたしのことは未沙って呼んで。あなたのこともアリアと呼んでいいかな」
「まぁ、嬉しい! 未沙さん」
「なぁに、アリア」
「未沙さん」
新しい友人に呼びかけるのが嬉しいのか、アリアは何度も未沙の名を呼ぶ。
「やっぱり同意の上でのキスじゃないといけませんよね!」
アリアは小さな拳を握りしめていう。
「ところで、アリアはキスってどうなの?」
「どうなのといいますと」
「またまた〜、マナちゃんセンサーに依れば、アリアちゃんキスはまだだね」
「内緒です」