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第11章 前半――白ディフェンスの壊滅

(あら、また来たの?)
 白チームの5番がやって来る。表情が緊張しているように見えるのは、多分気のせいではあるまい。彼は、こちらのことを分かっているのだ。
(私に勝てない事も、多分……ね)
 藤原優梨子は立ち止まり、白の5番を待った。
 白の5番は、藤原優梨子の前まで来て、止まった。
「何かご用かしら?」
 藤原優梨子は訊ねた。いくらも走っていないのに、出迎えた白の5番は汗びっしょりになっていた。
「……これ以上は……行かせん……!」
「それじゃあ、どうぞ私を止めてくださいな」
 右足の外側で、ボールを右に。少し転がった所で、同じく右足の内側で、ボールを左に動かす。フェイント技の基本中の基本の動き、それを目の前でゆっくりとやって見せる。
 白の5番は、その動きに反応した。が、藤原優梨子の動き以上に、それは緩慢だ。
 ポン、とボールを蹴った。カレーボールは白の5番の股下をくぐる。白の5番は反応ができない。
「行かせていただきますわね」
 その横を通り過ぎた。
 白の5番は歯噛みし、満面に冷や汗を浮かべ、顔を引きつらせていた。
(いい顔ね)
 彼女はそう思いながら、ドリブルを進めた。
 ゴールが近づいてくる。白のディフェンス達が、こちらに向かって走ってくる。その中にまぎれているマイトや高村?が声を出している。
 「パスを回せ」と。その必要はない。
(このゲームは私のものですね)
「『さあ、私にひざまずきなさい』
 彼女は再び「アボミネーション」を使った。絶対的なオーラが吹き出した。
 さっきの三人組のように、白のディフェンダーの動きが止まった。マイトや高村?も巻き添えを受ける。ゴールを見てみると、ゴールキーパーにもしっかり影響があったようだ。
 誰の妨害をも受けずに、藤原優梨子はペナルティエリアに進入した。ペナルティマークの上でボールを止め、ゴールポストを見据えた。

《白チーム、一体何が起こったのか!? プレイヤーは誰一人として身じろぎもしない! 紅12番・藤原の進入をやすやすと許してしまったーっ!!》
《今資料が届きました。あの選手、アボミネーションを使っているようですね》
《アボミネーション!? 周囲の敵を畏怖させるというスキルですね!?》
《ええ。実に効果的で、見事で、白にとっては恐るべき使い方です。ディフェンスラインは壊滅ですね》

「PKで勝負しましょうか、美央さん?」
 キーパーの赤羽美央からの返事はない。だが、聞こえているはずだ。
 数歩下がる。狙いはゴールの隅――では外してしまう恐れがあった。
(真ん中から少し横……無理に上とかを狙う必要はなさそうですね)
 走り込む。助走の勢いを爪先に載せて、カレーボールを蹴った。カレーボールは低い軌道でゴール内の右よりの方向に飛んでいき――
(あら?)
 信じがたい事が起きた。
 赤羽美央が反応し、セービングしてボールを止めたのだ。
 赤羽美央はゆっくりと立ち上がり、掠れた声を振り絞って叫んだ。
「全員……全員、上がって! ゴール前から、前に出て行って!」
 そして、左手で掲げたボールに右の拳を打ちつけ、高い軌道でのロブを出した。青空の中にボールが吸い込まれていく。
「驚きましたね、美央さん?」
 全く驚いていない口調で、藤原優梨子は呼びかけた。
「あなたにまだ、そんな余力が残ってたなんて?」
 やはり赤羽美央は答えない。藤原優梨子の視線を見返しているだけ。
 感心する。まだそんな気力が残ってたなんて。
 ゴールポストのすぐ隣には小さな女の子が立っていた。誰かと思えばヴァーナー・ヴォネガット。
「ヴァーナーさんは、前に出ないのですか?」
 藤原優梨子の問いに、ヴァーナーは首を横に振った。
「……美央ちゃんが……ボクがいなくなったら、多分、倒れちゃうだろうから……」
「優しいんですね、さすがはヴァーナーさん」
 だが、戦いではそれを甘さという。
 ヴァーナー・ヴォネガットは分かっていない。蒼空サッカーはスポーツではない。
 ボールを武器とし、媒介としたまぎれもない「戦闘」――いや、「戦争」なのだ。
 カレーボールはクリアされたが、またすぐここに戻されるだろう。
 この場から逃げ出したとは言え、「畏怖」の影響は白のディフェンダー達にもまだ残っている。
 怯えを残した者達に、まともなプレーができるはずがない。

「……ひどい有様だな」
 エヴァルトは溜息をついた。
 現在、白のゴール前からは人の姿が消えている。いるのはキーパーと、その付き添いのような小さい女の子、そして紅のプレイヤーが数人。
 白のディフェンダー達は、キーパーと小さな女の子以外は――キーパーも大概小さな女の子だが――全員が紅の陣地にラインを上げ始めている。
 全員で攻撃に向かっているのではない。紅のプレイヤーを怖れて本拠地を投げ出したのだ。
 どうせまともな試合にはなるまい、とは思っていたが……
(どうやら、俺の出番のようだな)
「兄ちゃん、どこ行くん?」
 日下部社の問いに、エヴァルトは答えた。
「ヒーローになって来るぜ」
 観客席を降りて、フィールドの外側に足を踏み入れる。喫茶店みたいな設備がやたら充実している本部テントに入ると、中にいた実行委員に声をかけた。
「選手参加したいんだが?」
「分かりました。名前と所属、どちらのチームかを教えて下さい」
「エヴァルト・マルトリッツ、蒼空学園。白で入る」
 浅葱翡翠は、白のゼッケン22番を手渡した。