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第8章 前半・1――白の遅攻戦術

 カレーボールはマイト・オーバーウェルムに蹴り出されて歌菜に、遠野歌菜から風森巽に回された。
(行くぞ)
 マイトのアイコンタクトに、遠野歌菜は頷く。ふたりは走り出した。
 一方の風森巽は、キープしたカレーボールのドリブルを始めた。
 前方を見る。散在する人影に、地平線の彼方のゴール。人影のいくつかがこちらに向かって走って来るが、エンゲージするまでには相当時間がかかるだろう。
 つくづく、キチガイじみている。
(何だこのイカれた広さは……!)
 ドリブルでの敵中突破なんて考えたら、敵プレイヤーの妨害なんか無くとも距離だけで心が折れそうだ。
(まぁ――まずは自分の仕事をするか)
 気を取り直して、風森巽はドリブルを続けた。
 まずは時間を稼ぐ事。とにかく相手の陣地の奥に、こちらのFWが進入するまでボールをキープする事だ。

《さぁ、ついにキックオフ。カレーボールの紅チーム、まずは慎重な立ち上がりです》
《エリア辺りの人口密度がまだ低いですから、しばらくは平和でしょう。まずは出方を互いに探ってる状態でしょうね》
《やはり、ボールの競り合いになった時からが勝負でしょうか?》
《ええ。その時こそ、本当の始まりでしょうね》
《さて、一方のパンダボールの白チームですが、こちらには動きが出て来たようです》

 パンダボールは秋月葵から蹴り出されてイングリットに、イングリットからまた秋月葵にボールが戻された。
 白チームのFWと、攻撃MFのラインがゆっくりと上がる。と、後方にいたMFのレロシャンとFWの緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)が凄まじい速さで走り出し、一気に紅のMFラインにまで切り込んだ。
 ふたりともバーストダッシュを使ったのだ。おそらく、この試合で一番頻繁に使われるスキルだろう。
 秋月葵は、遠ざかる自軍プレイヤーの位置を確かめる。
(よし……ここで一気にロングパス……ッ!?)
 足元の感触が変わった。
 柔らかい土が突然コンクリートのように固くなり、
「きゃっ!」
 秋月葵はバランスを崩した。

《あーっと!ここで突然白21番秋月葵選手転倒!》
《秋月選手の周りの地面が凍結しましたね。紅組が仕掛けてきました》

「むっ!」
 近藤勇が眼を見張った。
「ちょっと待て、今のは地面が凍ったのか!?」
 エヴァルトも思わず身を乗り出す。
「フィールドへのスキル使用ってアリだったかしら」
 ヴェルチェがパンフレットを確認した。
「蒼空サッカー、とうとう始まったかい」
 日下部社が溜息をついた

(もらった!)
 自身に光学迷彩を施したまま走り出したのは、紅チームの鬼崎 朔(きざき・さく)だ。
 自分の仕掛けが成功した事に、彼女は満足していた。
(勝ちに行かせてもらうぞ、白組!)

 気配が来る。
 体勢を立て直した秋月葵は、そちらに眼を向けた。
 誰もいない。が、彼女の超感覚は、何者かが接近している事を伝えている。
 ひとまずボールをキープ、と同時に「何者か」とボールの間に体を割り込ませる。すぐ背後に迫る気配。危険、と告げるのは彼女の勘。
「百合園!」
 正面から声。蒼学サッカー部のMF、いつの間にここまで上がって来ていた?
 考えるより先に体が動いていた。バックパス。
 背後で舌打ちの音が聞こえた。

《白20番秋月葵、ひとまずボールを戻します。受け取ったのは白15番、蒼学サッカー部の葛葉翔選手!》
《正しい判断だと思います。熱源探知カメラによりますと、光学迷彩をかけた紅プレイヤーが競り合いに来ていましたからね》
《光学迷彩を使って迫ったのは紅11番鬼崎朔。未だ姿を現さず、白のFW陣の前を警戒!》
《イヤな形ですね。白には相当プレッシャーになってると思いますよ》
《さあ、パンダボールを受け取った白15番・葛葉、前線にロングパス! あっと、パンダボール強い光を帯びてアーチを描く!》
《「破邪の刃」です! 光輝属性はこの試合では大きな影響はないでしょうが、光は目眩ましの効果が期待できます》
《なんと、光のアーチの弾道に人影が割り込む! 紅9番、機晶姫スカサハ・オイフェウス(すかさは・おいふぇうす)、光り輝くパスをカット!》
《装備している加速ブースターが活きました。武器や防具が無くても、やりようは幾らでもあります》

「……これはサッカーなのか?」
 エヴァルトは誰に言うともなく呟いた。
「地面は凍るわ、ステルスはいるわ、プレイヤーは空を飛ぶわ……いや、まともなサッカーなんざハナから期待しちゃいなかったけどな」
「ふむ、これが蹴球か。想像以上に凄まじい競技だな」
「あんさん……ンな事言うたらペレが血涙流しますわ」
「ルールに違反しちゃいないけどね。誰かに直接ダメージ与えたわけでもないし、光学迷彩も禁止事項には触れちゃいないし」
「あの20番、見えない相手によく反応できたもんだ」
「心眼……いや、殺気看破か?」
「分かっていてもそう簡単には反応できん。大したお姉ちゃんやな」

《スカサハからこぼれたボールを拾ったのは紅16番・鬼院尋人! ひとまずボールを12番・藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)に……っと、カットされた! 白14番・水無月良華が見事なパスカット! 紅12番・藤原。ボールを奪いに行くが、白14番・水無月ボールを戻す!》
《いや、実に見事な動きです。パンダボールが危うく紅に取られる所でした》
《しかし、ここでボールは再び20番秋月葵に戻りました。白チーム、なかなかボールを前に出す事ができません》
《攻めあぐねていますね。ゴールまではまだ1200メートル以上ありますよ》

(攻撃ラインが全然進まないわね…)
 秋月葵は前を見た。
 視野の中では、先行した緋桜とレロシャンが手を大きく振っている。意図する所は明確だ。パスをよこせと言っているのだ。
 こっちも出来ればそうしたいが、並みの勢いではまたカットされるだろう。まさか、ロビングパスが飛んで止められるとは思わなかった。
(……技の出し惜しみして勝てる試合じゃないよね!)
 とにかく、もっと奥に切り込まなきゃ話にならない。
「白! みんな上がって!」
 秋月葵はそう叫んだ。FW、MFがさらに先行する。それは同時に、こちらのプレイヤーに相手からのマークがつきやすくなる、という事でもあるが。

《秋月、指示を出しました! 白チーム攻撃陣、ラインを上げます》
《これは、何かやりそうですね》

(もともとはシュート用に作った技だけど――)
 氷術をボールに使用、さらに「アルティマトゥーレ」も。秋月葵の足元に、冷気のエネルギーが渦を巻いた。
(カット出来る?! 私の必殺――!)
 秋月葵は、紅陣の中央部奥に向けてボールを蹴った。

《ついに出ました、白12番秋月の必殺アイストルネード! 本大会スキルシュート第1号は白12番の秋月葵だ!
 冷気の塊と化したパンダボールが、紅のMFがいるエリアを貫く! 紅プレイヤーは誰も手出しができません!》
《触るとただではすまないのが見ただけで分かりますからね。カットにはなかなか入りませんよ》
《しかし、1200メートル手前からのシュートは焦りすぎはないでしょうか?》
《いや、あれはシュートではありません。パスです》
《なるほど……ボールの着地点に走り込むのは白18番・緋桜遙遠! 冷気の塊のボールをキャッチ! ついにパスがつながった! ゴールまで残り1100メートル!》
《まだまだ道は遠いですが、これだけの距離を縮められたのは大きい!》

 パスは確かに緋桜遙遠につながった。が、受けた瞬間、強烈な冷気が彼の体を駆け抜けた。
(なるほど、これがキラーパスってやつですか)
 本来の意味とは大分違うが、この試合では間違っていない気がする。
 一瞬だけ、周囲を眺める。レロシャンが自分よりもさらに先行しているが、パスを送るには間に紅プレイヤーが大分入っている。「キラーパス」の多用は危険だ。味方のプレイヤーが先に倒れる恐れがある。
(まずはドリブルで進むか……何っ!?)
 軽く正面に蹴り出そうとした瞬間、緋桜遙遠の足元でボールが横に弾き飛んだ。スライディングしてくる紅プレイヤージュレール・リーヴェンディ(じゅれーる・りーべんでぃ)の姿。
「しまった!」

《何と! 白18番・緋桜ボールを奪われた!》
《「ブラインドナイブス」の応用です。完全に死角を突かれました》
《さぁ、紅としてはここからパンダボールの主導権を一気に奪いたい所……しかしこぼれたボールを拾ったのは白15番・葛葉! さすがは蒼学サッカー部、見事なセンスだ!》
《バーストダッシュの反応もさることながら、使うタイミングも見事ですね》

 ボールをキープした葛葉翔は、声を張り上げた。
「白は俺に集まれ!」
 葛葉翔に向けて、ジュレールが再びスライディングを試みる、が、慣れた動きで葛葉翔はそれをかわし、ドリブルを始めた。
「すまない、葛葉! 助かりました!」
「礼はいい、空京さん! それよりあんたも一緒に固まれ!」
 空京さん、というのは自分を呼んでるものらしい。葛野翔と併走し始めた緋桜遙遠は訊ねた。
「固まる? もっと散らばった方がいいんじゃないですか?」
「うかつに散らばったらロングパスを多用しなきゃならない。けど、並みのパスじゃ簡単にカットされちまうし、下手に孤立したら、簡単にボールを奪われちまう」
 今の自分みたいに? 緋桜遙遠は心中でそう自嘲した。
「……あんたを責めているわけじゃない。光学迷彩にブラインドナイブス、これからどんなスキルがこっちを狙ってくるのか見当もつかん。ボールを奪われても、カバーしあえるフォーメーションが必要だ」
 ――なるほど、それもひとつの戦術だろう。
「だが、それでは攻撃がますます遅くなりませんか?」
「下手に焦ってボールを取られるよりは遙かにマシだ。ラインの前進は多少遅くても、絶対に後退しないようにする。向こうがスキルで攻めてくるなら、こっちはあくまで『サッカー』をやるだけだ。いくぞ!」
 今し方の「キラーパス」で、パンダボールは紅陣に大分食い込んだ。おかげで紅からはMFのみならず、FB等も何人か前に出て、こちらに向かって来ている。
 緋桜遙遠は葛野翔と共に、紅の防衛線に向けて走り出した。

「いかんな、白のあれは」
 近藤勇が首を捻った。
「勇み足だ。完全に敵中で孤立してしまうぞ」
「いや、ここで下手にバックパスなんぞしたら、稼いだ距離が水の泡だ」
「あの蒼学のエースさん、勝負に出たわね」
「残りの白の攻撃部隊も蒼学エースさんに向かっとるな。兵力集中して包囲網突破の構えか」
「ほほう、兵法としては間違ってはいないな」
「やってるんは戦争やなくてサッカーなんやけどな、一応……」