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第4章 試合場見学――大きいという事

 どんなサッカーだよ、と言うツッコミは、何も蒼学サッカー部員だけのものではない
 限定ありとは言え、スキル使用が認められているだけでも相当常軌を逸しているのに、さらにキロメートル単位で設定されたフィールドなど想像を絶する。
 選手登録を済ませた後、
「まともなサッカーなんてできるんでしょうか」
「この場合のロングシュートってどれだけの飛距離が必要なんでしょうね」
「どんな戦術組めばいいのか見当も付かん」
などと安芸宮和輝、安芸宮稔、葛葉翔が話し合っていると、
「それじゃあこれから観に行こうよ」
とミルディアが提案した。
 携帯電話をちょっといじり、電話口の向こうと色々話をした後で、
「今、運転手つきでマイクロバス頼んだから。もうしばらくしたら門の前まで来るよ?」
「……百合園さんはレンタカーを出前で取るのですか?」
「ん? 変かな?」
「いや、何でもありません」
(これだからお金持ちってのは……)
 安芸宮和輝はこれ以上ツッコむのを辞めた。
 ほどなくしてマイクロバスが到着し、蒼学サッカー部、百合園の面々、そして芦原郁乃と秋月桃花が順次乗り込んだ。
 バスに揺られる事小一時間。
 辿り着いた先は、ひたすらに広い更地だった。鉄パイプで組み上げられた観客席が、それを囲むように続いている。
 どこまでも。
 それこそ地平線の彼方まで。
 観客席は、まるで城壁か何かのようだ。
 バスから降りた面々は、まず、その馬鹿げたスケールに絶句した。
「……大きいね」
 唖然としながら、ミルディアが呟く。
「大きいな……」
 葛野翔が同じように呟く。
「桃花……これ、観客席だよね? お城の城壁とかじゃないんだよね?」
「多分……そのはずですけど」
 気を取り直して、クレアが城門――ではなく、観客席の入り口に立っている神崎 優(かんざき・ゆう)に「すみません」と声をかけた。
「あの、試合会場を見学させて欲しいのですが?」
「失礼ですが、あなた方は?」
「選手として参加する者です。白チームで」
 神崎優は装備している無線機を手に取った。
「こちら東ブロック担当、神崎優。見学者が来ています。入れてもよろしいでしょうか、どうぞ」
〈こちら本部の浅葱 翡翠(あさぎ・ひすい)、場内警備の各員は状況の連絡をどうぞ〉
〈南ブロック担当、水無月 零(みなずき・れい)。問題有りませんわ〉
〈北ブロック担当、神代 聖夜(かみしろ・せいや)。立入禁止区域に入らなければそれで良い〉
〈西ブロック担当、陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)。見学問題有りません〉
〈場内動哨担当リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)。現在駐車駐輪区域におります。危険人物の場合はこちらに誘導して下さいな〉
〈動哨担当中原 鞆絵(なかはら・ともえ)、危険人物さんは追い払って下さい。それが危険人物さんの為です〉
 一通りの連絡を聞いた後、神崎優は「どうぞ」と見学者たちを促した。
 入り口をくぐった。
 何もなかった。
 ――いや、彼方にポツポツと天幕が置かれていたり、プレハブの小屋が建てられているのは分かる。
 だが、地平線が見える。フィールドの中に。
 城壁が如き観客席が、見事な一点透視図法で彼方まで続き、消失点で交わっていた。
 一点透視図法を描いているのは観客席だけではない。
 地面に描かれている白線――これはタッチラインか――も、消失点まで続いている。
 首を動かせば、二点透視図法が見える。白線――これはエンドラインか――がやはり彼方まで続き、途中にポツンとゴールポストが置かれ、その先にまだ白線が続いている。戦の先にいる人影は、その白線を引いている最中なのだろう。
 見学者等は声も出ない。
 馬鹿げてる。
 何だこの狂ったような広さは。
 こんな場所でサッカー? どんなサッカーをやれってんだ?
 反対側のゴールポストが見えないぞ? これはどこかのマンガか? マンガみたいなサッカーをやれっていうのか?
 あんぐりと口を開け、立ちつくす見学者達。
 その横から、声をかける者がいた。
「あんた達も見学者か?」

 振り向くと、痩身で童顔の男の子が立っていた。薔薇の学舎の制服を着ている。
「まあ……ね」
 レロシャンが辛うじて答える。
 男の子は見学者らをしばらく見つめると、
「そうか……あんた達は白チームの選手。そうだろ?」
「何で分かる?」
 葛野翔の問いに、男の子は「見れば分かる」と答えた。
「みんな何かスポーツやってるように見えるし、その子は確か、一番最初に白組で選手参加した芦原郁乃さんって子だ」
「残念でした」
 ミルディアは「ぶぶー」と口で外れブザーを鳴らした。
「あたしは紅チームだよ。百合園の全員が白に行くのも、なんか面白くない気がしてね」
「なら、オレと同じチームだな。オレは鬼院 尋人(きいん・ひろと)。ミッドフィルダーをやるつもりだ」
 よろしく、と鬼院尋人はミルディアに微笑んだ。
「白のみんなも、思いっきり走り回って、一緒にいい試合にしようぜ」
「まともな試合になると思います?」
「もちろん」
 安芸宮和輝の言葉に、鬼院尋人は頷く。
「知恵と力と、フェアプレーの心がぶつかり合う、いい試合になると思う」
「知恵と力はまだ分かるが、フェアプレーというのは理解できかねますね」
 安芸宮稔が口を挟む。
「スキルが使えるとなったら、一体何が飛び出して来るか……我々自身にも言える事ですが」
「別にこっちを殺す為に使われるわけでもないだろう? 大した事はない」
 鬼院尋人は笑った後、少し遠くを見るような眼になった。
「……スキルを存分に、好きなように、けれど誰かを傷つけるためじゃなしに使う機会なんて、そうはないだろうしな」
 鬼院尋人は常軌を逸したフィールドに眼を向けた。
「スキルのほとんどは、戦闘で相手を傷つけたり倒したりするものだよな。
 強くなって、昔に比べて成長して、技を揮ってみたくなって……で、その事に気がついて。
 そんな時は不安になったりしないか? 自分は誰かを傷つけたり、ひょっとしたら殺したりする為だけの存在になっちゃいないかな――なんてな」
「……何かを守るために強くなろうとする人は、珍しくありません。けど、その力は、別な誰かが守ろうとしているものを壊すこともできるでしょう」
「力には責任が伴う、とはよく言いますね。強くなる毎に、責任を背負い込んで……必然ではありますけれど、気がついたら最初にやろうとしていた事やなろうとしていた自分から、遠ざかっていたりとか」
「責任か……自分の一挙手一投足が、別などこかに大きな影響を与えるかも知れない……誇りに思う一方で、面倒くさいっていうのは確かにある。『自分はどうしたいか』じゃなくて、『どうすればリスクが少ないか、リターンが多いか』でモノ考える事は、以前に比べれば多くなってきたかもしれない」
 クレア、安芸宮和輝、葛葉翔が、思い思いの言葉を口にし、彼方を見た。遠くを見ながら、自分の内面を見つめているのだろう
 話を聞きながら、芦原郁乃は広大なフィールドを眺めた。
 常軌を逸したフィールドと、それを囲む城壁のような観客席。
 試合当日にここで走って、ボールを蹴って、さらに恐らく飛んだり跳ねたり暴れたりする選手達。彼らはきっと、みんなものすごく強くて、経験を積んでいて、色々な能力やスキルを持った人達なんだろう。
 でも、そんなスゴい人達も、色々悩んだりしてるんだろうか。
(傷つけるための存在……)
 自分の習得スキルを振り返ってみる。攻撃スキルが多少あるけど、これらを何かに向けて使った事はほとんどない。
 成長して、強くなって、できる事も色々増えて。
 でも、そのできる事というのが、結局誰かを傷つけたり、殺すためのものでしかないのなら――
 その為に、かえって自分を縛るためのものでしかないのだとしたら――
「あのう、鬼院さん」
「何だい、白のキャプテンさん?」
(……最初に白で選手登録しただけなのに……)
 文句を言うのは心中だけにして、郁乃は鬼院尋人に訊ねた。
「強くなる、って、何なんでしょう?」
「さぁね」
 鬼院尋人は答えた。
「それじゃあオレは行くよ。今度会う時は、試合の時になるのかな?」
 不敵に笑う。
「勝ちに行くから、覚悟して」

 去っていく鬼院の姿を見送りながら葛野翔もニヤリと笑った。
「あの野郎……挑戦状叩きつけて来やがった」
「相手を間違えましたね……サッカー部にサッカーで勝ちに行く、なんて」
 安芸宮和輝も、右の拳を左手に打ち合わせる。
「売られたケンカは買うのが礼儀でしょ。もともとウチらのチームは、それで始まったんだもの」
 秋月葵も、胸の前で拳を作った。
 ぽん、とレロシャンが芦原郁乃の肩に手を置いた。
「私達も勝ちに行くよ、キャプテン。あんなやつら、蹴散らしてやろう?」
 芦原郁乃は、自分をきっかけとして集まった者達を見回した。
 ここに並んでいる人達は、みんな自分よりもサッカーができる人ばかり。それ以外の事も、きっと色々できるんだろう。
 それに比べて――
「ねえ、私にできる事ってあるのかな?」
「あるぜ。絶対に勝つ、勝てる、どんな時でもそれを信じていればいい」
 できる事が、ある――
 その言葉が自分の中に染みこんでから、郁乃は頷いた。
「試合、みんなで勝とうね」
 そう言ってみた。
 白組で選手登録した全員が、頷く。
「さっきのコじゃないけどさ。こっちも勝ちに行くからね」
 ミルディアがそう返してくる。
「私達だって負けないよ」
 芦原郁乃は答えた。
 自分より、色々な事ができる人達。
 その色々な事が、誰かや何かを傷つけたり殺したり以外の為に使われる、サッカー大会。
 戦闘でも戦争でもない。ただ、鍛えた力を振るう為の場所。
 終わった後、何が残るのか確かめたい。芦原郁乃は思った。
(私も選手として出なければなりませんね)
 桃花は決意を固めた。
 チームはもちろん、白だ。